獅子文六のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ずっと昔に一冊読んだきりの獅子文六。
電車コメディは昔から好きなジャンルなので手にとってみた。
まずはタイトルから鮮烈。
1960年には東京ー大阪が7時間半もかかったのか。
新幹線の出現前、ちどりという名の特急列車の物語。
このころ、既に、ちどりより速いものが出始めたが、それでも7時間くらいはかかるみたい。
表紙をみた子供から、「名作くんだ!」と言われたけど本それ(笑)。
和む表紙で楽しい一冊に仕上がっている。
ちなみに、作者は『はなかっぱ』の《獅子じゅうろく》博士の元ネタだと教えといた。
ちどりが出発するまでの登場人物紹介や列車のトリビア、準備シーンが長くて少しダレた印象はあるが、わかりやすい恋の鞘当てに、列車テロ予告、泥棒は誰だ、など、ドキドキワクワクのエンタメのもとがぜんぶきれいに並ぶさまはまさに幕の内弁当。
そして、幕の内弁当というか、駅弁も楽しいけれも、食堂車にはロマンがあるよねという作品。
おもに食堂車が舞台となる。
このスピード感だからこその食堂車。
こんな時代の空気を想像して楽しくなる。
でもまあ、客車もタバコ当然の時代、紫煙もくもくの電車は辛いよねーとも思った。
有女子のラストには、ちょっと驚かされたけど、まあまあ順当な物語だと思った。
泥棒の正体もわかりやすくて良い(ニッコリ)。
個人的にはこの時代の自由な表記が大好きなので、文六らしい読点の付け方やカタカナ表記が出るたびにニヤニヤしてしまう。
《チャーンと》とか可愛い。
車内放送の出だしの《ミ、ナ、サマ》も好き。
あとは頻出する関西弁?があまりわからなくて困った。
ネキってなんだろう?
姉貴じゃないのはわかるけど、と調べたら、ネキは近く、の意味。
ほかにも関西弁満開だけど、文六は上手だなあ。横浜の人なのにすごい。
そのほかの用語メモ。
メレボは、雌列車ボーイの略。いろいろひどい。
ちぼ、スリのこと。
プルニエ定食はミックスフライのことらしい。
列車ネタ、列車用語が楽しかった。
いずれ、悦っちゃんを読んでみたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ男性キャラに焦点を当てた短編集、というところでしょうか?
前半は、ほぼ間違いなく小説、って感じですが、後半に行くにつれて、徐々にエッセイみたいなのが増えていくような印象でした。ま、エッセイ、ではなく、エッセイ風小説、なんだろうなあ、おそらく、とか思いつつ読んでおりました。
感想としては、うーむ。獅子文六さんの作品は、どっちかゆうたら、短編より長編のほうが好きかなあ?と思ったイメージが強いですね。楽しかった、のですが、色んな長編を読んだ時の感動ほどは、あまりグッと来なかったなあ、というイメージでしょうか。
ただ、この短編集のタイトルにもなっている「ロボッチイヌ」は、バリ秀逸だな!って思いましたね。いわゆる男性の性欲処理のための女性型ロボット?みたいなんを大量生産して儲けちゃおうぜ、みたいな話なんですが、これを遥か昭和の大昔に書いておられたのですか!という驚き。
ダッチワイフ、というか、2021年現在で言いますと、いわゆるラブドール、ですよね。オリエント工業のモノが、有名なんですよね、確か。いやもう、先見の明、ありすぎでしょ!って思った。獅子文六、恐るべし。
で、性の問題、いわゆるエロを題材にしていながら、作風はバリ平和ウルトラのどか。ノホホン極まれり、みたいな、超ホンワカしてるんですよ。この落差。素晴らしい。エロの話題なのに全然エロくない。いやあ、奇跡だ。これならお子さんに読まれても恥ずかしくない?のか?みたいな。
こうした獅子文六さんの雰囲気って、作風って、凄い好きですね。獅子文六さん、写真で見る限り、オットコ前なんですよ。で、作風コレでしょ。おそらく、ちょい助平シャレオツ面白おじさん、って感じで、めちゃくちゃモテたんじゃないかなあ?イヤらしくない爽やかエロオヤジ、みたいな?無茶苦茶言ってますかね?
いやでも、獅子文六さん、ホンマ絶対モテたと思う。ちょっと例えがズレるかもしれませんが、日本屈指の男前、福山雅治。彼を評する時によく言われると思うんですが「福山さんが話すと、エロネタもエロくない」みたいな評、あるやないですか。なかったらゴメンなさい。でも、獅子文六さんも、絶対そうだったと思うんですよ。この作風から、色々と獅子文六さんの作品を読んで思ったんですよ、そんなふうに。
エロネタを言ってもエロく思われない嫌われない男性。男としてのまさに理想中の理想だと思う。うらやましいよ、そんな存在になることができるのって。ですので、僕は、獅子文六という人を尊敬して尊敬して尊敬しまくります。いやあ、羨ましいキャラなんだよなあ~。 -
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新幹線開業前で、おそらく東京ー大阪の出張が止まりが常識だったころののんびりした移動の七時間半で起こる恋愛喜劇。小説がメディアだった最後の頃、時代を鮮やかに切り取る著者の技が生きた作品だ。
もっとも、「東海道線も、昔は、品川駅を出れば、車窓の眺めも、旅情を感じさせたが、今では横浜を過ぎても、藤沢へ行っても、まだ、都市の気分である。まず、平塚を後にして、やっと、海や山のたたずまいに、旅に出た眺めを、感じる」のは、今も変わらない。
「一人前になったコックは、誰も、年月をかけて、師匠からコツを盗んだ連中である。この封建制のために、コックも、日本料理人も、一人前になるには、長い時間を要する」のも相変わらずだ。
スマホ、デジタル、テレワーク……、いろいろ変わったけど、根本的な日本社会は変わってないんじゃないか、50年以上前の小説をよみながら考えさせられた。 -
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開巻早々、暢気者にして怠け者の夫・五百助に堪忍袋の緒が切れた妻・駒子さんは亭主を叩き出す。
昭和25年、敗戦により戦前の価値観は暴落し、台頭する自由の風潮の下、駒子さんはあんな役立たずの夫に縛られることはないんじゃないかと、夫なき身辺に現れる男性に改めて目を向けてみたり、追い出された五百助は日頃の妻の一々を煩く思っていたところ、これ幸いと独り身の自由を謳歌して放浪してみたりする。二人それぞれに我が身の自由に思いを巡らせ、彷徨する訳なのだが…。
皮肉と親しみを絶妙な塩梅で効かせて登場人物を描く筆致は流石という感じ。
右往左往の結果さてどうなったかというと、何かを学んだようで人の心なんてままならないんだなあ、という付録が効いている。 -
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文筆家・千野帽子氏が編者の短編集。表題作は眉を顰める向きもあるかも知れないけど、ナンセンスコメディとして面白い。現代の日本だとあながちジョークになってないかも(オリエント工業とか←小声)。ブラックユーモアや諷刺作品、或いは病床エッセイかと思って読み進めると怪しい展開に向かう「文六神曲編」、過去の作品の作中人物が電話をかけてくるメタフィクション風な「南の男」とか意外なバラエティー性は感じるけれど、「文庫で復刊されている文六作品はウィットと諷刺に富んだコメディ調が主流ですが、ちょっとテイストの違う作品をご賞味ください」って感じの、編者の気取った意図が何となしに透けて見えるのがマイナス。
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Posted by ブクログ
ネタバレなんてオシャレなんだろう。第一印象はそれだった。
文体というか、当時の言葉づかいというか、粋でもなくモダンというわけではないが、なにやら遠い記憶の、さらに向うのほう、幼いころの憧れていた雰囲気がそこにある。当時の世相、庶民の生活が垣間見れて面白い。
物語の舞台は昭和30年代。昭和が元気で賑やかだった頃。
台湾華僑の家族を中心に、バナナの輸入とシャンソンの話題を軸に、お茶の間ドラマ的なドタバタ喜劇がテンポよく繰り広げられる。お話として罪もなく、大事件もなにも起こらないが、遠く過ぎ去った50年前の庶民の暮しが目の前に甦る感覚が心地よい。言葉づかいや、ファッション、世相なんてものも、資料で見るより生々しく眼前に浮かび上がるようで実に面白い。例えば、主人公の見た目は、こうだ。
「近頃の若い者には珍しく、頭を坊主刈りにしているが、黒と赤のV字襟の白いスエーターを着ているところは、皇太子さんや、石原裕次郎と同様である。」
言葉づかいは女性のほうに顕著だ。
「まア、いけないわ、あんな奴と、ランデ・ヴウなさったりしちゃ・・・」
小津映画の原節子が喋っていそうな感じだが、そういえば当時、東京、横浜にいた親戚のオバさん達は、そんな喋り方をしていたような気もする。
大学生の龍馬は車が欲しくて資金が必要。ガールフレンド、サキ子はシャンソン歌手としてデビューしたい。台湾華僑の親戚がバナナの輸入ライセンスを持っていて、そこに青果仲買人のサキ子の父の思惑がからみ、結末に向けて登場人物の誰しもが思わぬ形で関わってくる様が、ある意味コント的でもあるけども、喜劇を見るようで、なんとも平和なのであった。
登場人物としては、サキ子が面白い。考え方が当時としては先進的だったのだろう。
「良人と妻が、対等の経済力を持つことで、新しい夫婦生活が成立するんだわ。だから、あたし、龍馬さんと一緒に、バナナ輸入を始めて、もう、ずいぶん儲けましたの。後、何年かすると、龍馬さんが輸入会社の社長になって、あたしが専務になる見通しも、立っているの。そうなったら、すばらしい夫婦が、できあがるじゃないの。その時に、あたしは龍馬さんにプロポーズしようと、考えていたんですわ・・・」
当時のウーマン・リヴの流行もあったか、巡り巡って半世紀経った今、女性の地位向上にかまびすしい世相に符合する不思議さがある。台湾の大商人の血を曳くという龍馬より、よほどソロバン勘定もしっかりしていて商魂逞しいところも面白いのだった。
そして、最後、物語を締めくくるのは、意外や龍馬の父親呉天童。ずっとダメ親父、食道楽として描かれ昼行燈然として、物語の大半を過ごすが、一家の長、一族の代表として泰然と処するところが、いかにも昭和なのかもしれない。
龍馬にサキ子、サキ子の父貞造、天童の嫁紀伊子、シャンソン周りの芸能関係者にバナナ商人たちがあれこれ右往左往はするが、実は大石内蔵助的な呉天童の物語だったのかもしれないというドッシリとした作品だった。
獅子文六、復刻文庫で続けて読んでみよう。 -
Posted by ブクログ
1950年代から60年代にかけて
神奈川県の箱根山周辺をめぐる観光開発競争が
西武、小田急、藤田観光の3グループ間で行われていた
かつては互いの縄張りを侵さないように共存していたものだが
戦後、GHQの方針による自由経済の強化で
独占禁止の風潮が出てきたことをきっかけに、戦いの幕が開いたのだった
当初、作家の獅子文六は
「箱根山戦争」と呼ばれたそれをモデルに
企業小説のようなものを書こうとしていたらしいのだが
連載中、関係各所から不穏な空気が漂ってきたために(ホンマか)
急遽、路線変更して
大人たちの争いに巻き込まれながらも自分らしさを見失わない
若者たちのエバーグリーンな物語としたのだった
結果的にそれが正解で
序盤から中盤にかけぶつ切りの印象は否めないものの
池田勇人が「国民所得倍増計画」をぶち上げた時勢にも煽られてか
たいへん景気のよい話となっている