獅子文六のレビュー一覧
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ネタバレ脇役女優坂井モエ子には8歳下の夫がいる。
コーヒーを入れるのが絶妙にうまい妻と、コーヒーの味がわかる夫。
そんな二人の関係は、ある日夫が放った「コーヒーがマズい」の一言から変わっていく。
書かれた当時のハイカラさが、読んでいる今はノスタルジックに感じて新鮮でした。
勉君がモエ子さんを捨ててアンナと駆け落ちしたときに、二人にざまぁを期待したのは最近の流行りの影響でしょうか(^_^;)
自分が捨てたくせに、モエ子さんの家に入り浸る勉君。
モエ子さんを思っているようで実は、自分の可否道のことしか考えていない菅さん。
最後にモエ子さんが二人を振ったところはすっきりしました。
「男って奴は、どいつもこいつも、コーヒー好きのイヤシンボで、エゴイストで、あたしのコーヒーが目的で、結婚しようなんて、いい出すんだわ。誰が、その手に乗るもんか!」 -
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12両編成、食堂車は8号車
11時35分、回送機関車が連結された。機関車がついたとなるととたんに列車がシャンと、生きてきた。機関車なしの列車なんて家屋に過ぎない。準備中の食堂車の風景がうまく描かれている。ステーキの固い肉をどう美味にするかの工夫も参考になる。昭和の素晴らしい時代だ。
11時55分、東京駅15番線入線
本文:上りちどり 午後1時16分頃大津駅から東より、琵琶湖と反対側の線路沿い、緑の家
実際:上りはと 午後0時51分45秒、大阪府三島郡島本町、日紡(現ユニチカ)青葉荘、汽笛はすぐ背後に位置する天王山にこだまする。
名古屋で給水。夕食は予約制、3回転する。
食堂車の実情がよく分かった。かなり丁寧に取材したのではと思われる。昭和の鉄道が輝いていた時代の物語、ある意味、羨ましい。
箱根山も読んでみたいと思う。 -
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七時間半とは急行列車ちどりが 東京から大阪まで走る時間である。
食堂車で働くサヨ子とコックの喜一は両思いだが 家業の洋食店を継いでほしいという サヨ子のプロポーズに ホテルの料理長になる夢が捨てられない
喜一は迷っている。 皆に評判のよいサヨ子に嫉妬した 美人で高慢な「ちどりガール」有女子は 喜一に気のあるフリをし ほかの乗務員たちの和を乱す。
また、サヨ子を嫁にと一方的に考える 旧家の母親は気のない息子とともに乗車。 有女子を妻にしたいガサツな会社社長も 同じ列車に乗り合わせていた。 さらに時の首相と、それを狙うテロリストの影が…。 果たして列車は無事 大阪にたどり着けるのだろうか?
新幹線ができる前ですからねぇ。 テロリストってのも全共闘系の青年のことらしいし。
でもハラハラ感は廃れてない。 サヨ子と喜一の恋の行方もだけど 有女子にも彼女なりに当時の女性として 苦労している部分があって その結末に関しても 読み終わったあと、すっきりしたわ。
当時の鉄道員の仕事の様子も細かく書かれてます。 出発前からはじまる乗務員たちの様子や 料理の仕込みのこと。 運行中のこまごまとしたサービス。 不審者を警戒している鉄道公安官 (懐かしい!)なんかもいるし。 そういうお仕事小説としても楽しかったです。 -
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ネタバレ獅子文六、素晴らしい。めちゃくちゃ良い。メチャクチャ良いです。ドPOPと軽妙洒脱の極み。この素敵な軽さ、なんなんだろう。ビビっちゃう。
本当にまあ、驚きでしかないのですが、コレ、第二次世界大戦前の作品なんですよね。この作品が、リアルタイムで新聞連載されてたのが、1936年(昭和11年)7月から1937年(昭和12年)1月まで、だそうです。おっとろしい。昭和10年代の作品なのか!?コレが。有りえないよ、って思う。なんなんだこの古びなさは。奇跡的です。
個人的に勝手に思うだけなのですが、この作品の舞台設定に、スマホとネットとあとなんか最近のもんをシレッと登場させて、2021年新春注目の新人作家の作品です!って明日から売り出したら、多分、売れると思います。昭和10年代の作品が。この2021年新春の目玉新作として。「何これ?これオモロいやんか!」って。それぐらいに、なんだろう?本当に、なんというか「圧倒的に瑞々しい」ってね、思いましたね。ええ。あくまでも勝手に思っただけですが。
あと、音楽で無理やり例えると、獅子文六って、「永遠のポップス」だと思います。ビートルズやビーチ・ボーイズより以前の雰囲気があります。すなわち、オールディーズ。1950~60年代の、アメリカンポップス。ロックンロール、ではない感じ。とにかく、ポップス!ポピュラーミュージック。って感じ。問答無用の大衆娯楽。いわば、いっちゃん凄いヤツ。
ニール・セダカ「恋の片道切符」。コニー・フランシス「バケイション」。ポール・アンカ「ダイアナ」。エルビス・プレスリー「冷たくしないで」。ジーン・ピットニー「ルイジアナ・ママ」。などなどね。
あっこらへん。あっこらへんの時代の、珠玉のポップソングと似ている。もうね、オールディーズのゴールデンポップスと相通じまくり。ここには永遠に古びない何かがある。マジでそう思う。自分が、そんな音楽ばっか流れてる職場で働いてるんで、そう感じるのかもしれませんが、、、
めちゃくちゃ失礼なこと言いますけれども、オールディーズの名曲の歌詞って、ホンマにしょーもないんですよ。良い意味で。バリ牧歌的。ばんばん平和。「海だの山だのバカンス遊びたい~♪」「可愛いあの娘にフラれてツラい~♪」「俺の彼女はマジ最高~♪」「一晩中パーティーナイトでガハハしようぜ~♪」みたいな。
バンバン単純。あっけらかん。「むう、、、人生とは、、、なんぞや、、、?意義のある人生とは、、、人はいかに生きるべきか、、、」なんて、なーんも考えてないんですよ。お気楽極楽一直線。だがそれがいい。そのお気楽極楽さが突き抜けて、永遠の魅力を得ている訳ですよ。それがオールディーズ。
で、ホンマに失礼ですけど、獅子文六の作品も、「七時間半」「コーヒーと恋愛」「悦ちゃん」と三作読み進んできましたが、おっとろしく、良い意味で、しょーもない内容なんですよね。バリ平和。めちゃ深刻に書けるであろう内容を、テーマを、ここまでお気楽極楽にスチャラカに書くかね?という平和さ。この「悦ちゃん」も、意味わからんほどホノボノご都合主義。なんなんその展開?ってのばっかり。
でも、それ、おそらく、わざとですやん?ワザと、獅子文六、このお気楽路線で書いている。プロとして。「あっしの作品、シャッチョコばらずに、すっかーんと楽しんで読んでおくれやす」みたいな、私はあなたを楽しませますよ!的な決意を、感じるんです。勝手に。
ええ、勝手に感じました。あくまでも僕が勝手に。勝手に感じてゴメンナサイね。でも感じるんだから、しゃあないやん。すまんですね。
なんなんだろうなあ、この文章は。自分は、町田康の文章が、文体が凄く好きなんですよ。で、それと獅子文六の文章は全然違うと思うんですが、なんらかの共通してる感じの「個性」は、バンバン感じますね。勢い、というか。文字が活きている。みたいな。活きの良いとはこのことか、みたいな。ホンマにね。ピチピチしてるんですよ、文章が。というか文体が。というか文字が。この文章は文体は、魚で例えると刺身だな、みたいな感じ。煮たり焼いたりしてない。海から獲ってきたそのまんま。謎な表現ですけど。凄いな、って思う。なんでこんな文章を書くことができるんだろうなあ。
獅子文六、おっとろしい人ですね。いやもうなあ。温故知新とはこの事です。ちょっと、この人の作品に出会ったのは、2020~2021年における個人的な最大のエポックメイキングな気がする。いやもうね。感動。間違いなく、ええエネルギーを、くれてます。それってもう、いっちゃん素敵なことですやん?いやもう最高だよ獅子文六さん。一生、この人のことを、尊敬しますね。 -
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昭和30年代、東京―大阪間を7時間半で結ぶ特急「ちどり」の中で起こるユーモラスなドタバタラブコメディ。
食堂車でウェイトレスのリーダーである藤倉サヨ子とコック助手・矢板喜一のすれ違い気味な恋の行方、美人乗務員・今出川有女子と彼女に思いを寄せる大阪商人・岸和田社長、大学院生・甲賀恭雄、結核療養所で静養中の佐川英二という3人の男。
旧子爵家の娘である有女子は3人を手玉にとりながら、喜一にもちょっかいを出し、サヨ子と対立する。
さらに、列車には総理大臣が乗り込み、あろうことか、爆弾が仕掛けられているという情報が流れ列車内はパニックになり、サスペンス小説の様相も呈してくる。
60年安保の世相を反映したり、乗客にはわからない食堂車の内実を描いた業界小説の要素を持っていたりと、単なる喜劇小説には終わっていない。
レトロであり、今となっては決して書かれないタイプの小説として価値がある作品だと感じた。
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ネタバレ友人から紹介されて読みました。
獅子文六さんの作品は初めてでした。
電車の中の7時間半の中での人々の心の動きを描いた物語です。
藤倉、今出川、という女性の人間性の対比が描かれておりました。実際こんな人いるよな、と思いながら読んでおりました笑
女性にも好かれる女性、女性から嫌われがちだけど、その美貌から男性から寵愛される女性。僕は前者のほうが好きです笑なんかほっとする人間性の方なんだろうなと思いました。
それとこの作品のテーマは「すれ違い」なのかなと思いました。
ちょっとした出来事でも、その人の想いはがらっと変化してしまう。その変化の結果、お互いに通じ合っていたと思っていた状況が変わってしまう。悲しい哉と思いながらも、人生は無常であるため、それが真理なのだなと改めて感じました。 -
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ネタバレ神奈川近代文学館で催されていた「没後50年獅子文六展」へお邪魔する前に、『娘と私』『コーヒーと恋愛』以外の文六作品も読んでおこうと手にした本作。
横浜中華街も旅程に組み込まれている中、舞台は横浜、そして解説がかなぶん学芸員の方だなんて何たるお誂え向き!
売れっ子作家だった彼の作品は、本当に退屈と無縁だ。
近代文学と言う堅苦しい響きから程遠い所で、個性豊かな登場人物達が群像劇を繰り広げる。
悲劇も喜劇然として、頁を閉じる度に惜しくて堪らない読書も久々だった。
<Impressed Sentences>
—亮子も、心細かったろう、この六年間。
妻を労わる気持ちが湧いてくるのも、久振りのことだった。なぜ、それを忘れていたか。仕方がないではないか。彼は男に生まれ、一所懸命になって、戦争に加わったのだ。そして、国は敗れ、山河とパンパンだけ残った、幾年月— -
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主体性というものを持たず
「先生」のいいなりに利用されてきた男が
戦争の時代を経て、侮辱されていると気づき
呪縛を脱していく話
自我の目覚めというよりも、絶望からくるニヒリズムなんだが
1950年代の日本では、これが大変に売れて映画化もされた
話の舞台となった宇和島市では
作品にちなんだ饅頭が、今も土産物として売られている
「先生」の推薦で、軍の情報局に勤務していた主人公は
戦犯として逮捕されることを恐れ
やはり「先生」の勧めで
惚れた女に心を残しつつも
東京から愛媛県の南予地方へと逃れるのだった
長閑な田舎ぐらしのなかで東京者は珍しがられ
いろいろといい思いをさせてもらううちに
「先生」への反感も育てていく主人公は
やがて四国に根を張ろうと考え始め
地元民の提唱する四国独立運動にも、積極的に参加していくことになる
しかし新たな恋に破れ
新税制のために、居候先の家は傾き
さらには終戦翌年発生した南海地震の大混乱に巻き込まれて
結局は東京への帰還を余儀なくされるわけだ
今風にいえば
戦後文学であると同時に、震災後文学ということにもなるだろう
話の舞台は、大江健三郎の生家に近いので
「森」のサーガと比較してみるのも面白いと思う