山本文緒のレビュー一覧
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最近、いつか来る別れを考えて夜な夜な涙することが増えてしまった。
両親、夫、友人、推し。
今は進んでいるようで、進むということは終わりに向かっていく。
みんな、いってしまう。
本作のタイトルは、なぜ平仮名の「いってしまう」なのだろうか。解説を読んで、その対象が「人」だけではないと気付かされた。
行く、往く、逝く。
失われた感情や、かつての生活。物語には、物悲しさと懐かしさ、そして孤独が静かに漂っている。
たった1話20ページにも満たない短編集なのに
そこに映し出された心情には、
人が簡単には言語化できない絡まった心情を、一本ずつ解いて丁寧に解いて整理されている。
こんなに丁寧に、人間の心を文字に表す山本文緒先生は、逝ってしまった。
「去ってしまう今」を嘆く私に、この本は優しく、そっと寄り添ってくれた。 -
Posted by ブクログ
第124回直木賞受賞作
何かしらの理由や事情で働けない、
働きたくない/自立できない人達の5つの短編集
齢を重ねると内面的な基盤も固まる
そしてそれは様々な理由から崩れ、
容易に修復出来るものでもない
欠けたものを直そう、埋めようと足掻き、
それを他者にぶつけてしまう
世の生きづらさと
著者特有のリアルな描写が相重なり
深く考えさせられた
【プラナリア】
表題作。20代で乳癌になり、切除した女性の話
その若さで女性のシンボルとも言える
胸を失う事は計り知れない
自暴自棄にもなる
誰も悪くない
【ネイキッド】
2番目に好きかな、ほんとドラマを見てるようだった
【どこかではないここ】
この2年で読んだ本の母親像で
一番強さを感じた
しかし、弱さと妙な冷静さも合わせ持つ
山本文緒さんの書く女性ってほんと凄い
【囚われ人のジレンマ】
この話単体だと、
単に腹が立つ女の話なのだけど、
一つのテーマを扱った短編集としてみると、
深いなと思う
要するに社会人として働いてるが、
心はまだ子どものままで、
自立したくないというね
他の4篇とは
違ったアプローチをしてるように思えた
【あいあるあした】
珍しく男性が主人公
これも良かった、1番好きかな
この話を最後に持ってきたのは
大正解だと思う 良い余韻で終れた
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Posted by ブクログ
毒親小説なんでしょうけど、1996年当時はおそらく「毒親」という言葉はまだ出てないはずなので、その先駆け的1冊では。実際そうらしい。
書体が2パターンあって、片方は誰かがカウンセリングを受けている時の独白。もう片方が本文です。この告白は誰によるものなのかなぁと考えながら読み進める形なので、ミステリー要素もありました。私は全然気づかなかった。
ちなみに、主人公の名は「さとる」。妹が「みつる」。さとるはみつるの姉。姉妹です。さとるの恋人は鉄夫。
性への偏見から来る叙述ミステリーかと思い読み始めた自分は大間違いで、その性と名前のポイントは話の本筋には関係がないしネタバレでもないので、すんなり読み進めて問題ないでしょう。
あらすじを読むと話を通して「さとるがおかしくなる」ように取れますが、サスペンスではなかったです。サイコホラーではないけど…母と娘の確執ホラーかも。なんだろうな…分類不能。
母親に抑圧されてきた経験があるとか、そういえばそういう気がするとか、思い当たる節のある人は読んでいてトラウマが蘇るのでおすすめできない。さとるに共感できるか、真正面からそれは違うと否定できるかで作品に対する満足度とのめり込み感が大きく異なると思います。読む人を選ぶけど山本文緒さんの強烈な筆致力で読ませられてしまうのも仕方ない…。 -
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ネタバレ目次
・プラナリア
・ネイキッド
・どこかではないここ
・囚われ人のジレンマ
・あいあるあした
世の中にはこんなにイタイ人があふれているのか、と思ってしまうほど、どこにでもいそうなありふれたイタイ人の話。
自分しか見えない、自分をも見えない。
行きどまりではないはずなのに、どこへもいけない。
乳がんの手術後仕事を辞め、何をする気も起きずに日を送る25歳の春香が主人公の『プラナリア』。
焦燥感と自己憐憫に囚われ、何をする気も起きない春香。
気持ちはわからないでもないけれど。
乳がんだけではなく、病気って予後も大切なのだ。
病気は異常事態、手術も体を切り刻むのだからもちろん異常事態。
それを徐々に、体に負担をかけないようゆっくりと、もとの状態に近いところに戻していくわけだから、手術したからOK、退院したから健康というものではないのだ。
それをわかってもらえないもどかしさは、どれだけうんざりしても、自分で説明して、理解してもらうしかないのだ。
面倒くさがって、自分を憐れんで、八つ当たりをして…助けてくれるはずの手を自分で振り払っているに過ぎないということを、25歳なら気づきなさいよ、と思う。
『どこかではないここ』は、共感する人多いんだろうなあ。
夫がリストラされて生活が苦しくなり、パートで働いている主人公。
大学生の息子も高校生の娘も家にあまり寄り付かず(しかしお金はかかる)、認知症で入院している夫の父親に5日に1回面会に行き、父を亡くして一人暮らししている実母のところには週に何回か弁当を作って持っていく。
お母さんってそういうもの?
私は、誰か一人にすべておっかぶせておいて、何事もなく平穏な家庭の顔をするのは違うと思っているので、「なんで言いたいこと言わずに呑み込んでるのよ!」といらいらしながら読んでいたので、最後は少し溜飲が下がった。
息子がどこまで母の気持ちをわかったかは疑問だけど、娘はきっと「おかあさん、やるじゃん」っていつか思ってくれると思う。
『囚われ人のジレンマ』は、情報不足で、浅丘君の背景がよくわからないけれど、なぜ高校に行かなかったのか、就職せず大学の博士課程まで進んで何をしたいのか、母親がこっそり援助してくれているのはなぜか、恋人の美都にも何も言わないままプロポーズっていうのは、誠意がないかもなあ。
私だったら、「長いことおつきあいをしてきたので情はありますが、愛はなくなってしまったので、結婚はできません」と言いそう。
ただ、浅丘君のセリフ「損の種をまいているのは、往々にして自分なんじゃないかな」は、覚えておきたい。 -
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プラナリアとネイキッドが特に印象的だった。
「プラナリア」
手術が終わって、転移の可能性も低い、もう終わったことだと他人に言われても、病気で失ったものや受けた傷は今も続いていてまだ終わっていないんだっていう感覚が、今の自分にもあてはまるものですごく共感できた。病気は治っても失ったものの重みは背負い続けないといけない。それが辛い。
「ネイキッド」
一生懸命真面目に生きてきたのに、無職になって自分が急に惨めになったような感覚、これまで積み上げてきたものは何だったんだという感覚が痛いほどわかる。
「傷が治ったら立ち上がらなくてはならないのが人間だ。それが嫌だった。」ってフレーズには、暇だけど波風立たない今の状況から変わる恐怖と、「さもしい」と元夫に言われた自分に戻る恐怖が込められている気がした。 -
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著者が最期に遺した闘病記。
穏やかに暮らしていた日常の先に膵臓癌が発覚した時点でステージ4b。余命を告げられてからの数ヶ月が、淡々とした日記の形で綴られます。
日付が進むごとに、病の重さと時間の切実さが静かに迫ってくる。
巻末の解説にもある通り、通常、闘病記というものは読み手が書き手に対して「頑張れ」「負けるな」とエールを送りながら読むものだと思っていました。
しかし、この作品は全く逆でした。書き手である山本文緒さんが常に読み手を気遣い、不快な思いをさせないよう細心の配慮を尽くしている。
そこには、私たち読み手に対する「生きてほしい」という強い願いがまざまざと溢れており、その慈しみ深さに言葉を失います。
最期の瞬間まで、山本文緒さんは何よりも気高い「作家」であり続けたのだと感じました。
作中にある「うまく死ねますように」という言葉。もし自分が同じ状況に直面したとき、これほどまでに澄んだ心でそう願うことができるだろうか……。死を見つめることは、生をどう全うするかを問われることなのだと教えられた気がします。
心からの敬意を込めて、追悼の意を表します。
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良かった。山本文緒さんの作品にはやっぱり共感する部分が多い。それも主人公にだけではなく、全ての登場人物に。
最後は離婚したらスッキリすると思ったけど、そうではないところも現実的。
仕事をすることと家庭を守ること。どちらに行ってもやっぱり不満は出るよね。ぴったりハマって納得することは無いんだろうね。
出産育児を理由に仕事を辞めたい気持ちもわかるし、それはそれで自分の能力が無駄になってる気がする焦りもあるだろうし、主婦の人付き合いも仕事のうちだけど面倒だし、何も考えずに責任を取らずに従いたい気持ちも、家族を守りたい気持ちもそれに対する重圧感も…
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Posted by ブクログ
ネタバレ山本文緒最後の作品集、刊行は最後で長編「自転しながら公転する」より発表は前の作品ばかりを収録しているとのこと。
どの作品も、今っぽい人間関係の屈折を抱えた主人公の日常を描き、読み進めていくうちに感じた違和感が実は…みたいな仕掛け(ミステリーと言うほど明確ではないにせよ)が、キモ面白い。
表題作のばにらさま、女性に限らずちょっとヒエラルキー高めのモテ人なら、滑り止め抑えてもっとエエ相手を探すなんてのは、今時普通なんだろうな。
筆の冴えは完璧、まさに全盛期の勢いを感じるのに、あまりにも早いご逝去が、残念でならない。まだまだ面白い小説が書けただろうになぁ…改めてお悔やみ申し上げます。