池上俊一のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
フランスと言えば、グルメ。その中でも甘ちゃん好きが思い浮かべるのはお菓子。ということで今回は、お菓子から見たフランス史の本を取り上げる。
本を読んでいてフムフムと思う点があった。それはイタリアから洗練された料理やマナーを教わらなかったら、今の「料理はフランスが一番」とはならなかったということだ。著者曰く、特にものすごくおいしいと言うわけでもなく、フランス人の食に対する知識や感性が鋭いと言うのは「まったくの嘘」という結果のアンケートがあったと言及している。
では、どうして「幻想」なのに、謝罪会見をしたり、裁判に訴えられることがないのか。それは、絶対王政以降、フランス各地の食材や料理の良い所を取り入れ、中央集権体制の元で、「フランス料理」のイメージが作られて、高級料理としての地位を確立して広く世界に普及したからと著者は指摘している。やはり、イメージ戦略はいつの時代も重要だな。
日本でも、鉄道の発展に伴って地方の名産品が全国に広まって、今では全国的に有名になったお菓子や駅弁は数知れず。フランスでも、鉄道のおかげで、地方でしか手に入らなかった食材や、知られていなかった地方のスイーツが有名になったとある。
お菓子が存在する理由について著者は以下のように述べている。
しかし、甘味料、つまり砂糖は、香辛料とおなじように、生きるために必要というわけではありません。それはむしろよりよく生きるために必要なものなのです。
確かに生活必需品かと言えばそうではない。しかし、甘ちゃんには必要な「人生の栄養源」の1つだ -
Posted by ブクログ
フランス菓子の歴史、楽しいです。お菓子がいかに政治・経済・社会・宗教・文化と結びついているかということがよくわかる。侵略の歴史や王家の婚姻とも密接に。
たとえばマカロンやアイスクリームは中世、イタリアからフランスに嫁入りしたカトリーヌ・ド・メディシスによって伝わったし、チョコレートはスペインからやってきた。スペインの王女アンナがブルボン朝のルイ13世に嫁いだことがきっかけ。
序章で「私の信じるところでは、ほんとうに歴史を映す鏡として、社会や文化の重要な要素として、それらを象徴するものとなっているのは、フランス菓子だけだと思うのです。」という著者の主張はちょっとだけ強引な印象。
P82~83
イングランドなどプロテスタントの国では、料理・食べ物とは、飢えを鎮めるためにあるのであり、新たな食欲をかき立てるようなことは好ましくないとされました。そして、市場で高い金で食べ物を買うよりも、自分の菜園から取ってきたもので済ませられればなお良いとされ、健康によい質実剛健な食べ物を奨められました。料理書にも、単純さと節約が大いにほめたたえられています。プロテスタントの国々は、フランスやイタリアがとったような、料理を社交と善き生活術の一部とするだけでなく、芸術の一分野にまでしてしまう路線に反抗しました。
ところがカトリック諸国にとっては、美食と誠実、礼節は相反するものではまったくありませんでした。それは、大食や食いしん坊、酔っ払いとは違うのです。飲み食いして素直に快楽を感じるのが、どうして悪いことでしょうか? -
Posted by ブクログ
パスタに詰まった壮大な歴史
今や町中に行けばパスタを扱っている店は数多く、一体どれだけの種類があるのかと思わせる。
しかしながら、日本でなじみ深いものといえばせいぜい3、4種類程ではないだろうか。
本場イギリスでは数多くの種類が食べられているというのはご存知の通り。
この数の多さとそれに使うソース、具材からイタリアの歴史を見ていこうというのが本書である。
まずは巻頭のカラー写真。
これを眺めているだけでも面白い。
本文中にはふんだんに地図や史料が使われているので楽しみながら読み進められる。
コラムとしてあげられているイタリア各地の名物パスタは、写真や図がないので少々イメージしにくいものの、読み物として楽しめる。
個人的には第二章『文明交流とパスタのソース』、第四章『地方の名物パスタと国家形成』第五章『母と子の思い』が興味深い。
第二章は文明が交流していく家庭で、味が洗練されていく様子が伝わってくる。
これまでも『砂糖の世界史』(岩波ジュニア新書)『茶の世界史』(中公新書)でも感じた、世界が出会う瞬間の興奮がここにもある。
唐辛子、トマト、チーズ......当たり前のようにパスタのお供だと思われているこれらの食材がどのようにパスタと出会ったのか、考えてみると奇跡的だ。
第五章は「マンマの味」の裏を考察する。
本質的に母親を想起させるパスタ。
家庭の守り神としての母の姿は美しく、素晴しいものであるが、しかしそれはいつまでも通用する理屈なのかと著者は疑問を投げかける。
カトリックのダブルスタンダード、ブルジョワの規範、ファシズム体制下の女性の役割.....
そこには政治、宗教、社会的イデオロギーが横たわっているのではないか?
なにも母親の愛情としてのパスタが悪いわけではない。
それを利用していた社会の存在について深く考えさせる疑問である。
第六章ではパスタの敵対者たちを扱う。
アメリカへの移民という話がでてきているが、ここからアル・カポネについて調べていくのも面白いのではないかと感じた(本文中では移民について、という所までで話が区切られている)。
身近なものを通して一国の歴史を辿るーー。
これは非常に好奇心をかき立てる。
一つの料理の中にはたくさんの歴史が詰まっていることを考えると、自分が今ここに生きていることの奇跡を感じる。
その重みがおいしいパスタに凝縮されている。 -
Posted by ブクログ
フランス菓子は世界一?
著者はカントリー風のお菓子も良いには良いが、なんだか冴えない印象だと述べている。
少し言い過ぎのような気もするが、確かに映画『マリー・アントワネット』にでてくるようなお菓子にふさわしいのは素朴な茶色いお菓子ではなく、真っ白な生クリームに柔らかなカスタード、うっすらと頬をそめたような桃色......。
デパートの地下にあるお菓子売り場に行けば、人が群がっているのは入り口近くのフランス菓子を扱う店。
人気なのは間違いない。
著者は和菓子については対抗関係にない、全く別の「美」であるとして同じ土俵においていないことを付け加えておく。
フランスの歴史をお菓子とともに歩むのは面白い見方である。
その中で大事なのが「精髄」というもの。
これがフランスの根幹にあるのだそうだ。
精髄は国土と不可分でそこを離れてはあり得ないもの。
終章では、その「精髄」がグローバル化のなかでどう保つのかにまで言及している。
初めは甘くなかったお菓子が大航海時代を経てどんどん甘く、美しくなっていく様子は読んでいて楽しい。
紅茶の世界史のようで、初めはごく小さな地域の物語が、ある時を境に大きく広がっていく様子は歴史の面白さを感じさせる。
女性差別がまだまだ根強かった頃、女性には真の美食能力はなく、グルメにもワイン通にもならないが、甘いものには通じていると考えられていたそうだ。
また、チョコレートは女性を気絶させるほど院微な飲み物で色欲と結びつけられたとも。
全く何の根拠もないが、18世紀になるとその女性性がお菓子界を牽引するようになっていた。
動物の時代から植物の時代へ......。
この力関係が変わっていったのも興味深い点である。
以前紹介した『お菓子の由来物語』を隣において見てもらった方がより具体的にお菓子の姿がわかると思う。
(本書の参考資料でもある)
本書ではかわいらしいイラストが巻頭にカラーで載っているが、お菓子自体の写真はなく、聞き慣れないお菓子だとわかりにくいのではないか。
主に歴史上の人物、場所については写真も使われているが、肝心のお菓子はというと、イラストなので残念な気持ちになる。
とはいえ、一国の歴史をじっくり学べるのでフランス史に興味があれば有意義な読書になると思う。 -
Posted by ブクログ
メンクイである。ルドルフ・ヴァレンティノに代表される二枚目スター
(今のイケメンではない)も勿論好きだが、麺類が好きだ。
うどん、そば、ラーメン、焼きぞ場、そうめん、冷麦。そしてパスタ。
白米がなければ3食が麺でもまったく問題なしである。
本書はイタリアと言えばパスタ!のパスタの変遷を、イタリアの歴史と
共に辿るジュニア向けのお話である。
ジュニア向けなので少々物足りない部分もあるのだが、駆け足でパスタと
イタリアの歴史を覚えるのにはいいかも。
既にイタリアの国民食と認識されているパスタも、その昔は王侯貴族や
富裕層の食べ物であり、庶民が口に出来るのはハレの日のみだった。
今じゃアルデンテなんていわれるけれど、そもそもは煮込んでかなり
柔らかくして食されていたのだ。
イタリアのマンマの味とされるパスタであるが、そうなったのにはキリスト
教カソリックの女性差別が裏にあったのではないかとの著者の考察は
興味深い。
スープで煮込んだり、チーズだけで食されていたり、元々はごくごく
シンプルに食べられていたパスタ。次にパスタを食べる時は、胡椒と
チーズだけでシンプルに作ってみようか。
それにしてもパスタは色んな形があって飽きないね。ビンに入れて
飾っておくだけでも楽しいもの。 -
Posted by ブクログ
シエナを愛する歴史学者がシエナを愛するがゆえに、シエナへの愛を心の限り綴った、シエナ讃歌。
しかしそこは歴史学者、アカデミックな内容を想像よりも濃く盛り込んでおり、加えて無味乾燥な事実の羅列になりがちな編年体の記述を捨てて、今のシエナから過去を紐解いてくという、全編にわたって読み手を飽きさせない構成をとっている。
この書を読み終える頃、読み手はなんとなく、おぼろげながらシエナをわかった気になり、読む前よりは確実にシエナを身近に感じることになるだろう。
この書の読者にシエナの歴史や文化を緻密に、正確に学ぼうとしている人がどれほどいるのか、ということを考えれば、このおぼろげ、なんとなく、が非常に重要なのである。つぎのステップに進むには非常に良い加減なのである。
シエナを本当に学びたくなったら、この書を元にさらなる知識を求めたらいいし、巻末の参考文献の一覧など、さらなる知識への道標は随所に記されている。
そしてこの書を片手にシエナを訪れれば、ガイドブック片手のおきまりな観光よりももっと深いシエナと出会うことができるに違いない。
私は1週間後、この書を片手に2回目のシエナに立つ予定である。
さて、今度はのんびりとフォンテ巡りでもしようかな? -
Posted by ブクログ
・その場では「へ〜」と思っているはずなのに読み終えると忘れてしまう鳥頭よ。ジュニア新書とはいえジュニアには理解できるのか……いやわかりやすくは描かれているはずだけど……という感じ。まあそもそも世界史詳しくないけどヨーロッパってすごい領土を取って取られてって感じなんだなと思った。信長の野望みたい。あと第二次世界大戦くらいとかまで普通にイタリアが王政だったことにびっくりした。というかイタリアの歴史のスタートが早すぎるよね、ローマ帝国とか有名じゃん?と思うけどそれはもう紀元前後くらいの話なのであった。そう考えるとアメリカってポッと出すぎる気がするけどなんであんなに大きくなれたんだろうなー。
・昔ヘタリアが好きだったので、「南イタリアと北イタリアはだいぶ性質が違うんだなあ、だから2人いたんだなあ」とか「オーストリアとかフランスとかドイツとか、仲良さげに描かれてたけどアレ全部支配だったのか……」とか色々思った。あとハプスブルク家ってスペインにもいたのか!とかなりびっくり。デカすぎないか。ヨーロッパの土地勘がわからないけどとにかくイタリアは占領されまくって大変だったんだなという感じ。市民生活も不安定だっただろうね。
・ミネストローネがパスタの前身だったのは知らなかった。確かに今もマカロニ入れて食べたりするけど。あと昔のパスタはチーズだけとか味付けがかなりシンプルだったのもびっくり。日本ではカルディくらいでしか見ないパスタも向こうではメジャーだったりするんだろう。よく考えたら味は大して違わないはずなのにそれだけバリエーションがあるのは不思議なことである。やっぱり地元愛的なやつだろうか。
・カトリック、かなり最悪だけど、日本より宗教との結びつきは強いだろうから反発するのも大変なんだろうな。
・反パスタ推進側の人たちも実はパスタ大好きだからうまくいかなかったの可愛かったですね。おいしいもんね。
・南の方はイスラム文化が混在しているというのがやはり気になる。今度南イタリアも行ってみたいなー。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ本書タイトルに含まれる「魔術師」は本文中では「カニングフォーク」「カニングマン」「カニングウーマン」として表記され、「まじない師」というニュアンスが適当ではないかと思われる。
本書によると、カニングフォークのパワーソースは、たとえ悪魔を使役するようなものであったとしても、そもそも神が悪魔を従えているのだから、神の力であるとする。少なくともカニングフォークはそのように弁明したという。魔術が悪いのではなく、魔術を悪用する依頼人が悪いという趣旨の裁判結果もあったそうな。
おもにTRPGを通じて魔術というものに触れてきたが、まじないというものが信仰に由来するという考え方は思いもよらないことだった。聖書をランダムに開く占いや、聖人の逸話に魔術的効果を期待するなど、キリスト教と深く関わっている例を知っていたのに。
魔術のパワーソースを明示しているフィクションとして、ドラゴンランスがいつも思い出される。魔術師たちの力は神々から与えられる。いわゆる僧侶が奇跡の力を授けられなくなったがゆえに信仰を失っても、魔術師たちは自らの力が行使できるがゆえに神々への信仰を失わなかったという皮肉がそうさせる。
上記ドラゴンランスの例をもってしても、それはフィクション世界の特例であると受け止め、まじないというものが普遍的に信仰由来であると思えなかったのは、我ながら頭が固い。
魔術とはすがって得られるものではなく自発的なもの、超能力の類と考えていたからかもしれない。
ヨーロッパにはそこかしこに墳丘が存在するそうな。埋蔵金も。金属探知機でお宝を探す動画が一時期流行ったが、映画で蛮人コナンが鋼の剣を見出した墓所は、存外リアルな設定だったのかもしれない。
p.31 「長い弓」。long bow であろう。「長い弓」。
p.67 「反射呪文」。カウンターマジック、対抗呪文であろうか。
p.81 代理決闘という言葉は知っている。代闘士という言葉は初耳だ。一五世紀の例では、組討で勝負がついている。かみつき、ひっかき、目をえぐるなどの行為はしないよう求められたが守られなかったようで、急所を噛まれ、目を潰されて決着がついたという。
p.84 百章(ストグラフ)会議
p.95 「靭帯は分裂する」断裂ではないのか。
p.137 移動魔術師。遍歴の?
p.168 ヨーロッパでダウジングや金属探知機を用いた宝物探索が盛んな理由。単純に宝物を埋める事例が多かったということらしい。