アーナルデュル・インドリダソンのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ヘニング・マンケルに似た雰囲気を感じるのは、翻訳者がどちらも柳沢由美子さんの名訳だからということだけではあるまい。マンケル同様、北欧を代表する作品に与えられるガラスの鍵賞を、しかも立て続けに二度受賞しているインドリダソン。そのエーレンデュル警部シリーズも、マンケルのヴァランダー・シリーズ同様に、主人公を捜査官として描くのみならず、生活を持ち、家族を持つ人間であり、その中で私的な懊悩や迷いや希望を抱え込んでいるのである。そこに単作としての事件の上をカバーする連続性持ったシリーズ小説としての魅力が感じられるのだ。
シリーズ探偵が、誰かとつきあったとか、別れたとか、子供ができたとか、飼い犬が家族に加わった、とか、そういった悩まぬ不動の強き探偵ではなく、読者に近い側の人間であり、読者同様の様々な家族や人間関係に関する悩み、体の不調、心の荒れる様と、それを悔やむ様子、等々。そうしたものをメイン・ストーリーに重ねることによって得られるリアルな重さ、物語の厚さ、体温のようなものが感じられ、作品は活き活きと我々の下に手繰り寄せられる、そんな気がする。
もちろん、読者と離れたところで、非現実的であれ、快適な小説を求めたい読者もいると思う。マンケルもインドリダソンも、どちらかと言えば、私生活では試練を与えられる警察官であり、個人の試練を解決できなくても事件を解決することはできる、という、少し不完全さを持ったキャラクターである。
さて本書を読むのが、わけあって先にハードカバーで読んだ『厳寒の街』の後になってしまった。本書は、アイスランドの過去の歴史のなかから現れた古い死体の発見がスタートラインとなる。枯渇した湖の底から、古い無線機を錘として使われた白骨死体が発見されたのだ。エーレンデュル警部の捜査が始まる。
一方で、米ソ冷戦時代のアイスランド、共産主義に憧れ東ドイツを訪れる若者たちの一団の物語がある人物によって挿入される。彼が誰なのかは読み進むまでわからない。しかし、冷戦の時代には、地理的に重要な情報戦略の要衝的にあった上、自国に戦力を一切持たないアイスランドの国には各国の出先機関が押し寄せ、軍事的にも重要な国とされていたのだそうである。
その時代、ソ連のコミュニズムに希望を求めた若き活動家たちの行動に本書は焦点を当てる。一方の現代では、エーレンデュル、シグルデュル=オーリ、エレンボルクという三人のレギュラー捜査陣が、それぞれにプライベートな悩みを抱えながらも、彼らなりの才気を発揮して湖で発見された白骨の正体に迫る。
アイスランドと東ドイツのライプツィヒの両舞台、両時代を往来しつつ物語は白骨死体の正体に近づいてゆく。ミステリ要素をしっかりと差し出しながら、進んでゆく過去の物語とカタストロフ、そして冷戦後の現代の捜査のコントラストを楽しみながら、超一級のストーリーテリングを楽しめる。極上の美酒と言ってよい、これは相当にハイ・クオリティな作品である。 -
購入済み
雨・闇・胸苦しさ
最果ての地、アイスランド🇮🇸から届いたミステリー。現場にしがみつき、昇進を拒む男エーレンデュレ捜査官を主人公に据えたシリーズ第4作目(らしい)。それが謎解きのキーになるのか!?ちょっと持ち込むにはムリっぽくないのか? 等とも感じましたが、アイスランドという特殊な背景においては成り立つという。しかし、そのキーが成立するには、昔かたぎというのか、あまり語ること・説明することを得意としない、と同時に嗅覚・感性を疎かにしない、執拗な(疑問を放置しない)姿勢を持つ主人公がそこにいたからという奇跡になるのかなーーー。主人公の子どもたちがどうしようもない状況に置かれていたり、登場人物の痛ましい過去に紙幅を割いて描写したりと、この当たりが現代的に感じます。謎解きについては、ちょいと都合よくないか?と思う点一ヶ所?結局なんでメッセージを残したわけよ?とかありますが、おおむね「良」だと思います。アイスランドの秋から冬に移り変わる季節、記録的な長雨に見舞われる年、視覚的には映画「セブン」に近いのかもしれません。(^-^)/
-
Posted by ブクログ
ネタバレ北の湿地の厳しい風土と逃れられない血縁の業を描いた重厚な北欧ミステリー。
アイスランドの重く薄暗い空気感が全体を支配していますが、ストーリー展開は非常にテンポが良く、ぐいぐいと物語に引き込まれます。
本作の魅力、残酷で逃げ場のない人間ドラマにあります。我が子を遺伝疾患で失い、その原因を追う中で「自分が性暴力によって生まれた子」であり、その加害者の遺伝子が娘の命を奪ったという事実に直面する犯人エイナル。彼の味わった絶望は計り知れず、事件の背景には言葉を失うほどの悲劇が横たわっています。
印象的だったのは、主人公エーレンデュルの人物像。捜査官として静かに淡々と職務を全うする一方で、薬物依存の娘や問題を抱える息子との関係に葛藤し、体調の不安を抱えながらも煙草をやめられない。そんな彼の「哀愁と弱さ」が、作品の冷たい世界観に血の通った温かみと哀切をもたらしています。
ラストシーンの、あまりにもささやかで微かな優しさが、冷たい雨が降り続くような物語の最後に、ぽつりと小さな余韻を残してくれます。 -
Posted by ブクログ
馴染みのないアイスランドが舞台の警察小説。
ミステリーとしては犯人探しの側面も興味を引くが、それよりも動機の解明に心血が注がれており、その過程でなんとも言いようのない悲劇が事件の裏に隠されているのが判明する。
解説に「どこかの国のことを知りたければミステリを読めばいい。一番的確な案内書だ」とあるが、まさにその通りで、アイスランドの風土やアイスランド人の気質が、レイキャビクの晩秋のどんよりとした気候や、主人公エーレンデュルの心情と相まってよく描かれている。
またエーレンデュルの捜査は地道で職人気質な所もあり、多くの日本人にもそのキャラはある意味親近感を持たれるのではないだろうか。
事件そのものは陰惨で暗く救いようがない。しかし物語の終わらせ方には痺れた。 -
Posted by ブクログ
■自分の中での傑作
とにかく、全てが淡々と進んでいく描写が非常に自分好み。
登場人物が自分の人生や揺れ動く気持ち等を長々と地文で語ったりせず、会話も常に淡々としていて無駄がなく、余計な風景描写や場面移動にページを割かない。この文章のあり方がとにかく気に入った。
訳者あとがきによれば、インタビューの中で著者本人が「形容詞をいくつも並べたりせず、簡潔で的確な表現を心がけている」と話したことが書かれているが、まさにこのあり方が自分の好みに突き刺さった。
■警察ミステリ
本格推理小説ほどではないが、ミステリ色が強い警察小説。
とはいえいわゆるフーダニット的なものはなく、手がかりに沿って捜査を進めていくうちに自然と犯人や動機が浮かび上がってくるので、「こういうことじゃないか」と自分で考えた結末がそのままピシャリと当たる。
考える楽しみがある一方、楽しむメインのポイントは「謎解き」ではないため、その点やはり警察小説だな、と感じる。
■雰囲気は暗め
「レイプ」「臓器」「悪臭」など、胸くそ悪くなるような描写が多いが、受け入れられないほどではない。
文体自体が淡々としていることもあり、暗め、という印象を受ける作品。
コージーミステリのような明るい作風が好きな人や、登場人物の心理描写やキャラクターを重視する作風が好きな人には、ちょっと合わない作品かもな、と思った。 -
Posted by ブクログ
北欧の警察小説の特徴は静かな捜査と人間ドラマの味わいにある。日本の警察小説は派手な捜査や捕り物が好きで、犯人逮捕のカタルシスに注力しているきらいがある。北欧の警察小説はもっとゆっくりと展開し、それでもじわじわとドキドキが始まり止まらなくなる。
柳沢由実子の翻訳の上手さもあるでしょうね。マイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーからドロシー・ギルマン、ヘニング・マンケル、インドリダソンと北欧の名作は昔から彼女の翻訳が一番です。
さてこの話。レイキャヴィクのバーで男が女性に声をかけるところから始まる。男は女性の酒に錠剤を入れて酔わせ、自宅に連れて帰ろうとする。翌日、アパートで喉を切り裂かれた若い男の死体が発見される。男のポケットにはレイプドラッグがあり、どうやらレイプ魔のようだ。現場にはスパイスの香りが残る一枚のスカーフ。エーレンデュル捜査官は休暇を取ったきり行方がわからない。捜査にあたるのは同僚のエリンボルグ。彼女は自分の家族の問題に悩みながら徐々に犯人を追い詰めていく。
インドリダソンは相変わらず上手い。レイプ魔の非道なやり口、しかしレイプ魔の口の中からもレイプドラッグが見つかった。そしてそのレイプ魔を殺したのは被害女性なのか、それは誰なのか、それとも別の人間なのか。ならば動機は…。
面白いですねえ。あんまり語るとネタバレになっちゃうので書けないが、事件に関わる様々な立場の様々な人がそれぞれの怒りや哀しみを抱えて生きている。そっちが解決するわけではない。複数の事件が絡み、主たる事件は解決するが他の事件ははっきりしないまま話は終わる。また別の作品に繋がるのだろうか。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ悲惨な出来事ばかりおこって、陰鬱なシーンばかりだったけれども、最後にエレーンデュルが自然と取ってくれた以下の行動に心が少しだけ救われた。
「エーレンデュルはランプを置いて、棺の始末をつけることにした。(中略)棺に向かって十字を切ると、穴の上から土をかけはじめた。重い土が棺の上にかかる音が響き渡った。そのたびに胸が鋭く傷んだ。」
事実を知ってしまったからこそ、知らなかったときの自分には戻れなくなる。誰もエイナルを救うことができない中で、なんとも言えない感情にさせられた。医療の発展や後世のためにはすべての臓器が貴重なサンプルになるのだろうけども、親として本人に一切傷をつけて欲しくないという気持ちに繋がるのも分かる。どんな思いでエーレンデュルは再びウイドルの棺を埋めたのだろう?
日本では刊行されていないということだったけれどもエーレンデュル捜査官シリーズの1作目、2作目がどんな始まりだったのかが凄く気になってしまった。
娘エヴァ=リンドや今回は登場しなかった息子との関係性がどう変化していくのも興味が湧くので3作目以降も読んでみたい。
解説の「どこかの国を知りたければ、ミステリ小説を読めばいい。いちばん的確な案内所だ」という言葉通り、アイスランドの知識はほぼゼロだったけれども、国の歴史だったり空気感だったりが伝わってきて、丁寧な解説のおかげで1度自分でも足を運んでみたい場所になりました。
終始陰鬱な空気が流れ続けているけれども、その中でも人と人とのやりとりの中に、ユーモアや温かさを感じる場所がいくつもあって、人と人の関係性が存在することの辛さも良さも同時に味わえる小説でした。 -
Posted by ブクログ
何年か前に映画化されたのを観ましたが雰囲気しか覚えておらず読んでみました。ミステリー小説って面白い!と思わせてくれた作品です。
物語はレイキャビク(アイスランドの都市)の湿地で殺人事件が発生するところから始まります。これを皮切りにこの地域に眠る陰惨な出来事が浮かび上がり…といった流れです。
作中の天気も内容もずーっとジメッとしてるし内容はかなり重たいのですが、文節が細かく区切ってあり文体も簡潔でスラスラ読めました。
個人的に主人公の偏屈&昔堅気だけど人情味があるところが好きです。作中の境遇を考えると時々可哀想に思いますが…笑
シリーズものの3作目らしいので、翻訳済の他の作品も読んでみようと思います。いつか全シリーズ分翻訳されるといいな。 -
Posted by ブクログ
前作に引き続きエーレンデュルがいないエーレンデュルシリーズ第8弾。今回はシグルデュル=オーリが主役。シッギと呼ばれてて全部これにしてほしいと思った。
性的虐待、殺人事件、金融犯罪の3種類がテーマ。
自分の不始末の後始末を他人に任せるとどんなことが起こるかわからない。シッギの家庭も友人も複雑。
「アイスランドの社会構造の最小単位は家族でなく個人」とあって、日本もそうあってほしいと思いながら、でも他人との関係における葛藤は避けられないものだと思った。
日本も児童ポルノにはもっと嫌悪感を持つ人が増えてほしいし、法律も弱者を虐げる人には厳しくしてほしい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレダガー賞読書会のための読書その1。
アイスランドのミステリは初めて読みました。
北欧ミステリのほかの国々と同じく、こちらも凄惨な生々しさでした。読み終わっても、心が重いままです。
発掘される人骨の事件、捜査の指揮を執るエーレンデュル捜査官の娘さんを中心とする家族の話、大戦中に起こっていると思われるとある家族が受けているドメスティックバイオレンス。
この3つの話が次々に描かれ、どう絡み合っていくのか…引き込まれました。
体に受ける暴力も、心に受ける暴力も、何もかもを壊してしまう。暴力をふるっていた人も、壊された人だったのがわかったとはいえ。。。
取り戻すために払った代償は大きいし、とある関係は取り戻せるのか?と思います。
重苦しいけれど、彼らのこれからが気になりました。