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Posted by ブクログ
「今どきの若者は……」と言われる行動も、当の若者にとっては、環境に応じて合理的に判断した結果である、というのが私の持論ではあるのだが、映画を早送りで観る人にはどのような(その人なりの)合理的理由があるのを知りたくて読んでみた。
結果的には、著者と同様に「映画を早送り視聴する習慣を理解はできるか共感はできない」ということに。
テクノロジーによって可能になったことを人はやってしまうということと、ある種の同調圧力が主要な理由なのかなと思う。
なお、本書に書いてあるわけではないが、今後は早送り視聴どころではなく、映画もAIを見させて要約と名場面集を吐き出させる、という見方(といえるのか?)をする人も出てくるのではないだろうか。いや、それって正にファスト映画がやっていることか。
Posted by ブクログ
かつで、映画は「鑑賞」するものだった。
しかしそれが今、早送りして映画を見る人達の間では「消費」するものとなっている。
忙しすぎる彼らは、何にでもタイパを求めるようになった。
ストレスが多すぎる彼らは、娯楽に豊かさを求めるのではなく、快楽を求めるようになった。
だから、セリフのないシーンに込められた状況から読み取る意味や、
あえて作られている余韻、間、なんてものはいらない。
すべて早送りか10秒飛ばし。
そんな視聴者に合わせて世の中には、まるで漫画のように登場人物が心情をご丁寧にいちいちセリフで説明する作品が増えた。
「わかりやすい」が正義で「わかりにくい」が悪。
わかりやすく、簡潔に、タイパよく。
時代が進化して、それを良しとする世の中になったことは必然だったのだと思う。
個人的にはニュースは学習などの情報処理に倍速資料は良い(理解て着るのであれば)と思う。
けれど、映画に関して言えば「消費」ではなく「鑑賞」できる人でいたい。
Posted by ブクログ
2022年初版ではあるが、最近わたしが読んだ新書の中で最も好きだった。
隙自語りだが、わたしは学生時代より媒体やジャンルを変えながら所謂オタクと呼ばれる層で30年以上生活をしており、インターネットや映像作品と共に歩んできた。仕事と推し活とで本文の通り、時間がない。練習まで行い、本の速読と共に動画視聴は最大3.5倍速で聞き取れるまでとなった。なお、他の本で得た、倍速再生は脳の疲労感やキャッシュが溜まりやすい知識は一旦触れないでおく。
その弊害やデメリットを理解したくて手にとった。筆者の視点はどちらかと言うと否定派ではありながら、事象への理解を目的としながら紐解いているため多角的に納得できた。
ところで、最近わたしが3倍速で見た、かぐや姫を題材としたアニメ映画作品が巷でヒットしている。ストーリーが浅く、わたしは非常につまらないと感じた。要所で好きなポイントはあるのに、自分でもつまらないと感じる理由がわからず、皆がハマる理由も不明なのだ。しかし本書を読んで、非常に腹落ちした。とても話が明快で、わかりやすすぎるのだ。行動理由や思考全てを言葉で発言している。だからこそ、わかりやすい=おもしろい、になるのかと。好きなものを否定されたくない気持ちは誰よりもわかるし、気付けばわたしもネガティブな感情を覚えたとき、発言をしないことの方が増えた。言語化された行動生態がわかりやすく、エンタメの取捨選択について深く考えるきっかけとなった。まずは今日、等倍でフランス映画を見てみることにした。
Posted by ブクログ
ドパガキの生態。効率がー価値がーとか色々言うけど結局時間的、金銭的余裕の無い人がファスト的に欲求を埋めようとしてるだけだと思った。集中力もなければ好奇心、意欲や興味もないなら無理に映画とか観なくていいのに、と思う。そういう人はショート動画をずっと見てればいいけどそこで話題になるから観てみたくなるんだろうね、でも集中力も興味も無いから早送りしてあんまり面白くないなって。趣味にタイパを求めるのはほんとに意味が無いと思う、どうせ死ぬまでの暇つぶしなんだから詰め込んでもしょうがなくない?
→1章目で紹介される人達が見てる作品が『かぐや様は告らせたい』『るろうに剣心』『東京リベンジャーズ』とか、軒並み見てる人は多いけど映画好きな人は見ないような作品ばっかで、話題についてくために見てる人からしたら、情報を得るためだけの早送りは適正な気もした。見ることに楽しみを見出すなら早送りは有り得ないと思うけど。
→先に結末を見てからもう一度最初から見るパターンもあるらしい。楽しみが減るより、早く結末を知ることができる快感の方が大きいという。
・顧客の幼稚化が進んでいる。一昔前は「分からない」という感想を伝える場が無かったがSNSの普及によって低レベルな感想も共感を得られるようになり、その民意を無視できない製作委員会側の念慮によって低レベル向けの低レベルな作品が増えている。
・内的要因として、周りとの話題について行かなければ、個性的でなければ、という呪縛がある。
○○オタクは知識が無いと名乗れないが○○推しなら知識がないニワカでも名乗れる、ライト層の増加こそ推し活の普及の要因?「自分の好きなものを好きって言いにくくなった」
→時間とお金にかかるコストを異様に気にする現代は、単純に経済力の低下が要因としてある気がする。お金もない、時間もない、けど低くは見られたくない(失敗するやつはダサい)。こういった身の丈にあってない見栄が産んでいるのではないか。お金も時間もあった昔はそうしたことを気にしなかったのかも、と思った。
→夢や進路に過剰に生産性や社会貢献、意味を求められるらしい(エントリーシート、キャリア教育)。意味が無いことには価値がない、役に立たないといけない、回り道してはいけないという価値観が刷り込まれているのかも。SNSで常に同世代を見てしまう、比べてしまうという害もある。
・一日中、したくもない仕事をしてストレスを溜め込んで帰ってきて、あるいはLINEグループの人間関係に疲れ果てているのに、考えさせられるドラマなんぞ観たくはない。だからこそTVドラマにもスポーツ番組にも、ストレス解消という機能を求める。自分にとって快適なものだけを摂取したい。それを突き詰めると、「自分にとって快適な視聴方法で観たい」に至るのは自然なことなのかもしれない。不快だったり退屈だったりするシーンは飛ばしたい。見たくない。
→娯楽といえば楽しむもの、付加価値があるものというように0からプラスになるものだったが、今日の環境では娯楽とは辛い日々を0にもってくものになったためマイナスになりうる可能性があるものは全てシャットアウトされてるのかもしれない。何が楽しいのやら、と思う人は人生に大したマイナスがなく満たされてるんだと思う。自分はそっち側でよかった。
→皮肉なことに、日常が満たされてて娯楽が無くてもいい人は娯楽に質を求め、日常が辛くて娯楽が無くてはならない人ほどファスト的に娯楽を消費しないといけないのかもしれない。ほんとに必要な人にとっては質とか言ってる場合ではなく、即効性と量が必要というのが今のファスト消費の根幹にあるのかも。
Posted by ブクログ
私は若者ではないけど、まあまあ倍速視聴をする方だ。誰かとの話題についていこう、みたいなことは少ない。YouTubeなどはほぼ倍速。それから、同じコンテンツを何度も視聴はしないほう。(ドラマではなく)映画だけはなんとなくあまり倍速視聴はしないし、何度か繰り返し視聴もする。何話もあるものはゆっくり見てられないけど、2時間くらいなら、、、ということかと自分では思っていたけど、ドラマやアニメは、制作者側も説明的セリフを増やしたり字幕つけたりと、倍速視聴に対応しているせいだったかもしれない。
そして、同じように倍速視聴していても、若者の見方とは結構違った。見たいシーンだけ見るとか、サイトで結末見てからじゃないと安心して見れないとか。。。なるほどねえ。。
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