獅子文六のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
作詞家の碌さんこと碌太郎の一人娘、悦ちゃんは、母親をなくし、父とお手伝いのばあやとともに借家に住んでいる、お転婆で蓮っ葉な十歳の女の子。ある夏の日、碌太郎の姉に呼ばれて海水浴に行ってみると、碌さんの見合いの話が持ち上がっていた。さらに、海で遊ぶ悦ちゃんは、碌さんと縁のあるある女性に出会う…。
1930年代の報知新聞に連載されていた娯楽小説である。新聞に載っていただけあり、固有名詞や風俗など、当時のことが実名で登場するため、リアリティを感じながら読むことが出来る。
しかし、文章はいささか古風であるため読みにくいかな?と思いきや、講談風にとうとうと語られるように記載されているため、独特のリズム感で読みやすく、時々、そんな古い作品だっけか?などと思うことがあること請け合い。「最近の男は婆さんのようにすぐお茶を飲みたがる」など、差し込まれる風刺も当時にものらしく面白い。
さて、ストーリーはなんだか知らないけど持てたり持てなかったりする、パッとしない碌さんのラブコメに、悦ちゃんがヤキモキしたりという話。さらには碌さんが急にいなくなり、家を失いと、冒険小説じみてくるのである。
詩人だの作曲家だのがあこがれの職業だった時代だったり、親が決めてしまった縁談で相手の顔も見ずに結婚しなければならなかったりと、当時らしい今とは異なる部分も多々あるが、それはそれと理解して読むべきであろう。
表紙の絵だけでジャケ買いし、読みかけてえっらい古い話をちくま文庫はなぜ文庫化するのか?と思ったりもしたが、これはなかなかのものでした。 -
ネタバレ 購入済み
食文化の違い
美食の国とされるおフランスに鍋料理がない。
初めて聞きました、猫舌とは違う気がします。
彼らは、食事の時に音を立てて食べることを非常に嫌う。
これだと思います。彼ら視点だと、ふうふうやるのは品が悪いみたいですね、
だからお行儀的にダメ。
そこを猫舌と見た様子ですね。バーベキューはやるのにねえ。多分。
あまり派手な音を立てて食べるのは我が国でもダメですけど、
過度に嫌うことで鍋料理の美味しさも、麺料理の美味しさも味わえないとすると、
彼らが少し哀れになってきました。
麺類啜る文化が彼らの食生活を豊かにする一助となることを祈らずにいられません。
カップ麺は、非常食扱いなのかしらん。
連中でも楽しんでくれると嬉しいですね、今は亡き安藤さんも喜ぶでしょう。
お好みで。
-
Posted by ブクログ
60年前の日本で第一次コーヒーブームが起きた時代。
現代のコーヒー好きな人たちと同じように熱を持った人たちがいたそうな。
豆の種類と淹れ方や器具や水の違いや湿度気温、、
更には考え事をしながら淹れると全く美味しくないなどと心理的な影響まで出てくる。
主人公たちは恋愛や夫婦の間に生まれた亀裂をコーヒーと交えて精神的に翻弄していく生活劇。
こんなにも好きな飲み物に惑わされていくなんて。
「コーヒーをいれる方法が芸術だとするならば、飲む目的は宗教に近い。」
こんなことまで言わせるなんて。
コーヒー品評会に採点された豆がまさかのインスタントコーヒーであった!っていうの面白かったな。
難しい顔して言い合いせず、純粋に楽しめればそれで良し。
、、しかしながら、勉君のろくでなし感は好かないなあ。 -
Posted by ブクログ
戦後ノンキ派な私は、時代を超えて共感すること多し!
ある夫婦それぞれの目線を通して、戦後の価値観の大きな変化を描いています。特に男女間および世代間のギャップの深さを描いていますが、結局のところは、、、というお話し。しかし360度まわって同じ場所に還るわけでなく、螺旋のように円を描きつつ、上下にすこしズレている。そのズレこそが新たな価値観なのかもしれません。まったく別天地へ座標がうつるのでもなく、まったく同じことを繰り返すでもなく。
やっぱり獅子文六の文体の、上品で軽やかなのがすばらしい。いかにも「純文学」といったような重厚さを感じず、文章の飾り立てがほどよく、詩的で読み応えのある表現もちょうどいい塩梅です。いちいち足を止めて眺めるほどの絶景ばかりだと、感動は多いけど疲れ果ててしまう。散歩のような心地よいリズムで読み進められて、内容も流れるように伝わってくるけれど、よくよく読み返してみると上手い表現がそこかしこにある、そんな味わいです。もちろん当時の世相や流行を知らないと意味が分からない単語・表現もありますが、それも軽いつまづき程度のもので、ストーリーを読み進める歩みに影響はありません。
主人公である夫の超然としたノンキさが、彼をなんとも憎みきれないキャラクターにしています(でも身近にいたら憎めるだろうな、、、いわんや夫婦をや)。しかしノンキな人間も、そのボー然とした面の奥で密かに思い悩んだり、絶望したり、幸せをかみしめたり、感じてるものは感じてるわけで、けして感受性が低いというわけではないということがこの作品で証明されたような気分になり、主人公同様ノンキな私に獅子文六先生が加勢してくれたようで嬉しい気持ちになりました。水木しげるの漫画に出てくるような、図体のでかいヌボーっとしたメガネのサラリーマンを想像しつつ読むと、トボけた味がより深く楽しめると思います。
夫に蒸発されひとり残った妻が、さまざまな男と出会うパートは、言ってみれば俗っぽい昼ドラのような、男女の生々しい関係が描かれます(と言っても現代の価値観から見るとかわいいものではありますが)。ムンムンと匂い立つような下品さを文章から感じないのは、獅子文六の丁寧な描写と、上質な表現力のたまものじゃないかと思いました。堅苦しさはないけれど、かといって安っぽさや露悪さもまったくないです。人の嫌な部分が垣間見える場面においても、そこまで露悪的に感じません。
中盤から物語が思いもよらぬ方向へ動き出し、物語への没入具合も一層深いものになりました。なるほど、妻は恋愛に自由を見出した一方で夫は自由を「コレ」に発見したか、と。ノンキさの権化のような主人公の、その朴訥さの奥にあるイキイキとした喜びが伝わるような場面です。
しっかりエンタメに振って、ドラマチックにストーリーを盛り上げてくれるので読んでいて楽しい。獅子文六は「大衆的すぎる」「純文学的ではない」という批判を受けていたことがあり、それを本人も気にしていたらしいけれど、彼の作品を令和になっても読めるありがたさはこのポップな作風のたまものだと思います。
脇役も本当にいいキャラクターで、叔父夫妻や、ユリーと隆文の存在もいい役割をしています。叔父夫妻、主人公夫妻、ユリーと隆文という三世代の男女のあり方の違いも、この話の要点のひとつでしょう。
皮肉が効いたオチも拍手を送りたくなる見事な着地で、非常に楽しい読書となりました。
社会と個人のあいだと、夫婦のあいだは似ている。そこに100%の満足はありえない。すなわち100%の自由はない、というメッセージが込められています。
【余談】
あるキャラクターに「戦前的虚栄と非科学精神の権化」という表現をあてていて笑ってしまいました。字面の圧力!(笑) -
Posted by ブクログ
獅子文六氏(1893〜1969)は、劇作家、小説家、演出家として昭和の演劇振興に尽力された方。この小説は1962年から1963年に「可否道(コーヒーどう)」という書名で、読売新聞に連載され、1963年に新潮社より刊行されたものを1969年に「コーヒーと恋愛(可否道)」と改題され、角川文庫より文庫化。2013年にちくま文庫より復刊されたとのこと。
昭和の隠れた名作。すっごく面白いかというと、今の感覚の「面白い」にはもの足らない感じがするが、ウィットとか上品なユーモアとかを感じさせる。
主人公は坂井モエ子という脇役として国民的に愛される女優で、美人ではないが、「嫌われない」キャラ。
コーヒーを淹れる腕前が絶品で、そのコーヒーでもって八歳年下の新劇団員のハートを捉えて夫婦となっていたが、44歳になったとき、19歳の新劇女優に夫を奪われる。
彼が去ったあと、コーヒーを淹れるのも朝ごはんを作るのも張り合いが無くなり、自分一人のためならインスタントコーヒーで済ますという日々を送り、荒んだ気持ちが仕事にも影響して、初めて主役を務めたドラマも不評。仕事も暇になったある時、コーヒー仲間に「可否会」の主催者との結婚話を持ちかけられた。コーヒーを通じてその菅先生とは懇意になっていて、何かと相談相手にもなってもらっていて、お互い乗り気ではあったが、菅先生は自分の創設したい「可否道(コーヒーどう)」の助手としてしかモエ子のことを考えておらず、愛を感じられないので、モエ子は「イエス」と言えないでいた。そこへ新しい彼女に去られた元夫が戻ってきて「やっぱりモエちゃんのコーヒーが毎日飲みたい」と復縁を迫るのだが、モエ子は自分への愛情ではなくコーヒー愛からモエ子をパートナーとしたい男達にうんざりし、自分の女優としての仕事を極める勉強のために海外へ旅立つ。
1962年ごろの40代といえば、大正生まれ。モエ子を初め、この頃のテレビ俳優と言えば、新劇出身者が多かったようで、テレビを軽蔑しながらも生活のためにテレビに出続け、心はまだ新劇にあるという人が多かったようだ。テレビがまだ珍しかったころの芸能界やインスタントコーヒーが庶民に普及し始める少し前からコーヒーに親しんでいたインテリ達の生活など、その時代の人達からも今の私達からもちょっと一般人とは違う世界の人達の世界のことが書かれていて、そこが新鮮かな。
あと、セリフがちょっと昔のチャキチャキした江戸弁?みたいで、昔テレビでたまに見た古い白黒時代のドラマや映画を思いだす。
古き良き時代というのか、文化を味わうつもりで読むのがいいかな?
でも、最後のモエ子はかっこいい!
今の芸能人も結婚だの離婚だのドロドロだらけだが、あんなに潔く自分のために旅立つことが出来る生き方は古くない。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ阪神古書ノ市で友と選書のし合いっこをした際にプレゼントしてもらった本。
古書ノ市楽しかったなぁ!
戦後の昭和が舞台の物語。
昭和らしい独特な言葉回しを最初は読みづらく感じたけれど、だんだんクセになって楽しく読み進める事が出来たし、なんなら脳内で口癖がうつッちまったわ…。
ハイカラでユーモアがたっぷりなお話。
登場人物みんながカラッと明るくてサッパリしているのは時代ならではなのかな?
とんでもないクソ女であるアンナですらカラッとしていて憎めない。良い!
コーヒーとタイトルに入っているだけに、コーヒーの蘊蓄も沢山でコーヒーを飲みたくなる。
昔からあるような古い喫茶店でコーヒーをのみながら読みたいなぁ。
可否道には何度も笑ってしまった。なんやねんコーヒー道の家元て!本人は大真面目なのも憎めなくて良い。
最後の方の展開は「やァ、モエ子女史、ほだされちゃァ、いけないよ…」とハラハラしたけれど大笑いしてスッキリ気持ちの良い締めくくり。
そこまで皆を夢中にさせるモエ子女史のコーヒー、味わってみたいもんだなぁ。
あとがきもユーモアたっぷりで良い。それ、コーヒーによる胃もたれでは…?!
昭和の作品がこんなに読みやすく、面白いだなんて。
自分じゃ絶対に選んでいないタイプの本なので出会えて嬉しい一冊。
実写化しても面白そうだなー、と色々想像しながら読んだ。
ベンちゃんは田中圭さんなんかどうだろう!
-
Posted by ブクログ
ネタバレ
おもしろかった!もうどっぷり物語の中に入ってました!
時代背景は第二次世界大戦の前。戦争による配給や赤紙等の話もチラホラ。地下のレストゥランの隣のたばこ屋さんの女主人町子のお話。髪を結って着物で出かけ、弟は夜学に通いながら銀行でボーイとして下働きをしてます。
もうこれだけで好き☆
町子の父は働きもせず儲からない発明に没頭しているダメ親父。今で言うなら親ガチャ大はずれ。出来もしない大発明に借金まくって結局失敗し、自殺。
この父にも腹立つけど、町子の想い人の塙さんよ!腹立つのは!甘い言葉並べてその気にさせて結局は他の女と結婚し、そのことを黙ってるなんて!だいたい、町子の父の実験だって失敗するのわかってて大金貸してあげたりして、諸悪の根源だ!
そして切ない最終章…どこが大団円なの…と、本当に振り回されました☆
これは良い!もっと沢山の人に読まれるべき一冊!!!大満足でした☆