映画『犬王』を観て、キャラクター原案を務めた松本大洋に興味が湧き、作画した漫画ということで読んでみた。
主人公である浪人の瀬能宗一郎は、訳あって郷里の信濃を離れ江戸へやって来た。来て間もないため「~だに」「~なるら」など、お国言葉が度々出てくる(上京したての若者の感があり可愛い)。一見すると狐顔
...続きを読むが特徴的なシュッとした男だが、甘味好きという意外な一面を持つ。また、単純な好奇心で長時間蛸を眺めたり、這いつくばって猫に話しかけたりと奇行が目立つ人物でもある。変人キャラが好きな私は甘党であることも相まって「可愛いお侍さんだな」と思ったのだが、知人に読ませてみると「キモ可愛い」とのことだった。
しかしこの甘党変人侍、刀を抜かずとも気迫だけで雑魚を蹴散らすほどのつよつよ浪士なのである。なぜ抜かぬかというに、帯びている刀は竹光(竹で刀を模したもの)なのである。元々は『國定』という刀を所有していたが『我らが対でおれば災いを招くは必定』と売り渡してしまう。この拙文を読む未読の方は「侍のくせにみっともないな」と思うかも知れないが、該当シーンを見てほしい。まるで人を噛み殺さんとする猛獣である。血の気が多い訳でも無いのだが、強い者と手合わせせずにいられないらしく、道場破りを無自覚に繰り返しているらしい。彼に目をつけられた師範は憐れ、弟子達の前で敗北を喫するのだが、瀬能本人は良い立ち会いができたと満足げである。人の心がわからない奇人なのか? と思うかもしれないがそれは違う。
瀬能はこの物語のはじめ、長屋のお隣さんの子供の勘吉と出会う。勘吉は厠に行く途中だったが、明け方の薄暗い時間のせいで瀬能を化け狐と見間違えて粗相。自分だったら最悪な初対面であるが、瀬能は勘吉の着物を洗ってやり、丁寧に自己紹介をする。ここから勘吉と瀬能の交流が始まる。最初は後をつけて遠くから見つめるだけの勘吉であったが、瀬能に団子を貰ったり共に蕎麦を啜ったりして仲の良い友達のようになる。子供と対等に接し、食べ物を分け与える大人に人の心が無いとは思えない。親しくなった者しかわからないが、彼は間違いなく人が好い柔和なお侍さんなのである。
時代劇にありがちな剣気鋭い侍は勿論格好良くて推せるが、甘党でやさしいところがあって少々変わった侍の瀬能宗一郎は個人的に激推しである。