池上俊一のレビュー一覧

  • パスタでたどるイタリア史

    Posted by ブクログ

    “パスタは、幾多の歴史や紛争を乗り越えて生まれた「極めて高度な文明の果実」である。”
    パスタが大好きで、当たり前のように日本の食卓にも並ぶけれど、たくさんの歴史が積み重なって今のパスタができたのだなと思った。パスタ屋さんが増えすぎて24メートル圏内のルール違反の競合パスタ店に睨みを効かせたい。
    あとアーモンドミルクで茹でたパスタが食べたい。小さい粒のパスタも食べたい。
    ブドウ畑が広がるトスカーナ地方や、ボローニャに実際に足を運んだとき、本書で見た話をきっと思い出すだろう。

    0
    2026年06月16日
  • 魔女狩りのヨーロッパ史

    Posted by ブクログ

    ハラリの著書「Nexus」を読んだ際、「人と情報」にまつわるエピソードとして、魔女狩りの例が述べられていた。

    その文章を読んだ私は「噂で魔女と決めつけられただけで、本当は何もしてない人が拷問されて火刑とかクレイジーすぎる!!人間ヤバすぎ!!」と衝撃を受け、それ以来魔女狩りについて深く知りたいと思っていた。
    その矢先、本書と出会った。

    噂ベースで魔女と疑われた人が、(さまざまな拷問によって)自身が魔女であることを告白し(させられ)、(魔女の集会であるサバトで見た光景をもとに)ほかの人々も実は魔女であると証言し(道連れにし)、芋づる式に複数の魔女が裁判で裁かれ火刑などに処される過程をぼんやり理解することができた。

    とくに上記の一連の流れを例示した事例が1章まるごと使って説明されているので、具体的なイメージを膨らませつつ魔女が誕生して処されるまでを(複雑な気持ちになりながら)把握することもできる。

    後半の内容については少々難しく、正直あまり覚えていない。

    子供たちの噂話から始まるイジメとかって、構造は魔女狩りと同じなんだよなぁ。そう思うと集団における人の心理なんて何百年経っても変わらないんだよなぁ(ナチスのホロコーストなんてまさにそう) と諦めに似た感情もわいてくる。

    今は『魔女』と聞くと可愛いキャラクターや魔法使いみたいな可愛らしいイメージがあるけど、過去に人間が犯した大きすぎる過ちは忘れてはならないと思う。

    0
    2026年05月30日
  • 魔女狩りのヨーロッパ史

    Posted by ブクログ

    p. 215-216 『さらに十八世紀になると理性尊重の啓蒙主義が、(…)広範な社会層に伝わって日常生活全般が「脱魔術化」する。すると人々は宗教的熱狂に陥ることはなくなり、悪魔の人間界の出来事への介入なども信じられなくなって魔女狩りは消滅した・・・というのは、分かりやすい道理かもしれないが、どこか現代人に心地よい進歩史観の物語にしてしまっているのではないか。(…)理性という認識の機械装置の根源的動力因は、人間の内部に潜む非合理な衝動なのであり、合理と非合理がたやすく入れ替わることは、二十世紀の次なる蛮行ーナチス・ドイツーを見れば明らかだろう。』

    管理不可能であるという不安からの解放を求め、大衆は架空のシニフィアン(今回の場合は魔女)を作り出し、そこにシニフィエ(不作や災害の原因であるという思い込み)を事後的に注ぎ込むことで、不安を管理可能なものへと作り替えようとする。シニフィアンはメディアを通じて伝播し、状況に即したシニフィエがその都度加えられ、創作の二次創作というシニフィエの断続的な横滑りが生じる。これがボトムアップ的・複数的な空虚なシニフィアン(φ)の構築だとすると、このφに政治的イデオロギーを注ぎ込みその複数性を単一性にまとめ上げ、国家統治に利用するという姿勢こそは、トップダウン的・単一的なφの構築と言えるのではないか。

    0
    2026年02月15日
  • 情熱でたどるスペイン史

    Posted by ブクログ

    他のスペイン史の本と並行で読んでいたが、難しい言葉が少なめで読みやすかった。
    確かにスペイン赤のイメージだわ!

    0
    2026年01月29日
  • お菓子でたどるフランス史

    Posted by ブクログ

    LGBT(お菓子)が主流の異成婚(水とか食料)より軽視されて当然だと思う。お菓子は文化発展に貢献してるんだからいいんだよ。何故主流と同じ扱いになりたいと思うのかって疑問もある。

    「しかし甘味料つまり砂糖は、香辛料とおなじように、生きるために必要というわけではありません。それはむしろより良く生きるために必要なものなのです。だから、甘いもの、そしてお菓子は、さしあたり、政治的・経済的な支配ではなく、文化的な支配の力関係のなかに取り込まれることになりました。文化的な価値であるがゆえに、人々は甘いものに夢中になるのです。そのことをまず押さえておきましょう。」

    —『お菓子でたどるフランス史 (岩波ジュニア新書)』池上 俊一著

    「それから、ケーキ(フランス語でガトー)にせよ、チョコレート(ショコラ)にせよ、アイスクリーム(グラス)にせよ、甘いものは、肉やご飯のように主菜・主食として食べられるわけではなく、食間のおやつとか食後のデザートといった、食事体系のすみっこに追いやられています。おやつもデザートも、なくてもよいようなものですが、ないと寂しいとか、物足りないとか、楽しさが欠けるとか、そんな思いになるでしょう。まさに画竜点睛を欠くのです。またお母さんとの、あるいは恋人・友人や家族との、特別な「思い出」につながっているお菓子も、少なくないでしょう。  すみっこにある余分なものだからこそ、お菓子には、生活に甘美なうるおいを与え、幸せな感興をわきおこす不思議な力があるのですし、また、そうした力を発揮させるような多様な工夫が、たえず加えられつづけてきたのです。あたかも、労働と対立する余分なものである遊びが、単調な生活に張りを与え、生きる喜びをもたらしてくれるようにです。」

    —『お菓子でたどるフランス史 (岩波ジュニア新書)』池上 俊一著

    「そしてこの「余分なもの」を、いかに丹精込めてつくりあげ大切にするかが、文化の質を測るひとつの基準となるのではないでしょうか。しかも驚くべきことに、歴史を遡ってみると、洗練されたお菓子たちは、いつでも文明の伝播ルートを忠実に伝って、文明度の高いところから低いところへ、東から西へ、西から東へと、各地に甘い夢を運んできたのです。」

    —『お菓子でたどるフランス史 (岩波ジュニア新書)』池上 俊一著


    「さらに、お菓子は「装飾」がとことん可能で、それが許されています。お菓子ほど建築や芸術に近い食べ物はありません。いくら芸術的でも、それは一種の「まがいもの」で、すぐに壊され、食べられてしまうものではありますが、他の食べ物ではあまり許されない、けばけばしい色彩やゴテゴテした飾り立てが可能なお菓子は、「洗練」や「繊細」といった感覚と親和的で、また「都会性」という価値が重要になってきます。田舎菓子も悪くはないのでしょうが、高貴さや贅沢、洗練という立場からは価値が下がります。この最後の点は、西洋菓子とりわけフランス菓子の真骨頂といえるかもしれません。」

    —『お菓子でたどるフランス史 (岩波ジュニア新書)』池上 俊一著

    「カレームの後継者としては、ユルバン・デュボワ(一八一八 ~一九〇一年)がいます。ロスチャイルド家の料理人として出発した彼は、カレームの仕事場を継いだアンスの弟子となり、ロシア貴族オルロフ公やプロイセン王宮廷の料理長にまでなりました。カレームの影響を濃厚に受け、料理は科学であり芸術だとした彼は、建築よりも彫刻に夢中になり、非常に洗練され凝った装飾を台座や縁飾りに積み上げ、複雑微妙で細緻な、城や古代遺跡などを設計しています。」

    —『お菓子でたどるフランス史 (岩波ジュニア新書)』池上 俊一著

    「フラヌールたちの目的地には、お菓子屋とならんで、カフェもありました。革命前にはパレ・ロワイヤル周辺に文学カフェや政治集団のたまり場カフェが多数あったようです。パレ・ロワイヤルは、もともとルイ一三世の宰相リシュリューの城館でしたが、その死後、王に遺贈され、国王ルイ一四世が移り住んだため、パレ・ロワイヤル(王宮)と呼ばれるようになりました。その後は、王自身でなく王族が住むようになり、のちにリシュリュー時代の建物は取り壊されて、庭園で囲んで建物が建てられ、店舗として貸し出されたのです。そこにはカフェ、レストラン、ダンスホールなどが入り、たちまち一大繁華街になり、パレ・ロワイヤルといえばこの区域一帯を指すようになります。」

    —『お菓子でたどるフランス史 (岩波ジュニア新書)』池上 俊一著

    0
    2025年06月02日
  • 魔女狩りのヨーロッパ史

    Posted by ブクログ

    ヨーロッパ史において度々発生した「魔女狩り」について、その起源とメカニズム、魔女が持つイメージの変遷について、多様な事例を取り上げつつ分析した書籍。村落や中小都市での生活の中で共同体が危機に陥り、それを契機に魔女の妄想が噴き出し、特定の住民への糾弾に結びついていく過程が平易な言葉で解説されていて、分かり易くかつ恐ろしく読んだ。形こそ異なれど、危機の時代における人々の悪意の向き方は現代もそう変わりないように思う。
    また、ヨーロッパの魔女には勝手に中世のイメージを抱いていたが、むしろ近世に魔女狩りが集中して起きていたことは意外だった。

    0
    2025年02月25日
  • パスタでたどるイタリア史

    Posted by ブクログ

    これも超面白かった。パスタもこんな紆余曲折を経てイタリアのメジャー料理になったんだって。しかもメジャーになったのは20世紀とかの最近の話っていう。植物性より動物性が優遇されてパスタ(小麦)とオリーブオイルが消えていた時代とかもあるらしい。大好きなニョッキの話もあった。

    0
    2025年01月05日
  • 動物裁判

    Posted by ブクログ

    891

    236P

    ヨーロッパって日本は辿らない歴史辿ってて面白いなと思う。動物裁判でモグラとか毛虫に裁判かけてるってギャグとしか思えないことが本当にあったからな。中世の世界史とか全然知らない所とかめちゃくちゃあってほんと教養が無くてつらい。

    中世の世界史とか全然知らない所とかあって、中学受験でもしてればもっと教養があったんだろうなと思う。ほんと付け焼き刃な勉強しかしてこなかったことを後悔してる。中学受験しないと勉強に目覚めるのが遅くなるからね。

    池上俊一
    1956年、愛知県に生まれる。1983年、東京大学大学院西洋史学科博士課程中退。1986〜88年、フランス国立社会科学高等研究院留学。現在、東京大学教養学部助教授。専攻は西洋中世史。主な著書に、『歴史としての身体』──柏書房、『狼男伝説』──朝日選書、『魔女狩り』(監訳)──創元社、『中世の夢』(訳)──名古屋大学出版会など。講談社現代新書にも、『魔女と聖女』がある。

    動物裁判(どうぶつさいばん)・・・中世ヨーロッパなどにおいて行われた、人間に危害を加えるなどした動物の法的責任を問うために行われた裁判手続を指す。世俗法に基づく刑事裁判のほかにも、教会法に基づく裁判がある。

    動物裁判 (講談社現代新書)
    by 池上俊一
     ついで、あるいはそれらといっしょに、今度は昆虫や動物を悪魔や悪霊などの悪の世界の手先ないし化身とみなし、祓魔の儀式をおこない、呪いの言葉を発する、という段どりがある。  このような神の慈悲にすがる儀式と悪魔祓いの儀式は、裁判の開始に先だっておこなわれるのが普通だったと思われるが、裁判の途中でそれらの実施が決定され、それがうまくゆかないときに、破門宣告をくだす、という手はずになることも多かった。

     裁判のなかでブタの所有者は、子供は恐怖のあまりショック死したのだと指摘し、ブタは、自発的に襲いかかったのではなく、子供の叫びにひきよせられてそのまわりにあつまっただけだ、と主張した。そこで、裁判官のバイイの刑事代行官は検死を命じた。検死にあたった外科医は、子供の身体になんら切断のあとをみとめなかった。ゆえに、子供はショックで熱にうかされて死んだのであり、ブタたちはなにひとつ悪事をはたらかなかったのだとして、無罪とされ、所有者にかえされるべきことが宣言された。

     しかし斬新なのは、刑吏が、ブタに人間の衣服をまとわせたことである。ブタの鼻面は切りおとされて、その鮮血あふれる生傷の上に人面を装着され、同様に腕を切りおとし、その後、胴体に上着、前足に白手袋、そして後足には半ズボンをはかせられた。このような格好をさせられたあと、ブタは綱で絞首台に引きあげられたのである。  この奇妙な変装は、いったい、どんなわけがあってなされたのであろうか。まずブタが鼻面と腕(脚) を切りおとされたのは、ブタの犯した罪と同等の罰をくわえる「目には目を歯には歯を」の、反座法(同害報復) の原則にのっとったものだということができよう。

    すなわち、獄中に動物をかこっておいた費用として六ソル(パリ貨)。パリから四八キロはなれたムランに処刑のため出向した刑吏に五四ソル(パリ貨)。車で雌ブタを刑場まではこぶ費用として六ソル(パリ貨)。ブタをむすび引きあげる縄の費用として二ソル八ドニエ(パリ貨)。手袋(刑吏が病気あるいは不浄・伝染予防のためにはめる) 代二ドニエ(パリ貨)。そして、それらを裁判費用とあわせて、総計六九ソル八ドニエ(パリ貨)、という莫大な額が、犯人の動物所有者に請求されたのだという。  かくて、ファレーズでは裁判・処刑は公の出費であったのに、ムランでは犯人=被告の所有者に請求されている。あるいはむしろ、ファレーズにおいても、国王あるいは領主はあらためて必要経費を動物所有者に請求した、と考えるほうが妥当かもしれない。

     一五世紀にはいっても、ブタの受難はまだまだつづく。とくにブルゴーニュ地方とロレーヌ地方では、一五・一六世紀に各地の領主裁判所やプレヴォ裁判所もしくはバイイ裁判所、あるいは(ディジョンの) 地方最高法院で、子供を食べたり圧殺したりしたブタが、数多く裁かれ、刑場に散っている。すべてを紹介できないのが残念である。

     さらに、一七五〇年九月には、パリの南に接するヴァンヴで、雌ロバが、主人とともに獣姦で裁判にかけられたが、無罪となった。というのは、証人たちが口をそろえて、そのロバは、きわめて品行方正で、スキャンダルなどおこしえない有徳の動物であり、かれは主人に一方的に強姦され、けっして自らすすんで罪を犯したのではない、と主張、それが確認されたからである。ちかくの修道院の院長は、ロバの品行につき、証明書までかいたという。

     ドイツ文化圏も、この性的逸脱による動物の犠牲をみずにはすまなかった。三件のみあげておく。  一六八一年五月、シュレジエン地方(今はポーランドに属するが、かつてハプスブルク家支配下にあった) のヴュンシェルブルクで、グレーハウンド犬・雌ウシ・雌ブタ・雌ウマ・雌ヒツジとつぎつぎと交わった男が、雌ウマとともに生きながら焼き殺された。

     獣姦は、人間と文明の尊厳をおびやかすこのうえなくおぞましい罪であり、当局が禁圧に 躍起 になっていたのは当然である。しかし、性行為の相手である動物も法廷に召喚されて「責任」を追及され、数多く火刑台の灰と消えていったのはどうしてか。やはり動物にも、「意思」を仮託していたのであろうか。

     獣姦が、いかに嫌悪されていたかは、盗みや殺人の罪で処刑されることになった犯人たちが、獣姦の犯人といっしょには処刑しないように請求して、みとめられることがあったというエピソードが、如実にかたっている。

     ブタ以外に、他の家畜、ウシやウマ、イヌやネコ、ヤギやヒツジ、あるいはロバやラバも犯罪者名簿に名前をみせることは、紹介してきたとおりである。獣姦の共犯では、ブタやウシよりもイヌ・ヤギ・ロバ・ラバが、むしろ多い。また、処刑のしかたは、絞首刑(扼殺ののち絞足刑) がもっとも普及していたが、その他、火刑・撲殺・生き埋め・溺死刑など、何種類かあった。とりわけ獣姦や魔術で裁かれる獣にたいしては、火刑が大半であったことはすでに述べた。

     さて、ヨーロッパ中世・近世の人たちが、法の掟に従属させたのは、じつは動物だけではない。なんと、植物や静物をも、人間が裁いた例が散見されるのである……。

     中世のアルザス地方のホーフェンとビューレンちかくのヘッツェルホルツの森で、殺人が犯されたが、その犯人をみつけだすことはできなかった。ストラスブールのプファルツ(市庁舎) 裁判所は、やむなく森の死刑を宣告し、その森の大樹林は伐り倒され、 藪 と 灌木 しかのこらなかった、という。  これはどう考えられるだろうか。殺人犯が森ではなく、姿をくらました人間であることはだれにとってもあきらかだったはずだ。それでも森を犯人にしたてたのは、罪が犯された事実にたいし、だれかが落とし前をつけねばならぬ、それには、殺人に場を提供し、殺人を手をこまねいてみまもっていた森以上にふさわしいものはいない、と擬人化して考えられたのであろうか。

     一四七九年、南仏ニームの司教代理判事裁判所は、ネズミとモグラに破門警告の召喚状を発した。  同年、ローザンヌ司教代理の前で、ベルン(共和国) の尚書長の要請により、毛虫にたいする裁判がおこなわれた。公選弁護士となったのは、著名な法学者、フライブルクのジャン・ペロテであった。  一四八〇年五月、ミュシーとペルナン両村の住民を救うため、オータン司教アントワーヌ゠ド゠シャロンの総代理により宣せられた命令は、毛虫にたいして、主任司祭たちが断罪・威嚇の文面を教会でよみあげ、また効果が歴然とあらわれるまで「破門宣告」をくりかえすようさだめている。

     一五八七年四月、サヴォワ地方のサン゠ジャン゠ド゠モーリエンヌちかくのサン゠ジュリアン村で、ブドウ園を荒らしたため緑色のゾウムシが告訴された。

     また一六世紀には、レマン湖の大発生したウナギにたいし、ジュネーヴとその近隣の住民は、司教にたのんで破門宣告をくだしてもらい、それが効を奏して、ウナギの害から解放された、という。  一六七〇年五月、クレルモンのセネシャル刑事総代行官と裁判所付き弁護士は、呪いと破門の判決を、原告の住民の果樹園を荒らす毛虫や幼虫・ミミズのような小虫に宣告するため、司教代理判事に請願を提出した。審理がはじまり、原告と被告双方の代訟人の弁論がおこなわれた。毛虫は未成年者とみなされ、補佐人と弁護士もつけられた。司教代理判事は、判決をだし、六日以内にその地域から撤退するよう破門で威嚇することを命じた。

     一七世紀末ないし一八世紀初頭、オーヴェルニュ地方のポン゠デュ゠シャトーちかくのブドウ園を荒らすナメクジや毛虫に手を焼く住民が、クレルモン司教の総代理に提訴した。かれらは、虫たちが侵入地からただちにたちさるように裁判請求をしたのだが、総代理ははじめからその請求にしたがう必要をみとめず、まず、祈禱と聖水散布を命じることで満足した。

    一七六〇~七〇年のあいだ、フランス東部フランシュ゠コンテ地方のブザンソン付近で毛虫(青虫) が激増し、農民らを底知れぬ不安におとしいれた。不安は的中し、翌年、うんかのごときチョウの大群がとびたつのがみられた。司祭は、イエズス会の説得もあり、これらのシロチョウは悪魔の化身にほかならない、と確信し、それにたちうちするには霊的武器にすがるのがよい、と悟った。

     これまで、フランスに焦点をあて、スイスにも目くばりしながら、破門の例を通覧してきた。以上が知られているすべての事例であるわけではもちろんなく、とりわけ、フランスでは、上に紹介しなかった地方、たとえば、ノルマンディー地方・ブルターニュ地方・リヨネ地方などにも昆虫や環形動物・軟体動物の破門がみられ、ほとんど国土全域に普及した慣行であったことがうかがわれる。

     そうした状況において、まず初期の、動物裁判に興味をいだいた者、そして部分的には今日でもなお通俗的・啓蒙的な見解を奉じている人たちは、つぎのように動物裁判を理由づけている。すなわち、中世という時代は、暗黒時代であり、そのように、精神もぶあつい暗雲におおわれ、いまだ開明の光に照らされていなかった。だから人々は、愚劣な迷信のとりことなりつづけ、種々の野蛮な慣行にどっぷりと漬かりきっていたのであり、そうした愚行のひとつとして動物裁判があったのだ、とそのように説かれてきた。  しかしながら今日では、このように簡単にかたづける研究者は、ヨーロッパ中世を暗黒時代とするのが時代おくれであるのと同様、劣勢である。中世暗黒説が否定されるのとおなじ勢いで、動物裁判=迷信・愚行説は背後に退き、なんらかの正当なる「根拠」をさぐる試みが、いくつかなされてきた。

     いずれにせよ、擬人化説の最大の弱点は、つぎのことであろう。文学・神学や美術には、擬人化は、中世の非常に早い時期からあらわれ、そればかりか、中世が模範としたのがギリシャやローマにさかのぼる寓話や説話であったことから明瞭なように、すでに古代からさかんに擬人化動物は造型されてきた。別様のかたちではあれ、それは、古今東西、世界中、いつでもどこでもみられる傾向である、ということさえできる。

     それは、わたしが動物裁判を論ずるモチーフともかかわっている。わたしは、別段、錯乱や怪奇現象に興味があって、この主題にのめりこんでいるわけではない。そうではなく、歴史の神髄は、しばしば一見ささいな、とるにたりない、しかし不思議でちょっと気になる現象のなかにこそあると、考えるからである。 「鳥の視点」と「虫の視点」をあわせもちつつ、その秘密をよみ解くことは、はじめから感情の微細なひだや情念のうねりを排除したところに成立した実証主義の近代歴史学の方法よりも、ずっとなまなましく過去の魂を呼びもどすことができる、と信じている。その意図の当否、あるいはその実践の成否は、本書を最後までよみすすまれた読者のきめられることである。それでは、具体的個別的事例を点検した「虫の視点」をはなれ、今度は、動物裁判の盛行した時代とそれを前後する時代の人間・文化と自然の関係について、より大きな文脈、「鳥の視点」から考えてみようと思う。

     一三世紀のアリストテレス主義は、プラトンのイデア論や宇宙論をきびしくこばみ、別種の自然像を提示した。アリストテレスの自然界においては、すべてはそれぞれ質料から形相へとむかううごきのなかにある。そしてうごきの主体としての運動体は、かならず分割可能な一定の大きさをもつものでなければならなかった。また霊魂は、自然的で可能的に生命をもつものにしかないと考えられ、プラトン主義のように、宇宙・自然全体にはたらく宇宙的原理とみなす説は、退けられた。

     宇宙や自然の謎は、天体から人間の心身や動植物とそれらの器官、そして極小の四元素にいたるまで、各レベルでその組織・組成の一般法則、作用と分類が、質料・形相論をもちいて解明される。そして、存在と有機体の機能にかんして、目的論的見解が採用される。くわえて、観察・実験・数学の利用も、この時代に最初の跳躍をみせる。

     騎士道文学においては、森は一種の「異空間」として、普通の人間には容易にちかづけない場であった。そこでは、都市の法・国家の正義も、王の権威や宮廷・都市・農村の社会関係も、効力を発揮しない。うすぐらく深い森は、隠者のほかに、法や秩序にみすてられ、あるいは自ら世をすてたアウトローや、狂人・盗人、そして遍歴騎士のすみかとなった。

    動物裁判をめぐるわたしたちの考察も、おわりにちかづいてきた。動物裁判は、ヨーロッパ固有の現象であり、日本、あるいは東洋には存在しなかった。いや存在しないどころか、動物裁判などという発想は、東洋人には、さかだちしたって浮かんでこないだろう。このちがいは、なにがもたらしたのであろうか。

    古来、東洋人と西洋人の自然にたいする態度には大きなへだたりがあった。その相違は、皮相なものではなく、文化の核心にふれる根深いものである。だからここで、東洋人、とくに日本人の自然へのかかわりを比較のためにもちだすのは、西洋人と自然との関係、ひいては西洋文明にひそむ大きな問題を白日のもとにさらすとともに、動物裁判のもつ深い文化史的意義をいっそう際だてるのに役だつと思う。日本人の自然との関係全体を論ずるわけにもゆかないので、彼我の相違が一目瞭然にみてとれる、「動物観」と「植物観」に的をしぼって観察してみよう。

    0
    2024年06月28日
  • 魔女狩りのヨーロッパ史

    Posted by ブクログ

    2024.05.24
    私には大変良書。「ヨーロッパ近世」というわかりにくい時代を「魔女狩り」という側面から解きほぐしてくれた。
    大いに知的好奇心を満足させてもらえた。岩波新書の存在意義を感じる。

    0
    2024年05月23日
  • シエナ-夢見るゴシック都市

    Posted by ブクログ

    私のクリスチャンネームである「シエナのカタリナ」ゆかりの町について知りたくて読んでみた。シエナの歴史、芸術、見所、魅力がコンパクトにまとめられていて、「行くぞ、シエナ!」という気にさせられた一冊であった。

    0
    2024年04月03日
  • 魔女狩りのヨーロッパ史

    Posted by ブクログ

     魔女狩りという暗黒の歴史を分かりやすく説明している。予想通りかなり不愉快な内容だ。
     キリスト教が背景とするアダムとイブの伝承において女が邪婬なものと考えられていたことが関係している。閉経した女性に対する露骨な差別が魔女伝説につながっている。
     また教会や王権の正当性を高めるために対局の悪の存在を創出したとも言える。愛の宗教であるはずなのに、どちらが悪魔なのか分からない。
     キリスト教に限らないが、原理主義的な考え方は極論になりやすい。正義の強調のために、強力な悪の存在が想定されてしまう。これは欧州の人々の底流を流れる考え方なのだろうか。科学を生み出す土壌であるとともに魔女狩りのような暗黒史も作り出してしまう。これは決して過去の話ではないような気がする。

    0
    2024年04月01日
  • パスタでたどるイタリア史

    Posted by ブクログ

    19世紀末に出版されたアルトゥージのレシピ本が現代に直接つながるイタリア語を作り、イタリアという統一国家を作ることに貢献した、という部分と、母=パスタ、パスタ=母、という部分、野菜食いからパスタ食い、という部分に、イタリア社会におけるパスタを中心とした食文化の存在感の大きさを感じた。

    0
    2023年07月11日
  • 歴史学の作法

    Posted by ブクログ

     「はじめに」として、「どのように歴史を考え、研究を進めるべきか、学会の状況をも踏まえて深く、そして広く考え、明確なメッセージとして読者に届けたい」とあるように、近時の歴史学の動向を大掴みに示しつつ、それらに対する著者の考え方や見解がはっきりと打ち出されていて、非常に面白かった。

     著者の主張を端的に言えば、社会史及び心性史をもっと進めようということになる。輪郭が曖昧との批判もあるが、社会的結合関係や心性こそが歴史の母体にして骨組みなのだから。

     以下、まずは史料批判や歴史叙述の方法論など歴史家にとって必要な技法についての説明がある。
     ます、歴史学にとって重要なことは、時間的パースペクティブ=道筋の下で全体としての歴史的世界の構造とその変容を見透し、出来事・行為などの意味と価値を明らかにし、理解していくこと、であると言う。その上で、「概念」の問題、因果関係、時代区分論について、見解が示される。
     ここで今流行りのグローバル・ヒストリーについても言及があり、著者は、「接続・交差と統合に目を奪われて歴史的現実が平板化・標準化され、抽象的人間と空間のゲームのような歴史に見える」と手厳しい評価をしている。
     「第2章 いかに歴史を叙述するべきか」では、言語論的転回に対する見解その他が、「第3章 史料批判は終わらない」では、各種歴史補助学の進展や、オリジナルとヴァリアントに対する考え方の変化、オーラル中島ヒストリーを巡る「記憶」と「歴史」の関係などが論じられる。

     第5章以下は、心性史と感情史、社会史、民衆史(マルジノーのような周縁者、女性、子供等)、文化史、身体史、環境史、政治史など各分野ごとに、それぞれの成果や課題・問題点などを洗い出すとともに、今後の在るべき方向性が主張される。

     ”役に立つ歴史学“とすることについては著者は否定的である。しかしながら、歴史を知ることは現在の理解と未来に向かってのより良い生き方に繋がることを著者は信じてやまない。これまで自分は歴史関係の本を結構読んできたが、本書は、読者である自分にとって歴史を学ぶとは何なのか、改めて考える良いキッカケを与えてくれた。

    0
    2023年03月27日
  • ヨーロッパ史入門 市民革命から現代へ

    Posted by ブクログ

    今までのヨーロッパ、そしてこれからのヨーロッパが非常に分かりやすく書かれていた。大戦以降、ヨーロッパは影響力を失っているように見えるが、実は世界は急激にヨーロッパ化(生活スタイルや民主主義など)しているという記述が興味深かった。

    0
    2023年01月28日
  • お菓子でたどるフランス史

    Posted by ブクログ

    フランス菓子を通してフランス史を語っている作品。楽しく学べるフランス史である。  フランス菓子の歴史を通して、フランス史が語られる作品。「フランスの精髄」が前編にわたって語られている。これは、様々な人種や地域を一つにまとめる力をもっていて、国土と不可分なのだという。

     悪くいえば「フランスの精髄」は、お高くとまっていて、公の場ではフランス語しか認めないというような孤高の矜持。グローバル化が進んだ現代にどこまで守りきれるのかと筆者は述べている。

     筆者によるとフランスよりも日本の方が美味しいフランス菓子が普及しているらしい。筆者は言う「今日では、フランスの精髄は日本に宿っているのではないだろうか。」巻末のお菓子のフランス史年表が気に入った!

    0
    2026年01月18日
  • お菓子でたどるフランス史

    Posted by ブクログ

    ジュニア新書だが、高校生でも楽しめる内容で大変面白かった。フランス史は今まで興味を持っていなかったが、この機に自分の興味ある分野の他にもフランス史の本を読み込んでみようと思った。

    0
    2021年09月06日
  • 動物裁判

    Posted by ブクログ

    中世の時代、人間は自然を自分達のシステムの中に押し込めようとした。その結果の一つとして、動物裁判が行われたのだ。
    現代から見れば滑稽無糖な風習も、本質を探っていけば当時の人々の価値観や思想が垣間見得る。
    歴史的事象からその時代の本質的部分を探っていくことが、歴史を学ぶ楽しさの一つであると知った。

    0
    2020年09月03日
  • パスタでたどるイタリア史

    Posted by ブクログ

    料理が苦手な男性でも、パスタは作る人は多いと思う。スペイン統治時代の貧困や、母親と家庭、新世界からのトマトなどの融和など、興味深い話が多かった。

    学生自体にこんなことを教えてくれる先生がいたら、興味を持って世界史をより学んだと思う。姉妹本のお菓子でたどるフランス史、もおすすめ。

    0
    2019年11月26日
  • お菓子でたどるフランス史

    Posted by ブクログ

    いろいろなケーキを目にすることはあっても、その由来は知らずにいたので読んでみた。お酒や絵画と同じく、ケーキもそのストーリーを知ることで楽しめると感じた。

    ル・ププランというお店で、サントノーレというケーキを一目惚れして購入し、そのいわれを調べたのが本書を読んだ遠因だが、スイーツにそこまで興味がない私でも興味深く読むことができ、ケーキを好きになったと思うので、とても印象に残った本となった。

    本書に限らず、児童文学は大人にとっても面白い本が多いと感じる。

    0
    2019年11月10日
  • お菓子でたどるフランス史

    Posted by ブクログ

    趣味が高じて本出しちゃった、みたいな本。 フランス史、と書いてあるものの、特に序盤などはフランス以外の部分も多い。簡単にではあるが世界史の流れも書いてくれているので、背景知識がゼロでも常識程度の世界史の知識で何とかなると思う。読んでいてとても楽しい。

    0
    2018年08月03日