茂木健のレビュー一覧
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上巻、怒涛の面白さで750ページを駆け抜けたあと、間髪入れずに挑んだ下巻。
コチラも740ページ。
謎の疫病にみまわれた世界の崩れていくさま、国が分断される様子にハラハラしながら、続きが気になって止められない面白さは上巻に引き続く。
あまり詳しく書くとネタバレになってしまうんだけど、
いやあ…ホントにTVドラマみたいで面白かったなぁ。
最終的に自分の宗教観を振り返させられる感じがして、やられたなーと思った。
こんな世界にもし自分がいたら、
信じるものはなんだろう。
信じたいものを信じるのか、
縋りたいものを信じるのか。
読み応え、満足感の高い読書になりました。
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Posted by ブクログ
1950年代、オーストラリアから来た貧しい画学生エリーは、絵画の修復をしながら大学院の論文を書いていた。エリーの修復の腕を見込まれ、17世紀オランダの女性画家の絵画の複製を依頼される。しかし、それは本物を盗むための贋作作製だった。知らずに窃盗に手を貸してしまったエリー。絵をすり替えられた持ち主の弁護士は、探偵を雇ってエリーの存在を知る。
2000年、シドニー大学でオランダ絵画を教えるエリーの元に、かつて自分が描いた贋作と本物と両方の絵が絵画展のためにシドニーへやってくる事を知る。そして本物は持ち主が直々に持参するという。エリーの心は揺れ動く。
50年代アメリカと、17世紀のオランダ、2000年のシドニを交互に描きながら、絵画に魅せられた二人の女性の苦難な愛を物語る。
ミステリーというよりも、ラブストーリーだと思う。良かった。 -
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下巻も面白かったです。オールドマンの目的がやっとわかりました。長かった。。
フォッグは失踪してる間クララと一緒にいたのか、クララを探し続けてたのか。オブリヴィオンはずっとフォッグを想ってたのか…オブリヴィオンの気持ちを考えるとつらい。これまでずっと孤独で、これからもずっと孤独だね…ユーバーメンシュは不老不死みたいだから。
ミセス・ティンクルの異能力も強い、時間を前後させるの。オールドマンの異能力は最期までよくわからなかった。
〈完璧な夏の日〉の中にあるフォーマフト波動の発生装置、それは止められなかったばかりか、クララとフォッグによって夏の日は閉じられてしまった。浮動する参照点として発生し続けながら。。
2013年に発表された本作ですが、「この国でいくら戦争をやっても、勝てるわけないんだ。イギリスは勝てなかったし、俺たちだって勝てそうにない。今後も勝てるやつは現れないだろうよ。アフガンという国そのものが、侵略者を拒むんだからな」という台詞があってびっくりでした。さすがSFです、凄い。 -
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面白かったです。
フォーマフト波という波動を浴びたことで異能力を持つようになった〈ユーバーメンシュ〉と呼ばれる人々は、その為に徴収され第二次世界大戦で死闘を繰り広げました。
大戦が終わって随分経った現在、ユーバーメンシュのひとり〈オブリヴィオン〉は〈フォッグ〉と再会し、〈オールドマン〉という上司の下でフォッグはあの頃を回想する…というお話。
オールドマンの目的は〈完璧な夏の日〉と呼ばれた女の子について情報を得ることみたいだけれど、フォッグと彼女の間には特別な感情が…恋愛感情か、あるようで。
中心として描かれるのはフォッグなのだけれど、見ているものを全て描写する文章は、彼ら全てを見ている観察者視点なのかなと思います。観察者がどういう人たちなのかはまだ分からない。
異能力バトルも加わるので、大戦の描写が更に過酷です。連合国側にも枢軸国側にもユーバーメンシュはいる。彼らは超人とはいえ、傷付いたり損なわれたりはする。それが戦争だけれども。。
下巻も読みます。 -
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クローン技術が定着した先
AI技術が進歩した先
これまでの物語に描かれたクローンは、「兵士」としてや「臓器スペア」としてなど、「本人」ではなかった。
「マインドハッキング」と「クローン再生」で、治すより殺して再生した方が早い世界。
こぞって自らクローン化を望む世界。
生命とは何か、意識や感情とは何か、
生命や意識をプログラムが可能となった世界では、切実な問題となる。
役者も舞台も少ない中、それぞれのエピソードが語られていく……。
ひとりひとりの過去が少しずつ交わっていくにつれ、ミステリ小説のように謎が明らかにされる……。
ちょっと面白いSFでした。 -
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シンプルに面白かった~!SFを主にしてミステリ要素もあり、ストーリー展開も楽しめた。
舞台はタイムトラベルができる1960年代のイギリス。タイムトラベルという技術を独占し、管理するコンクレーブという巨大組織は悪なのか?正義なのか?コンクレーブ内の給与体系や所得税徴収における節税方法、組織内の法律など、ディテールも面白い。
主人公は主に三人。殺人事件(2018年1月)をめぐって未来からその発生を知らされたルビー(2017年)と、タイムトラベルという技術を開発した元祖タイムトラベラー(しかしそれにより精神に支障をきたした)バーバラ、殺人事件の死体の第一発見者となりコンクレーブに就職して内部情報を探ろうとするオデット(2018年1月~)の三人の女が奮闘する話。
時間旅行ができるようになることによる副作用が面白い。過去に戻れば死んだ人に何回でも会えるので死生観が狂い、死に対して何とも思わなくなる。自分の記憶もそれが今思い出している自分よりも過去に起こったことなのか未来に起こることなのか、分からなくなるのも当然だろう。また違う時代に愛人を作ったり、過去や未来の自分とセックスをするという特殊プレイまで発生するという性的倒錯も見られる。
ただタイムトラベルによっていちいち精神に支障をきたしていてはコンクレーブでは働けないため、惨たらしい教育が施され人々は感覚が麻痺していく。そうまでしてタイムトラベルしたいか…?と考えると微妙なところだが、コンクレーブに属することの特権意識も相まって辞められない気持ちも理解はできる。
「技術的にはできるけど、やらない」という選択肢を持つことは難しいのだろうか。技術を発展させるのも人間だけど、コントロールするのも人間なんだなぁと思う。 -
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ネタバレ恒星間移民船ドルミーレ号では乗組員が自分自身のクローンを作成しながら何世代にも渡って目的地を目指している。ある時、クローンが緊急に再生された。目覚めたクローンは、眼前の自分たちの死体に驚く。6名の乗組員で生き残ったのは船長のみ。ただし昏睡状態。AIはまともに動いていない危機的状況。宇宙船内の閉鎖空間で6人のうちの誰かが犯人であるのは明らか。そして乗組員は犯罪歴があり、罪を特赦してもらうのが目的なので、誰もが殺人を犯しそうな6人である。少しづつ乗組員の過去が明らかになる中、誰が何を目的に殺人などをしたのか。真相は下巻に続く。
登場人物が少なくて読みやすい。日本人のヒロの性格は少し軽くて、日本人らしくないのが少し気になった。これも伏線なのかもしれないが。 -
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一枚の絵がある。十七世紀初頭のオランダ絵画だが、フェルメールでもレンブラントでもない。画家の名前はサラ・デ・フォス。当時としてはめずらしい女性の画家である。個人蔵で持ち主はマーティ・デ・グルート。アッパー・イーストに建つ十四階建てのビルの最上階を占有する資産家の弁護士だ。絵はニューヨークがまだニュー・アムステルダムと呼ばれていた頃オランダから渡った先祖が蒐集したコレクションの一つで夫婦の寝室に飾られていた。
それが、パーティーの最中に盗難にあう。しばらく盗まれたことに気づかなかったのは、本物そっくりの贋作と入れ替わっていたからだ。マーティは私立探偵を雇い、犯人を見つけようとする。変人ながら腕のいい探偵は、どうやら贋作者を見つけ出す。しかし、本物はどこにあるかが分からないのでうかつに手は出せない。マーティは偽名を名乗り、贋作者と会う手はずを整える。
贋作者はシドニー生まれの若い女性でコロンビア大学の院生。芸術史を学びながら、アルバイトで古い絵画の修復を手がけている。初めは贋作を描いている気はなかった。模写だと言われたからだ。しかし、話の様子から依頼者が絵のすり替えを企んでいることを知っても手を引くことはしなかった。エリーは女であることで、修復家としても教授職を得ることも難しくなることに腹を立てていた。精巧な模写の完成は、そんな世間を見返すことになる。
その絵を描いたサラは夫とともにオランダの聖ルカ組合というギルドに所属していたが、夫のしでかした不始末のためギルドを追われ、貧しい暮らしを強いられていた。おまけに娘はペストに侵されて死んでしまう。『森のはずれにて』という、その絵の中の白樺に手を添えスケートをする人々を見ている少女の横顔には早くに逝った娘の印象が重ねられている。
ドミニク・スミスは、十七世紀初頭のオランダの女性画家の苦闘の物語と、二十世紀半ばのニュー・ヨークの絵画盗難事件の所有者と贋作者の出会い、そして、二〇〇〇年、大学と美術館に籍を置く美術史研究者となったエリーとマーティのシドニーでの再会を、章が代わるたびに時代と場所と人物を交替させながら描くことで、一枚の絵に操られるように生きることになる三者三様の人生を三つ編みに編んだ髪のように纏め上げる。
マーティは莫大な遺産を相続していることが仇となって事務所での出世は遅かった。四十代になり、子どもができないこともあり、妻は鬱気味でいつも酒の匂いをさせている。妻を愛してはいたが、自分の人生が思ったようなものになっていないことをどこかで不満に感じていた。そんな時、エリーと出会う。はじめは罰を与えるつもりだったが、何度か食事をしたり飲んだりするうちにエリーの絵に向ける情熱に惹かれている自分に気づく。それはトランペットに夢中だったかつての自分を思い出させるのだ。
エリーは自分を認めない男性社会に腹を立てていて、男との付き合いはあまりなかった。資産家で如才がなく、金払いのいい美術愛好家の誘いを何度も受けるうち、エリーもまた悪い気はしなくなっていた。ジェイクと名乗る男との一泊旅行を承諾するくらいに。オルバニーのホテルで二人は初めて結ばれるが、その夜ジェイクは荷物も持たずに車で帰ってしまう。荷物の中身にある署名から、エリーはジェイクの本名を知る。
半世紀後、シドニーの大学で教鞭をとるエリーは美術館から『十七世紀オランダ女性絵画展』のキュレーターを依頼される。驚いたことに、ライデンの美術館は『森のはずれにて』のほかにもう一点サラの作品を持っているという。そこへ館長のマックスから電話がかかる。なんとアメリカのマーティがもう一枚の『森のはずれにて』を自ら持参してシドニーを訪れるというのだ。
真贋二作が同時に同じところに揃えば、徹底的に調べられ、贋作を描いたエリーの罪が暴かれる。さらに、一六三六年以来絵を描いた形跡のないサラに一六三七年のサインが入った作品が何故描けたのか。エリーとマーティの再開はエリーの研究者としての経歴にとどめを刺すのか。大学と美術館に宛てた二通の辞表をバッグに入れ、エリーは会場に向かう。
旅先のホテルに女を残して一人ニューヨークに帰ってしまったマーティの真意がどこにあったのか、読者は最後にそれを知ることになる。そして、もう一作が描かれることになったその後のサラの人生も。二十世紀後半の新大陸の話に十七世紀初頭のオランダの物語を挿むことで、軽いミステリ・タッチの話に小説としての厚みが加わり、音楽その他による三つの時代の書き分けが興を添える。マーティは大のジャズファンなのだ。
オランダ絵画の蘊蓄、絵画修復の技術や贋作のテクニックと読みどころが満載されている。サラがギルドに飾られているレンブラントの『テュルプ博士の解剖学講義』を批評するところがある。解剖のために開かれた左腕と左手が他の部位に比べ大きすぎるというのだ。二〇〇三年の『大レンブラント展』の図録で確かめるとたしかに大きく見える。十七世紀の女性は長時間外に出て風景画など描くことはできなかったという。妻の描いた絵が夫の名前で売られてもいたようだ。自分たちの進出を阻む有名な男の画家に、憎まれ口の一つもたたきたくなるのは当然かもしれない。 -
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一気読み。ジャンルとしては、歴史改変ものとか幻想ものに入るんだろうけど、そうと意識させないジョー・ウォルトン独特の雰囲気がある。「図書室の魔法」のモリと同様、ここでもパトリシアに肩入れしながら読まずにいられない。
ある決断を境に、パトリシアの人生は二つに分岐する。二つの世界で彼女自身の人生は大きく異なるが、世界のありようもまたかなり違っている。それは私たちの「現実」と重なる所もあり、違うところもあり、そこに見え隠れする痛烈な文明批判も読みどころの一つだろう。
しかし、何と言っても読ませるのが、二人のパトリシアの歩みだ。どちらの世界でも、彼女は必死に生きる。過ちを犯したり、悩んだりしながら、子どもを育て、身近な人の幸福や不運、成長や死を経験し、大きな動き(特に戦争)に翻弄されつつ、ままならない人生を生きていく。それは決して特別なものではないが、彼女自身にとってはのっぴきならない、たった一度の人生だ。その感慨が胸に迫ってくる描き方だ。
二つに分岐していたパトリシアの人生は、ある残酷な形で重なり合うことになる。これは冒頭で暗示されているので、そういうことになるのだろうと思いながら読み進めてはいたものの、実に切なく、つらい。確かにあったはずの人生が、夢まぼろしのようにかすんでいくのを感じるとき、どういう思いが胸に去来するものなのか。想像すると苦しくなる。
解説で、本書は、個人の選択と世界の運命の関係についての物語でもあるという意味のことが書かれていたが、私はそれは深読みに過ぎるような気がした。バタフライ効果についての言及もあるが、それは物語の骨格となるものではないと思う。そういうことも含め、複雑な感慨を抱かせる、優れた一冊だと思う。 -
Posted by ブクログ
パトリシアという女性の一生を描いた物語。ただし2人分。
パットとトリッシュで分けられた彼女の人生は、世界ごと全く違う道を歩んでいく。
ひとつの名前に愛称が複数ある海外の名前の特徴をうまく使っていておもしろい。やはり名前は人生を決定するほどの力を持つのだ…。
と思っていたが、どちらにしてもパトリシアはパトリシアだった。それは本人もそう言っていたし、最終的に2つの人生が彼女ひとりに収束していったことからもそうなのだろう。薔薇という花はその名前でなくても同じ香りがするのだから。
パトリシアはどちらの人生においても意志が強く、活動的で、聡明な女性である。確かにパットの方が一見幸せに見えるけれど、トリッシュも幸せには違いなかったと思う。どちらの人生が彼女にとって良かったのか、読み終わって未だに答えが出せない。
パットとトリッシュと共に人生を追いかけていくうちに、彼女たちの子ども全員がかわいく思えてきてしまう。どちらかを選んでどちらかに会えなくなってしまうのは悲しい。いずれにしろパトリシアの子どもは音楽の才能を開花させるのが興味深いところ。
そんな風に考えながら読んでいたのだが、解説を読むと全く違った視点での考察があり非常に勉強になった。こういう、自分に足りない視点や知識で物語を読み解けるのも翻訳本の良いところだ。