垣根涼介のレビュー一覧
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たった1回の予告編で「観たい」と思わせる映画は久しぶりかもしれない。そのまま原作を読む運びとなった。
映画の方(来年1月公開)はエグい描写もあるようだが、不思議なもので原作版だとそこは何の気なしに読み進められる。(※あくまで!個人の感想です) (下)で全てをまとめようか迷ったけど、(上)から凄かったので各々書いていくことに決めた!
時は室町時代後期、応仁の乱前夜。
土倉の用心棒として雇われていた天涯孤独の青年 才蔵は、ある事件をきっかけに骨皮道賢に見込まれる。道賢(恐らく姓名ともに偽名…)は市中のならず者を率いる頭目でありながら、幕府直々に市中警護役を任されている。
やがて才蔵は蓮田兵衛(こ -
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極楽征夷大将軍が良作だったので、勢いそのままに作者の別作品にトライ。大作である極楽征夷大将軍を凌ぐ、上下巻合わせて900ページ強の超大作。ただ読みやすさは極楽征夷大将軍以上で、こちらも引き込まれるように読めた。
私はそもそも知らなかったが、悪名高いと評判の宇喜多直家が主人公。武士の家に生まれながら幼少期に商人の家で育ち、家を再興した後も根っからの武士にはなりきらず、商人としての才を十分に発揮しながら、毛利、織田等の強国と渡り合いながらも、自身の領土を盤石なものにしていくストーリーは本当に面白かった。
一方、直家が幼少期から成長いていく中で、女性との出会い、情事がこれでもかとたっぷりと描かれてい -
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昔の移民政策の当事者達の復讐劇のお話。移民後の政府の説明とかけ離れた現地での惨状から始まり、時間は経ち、日本での当時の政府関係者達への報復へと移り変わっていく。
章ごとに視点が切り替わり、登場人物それぞれにストーリーがあり、皆んな何かを抱えており、全員に魅力を感じた。
前半では、移民後の凄惨な実態が語られ、日本政府へ憤りを覚え、衛藤達の報復を自然と応援したくなる気持ちになっていた。
とにかく後半の計画の実行になってからは、疾走感が心地よく、読み手を飽きさせない。
最後は、とても綺麗な終わり方で、ドラマの終わりを観ているような感覚…!
出会えて良かったと思える一冊でした。 -
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垣根涼介さんのハードボイルドな小説!
ヒートアイランドやワイルドソウルとは少し違う話。
コロンビアの移民の話や、子供の精神医学の話は少し興味が湧きました。
私の子供の頃の話ですが、学校の授業で母の似顔絵を描くという課題があったのですが、ほとんどの生徒がバストアップや顔だけの似顔絵を描くのに対し、1人だけ全身像を描いている子がいたのを思い出しました・・・
コロンビアの私のイメージは、マフィアやシンジゲート達が政治にも影響を及ぼし、貧困に喘いでいる国と思いましたが、一年中春の地域や秋の地域があり、住みやすそうな地域が存在する事が解りました、流石に軽い気持ちで行ってみたいとは思いませんが、様 -
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本のバックボーンは極めてシリアスなのだけど、入念に練られた復讐劇そのものは、最高のエンターテイメントだった。ほぼ一気読み。こんなに面白い本があるのか、という感じだった。
ブラジル棄民日系二世ケイとテレビ局報道部貴子の恋愛は、外務省襲撃事件の犯人とそのスクープ者というありえないような緊張関係の中でのもので、ハラハラしっぱなしだった。
外務省で棄民政策を実行した人の言い訳、自己正当化を読むと、ナチスでホロコースト運行列車を忠実に運営したアドルフ・アイヒマンを思い出した。曰く、「私の罪は従順だったことだ。」
私に命令した人がいる、悪い人がいるとしたらそいつであって自分ではない、と言いたいのだろう -
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信長の原理も気になっていましたが、
上下巻ということもあり、
まずは先に発刊されていたこちらをと手に取りました。
結果…とても面白かったです。
なんですか、これは…!
読み進めていく中で、
「最後の最後まで面白いじゃないか…!嬉泣」
という一言が思わず。苦笑
最初は、愚息と新九郎がメインで、
光秀はいつ登場して活躍するんだろうかと思っていたら。
光秀の人柄、周囲の人物、時代背景、
途中から光秀がどんどん走り始めます。
だけど、やはり愚息と新九郎が魅力的で。
その二人と光秀の友情というか、縁というか。
最後の最後まで全部が楽しかったです。
信長目線の「信長の原理」も読まなくてはです。 -
ネタバレ 購入済み
歴史小説ではなく現代小説。
2023年10月読了。
「歴史小説」に於いて、これ程有名で王道のテーマであるのに、現代の日本人に“今、此処に在る私達が考えるべき問題”として直接突き付ける「現代小説」として書き切った、著者の筆力と発想の奇抜さ、そして論理構成の巧みさに、心からの拍手を送りたい。
小説内の人物は(架空であるにせよ)、意図的に「現代の言葉」で語っている。それは「ある一時代の歴史」ではなく「普遍的な真理」について、有る者を糾弾し、また別の者を弁護しているからだ。そしてそれらは、決して小説内ではなく、恐ろしい程の精度で読者、即ち”読んでいる私達“へと向けられているからなのだ。
未読の方には、篠田節子氏の簡潔にして