古川綾子のレビュー一覧
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ネタバレそれぞれの短編で語り手の立場は異なるものの、似たようなバックグラウンドが度々描かれている。みな何らかの暗い過去を背負っていて、心の傷に敏感な人たちだ。どちらかといえば傷付けられた痛みよりも、自分が誰かを傷付けた(または救えなかった)という罪の意識や、無力感をよく知っている人物の視点で話が語られる。
語り手が過去を回想し、自らの間違いを見つめる時、読者も同じように自身の過去を振り返ってしまう。誰にも話せない秘密や後悔を嫌でも思い出すことになる。まるで自分を罰するかのように、語り手が過去を見つめる視線には誤魔化しがない。
あとがきに書かれた著者の言葉を借りるまでもなく、どの作品にも著者の過去や記憶が色濃く反映されている。とてもパーソナルな物語だ。昔のアルバムに入ったフィルム写真を見ていくような手触りがある。だから読者の記憶と共鳴するのだと思う。 繰り返し出てくるのは、傷付けられたと思っていた自分が、無自覚に大切な人を傷付けていたというモチーフだ。心ならずも相手をひどく損なってしまった後悔。取り返しのつかない間違い。村上春樹が「人生においていちばん深く心の傷として残るのは、多くの場合、自分が誰かに傷つけられたことではなく、自分が誰かを傷つけたことです」と書いていたことを思い出す。
唯一の中編といえる「砂の家」では語り手の心理が特に詳細に描かれていて、収録されている中で一番心に響く作品だった。風景の一つ一つも強く印象に残る。読み終わった後はしばらく余韻に浸っていた。
「告白」は「砂の家」とよく似た要素のある物語で、どちらも3人の友達グループ間での人間関係をめぐって話が展開する。最大の違いは「傷付けられた側」が辿る結末だろう。安易な希望が描かれていない点は共通している。
「わたしに無害なひと」とは、自分に関係ない人というよりは、人を傷つけない(傷つけられない)人という意味だと解釈した。だが読んでいると、果たして人を傷つけない人なんているのだろうか、と思う。人間関係では誰かが傷つき、傷つけることは避けられないのかもしれない。でも、傷付ける側ではなくて、理解する側に行きたいという著者の思いを感じる。だからこそ、傷付ける側の心理を痛いほど鮮明に書くのだろう。きっと個人的な反省がこもっているはずだ。「自分は人を傷付ける」ということについて、徹底的に自覚的であろうとする姿勢がある。
いくつか心に刺さった部分を引用して終える。
「人が私を失望させるのだといつも思っていた。でももっと苦しいのは、自分の愛する人を失望させた自分自身だった。私のことを愛する準備ができていた人にまで背を向けさせた、自分自身の荒涼とした心だった」(「砂の家」)
「互いを傷つけながら愛するのだとも、完全だからじゃなくて、不完全だから相手を愛するのだともわかっているのに、体がそう反応した」(「砂の家」)
「もし時間を巻き戻せるならあの瞬間に戻りたいとミジュは心の底から思う。あの瞬間に戻れたら、話してくれてありがとう、私はあなたの味方だ、もうそうやって寂しくつらい思いはさせないと言うだろう。でも当時のミジュは口ごもるばかりで最後まで言葉にできなかった」(「告白」)
「重力も摩擦力も存在しない条件下で転がした球は永遠に転がり続ける。いつかのあなたの言葉を私はたびたび思い返していた。永遠にゆっくりと転がり続けるボールについて考えた。その粘り強さを想像してみた。(中略)でも私たちは重力と摩擦力のある世界に生きているからラッキーなんだ。進んでいても止まれるし、止まっていてもまた進み出せる。永遠には無理だけど。こっちのほうがましだと思う。こうやって生きるほうが」(「砂の家」) -
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あの時、あの言葉を言わなければ…
あの時、あの一言を言っていたら…
あの時、あの一瞬、
言葉にできない想いをたくさん抱えていた若い時。言葉にする力も勇気もなくて、どれ程後悔しただろう。
永遠だと思っていた友人や恋人との関係も、生活や環境の変化から変わってしまった。この本は、若い頃のあのヒリヒリとした感覚を思い起こさせる。
七篇の中短編はどれも過ぎ去った時間を痛みと共に振り返る。繊細に描かれる主人公たちの気持ちの中に自分の姿を見つけては、鋭い痛みが走る。
子どもの痛みには、胸がかきむしられる。
「子どもはある年齢まで無条件に親を許すから。許さなければという義務感もなく、ごく自然に。」
大人の都合を受け入れ、その中に愛を探す子どもの気持ちを思うと切なくて、辛くて堪らない。
人の愚かさや弱さ、醜さを描きながら、人と繋がる素晴らしさを描いている。
あとがきでチェ・ウニョンが「無害なひとになりたかった。苦痛を与える人になりたくなかった」という。
けれど「そういう人間になれなかった」と。
だからこそ「難なくじゃなく辛うじて、楽にじゃなく苦しんで書く作家になりたい。その過程で人間として感じられるすべてを感じ尽くしたい。それができる勇気が持てますように」という。その真摯な姿に打たれた。
真摯に生きていきたいと思う。 -
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チェ・ウニョン(최은영)さんの短編集。「ほんのかすかな光でも」(아주 희미한 빛으로도)どれも女性が主人公で、男性や世間からの直接の、あるいは遠回しの差別を受けたことで生きずらい思いをしている女性たちを描く。
「ほんのかすかな光でも」:大学で研究者を目指す私は、社会人編入した25歳の大学三年生だった。ある女性講師の授業を取った。毎回彼女が選んだ英文のエッセイを読んで、それについて自分の意見や感想を書いてくることで進められた。男性の学生は、講師が女性だというだけで、少し軽くみているような感じがした。その女性講師とは、ある個人的な出来事で世話になり、それからも帰り道が龍山(용산)で同じ方向だというので話をする機会があった…。その後、大学院に進み、講義をすることで彼女の気持ちを身近に感じられた。<もっと進んでみたかった>と彼女は書いていた。私も、もっと進んでみたかっただけだった。自分と似た誰かが灯火を掲げて前を歩いてくれ、これから足を踏み入れる場所は虚空ではない。そんな事実だけでも示してくれたらと願っていたのかもしれない。どこに向かうのかはわからないけれど、少なくとも消えずに進み続けることはできると教えてくれる、そんな光を追いたかったのかもしれない。
「役割」、「一年」、「返信」、「種まき」、「伯母さんへ」、「消える、消えない」 -
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差異や分断からひとすじの理解や対話を探ろうとするような短編が収められている。
前半は、傷ついた心情を繊細に拾いあげるような人間ドラマが多い。表題作、「スンへとミオ」、「四十三」が好き。どことなく『ゴーストワールド』、『大都会の愛し方』、イ・ランさんの著作のような感触。絶対にそんなことできないだろうと思ってた人が、MAMAMOOの振付完コピしたらそら好きになっちゃうよ!
後半は、ホラー、ファンタジー、SFなどを駆使したちょっとトリッキーな話が続く。前半に比べてより怒りや悲しみが噴き出すような表現。
両方書けるのがすごいし、どちらのテイストが好きか読者も分かれそう。(わたしは前半派です。) -
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『無理して頑張らなくても』
中学校3年生の時に、母親が新興宗教にはまってしまう。両親は離婚。合格した高校に行けなくなり、ソウルの高校に転校した。友達ができるか不安だったが、人気者らしいユナが話しかけてくれてほっとする。彼女になら自分の秘密を打ち明けてもいいと決心するが。
信じた相手に裏切られた事を後で知るパターン。読者も、どこかで体験したことがあったのでは。その時どう自分の中で腑に落ちるようにできるのか。
「当時の私たちは愛と憎悪、羨望と劣等感、瞬間と永遠を、星の数ほど取り違えていたから。心臓を差し出してもいいと思った相手を傷つけたくなることが、矛盾だとは感じていなかったから。(p26)」
『デビー・チェン』
ナミがイタリアで逢った同郷人デビ―は、女優のマギー・チェンに逢ったことがあると言う。デビ―は映画レビューを書いているブロガーだった。吊り橋効果で恋に落ちても不思議ではない二人だったが、その後二人は別々の人と結ばれる。時に一方に嫉妬しながらも、形を変えて続いていく友情。
『夢うつつ』
ジョンミンは、うまくいかなかったユニとの関係を考える。彼女とは、父親が音楽家という縁で知り合った。
「あなたを愛している。両思いじゃなかたら、もっと楽だっただろうに。そうしたら、すべてはもっと簡単だっただろうに。ここまで愛していなかったら、こんな事態にもならなかったはず。(p51)」
好き同志なのに、ずっとすれ違い続ける二人。
『森の果て』
20年ぶりにフィンランドにいるジホに逢うために空港に向かったが、ロックダウンで韓国に逆戻りすることになった私が、出されることのない手紙の態で、ジホに心情を吐露する。フィンランドにわたり、言葉がわからない私をフォローしてくれたジホのことを、私は好きだった。ある日二人で待ち合わせをしたが、出会えなかった。ジホは待ち合わせの場所にいなかったといい、私はちゃんといたのに、と思いながら、その事についてはずっと話せないままでいた。これをきちんとする時は、果たしてくるのか。この手紙は出されるのか。オープンエンド。
『良き時代』
近所に引っ越してきたミンソンさんの一家はとてもいい人たちだったが、ある日姉が彼等を無視する場面に出くわす。母が「全羅道出身の人に気をつけろといったから」 というのだが、私には納得できない。私にはもっと我慢できない叔父がいたが、彼については母はノーコメント。それでも母に逆らえない。やがてイギリスに移住した私は、今度は韓国人として英国人から差別を受ける。世の中にある思い込みに踊らされる人たちと、私達は対峙しなければならない。決して思いを変えない人たちと。
『一時預かりボランティア日記』
捨て猫らしき猫を拾ったユンジュは、飼い主を探すが、子供がいない夫婦の申し込みに難色を示す。いずれ子供ができたら、猫はないがしろにされるのではないかと危ぶんだのだ。しかし夫妻から再度手紙が来て。結末がわかっていながらも、もう一度始めようとしている強さに涙するユンジュ。
他
『漢南洞の屋上プール』『夕暮れの散歩』『ブランコに乗って交わした言葉』『ムンドン』『手書きの手紙』『一時預かりボランティア日記』『アンニョン、クク』『無給休暇』収録。 -
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韓国人の女性作家の短編集って、どれも良くて大好きです。チェ・ウニョンさんも大好きな作家さん。
女性たちの生きる苦しみや悲しみが描かれていて、胸が締め付けられました。
あんまり日本人作家はここまでやり切れないような悲しみを書く人は少ない気がします。どこかに希望を残したり、ほっこりするような結末が多いような。韓国人作家さんはそこを厳しくも温かく見つめて描いてくれる。どちらが良いという訳ではないですし、どちらも好きですが。
どこにも持っていきようのない気持ちをすくい上げて悲しみに寄り添ってくれるような小説でした。本書を読んで救われた気持ちになりました。自分の苦しみを知っていてくれる人が世の中にいるということが何よりの救いなのかもな…と思いました。 -
Posted by ブクログ
どの短編も余韻を感じる終わり方でした。
時と場所は違っても、似た思いを感じたことがあるかもと思うものもありました。そして訳者のあとがきに書かれていた「寛大になれない大人たちの生きる国」という社会をこの小説で垣間見ることができたように思いました。それと共にチェ・ウニョンさんも心の機微の表現が優れているなと思いました。
友人関係が全てのように思える
学生時代の心の揺れ
旅先で出会った友人への思い
フィンランドで知り合った友達に
伝えたかった思い
友達から気づかされた自分の気持ち
善意が伝わらなかったもどかしさ
大人の秩序に翻弄された頃の自分を
思う気持ち
など、自分が無理をしていたことを振り返ったときのことが、うまく表現されていました。それぞれの主人公に、「あの時の自分、頑張ってた」と思える今であってほしいと思いました。
〈目次〉
著者の言葉
無理して頑張らなくても
デビー・チェン
夢うつつ
森の果て
私たちが学べないもの
漢南洞の屋上プール
夕暮れの散歩
ブランコに乗って交わした言葉
ムンドン
良き時代
手書きの手紙
一時預かりのボランティア日記
アンニョン、クク
無給休暇
訳者あとがき -
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ネタバレとてつもなく繊細な心の機微を描いている。私の気持ちを言葉にしてくれたと感じられる場面も、そういう世界の捉え方があるのかと学んだ場面も多くある。
弱い人たちが生きていくにはあまりにも痛みを感じさせてしまう世界。平凡な人々が、どれだけ傷ついても、自分にしかない人生を必死に生きている。
「人生とは仕方なく受ける罰のようなものだと捉えることが多かった」「欠乏感を抱きしめ、それを必要以上に憎んだり、哀れんだりすることもなく、ただ一日一日を生きていく」
なんでこんなにも、人生を言葉として表現できるのだろう。作家の言葉が体中に沁みわたり、涙を堪えながら読んだ。
「日本の読者の皆さんへ」を読むだけでも、今日を生きようとできる人がいるのではないだろうか。
平凡な人間だからこそ、生きる支えになる言葉が詰まっている。ここには書ききれないほど、哀しく、素直で、素敵な言葉たちが。
抱えているものを隠し、取り繕いながらも、「毎日生きることを選択する人たち」がいる。たくさんの「私たち」となら、もう少し、生きていけるかもしれない。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ原作「親密な異邦人」ドラマ「アンナ」(アマプラ、ディレクターズカット版)面白くてどちらも一気見。8話しかないので無駄なく没入感MAXでした。
"些細な嘘から始まり全く別の人生を歩み始める女性のストーリー"
✏︎✏︎✏︎原作あらすじ
まず登場するのは書けなくなった女性作家。
ある日彼女は新聞を見て驚く。若い頃近所の印刷所に頼んで二十部だけ刷ってもらった自費出版『難破船』。その一部が載っており、「これを書いた人を探しています」という広告があった。
会いに行ってみると、相手は二十代前半か半ばの女性で、「これは半年前に失踪した夫が書いたと言っていたものです」と本を差し出す。『難破船』とデザインがそっくりだが著者として別人の名がある。
これだけでも不可解なのに、若い女はさらに異常なことを言う。「夫は三十五歳。小説家だと言っていたが、これまでの人生で数十もの仮面をかぶって生きてきたようだ」と。
ある時は、キラキラした大学生。ある時は、評判のいいピアノ教師。ある時は、センスのある大学講師。ある時は、優しい医師。またある時は、ーー。
事情を調べ始めた作家は、謎の多い人物「イ・ユミ」に辿り着き、人生を追うことになる。関わった人々へのインタビュー形式で探し出して行く作風がいい。
ラスト近くにはいちばんの衝撃が待っている。
ドラマ「アンナ」とは全然違う…結末。
ミステリーとしても人生ドラマとしても恋愛小説としても読めてすごく面白かった。