経済や経営と同じように、営業にも理論があるのだろうか?
タイトルを見た時に、ふとそんなことが頭に浮かんだ。
結果からすると「なぜハーバード・ビジネス・スクールでは営業を教えないのか?」というタイトル通り、営業のノウハウは形式ばった理論などはなく、実践を通して学んでいく要素が強いということが分かる。
...続きを読む営業に関する本を100冊読むより、誰かに何かを売るという行為を1度してみた方が多くを学べるという点では、スポーツとかゲームに近いのだと思う。
で、本書は、営業という行為をマスターする為に必要な要素は何なのか?という内容が中心に書かれているのだけれど、この本が決定的に他の営業ノウハウ本と異なる点は、筆者自身の体験談ではなく、成果を残してきたいわゆる「成功者」といわれる営業マンのケーススタディを集めて、体系的に営業を論じようとした点だと思う。
でも、人間の性格と一緒で体系的に論じられる程営業は合理的なものではない。それは商品を販売する対象としている顧客もまた人間だから致し方ないところではあるのだが。まるで「そんな単純なものじゃないんだよ、営業は」と1冊を通して読者に分かってもらおうとしているような書きっぷりだ。
本書の中では、さまざまなケースを扱って、何が営業にとって重要な要素を論じているのだけれど、その答えはひどく曖昧。
例えば、福利厚生が優れていて仲間意識が非常に高い組織の方がいい結果を残すのか、それとも厳しいノルマを課して仲間内でも常に競争に晒されている営業の方がいい結果を残すのか。あるいは、すべてがマニュアル化された営業活動が最も効率的に成果を発揮するのか、それともセールスの才能は人格と一緒で先天的に授かったものであり、努力しても最終的には才能に勝てないものなのか?
扱う商品や担当する業界によっても状況は変わってくるけれども、答えは明確ではない。
この本でも結論までは提示していない。でも、結論を導く上でのヒントとなる考え方を書いてくれている。
顧客と長期的な付合いが発生する商品を扱っていればチームワークを発揮して営業する方が結果は残せるし、逆に単発的に売り切る商品の場合は結果重視の競争環境の方が優れていたりする。
営業方法についても一概には語れない。
けれども営業に必要とされる「要素」には共通する部分もあるようだ。
確固たる信念を貫き、常にプラス思考で楽観的。改善する気持ちを忘れないこと。
情緒的かつ感情的にもかかわらず他人に対しては強力な共感力を持っていること。
欲と敵意に突き動かされ、自分が納得した目標を達成することには厭わない一匹狼のタイプが多いこと。
しかし、欲深い一方でエゴから距離を置く能力を有していること。
こう見ていくと、営業のスキルって人として生きていく上で大切とされる要素と非常に似通っている。
ここに挙げた能力、というか生きる上での指針のようなものを遂行することは、いわば宗教の戒律と信じて生きていくのと似ている気がする。本の中にも書いてあるが、売りたいと思う商品の魅力を語る為には、まずその商品の素晴らしさを理解しなければならない。それを顧客に伝播することは、まさに布教活動のようなものだ。
営業が経済学と心理学の中間に分類されるのもこの点からかもしれない。
商品の素晴らしさを説明するとき、合理的な理由が必要な一方、心に訴えかけて、何だか分からないけど魅力的で惹きつけられる要素も必要になる。それは商品だけでなく、営業活動を行うその人にもまた必要な要素である。売っているものよりも「あの人から買いたい!」という理由で商品を買うことは、結構多い。
結局は経験の積み重ねでしかないのかもしれないが、営業を極めるということは、生きる上での人間力みたいなものを極める事に繋がるのかもしれない。その考え方の一旦を本書は与えてくれる。人の数だけ営業のやり方が存在するし、明確な方法も決まっていない。だから誰にでもチャンスがあるし、モチベーションにも繋がる。決してこの本を読んだからといって、成果を確実に残せるようなノウハウを習得する事は出来ないけれども、「自分はこうありたい!」という理想像みたいなものは描けるかもしれない。
人が好きじゃないと営業はやってられない。
仕事としてきっぱり切り離せるような代物でもなさそうで。
つくづく難しい分野である。
生きるということは大変なのだなぁ。