獅子文六のレビュー一覧
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ネタバレどういうわけか私、獅子文六って関西の作家だと思っていました。
だからお母さんがいなくてお父さんとふたり暮らしの小学生の女の子・悦ちゃんって、じゃりン子チエのイメージだったんですよ。
悦ちゃんは東京生まれの東京育ち。
中野に住んでいますが、ショッピングに行くのは銀座のデパート。
あ、これ昭和11年に発表された作品なんです。
お父さんは歌謡曲の作詞者。
ただしあんまり売れてはいない。
なのにそろそろ再婚しよっかなあ、なんて思って、金持ちと結婚した姉を頼る。
万事に頼りなく、人任せなのである。
で、大銀行の一門の出で、学があって、美人のお嬢さんに惚れられて、さくさく婚約となる。
いや、悦ちゃんが反対しているからさくさくではないか。
悦ちゃんは悦ちゃんで、新しいママは欲しいのである。
だってまだ10歳。
甘えたいお年頃なのだ。
だから悦ちゃんは自分で新しいままを見つけてきた。
銀座のデパートで働く鏡子さんだ。
昭和11年の新聞小説なのですが、思った以上にハイカラ。
2.26事件の起こった直後で、日本が急激に軍国主義に傾いたと習ってきましたが、悦ちゃんは「パパ」「ママ」と言う。
後に悦ちゃんは歌手デビューしますが芸名は「日本のテムプルちゃん」。
当時シャーリー・テンプルが人気だったのね。
ジャズを聴いたりダンスを踊ったりのシーンもある。
悦ちゃんが見つけたママ候補の鏡子さんもまた、幼い頃に母を亡くし、継母に育てられる。
けれども義理堅いお藤さんは、実子のお琴ちゃんよりはるかに鏡子さんを大事にする。
”何事でも、鏡子さんファーストである。”
え?この文章、昭和11年の文章?
金持ちの従兄弟たちと悦ちゃんを比較して
”悦ちゃんを胡椒(パプリカ)娘とすれば、ふたりは砂糖息子にキャラメル娘というところだろう。”
昭和11年にパプリカがあったんだ…。
デパートに海水着を買いに来た悦ちゃんが試着するシーンでは
”やがて彼女は、ドレスを脱ぎ始めた。クリッパーも脱いだ。最後に、おズロも脱いでしまったのは、まア子供だと思って、大目に見て頂きたい。”
おズロっていうのはズロース、つまりパンツのことだと思うのだけど、クリッパーがわからなかった。
多分前開きのシャツ(下着)のことなのではないかと。
悦ちゃんは言葉使いが悪い。
「ママは天国へ行ったッて、この前、いったじゃないか。じゃア、地面の下にいるわけはないぜ。ハッキリしてくれよ」
これが大人になると鏡子さんのように
「あら、そンなことありませんわ。お琴ちゃんだって、年頃になれば、きっと綺麗になりますわ。まだ子供ですもの、そンなこと仰有ったッて、むりですわ」みたいな喋り方になるのだろうか。
ふり幅ひどくて戸惑っちゃう。
笑っちゃったところ
”ウむ、腹が立つ……ヌケヌケと自分をだました柳の奴が憎いが、ここにいるこの女も、可愛さあまってすこぶる憎い。二人とも平均して、めちゃくちゃに憎い!”
それって平均するものなの?笑
いろんな意味で楽しめました。 -
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「ずっと避けてきてごめんなさい」と、獅子文六先生に謝りたいです。
獅子文六の作品は長いあいだ絶版となっていましたが、近年再評価の流れで一気にその名を知られるようになりました。ちくま文庫のポップな装丁も手伝ってか特に若い層に評判は広がり、一時期ヴィレヴァンの文庫本コーナーで頻繁に見かけたことを覚えています。
ミーハーなのに通ぶりたい人間の典型であった若い頃の私は、このポップかつサブカル受けしていたであろう獅子文六作品を、無視できないくせに避けていました。しかも目に飛び込んできたタイトルが「コーヒーと恋愛」。このタイトルだけでウヒーとむず痒かったのです(正直今でもむず痒さはゼロではないです)。若い時分はもっとコアなものを求めていたのですが、それはとても浅はかで愚かな考えだったと今は思います。
先日ひさしぶりに獅子文六の名を本屋で見かけ、経年とともに多少は自分の愚かさもマシになったのか、自然と手が伸びました。そしてこの「青春怪談」と出会ったのです。とても面白い小説で、この出会いを逃していた若い頃の自分はやはり愚かであったと反省しました。古臭さは一切感じず、むしろ現代にフィットする内容に驚きました。
ストーリーの大筋は、一時期のTVの昼ドラのように愛憎入り乱れた恋愛ものとも言えますが、けしてドロドロとしていません。いかにも純文学な堅苦しさもなく、ユーモラスで飄々とした作風でスッキリと読みやすいです。戦後日本のレトロモダンな雰囲気もありますが、過剰でなく、必要以上に装飾的ではありません。現代との差を感じない普遍的な人間の生活や情動を描いています。
ビー玉が斜面を転がるような読みやすさですが、時にピタリと目が留まり、ため息がでるような胸を打つ文章表現もあります。感嘆のあまりうめきながら本を閉じ、一時のあいだうずくまってしまったほどです(本当に)。獅子文六を避けていた若き自分を呪いました。以下に抜粋します。
”厭世は、大事件である” (208p)
バレリーナの千春が困難にぶつかり深く落ち込み、鬱状態にある場面の一文です。鬱状態にあると自分自身も含め、世の中がどうなっても構わない気持ちになります。それは確かに自分の世界を揺るがす、文字通り「大事件」なのです。仕事や家事より、何よりも優先して心を配らなければいけない一大事なのです。自分の内なる声を無視するのでなく、「これは大事件だ」と自分の声に耳を傾ける必要があるのです。シンプルですが力強く励まされるように響く一文でした。
また、千春を慕う後輩バレリーナの藤谷新子が、千春のボーイフレンド・慎一に嫉妬の炎をあげるシーンでもため息が出ました。以下抜粋。
”慎一が、無比の強敵であることを、彼女は、よく知ってる。第一に、彼は、男性である。つまり、官軍である。その上、稀代の美男子ときている。錦の御旗を掲げた、水爆機の如きものである。これに対する彼女は、ただ熱情と献身の竹槍しかない”(211p)
”ただ熱情と献身の竹槍しかない” ときた!なんて憎らしいぐらいに上手い表現なんだろう。絶対に勝てない、愚かな挑戦であることが伝わりますし、「熱情と献身」イコール「竹槍」という比喩が膝を打つほど絶妙です。実際に戦中の日本で、国民が竹槍でB29爆撃機を撃墜しようと練習していた史実も連想され、藤谷新子の不憫さを表現するのにこれ以上のものはないとすら思えます。
また獅子文六は、この作品のテーマのひとつとしてジェンダー論にも果敢に触れています。それが現代的に正しいかどうかは置いておいて、1950年代に新聞連載の小説で取り上げるのはかなり新鋭的だったのではと思います。
巻末の付録記事のなかでやたら「新聞小説、新聞小説というけど、普通の小説と変わらない」という獅子文六自身の言説が頻繁に出てきます。新聞連載の多かった獅子文六は、「新聞小説」と揶揄されることがよっぽど疎ましかったのだろうなと思います。大衆的だと軽視されていたこともあったのかもしれません。獅子文六を軽んじていた若い頃の私に言われているようで、最後にあらためて反省しました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレううむ、、、うむ。こりゃビビった。凄いです。こりゃ凄い。面白いです。というか、面白すぎる。いやもう、驚いた。感服です。脱帽です。
獅子文六、という作家さんは、全然知らない人だったんですよ。いやもう、全然知らない人でした。で、友人から「獅子文六、オモロイでっせ」って紹介してもらいましてね。ふーむ、そんなら読んでみましょうかね?って、あんまり肩ひじ張らずにこう、何気なくこの本を手に取って読んでみましたら。
いやもう凄い。めちゃくちゃオモロイやんか。驚き桃の木山椒の木、とはこの事です。獅子文六の存在を教えてくれた友人にマジ感謝。いやもう、素晴らしい小説との出会いは、何処に転がってるのか分からねえなあ、っていうね。いやもう、最近では一番の驚きの出会いでした。
獅子文六。1893年生~1969年没。2020年末の現在からしてみると、すげえ昔の人ですね。ですがこの作品この文章。わたくしが感じる限りですが。全然古びていない。めちゃくちゃこう、瑞々しいし、わかるわあ~この感じ、だし、とにかくこう、半世紀以上昔に書かれた文章とはこれっぽっちも思えない。すげえ。って思いました。
スラップスティック小説、とでも言いましょうか。コミカルです。文章は軽妙にして洒脱。ユーモア満点にして優しさあり。そして妙なニヒルさ、達観さもあり。うむむ、、、唸る。唸りますこの文章。というか、文体?
あと、マジ驚いたのですが、獅子文六さんが、この作品を発表した時。獅子文六さん、御年70歳近かった、ってこと。え?マジで?言い方悪いですが、超おじいちゃんですやん?超御大ですやん?なのに、なんなの?この、エエ意味での軽さ柔らかさユルさ。70歳ですよ?それでこの文章書くのか!?という驚きは、凄かったよ個人的に。
小説として、というか読んでいて真っ先に思い浮かんだのは、三谷幸喜監督作品の映画、でした。「ラジヲの時間」ですとか「有頂天ホテル」ですとか。あの、限られた時間と限られた空間の中でのテンヤワンヤの素敵な時間の流れ。あと、古き良き時代のハリウッド映画、みたいな雰囲気。ビッグバンドの朗らかな演奏がめちゃ合う感じ。いやあ、素敵だなあ、っていう感じ。
あくまでも架空の、理想としての物語、なんですよね。現実の辛さをちょっとまぶしつつも、これはあなたのための物語。この作品と向き合う数時間の間は、読むあなたを徹底的に楽しませますよ、っていうスタンスを、ヒシヒシと感じるのです。ううむ。職人的な。自分の技術の粋をふるって、あなたを楽しませますよ、という矜持、みたいなもんを、感じました。わたくし勝手に。ううむ、、、プロだな。プロの仕事だな、みたいなもんを。
あと、コレは勝手に感じただけのイメージなんですが、この作品って、獅子文六の、代表作ではないと思うんですよ。この作品だけしか読んでないんで、あくまでも勝手に感じたイメージなんですが。代表作ではないのですが、ファンとしては愛さずにおられない作品、みたいな。小粒でもキリリとピカリと光る、みたいな。有名ミュージシャンの代表的シングル曲の陰に隠れて、ファンの間ではずっと愛され続ける、シングルカップリング曲の隠れた名曲、みたいなポジション。
無茶苦茶無理やり例えますと、宮部みゆきでいうと「ステップファザー・ステップ」みたいなポジション。「ステップファザー・ステップ」って、宮部みゆきの代表作ではないと、思うんですよ。でも宮部さんファンなら、愛さずにはいられない作品だと思うんですよ。俺だけがそう思うだけかもしらんけんども。で、この「七時間半」も、そんなポジションなんじゃね?って勝手に思った。ええ、勝手に。
いやもうね、登場人物全員を(意地悪キャラや、ワル役でさえも)愛しく思えてしまう、というマジック。それがある、という所で、この作品は、もうねえ、、、お見事なんだよなあ。一人でも多くの方に、読んで欲しい作品ですね。いやもう、なんとしても愛しい作品なんですよ。
ちなみに、個人的に一番好きなキャラは。チーフ・コックの渡瀬政吉、ですねえ。いやあ、これぞ名脇役!というべき、渋い立ち位置。渡瀬が、喜イやん、こと、矢板喜一にかける言葉、アドバイスの一つ一つが、、、こう、、、良いんですよねえ、、、全く。あの、目をかける後輩に対する、厳しくも愛情あるスタンス。凄く良いなあ、ってね、思いましたね。ああいう人生の先達になりたい、ってね。シミジミ思いますね。ま、勿論、他のキャラもみな魅力満点、でございます。お見事です。 -
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とても良かった。
辛い日々に、背中を押してくれた感謝の一冊。
獅子文六を初めて読みましたが、この本は女性がテーマになっていて、若い女性は強く、そしてお婆ちゃんは非常に乙女で可愛い。
女中は志願するものであるのかな?
今や、妻や娘を女中扱いする馬鹿旦那が山程増加する世の中、まあ読んでくれと言っても読まないか。
女中とは何者か?
自分を磨く為のご奉公であり、また他者とのコミュニケーションを楽しむお仕事である。
この本に出てくる男性は、非常にボケ倒していて、どうもユーモアを漢字にすると幽黙らしいが、黙っていられる訳もなく、笑いっぱなしで、非常にリラックスが出来た読書になった。
積んであるモダンボーイ編が楽しみ。 -
Posted by ブクログ
GWを利用してやっと読み切れた!
獅子文六にハマって約2年。ちくま文庫で近年復刊された作品を読み漁り、評伝や企画展などで彼の生涯を知ったうえで、今だ、と思って読み始めた私小説「娘と私」。
タイトル通り、娘とのエピソードが中心なのかなと思ったら、2番目の妻を迎え3人家族となった文六一家と、戦中〜戦後の自身の苦悩について詳しく記されていた。
あまりにも正直な感情を書きすぎていて、千鶴子さんに少し同情してしまう箇所もあったけれど、読み終えると、また違った感慨が湧いてくる。
カラッと明るくモダンな作品で世間を楽しませた流行作家が、私生活でこんなに苦悩し奮闘していたことに驚き。
牧村さんの解説の結び、巴絵さん(作中では麻理さん)について触れた数行に何故か泣けた。
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Posted by ブクログ
近年再評価される獅子文六。故郷横浜を舞台に戦後の復興期、混血児の孤児院を舞台に繰り広げられるドタバタ劇。
巻末の筆者自らの解説も含め横浜愛に溢れた作品。関東大震災と529横浜大空襲。東京よりも洒落た町だった時代もあったという横浜だが東京に差をつけられる。
戦後の占領期。米軍兵士と娼婦。残された混血児たち。大磯に実在したという孤児院エリザベスサンダースホームを舞台にした作品。
本作をきっかけに横浜駅の駅弁の売り子「シュウマイ娘」が有名に。売上を大きく伸ばし横浜名物なったのがあの崎陽軒だとか。
本作は昭和27年の新聞小説。孤児院に育った混血児たちはどのような大人になったのだろうか。 -
Posted by ブクログ
昭和がレトロになって久しい。
そんな話題にうってつけのエンターテインメントだ。
昭和を知っている人も知らない人もすごく楽しめる小説、わたしの今年一番のお薦め。
あの頃は、とにかく希望がいっぱいあった。
(今の北京みたいに、いや、昔のロンドンみたいに)東京が煤煙で汚れていても、明るかった、活気があった。
そんな東京の避暑地、温泉地箱根に勃発した観光道路開発戦争。
それに加えて地元旅館の争い、お家騒動。
「箱根の山は天下の嶮じゃなくて、ケンカのケンだぜ」登場人物の独白。
自然のきれいな空気も硫黄でなくても濁りそうで、息苦しいような。
だけども他人の喧嘩はやじ馬にとって実に面白い。
そこを作者はうまーく捉えて、だーだだーっと読ませる。
青春物語もあり(しかも純情可憐な)なお、経営学方面、地質学も加わり、多彩に発展する。
陳腐に落ちず、飽きさせない。
昭和を知っている人はクスリと笑い、獅子文六の「先見の明」にハッとする。
知らない人は昭和ってこんなに明るかったのねとびっくりされればよろしい。
閑話休題
この小説は昭和36年(1961年)3月から10月まで朝日新聞に連載された由。
わたしちょうど花の19~20歳(笑)
堤と五島のケンカを下敷きにして面白おかしくと話題であったのに、娯楽小説などは「フン!」見向きもしなかった。半世紀も過ぎてやっとその気になったのはだいぶ損をした計算になる(笑)
ものすごく笑った一節
東京でサラリーマンになる乙夫がスーツ(背広)をあつらえるのに
「ブラ下がりにしておけ」と親代わりが言う(そう言ってた、言ってた! 笑)
わかるかな~~