宮崎駿のレビュー一覧

  • 堀田善衞を読む 世界を知り抜くための羅針盤

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    2018年に高志の国文学館(富山)で開催された「堀田善衛特別展」に際してのインタビュー、5つを収める。以下は気になった4つ。
    「堀田善衛が旅したアジア」――ジャーナリスト、吉岡忍から見た堀田。堀田はアメリカを描かなかった。それがなぜかを論じている。(余計なひと言も書いてある。「あの司馬遼太郎さんだってアメリカ紀行があります」。)
    「「中心なき収斂」の作家、堀田善衛」――なぜゴヤやモンテーニュに憑りつかれてしまったのか。仏文学を専攻したこととの関係を、同種族の鹿島茂が語っている。
    「堀田作品は世界を知り抜くための羅針盤」――20歳の頃からの熱狂的ファンの宮崎駿が『方丈記私記』について熱く語っている。これだけ講演録。
    「堀田善衛のスペイン時代」――スペイン美術史の大髙保二郎、同行することが何度かあった。その時の堀田夫人の立ち振る舞いのことを書いている。しかもサルバドール・ダリの奥さんと比べている。うーん、ガラかよ。

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    2026年09月14日
  • 本へのとびら 岩波少年文庫を語る

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    ネタバレ

    岩波少年文庫から50冊を紹介する小文と、少年文庫への思いから、アニメーション製作へと広がる。

    紹介される少年文庫のうち、子どもの頃読んだことがあるのは、半分にも満たなかった。既読の作品への一言は、一瞬であの頃のわくわくやどきどきを呼び覚ましたし、未読の作品は手に取りたくなった。宮崎氏のことばは、人を惹き付ける。

    ちょうど「ハイジ」を読んでいるところだ。ほとんどの作品に対しては、物語を読むことへ自然と思いが至るような書き方をしているが、「ハイジ」はちがう。
    ”アニメより原作を本で読んだ方がいいという人がいます。ぼくも半分くらいそう思っていますが,この作品は違うと思っています。見、読み比べてみてください。ぼくらはいい仕事をしたと、今でも誇りに思っています。”
    本当に幼い頃、ハイジをみて育った私の胸が熱くなった。

    宮崎氏は、若い頃、本は読まなければならないものだと思っていたという。何も知らないから勉強しなくてはならないという強迫観念にとらわれていたとも。必読書といわれるものを覚悟して手に取るものの、苦しくて読み切れないこともあった、なんと残酷な物語なのだ、と。曰く、児童文学の方が気質にあうのだ、と。

    児童文学は「やり直しがきく話」、流行とは関係のない隅っこにあるものだと。

    この本が出版されたのは、2011年。おそらく、最期の章は震災の後に書き足されている。
    風が吹き始めた、生きるのが困難な時代が幕を開けた、世界規模でおそらく大量消費文明の終わりの第一段階に入った、という。これは、宮崎氏の父親が9歳で経験した関東大震災から第2次世界大戦へと続く時代の幕開けと同じものを見ているのだ、という。
    死をはらみ毒をふくみ、人生を根こそぎにするような囂々と吹く風のなかで、正気を失わずに生きていかなくてはならない、と。
    終わりの始まりに立つこの時代に、ファンタジーは作れない。幸せな物語が嘘くさく聞こえる。いずれ、新しいファンタジーは生まれるが、それは、本当の焦土になってからだ。次のファンタジーをつくるのは、今の子どもたちがこれからどういうものを見ていくか、その後に出てくるのだ、と語る。
    ジブリの映画は、「この世は生きるに値する」ということを伝えてきた。だが、その時代は終わる。今が終わりの始まりだから。

    2011年にこの言葉を書いていることに愕然とした。
    私はその時、まだ何も見えていなかった。気がついていなかったから。
    2026年になって、この終わりの始まりをひしひしと感じている。
    やり直しのきく話である児童文学から、私たちは何を学ぶのか。

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    2026年01月14日
  • 本へのとびら 岩波少年文庫を語る

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    この本は2ヶ月くらいかけてゆっくり読みました。
    児童書が読みたくなる本です。
    宮崎駿という一流がお勧めしてる本なのですから、一流に近づきたい!クリエイターになりたい!
    という人は何かのきっかけに出逢えるはずです。
    世界的に有名な人の本が1,000円ちょっとで買えるなんて本当有難い。
    岩波少年文庫のファンになりそうです。

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    2025年11月08日
  • 風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡

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    すべて地続きに繋がっている。ジブリの世界観ではなく、本当の意味ではこの生きてる僕たちの世界もジブリの世界なんだって。心の中にリトル宮崎駿を飼いたい、いやむしろ飼われたい。

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    2025年09月15日
  • 風の帰る場所 ナウシカから千尋までの軌跡

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    思想をダイレクトに見れて良かった。インタビューは人が創作に昇華する前の思想を知れるから好きだ。彼関係の他の本も買ったので、今後読む。

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    2025年06月29日
  • 文春ジブリ文庫 シネマコミック 風の谷のナウシカ

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    映像作品や小説作品等に関して、何度となく題名が耳目に触れて記憶に残っているにも拘らず、その内容を然程詳しく承知していないという場合が多く在ると思う。
    題名を承知していて、内容を承知していないという状態に在ったとして、大きな問題は無いと思う。それでも或る時、「あの作品?」と気になる場合が生じると思う。
    『風の谷のナウシカ』は、自身にとっては「題名を承知していて、内容を承知していない」の最たるモノかもしれない。他のアニメーション作品に関連する本の存在を知って、それを愉しもうとした際に本書の存在を知ったのである。
    知られているアニメーション作品の物語の面白さと画の魅力を漫画のような感じで愉しむことが叶うシリーズを知り、何作かの本を愉しく読んだのだったが、シリーズはこの『風の谷のナウシカ』を契機として順次送り出されていたようだ。
    作品は漫画作品を原案として創られたということである。恐るべき兵器を駆使した戦争で文明が損なわれてしまい、生き残った人達とその後裔達が生きる世界となって千年を経た頃が舞台というファンタジーだ。
    こうした大胆な設定ということになると「説明」が多々必要になってしまうのかもしれない。が、本作ではそういう「説明」という要素が、作中人物達の言動、作中世界での出来事を介して観る側に順次伝えられる。観る側はゆっくりと作中世界に入って行くことが叶う。
    冒頭部、作中人物達がガスマスクのようなモノを着用している様子が出て来る。恐るべき兵器を駆使した戦争で文明が損なわれてしまった後、「瘴気」(しょうき)という有毒ガスを発する「腐海」(ふかい)と呼ばれる森が散在し、その毒を恐れながら人々は暮していた。そして変異か進化かで巨大になった「蟲」が方々に棲息しているような様子だ。
    こんな中、荒涼とした地域と、緑豊かな地域とが点在しており、人々は様々な共同体を築いて暮らしている。「風の谷」と地域の通称を冠した共同体では、指導的な人物の下で穏やかな暮しが営まれていた。その指導者の娘で、後継者と目され、住民達から「姫」と呼ばれているのがヒロインのナウシカである。父や年長者の技術や知恵を受け継ぎ、ナウシカは共同体の穏やかな暮しを護り、有毒ガスを発する「腐海」(ふかい)の影響力が弱まるように心を砕いていた。
    やがて「風の谷」の穏やかな日々が脅かされる。軍事力を駆使して版図を拡げようと活動する「トルメキア帝国」が動いていた。彼らは「ペジテ市」へ侵攻して征服してしまって、或る重要なモノを輸送機で運ぼうとしていたが、その輸送機が「風の谷」の辺りに墜落してしまう。
    この輸送機の墜落が契機で「トルメキア帝国」の軍勢が「風の谷」に現れる。そこに制圧されてしまった「ペジテ市」の関係者も絡み、争いが展開される。こういう状況を何とか解決しようとナウシカが奔走するようになる。
    こんな本作の、物語と画の魅力が満載の1冊を夢中で読んだ。旧い作品ということにはなってしまうが、殆ど初めて作品に向き合った自身にとっては新作同然である。そういう意味合いで新作同然と感じてはいたが、本作は長い年月を経ても、断じて劣化等しないと思う。
    本作の作中世界では、空を飛び回るメカが色々と使われていて、他方でダチョウのような鳥獣に乗って移動するというような様子や、一部に戦車も登場するが、「文明が損なわれてから千年を経た」という全くのファンタジーである。それでも軍事力を行使する勢力や、それに異論が在る勢力が存在し、「禁断の超兵器」(=文明が損なわれる主な要因になったと見做されるモノ)を巡る動き、毒を発するような、過酷な状態になってしまった環境への対応と、「1980年代に創られた」というように思い悪い程度に「今日的」であると感じた。或いは作品の登場から40年程度にもなる現在こそ「『風の谷のナウシカ』が暗示する何か」が「リアル」になっているような気さえしてしまう。
    『風の谷のナウシカ』のアニメーション作品が登場したような頃の後、長く続いた体制が揺らぐような事態や、テロや軍事紛争が相次いだかもしれない。が、近年は巨大な軍事力が蠢き、他方で“無人機”のような威力の他方で手軽なような感じの兵器が平和な街を襲い、不吉な不発弾が多く残り、核兵器の使用を示唆というような話しが何度も伝えられ、恐らく酷い環境負荷が生じているであろう「戦禍」が見受けられるようになってしまっている。こういう禍々しい中であるからこそ、「風の谷」の穏やかな様子を護ろうと奮闘するヒロインの様子が描かれた本作の物語が心に刺さる。
    題名を承知していて、内容を承知していないという状態に在ったとして、大きな問題は無いとは思う。しかし、この『風の谷のナウシカ』がそういう状況になっているのだとすれば、それは余りにも残念ということになるのかもしれない。
    「今更…」と嘲笑の対象になるようなことかもしれないのだが、本作に出逢えて非常に善かった。

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    2025年06月04日
  • 文春ジブリ文庫 シネマコミック 天空の城ラピュタ

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    旭川の美術館で展覧会を観た。アニメーション作品の美術で知られる山本二三の作品である。アニメーション作品で使われた画、その他の画と何れも非常に興味深かった。それが契機で、画の魅力をもう少し愉しみ、同時に画が使われたアニメーション作品に関してももう少し知りたいと思うようになった。
    そう思っていて出会ったのがこのシリーズである。知られているアニメーション作品の物語の面白さと画の魅力を漫画のような感じで愉しむことが叶う。
    アニメーション作品のフィルムから起こした画を漫画風に組み合わせて創っている本である。読み始めると少し夢中になってしまう。
    展覧会で観たこの『天空の城ラピュタ』に纏わる画は、「古い石造らしい壁、或いは城塞の壁の一部のようなモノが天の上と思しい、雲の手前の場所に見える」というような感じだった。正に「天空の城」という様子であったのだが、こういうモノが出て来る物語こそ、アニメーション作品によるファンタジーの真骨頂であると思う。見覚えの在る画を含め、本書で画の魅力を愉しむことも叶った。
    少し野暮な話しになる。作中に様々な乗物が登場するのだが、何時の時代の何処の乗物なのか判然としない。何処となく20世紀の始め頃のような雰囲気が漂うのだが、「これは如何いう機構?」というような感じのメカ、「途轍もないモノ?」というような感じのメカも多く在る。地上を走り回る自動車や鉄道車輛も見受けられるが、多くは「天空の冒険」という感じで、飛行するメカである。映像表現として「飛び回る」という「三次元的」な動きが面白いので、そういうような設定をしたのかもしれないとも思った。
    野暮な話しから物語に話題を戻したい。
    冒頭、飛行船が空中を航行している。小型の飛行機のようで、バイクのように乗込んで飛び回るモノが飛行船に搭載されていて、それに乗込んで飛び回る者達が在る。
    飛び回る者達は、別な大きな飛行船を目掛けて進む。そして手にした武器を使って大きな飛行船を襲撃する。襲撃を受けた大きな飛行船の中は混乱する。
    飛行船の中に襲撃者達が入り込んで乗っている人達の中の一人を連れ去ろうとする。その人物は少女である。少女は恐ろしい襲撃者から逃れようと飛行船の船外に出た。襲撃者達に、少女が外に出たことが気付かれるが、少女は飛行船から天に飛び落ちてしまった。少女は気を失ったが、如何いう訳か勢いよく落下するのでもなく、身体が浮かぶようにゆっくりと降下していた。
    その時、或る鉱山の町では機械工の少年パズーが親方の下で仕事をしていた。仕事の合間に、パズーは妙なモノに気付く。人間の少女のようなモノが天からゆっくりと降下しているのだ。パズーはその不思議な少女を抱えるようにした。生きているらしいので、自宅へ連れ帰った。
    朝を迎えると少女は気が付いた。シータという名の少女だった。軍のムスカ大佐に連れ出され、飛行船で移動していたが、「空の海賊」である女ボスが率いるドーラ一家の面々に襲撃され、飛行船の中の混乱で落下してしまったというのだ。
    やがてシータは、パズーが部屋に大事そうに飾っている写真を見詰めた。パズーの現在は他界してしまっている父が、飛行船に乗っていた時に目撃して撮影したという写真である。それは天に島が浮かび、島に古い城塞のようなモノが聳え立ち、それが半ば雲に覆われているというような様子だった。これが<ラピュタ>というモノであるという。パズーは父が視たという<ラピュタ>が何処かに必ず在ると信じていて、何時かこれを探しに行くのだと、飛行船を造って旅に出ることを夢見ていた。
    やがてドーラ一家の面々が町に現れる。シータを探しているらしい。パズーは追われて困っているシータを援けようとする。そしてシータと共に<ラピュタ>の謎にも迫りたいと考えるようになる。
    こんな物語だ。出逢ったシータと共に夢を追いたい、そして彼女を援けたいパズーが在る。思惑を秘め、実戦部隊の支援も受けながら活動するムスカ大佐が在る。軍隊が些か大袈裟な動きをしているので、何やら凄い宝物が絡むと観て、好機を狙うドーラ一家が在る。3者が絡み合い、謎の「天空の城」を巡る冒険が展開するのだ。眼を離せない活劇が展開する他方、<ラピュタ>の謎が次第に明かされる。そしてシータを援けようと、パズーが「男」になって行く様子が好い感じだ。
    作中人物達が行き当たる<ラピュタ>の挿話は、「行方を見失うような様相を呈した文明」とその中に在った人々の命運というようなことを想わせた。が、天空を駆ける乗物で、ヒロインを援けようと奔走して、邪な思惑を挫くべく闘うという活劇は、理屈抜きに面白い。アニメーション作品の『天空の城ラピュタ』は小学生が観て愉しいというような企図で制作されたというような話しだが、これは「子ども達から大人迄、みんなで愉しい」という作品だと思う。
    画が切っ掛けで触れてみた本作である。アニメーション作品の物語の面白さと画の魅力を漫画のような感じに纏めた本書は好い。本作を読んで、少しだけ「何かを夢中で追ってみたいと考えていたような頃」の気分を思い出せたかもしれない。不朽の作品という感であろう。御薦めだ。

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    2025年06月01日
  • 文春ジブリ文庫 シネマコミック もののけ姫

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    アニメーション作品の背景画等を手掛ける「美術」という分野が在る。その担い手の代表格が「美術監督」だが、そういう活躍を続けていた山本二三が在る。この山本二三の画の展覧会を旭川の美術館で観る機会が在った。惹かれる画に出逢ったことから、画が使われたアニメーション作品にも少し興味が沸いた。
    このシリーズは、知られているアニメーション作品の物語の面白さと画の魅力を漫画のような感じで愉しむことが叶う。なかなかに佳い企画の本だと思う。
    美術館で観たアニメーション作品の『火垂るの墓』で使われた「昭和20年の街」というような画に強く惹かれ、アニメーション作品の物語の面白さと画の魅力を手軽に愉しみ易い何かと思い付き、この本のシリーズを知った。そういうことで本書も入手し、大変に興味深く読んだ。
    『もののけ姫』関係の画も、美術館で観た山本二三作品の中で惹かれた画だった。屋久島か何処かで取材もしてイメージを膨らませて創った画であるらしいが、深い森の様子、独特な光の雰囲気が精緻に美しく描かれている画だった。
    本作はそういう深い森という状況も出て来るファンタジーだ。
    いきなり野暮な話しになる。「中世の日本」というようなことになっているらしい物語だが、時代設定はよく判らない。室町時代の半ば、15世紀頃かそれ以前という雰囲気も在る他方で、16世紀後半に用いられたような、作中で「石火矢」と呼ばれる鉄砲や、火薬を使う人達が在る。加えて、かなり古くから行われたという「タタラ製鉄」というようなモノが登場する。作中の用語にも「天朝」(天皇を頂く朝廷)、「鎮西」(九州を示す)というような日本の旧い言葉が出ては来る。侍が豊かな村を襲撃しようとするというような状況迄が在る。時代設定のようなことは、考えれば考える程に判らない。吹き飛んでいるような感じだ。
    結局は「古い時代の日本の要素を舞台装置に採り入れたファンタジーの世界」で物語が展開するというように考えるべきなのであろう。
    野暮な話しから物語に話題を戻したい。
    或る村に、巨大な猪と一体化した怪物が現れた。「タタリ神」というモノだ。武芸に長けた勇敢な若者のアシタカはこの「タタリ神」を倒した。ところが「タタリ神」の「呪い」が身体に入り込んでしまった。「呪い」は時間を掛けて身体を蝕み、アシタカはやがて命を失ってしまう。
    猪は大変な苦しみの中で絶命した時に「タタリ神」となって彷徨うようになり、アシタカの住む村に流れ着いたのだと推測された。この猪は西から来たと見受けられる。西の国へ出向いて、何が起こっているのかを見定めると「呪い」を解く方策が見付かるのかもしれない。アシタカは西の国を目指して旅立った。
    旅を続けたアシタカは負傷してしまった人達と出くわした。その人達を援け、村へ送って行くということになった。そういう中、援けた人達が住む「タタラの村」は豊かな村だ。
    その村の近くに巨大な山犬達、山犬達と何時も一緒の不思議な少女が居る森が在ること、森には「シシ神」なる得体の知れないモノが棲んでいるらしいことをアシタカは知ることになる。
    「タタラの村」の指導者である女性のエボシは、タタラ製鉄の仕事のために森の木を伐採し、山の一部を崩すこともしていた。そういう様子を、山犬達と何時も一緒の不思議な少女は憎んでいる。この少女はサンと言うが、村人達は「もののけ姫」と呼んでいた。
    エボシが指導者となっている村にやって来ている男達は、近くの森の「シシ神」を討取ることが叶えば森を完全に制することが叶う筈だと村人達を唆す。村人達は「シシ神」を討ちに出る。そして「もののけ姫」ことサンは、「シシ神」を討とうという動きに抗おうとする。
    アシタカは村人達とサンとの間に立つことになって行く。如何するのか。そして「シシ神」が棲むという森や「タタラの村」は如何なって行くのかというのが本作の物語である。
    自然という資源を利用して豊かになろうとするのか、自然は手付かずで護らなければならないとするのかという両者が対立する形になる。そして自然と人々との共存を図るというようなことが模索されて行く。そんな中で、生と死を司るという、森に棲む「シシ神」を巡る物語が展開することになる。
    本作のような「或る古い時代」というような大昔から、現在に至る迄、異なる考え方の両者が対立する、やがて争うということは繰り返されている。そういうことであるからこそ、双方の考えを汲んで、双方の共存、更に共栄を図るキーパーソンが必要ということになるのかもしれない。
    大きな猪、大きな山犬、そして少し不思議な生物も居るような世界で展開するファンタジーであるが、色々と示唆に富んでいる感じである。アニメーション作品の物語の面白さと画の魅力を手軽に愉しみ易い形式の本書で、作品に出逢えたことが善かった。

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    2025年05月31日
  • 文春ジブリ文庫 シネマコミック 千と千尋の神隠し

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    千と千尋の神隠しは、見るたびになぜか心が浄化されて深呼吸したあとのような気持ちになる。
    絵が美しく独特の世界にぐんぐん惹き込まれる魅力があるのはいうまでもないが、不思議な魔力を持つ作品だと思う。

    千尋は、一見意思が弱そうに見えるが、ハクを助けたいという強い気持ち、両親と一緒に元の世界に帰りたいという強くまっすぐな気持ちを持ち続け、それを譲らずに行動する。最後の両親豚を当てるシーンには、油屋のみんなも千尋を応援してくれる。人の気持ちの強さと愛、自分を忘れずに持ち続けることが、まっすぐ物事を打開していける武器なんだなぁと改めて思わされる。

    カオナシが、湯屋を出るとおとなしくなることも印象的。人や物にはみんな居場所があって、そこから外れると歯車が狂うことを示唆されているようにも思う。

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    2025年05月25日
  • 半藤一利と宮崎駿の腰ぬけ愛国談義

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    2013年、宮崎アニメ『風立ちぬ』公開に合わせた対談。文庫オリジナル。
    半藤83歳、宮崎72歳、ふたりは初対面。カーブミラーに映っているのが自分なのに、どこのジジイかと思ったという共通のエピソードで始まり、旧知の友のように、話はノスタルジックに展開する。
    話題の中心はもちろん『風立ちぬ』。零戦の設計者堀越二郎の話から、戦闘機や軍艦をめぐって談義は白熱する。反戦平和を願うふたりなのに軍事オタク、そのギャップがおもしろい。
    『風立ちぬ』にも登場した隅田川、その今昔にも触れている。半藤は学生時代はボート部で、練習場は隅田川。ボートから見える景色や、隅田川から運河を通って利根川の河口の銚子まで、数日かけて往復した話をしている。
    漱石の話でも盛り上がる。宮崎は漱石フリーク。半藤は漱石の孫娘の夫で、漱石通。ふたりのベスト作品は『草枕』。半藤は『草枕』がアニメ化をできないかと宮崎に迫り、宮崎は登場人物を描くのが難し過ぎると応じる。そこをなんとかならぬかと頼む半藤、ならぬと答える宮崎。その繰り返しの問答が可笑しい。

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    2025年05月24日
  • 本へのとびら 岩波少年文庫を語る

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    2025/04/21
    僕らは「この世は生きるに値するんだ」という映画をつくってきました。
    生活をするために映画を作るのではなく、映画をつくるために生活するんです。

    カッコいいなぁ。

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    2025年04月21日
  • 本へのとびら 岩波少年文庫を語る

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    2011年10月20日 第一刷発行
    児童文学は、やり直しのきく物語だった。今、厳しい現実を突きつける児童文学も多い。だが、著者は子どもを目の前にすると、そんなものを読ませたくないと願う。
    アニメ映画の監督として、何を作るのか、何を作れるのか、時流や世間を眺めて、今はファンタジーを書けないと、考えてしまうような、あの頃の3.11の空気感を感じさせるエピソードが、苦しくなる。
    だが、それでも次世代である子供へのエールで締められる。焦土になりつつある2011、枯れ果て、終末が広がって、今(2011)本当に幼い子供たちが大人になった時に、生きていることを肯定する児童文学が生まれるのではないか、と願う著者の柔らかな感覚を感じる本だった。

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    2025年02月26日
  • 本へのとびら 岩波少年文庫を語る

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    宮崎駿さんの幼少時代の本とのむきあい方について軽くだが分かった。
    彼は熱心に読んでいるわけではなかったらしいが、それでも本人に対する知識を持つ有しており、大切な50冊というものも、それぞれ読んでみよう思う。宮崎駿先生の作品、また、その周辺についてより理解というか、興味があるので、それぞれの本も読んでみたいと思う。特にチポリーノの冒険、アリス、ファーブルの昆虫記、聊斎志異には興味が出たので買って読んでみる。
    なんだが、児童書というのは最高にワクワクするようなものであるなぁと改めて感じた。

    少年というのは今は25歳ぐらいだと思うが誰だろう.....

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    2025年01月24日
  • 本へのとびら 岩波少年文庫を語る

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    ネタバレ

    やさしいことばで、力強く問いかけてくる。この世に生きていいんだって、当たり前のように思えていた子供時代を思い出した。子供の頃に出会った色々なワクワクを思い出した。大人になった今、そんなワクワクを感じてるだろうか。子どもに伝えられてるだろうか。これまでの人生と今の生活を受け止めてつなぎ合わせるように読み進めた。大好きな本です。

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    2024年09月29日
  • 文春ジブリ文庫 シネマコミック 風の谷のナウシカ

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    本当に小さい頃から何回も何回も見てる。本で読んでてもナウシカの声も後ろの音楽も全部聞こえてくる。ジブリはサブスクになくて家に帰らないと見れないけど、この本があれば一緒に色んなところに行けそう。

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    2024年05月14日
  • 本へのとびら 岩波少年文庫を語る

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    岩波新書 1332(2011年刊行)
    二部構成になっており、第Ⅰ部では、宮崎駿監督が長年親しんできた岩波少年文庫の中からお薦めの五〇冊をご紹介されています。
    一部をご紹介しますと、
    星の王子さま/バラとゆびわ/チポリーノの冒険/ムギと王さま/三銃士/秘密の花園/ニーベルンゲンの宝・・・思い出のマーニーや、床下の小人たちもありますよ。

    第II部の1「自分の一冊にめぐり逢う」は、本との出逢い、2人の大先輩の石井桃子さんと中川李枝子さんのことについてなどが書かれていて、そして「本には効き目なんかない、振り返ってみたら効き目があったということに過ぎない。」親が何か効き目を求めて読ませようとしてもダメだと。「子どもの時に、自分にとってやっぱりこれだという、とても大切な一冊にめぐり逢うことのほうが大切だと思いますね。」と語られています。
    2「三月一一日のあとにー子どもたちの隣から」では、東日本大震災以降の制作現場のことや、関東大震災、敗戦を乗り越えてこられた父親のことなどが語られ、「次の世代へ」で締められています。

    久しぶりに読み返し、愉しい時間でした。
    (再読は好きな部分を拾い読みしてしまい、感想が薄くてすみません。)

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    2024年05月11日
  • 本へのとびら 岩波少年文庫を語る

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    ネタバレ

    宮崎駿さんが、どんなところに注目しながら児童文学を読んでいらっしゃるのかが分かる。
    児童文学(岩波少年文庫)挿絵に描く想像、宮崎駿さんご自身がおすすめするポイント、一度は読み知るべき大切なこと…。
    50冊をおすすめされていますが、今すぐに読みたい…!となります。
    こうやってジブリ映画は生まれたんだな(原作からどう離れるかはさて置き)、と垣間見られ、こちらの想像力を掻き立てて貰えるのもとてもワクワクして良い。
    「これはおもしろい!!読まないと損をします。」なんて書いてあるとにんまりが止まらなくなってしまう。
    あと、石井桃子さんと中川李枝子さんについて書かれているところも面白かった。めっちゃ崇拝されている。その視線の上がり方がこちらまで伝わってくる。世の中のたくさんの人は宮崎駿さんのことそういう風に思ってるのに!

    『児童文学は、人間の存在に対する厳格で批判的な文学とはちがって、「生まれてきてよかったんだ」というものなんです。
    生きててよかったんだ、生きていいんだ、というふうなことを、子どもたちにエールとして送ろうというのが、児童文学が生まれた基本的なきっかけだと思います。...「子どもにむかって絶望を説くな」ということなんです。』本書抜粋

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    2024年02月22日
  • 本へのとびら 岩波少年文庫を語る

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    第I部は、スタジオジブリで作成された小冊子「岩波少年文庫の50冊」が元になっています。

    第Ⅱ部の1「自分の一冊にめぐり逢う」は上の小冊子のインタビューとテレビ番組「ジブリの本棚」収録時の阿川佐和子さんとの対談を元に再構成されたもので、2「三月十一日のあとに」は今回の新たなインタビューが元になっています。

    子供が生まれて、改めて現代を考えてみると、自分が生きてきた子供時代とは全く別物のように感じます。
    価値観も多様になり、個人の自由度が増した分、何をどうすることが正解(良い選択)なのか、良くわからず、曖昧模糊とした世界にいる気分です。

    親として子供との関係を考える中で、出会った一冊です。

    p.163の著者の言葉がとても印象的でした。下記に引用します。

    「要するに児童文学というのは、「どうにもならない、これが人間という存在だ」という、人間の存在に対する厳格で批判的な文学とはちがって、「生まれてきてよかったんだ」というものなんです。生きててよかったんだ、生きていいんだ、というふうなことを、子どもたちにエールとして送ろうというのが、児童文学が生まれた基本的なきっかけだと思います。」

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    2024年01月27日
  • 文春ジブリ文庫 シネマコミック 千と千尋の神隠し

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    名古屋に旅行した際に立ち寄った「アニメージュとジブリ展」でのセレンディピティ。思わず買ってしまった。ジブリのコミックが出ているなんて。
    やっぱり千と千尋は良いな。働くには組織のトップと契約を交わす、面倒見は部下に任せるという油屋の経営は、人間界の仕組みと同様。まさに社会の縮図。働けるって幸せな事なのに、別の職場に憧れを抱くのはなぜだろう。「オレいつかあの町に行くんだ」「こんなとこ絶対にやめてやる……」と語るリンを見てそう思った。今の自分と同じ気持ちだ。

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    2023年05月03日
  • 文春ジブリ文庫 シネマコミック 千と千尋の神隠し

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    映画『千と千尋』の、カラー漫画版。特に絵の美しさが堪能できます。映画とは違う新しい見方ができて面白い。

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    2021年06月19日