板垣恵介のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ジャックVS花山のストリートファイト決着。
噛みつき失血から失神の間に倒されるのは、最大トーナメント決勝戦の兄弟対決を思い出しました。あの時はフロントチョークでオチたのだったかしら。
刃牙「らへん」という曖昧な表現で、刃牙ワールドの最高峰の闘士たちのレベル帯を表現しているのがタイトルの由来だと思っているのですが、ジャックは彼らの中でどこまで到達できるのか。奇しくも花田が語る天才たちの中に列挙されない花山薫。彼との対戦を経験した後の動向と戦績が気になるばかりです。花山の名が挙がらなかったのは、武道の理外にいるから。
最終的には長生きした方が勝ち、という結論になりそうではある。しかしそれも、クローンと魂移植での蘇生や、塩漬け長期保存が可能な世界なので、PFPの議論は終わらないでしょうね。
加藤清澄を噛ませることで、「らへん」の頂点に最も近いであろう刃牙の強さを再確認。「らへん」の闘士と、地下闘技場に所属しているだけの闘士では、ここまで差があるということか。その「だけ」という評価を覆すべく鍛錬を重ねてはいるのだけど、とどかない場所、越えられない壁というのは存在してしまうのが現実。
かつては同レベルの闘士という評価だったはずの花田が、いつの間にやら化けている雰囲気です。「ゆうえんち」ラストの因縁があるからだと思っています。
次なる「らへん」の闘士は、お待たせしました愚地独歩。
前戯はいいので本番見せて。 -
Posted by ブクログ
色気ってのは腹が据わった覚悟の有る人間が醸し出すもんだ 知る事の、大切さも無意味さも素晴らしさも恐ろしさも全てこの作品が描いています。 娘ヨレンタがノヴァクの感情の部分に触れる唯一の存在であるのにも関わらず 以降は信念というよりは最早執着 それこそ「アポリア」(相反する二つの見解が等しく成立する場合、解決の糸口を見出せない難問)だと思うんですけど。 ある意味、完全オリジナルを作るという欲望は幻想だったり。もう流石にこの世界には蓄積が有り過ぎるから、どういう組み合わせで更に新しい事があるかなって事を皆探求していると思います。 文化は大きな川の流れであるという事を良く言っているんですけど、文章、文節ってその流れの一部でしかないですよね。 何かにグッと偏ってる 僕には山口さんの世代が、個人と世界を接続する「社会」という中間項を成立させていたように見えるんですよ。 社会性を持つには自分自身のオリジナルな状態を維持しないといけないっていう 人間は結局、回顧主義だから未来のものを懐かしく感じて、過去のものを新しく感じるようなサイクルがずっと続いていく気がする。 地動説への強い憎悪を露わにするノヴァク 自分が『チ。』の物語の悪役だったと気付くところもメタフィクション(フィクションの中のフィクション)的で面白いですよね 『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』という曲を作った時は、サブカルチャーとハイカルチャーを融合させて、日本の詩吟とダンスミュージックとクラシックの三角関係を曲にしようと考えたんだけど、純粋にメロディを作ったり歌詞を書いてる時は、ほぼ「無」でやっていたかも。 尖っている個性の手前にある普遍性をどれだけ腑に落とせているかで その行為を「考古学のようで楽しい」と表現していました 僕の二十代の屈辱が疼くのを感じた 感動させる作品には個々の挫折や劣等感と繋がる瞬間がある気がする 今後の僕等には『チ。』が有る。彼等は僕等が前進する意志と共に戦ってくれる。 今でも多くの国が、天体を国旗のシンボルとして採用し続けているのは、その名残だ。 宗教が信徒に求めるのは教義への「信」だが、科学に必要なのは「信」では無い。寧ろ逆である。科学が求めるのは「疑い」だ。だから『チ。』は「信念」の物語であると同時に、いや、寧ろそれ以上に、「疑念」の大切さについての物語でもある。 叶う方法を探せば道筋は立てられる 昨日礼賛されていた言葉が今日は禁句になっているような毎日なのに 私が変化したという事実からあなたは今何かを受け取ったんです γはその紙資料を所定の位置に戻すと 教会が説く善に従う事は、私達自身の生を断念し、道徳的命令に従う「畜群」として生きる事を暗に意味するからである。 重罰になる可能性をも考慮にいれて 「何故人を殺してはいけないのか」という問いに対して、それを予め封印するような動きを見せる「僧侶」達が私達の周りには今も尚存在しているからである。『チ。』は、フィクションの形をとりながら、現代人がどのような〈嘘〉に隷従を強いられているかを私達に改めて問いただすのだ。 時には手厳しい論駁等も珍しく無かった 〈真理〉は、誤りを無慈悲に宣告する。〈真理〉の正しさは、思いや努力等の人間的な事情とは関係ないところにあるからだ。 朽ちる事の無い静かな衝動を指す事を暗示している 迷いは、変化の兆しがそこにある事を意味している。
-
Posted by ブクログ
バキ外伝小説の「ゆうえんち」のコミカライズ8巻。
神野と柳の決着。龍金剛お披露目。
技や経験もさることながら、闘争の中で生まれる愉悦に対する執念で神野を上回った柳の勝利。あの手この手で柳を出し抜き勝利を得ようとした神野の思考は、間違ってはいないはずですが、その先にある快楽に耽溺する狂気の差で敗北したのかなぁ。
そういう意味ではマスター国松は、強者なんだと思います。本当に、あの人は登場するたびに人外であることの気持ち悪さを更新してゆきます。
そんな愉悦とは無縁であるかのような鉄面皮で、「ゆうえんち」での勝利を手にした元横綱・龍金剛。
彼が力剛山を襲ったのは、古からの因縁ということでよかったのだっけ?小説は読んだのだけど、このシーンが後の伏線になるとは思っていなかったので、記憶が薄い。 -
Posted by ブクログ
ストリートで開幕したジャックと花山の闘い。
そこに至るまでに、闘いが始まっても、互いが肉体と精神に刻んでいるものへの解説が止まらない。それは生き様でもあり、思想でもあり。二人だけでなく、刃牙シリーズに出てくる人物全てに言えることかな、と思うのですが、その気概を捨ててもなお勝利を求めることができるのであれば、新たな舞台へと進むことができるのかな、と思っています。噛道で進んだジャックと、未だに進むことを拒否している花山。
この時点の優劣は、どちらに軍配が上がるのか。
何かと息子を気にかけている父親オーガ。オーガの子育ては、刃牙の幼年編以来のこと。あの時も、自分の楽しみのためだったので、今回もそうであるのだろうな、という気持ちは常にある。それと気づいているのかどうかは不明ですが、単純に父子の団欒を楽しんでいるであろうジャックが可愛いです。
アメリカ大統領選挙のたびに、オーガへの宣誓は行われているのはいいとして、毎回描く必要あるのかしら。
己の意を押し通す力。それが最強ということ、という理念があるので、権力を一蹴するのはとてもシンプルな見せ方であるのだけど、もういいかなと思います。