浅野いにおのレビュー一覧
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社会をデフォルメ
バケモノが過ぎるけど、容姿で虐められたり、無視されたりすることはよくある。虐められた子がみんな仲良くという偽善の犠牲者になることもよくある。
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深いです
短編でも深く広げることが出来るこの描き方は本当に素晴らしいです。
いにお先生の作品はどれも、伝えたいことがはっきりしているのに、そこにたどり着くまでの行程は最後まで読まないと理解できなかったりと、読者を引き込むものばかりです。
正答する上でポッカリと抜け落ちたものを見つけられる作品ばかりだと思います。 -
Posted by ブクログ
5巻のレビューでは、幸せの状態の定義をしましたが、幸せという言葉の定義については、してきませんでした。この6巻のレビューでは、それができたらいいなと、思って描いているのです。
5巻のレビューで獲得した「不幸ではない」という感覚は、naonaonao16gの生活に、大きな影響を与えたのです。それはつまり、「新たな幸せの概念」の獲得ということです。
6巻は、プンプンママの見方が変わる巻です。
プンプンママは言うのです。
❛受け入れる気持ちがない限り、解り合えることなんてないのよ。歳をとればとるほど譲れないものって増えてくるから。きっと、あたしがあたしである以上、この寂しさが埋まることはないのよね。❜
naonaonao16gの頭の中で、最後のフレーズがリフレインし続けます。
人と人とが分かり合うということ、特に、親子について考えさせられた巻でした。
自分が変わらなければ、何も変わらない。
naonaonao16gは、物心ついた頃からnaonaoママに「自分より幸せになるんじゃないよ~」という魔法をかけられて育ちました。naonaonao16gは常に、自分がnaonaoママより幸せになっていないか、自分の選択がnaonaoママの意思に反していないか、常に大人の顔色を窺いながら育ちました。そして、幸せを感じるとnaonaoママに対して申し訳ない気持ちを抱くようになったのです。そしてある時思ったのです。
幸せって、なんだろう、と。
naonaonao16gにとってそれは、一言で言うと「楽しい瞬間」です。フェスに行っている時、DJをしている時、瓶のお酒をラッパ飲みしている時。でもその瞬間は、長くは続かないのです。
naonaonao16gは極端な性格なので、「楽しい瞬間」を離れると、一気に「不幸だ」と思ってしまう傾向があります。そして、この「楽しい瞬間」をふいに、俯瞰して見るnaonaonao16gが出現します。そんな時、突然申し訳ない気持ちになるのです。「自分なんかが幸せを感じてしまって申し訳ない」と、幸せを感じるのが怖くなってしまうのです。そして不安になるのです。だから、いざ手に入れると、手放したくなるのです。
つまり、naonaonao16gにとって、幸せというのは、「手の届かない存在」なのです。届いたら一瞬にしてなくなってしまうもの、自分が手に入れてはいけないもの。naonaoママは、見事、魔法をかけることに成功したのです。
「血の繋がった家族でしょ」「心配したりしないの?」「もう少し頭使ってよく考えた方がいいよ?」と作中の女の子は言います。それにどこか鼻白むプンプン。その感覚は、naonaonao16gがマトモな異性にマトモなことを言われた時の感覚に似ていました。
マトモな人を好きになれないそんな自分を、「不幸だ」と思うことがあります。でもきっと、それを「不幸だ」と思うのは、魔法をかけられたままだからです。
しかし、誰もこの魔法の解き方を知りません。
たぶん、この魔法を解いてくれる「誰か」なんていないのです。自分で解いていかないといけないのです。
もう一度聞きます。
幸せって、なんでしょう。
それは例えるなら、バケツの上の方までお水が満たされている状態で、運ばれていくうちに、ぼとぼとと溢れ出してしまうものです。バケツにとってちょうどいい水の量というのは、手で持って運んでいる時に、こぼれなくて重くない量です。つまり、その「ちょうどいい水の量」が長期間継続してある状態=不幸ではない、ということのような気がしています。(これは、5巻のレビューで気付きを与えてくださったコメントで見つけることができたものです。ありがとうございます。)
この、たぷたぷ状態でなくてもよい、ちゃぷちゃぷ状態での生活、それに対して「不幸ではない」つまり「幸せである」という感覚を持てれば、自分なりの「幸せ」を獲得したことになるような気がしているのです。
フェス会場じゃなくても、DJをやっていなくても、瓶のお酒がなくても、不幸ではないのです。
だって、日常なんて基本的に「楽しい瞬間だらけ」ではないですから。「不幸ではない日常」が続いているから、「楽しい瞬間」が「超幸せ」なのです。常にバケツのお水がたぷたぷだったら、疲れてしまいます。
そう、naonaonao16gは、日常に、誰かに、たぷたぷを求めすぎていたのです。常に「超幸せ状態」でないと、「不幸である」ような気がしていただけなのです。
先ほどnaonaonao16gは、「幸せというのは、『手の届かない存在』」と定義していましたが、その定義とは実は、「超幸せとは、手が届いたらなくなってしまうもの」ということではないではないでしょうか。
部屋中で音楽をかき鳴らし、妄想DJをして時々DJ用のプレイリストを用意して、ジョッキでお酒を飲んで、間接照明で映画を観て、本を読む。
その状態が、naonaonao16gの幸せなのではないでしょうか。
この幸せは、実はすでに手にしていたのです。この幸せは、手放したくないのです。そして、手放さなくてもよいのです。naonaonao16gが、自分の力で見つけて、手に入れたものです。怖がる必要なんて、ないのです。その幸せが手元にあることに、罪悪感を感じなくてもよいのです。
naonaonao16gは、やっと気付いたのです。
「見えないモノを見ようとしていた」んです。
でも、本当は「見えてるモノを見落としていた」んです。
いつも、naonaonao16gのそばにあるのはBUMP OF CHICKENだったではないですか。
それすらも見えなくなっていたなんて。
極端な性格のnaonaonao16gは、ようやく「適量」を見つけつつあるようです。
これからは、もう少し早く、見えているものに気付けるとよいのですが。
今はただ、自分で見つけた幸せを、噛み締めてほしいものです。
だから。
安心しておやすみ、naonaonao16g。 -
ネタバレ 購入済み
暗くて暗くて、でも…
明るい展開はほぼなくて、1冊読み終わったあと胸が苦しくなって、穴が空いたような感じに襲われる。
それでも次の話を読んでしまう。待ちきれず、楽しみにしている自分がいる。
たぶん未来は選択肢がたくさんあるように見えて、一本道で決められた未来しか待っていないのだろうと思う。
この最後は最初から決まっていたのかもしれないなぁ… -
Posted by ブクログ
ネタバレこの作品を通じて伝えられるテーマとか、かんたんな言葉で要約することは出来ないし、したくない。
ただ感じたことのひとつは、人は結局自分を好きな人が好き、必要とされる場所にいたいという単純なこと。
ペガサスも、雄一おじさんと翠ちゃん、さっちゃんを取りまく「普通の」人たちも。
関くんと清水の関係性が変化していったことも。
そうやっていることが「普通の幸せ」みたいな形に収斂していくのであり、それが愛子ちゃんの求めていたものだったのか。
そしてプンプンの求めていたものはそれじゃない。
その齟齬がこの物語の結末を生んだのか。
そして信じるということ、これが作品通じて流れる主旋律と思われる。
信じるものを信じるということ、守るということ、
それには莫大なエネルギーが必要。
覚悟を持って信じることで、「この世界はキミのもの」になる。
各々の人の中にあるその信じる世界が衝突したり拒絶したり重なったりすることで日常と宇宙が調和したり不協和音を奏でたりしている。
愛子ちゃんの言う、また楽団員がペガサスに向けた、
だあ〜い好き
というのは、信じるということだったのでは。
また結局、だれもなにも成し遂げることなど出来ないという鬱屈した現実。
殺人で、愛子ちゃんを守った、運命を変えた、と思ったであろうプンプン。
たとえ破滅に向かっているとしてもそれこそ彼が求めた究極の真実の実現だったろうに。
キミは何もしてないという告げられた事実の衝撃は大きい。
だけど世界は、現実と折り合いをつけながら、成し遂げられない日々の中で何も出来ない自分を受容しながら生きている人々が、普通の幸せを日常としているのだ。
こういう普通の幸せではないものを実現しようと求めざるを得なかった者(たち)の暗い人生の一瞬。
愛子ちゃんは現代版のファム・ファタールだった。
その出会いから必然、運命は動き出してしまう、ほんの数ミリ、数秒の差で···だけど人生とはそういうものなのだろう。
あなたが私をずっと忘れませんように。
愛子ちゃんの呪いが私たちにも重く突き刺さる。 -
Posted by ブクログ
さて、今回は、なぜnaonaonao16gが浅野いにおを読むことになり、中でもなぜ、おやすみプンプンにしたのか、がテーマです。ようこそ!
naonaonao16gは、特に漫画だけを調べようと思ったわけではありませんでした。
でも、今の自分に刺さる作品てなんだろう、と思ったnaonaonao16gは、Googleで「サブカル メンヘラ」で検索をかけました。
すると、出てくるのは浅野いにおばかりではありませんか!
作者のことはもちろん知っていました。
おやすみプンプンという作品のことも、知っていました。
それは、naonaonao16gが昔、サブカル男子と付き合っていた頃、彼が大好きな漫画家&作品だったのです。ただ当時は「そんな俺かっこいいだろ」みたいな感じが強い彼に対して、naonaonao16gはちょっとムカついて、手を出せなかったのです。ごめんなさい、いにおさん全然悪くない。
最近になって、好きになった人がおやすみプンプンの服をイベントの勝負服に着ていて、それがずっと頭に残っていました。
しかもその服は、彼女の服だというではありませんか…!
様々な思いがnaonaonao16gの頭の中をめぐります。
「この人の彼女はどんな人なんだろう」
「もしかしたらおやすみプンプンにそのヒントが隠されているのかもしれない」
「おやすみプンプンを読んだら、わたしは彼のものになれるのだろうか」
それらがnaonaonao16gの脳内を駆け巡り、好きになったその人のことが頭を離れず、「読むなら今だな」と、浅野いにおの作品の数々をスクロールしながら、そう思ったのでした。
2巻は、別れがテーマになっているように感じました。そして「好き」って気持ちの残酷さ。誰かを好きになることは素敵で楽しいことだと思ってた。でもどうして、こんなにこんなにしんどいんだろう。
次回、3巻では、サブカルと自意識について(仮)お話できたらと思います。
お楽しみに! -
Posted by ブクログ
むかしむかし、あるところに、naonaonao16gというサブカル好きのメンヘラがいました。彼女の職場は、残業が横行していました。
最近になって、彼女の職場には新人さんがたくさん入って来て、彼女は定時で退社できるようになりました。しかしながら、早く家路についたnaonaonao16gは、その時間、家で何をしたらいいのかわからなくなってしまいました。
naonaonao16gの趣味は読書です。ならば本を読めよ!と、そんなツッコミが聞こえてきます。
しかし、naonaonao16gは晩酌を欠かさないので、酔っ払ってしまうと活字がうまく読めません。
「もっと、短時間で、チルミュージックやダンスミュージックを流しながら、少し酔っ払っててもできること」
naonaonao16gがしたいことはそういうことだと気づきました。
考える時間が必要でした。
そして、思いついたのです。
「漫画だ」
こうして、naonaonao16gの生活に、漫画が加わったのです。
おやすみプンプン
彼女はこの漫画を読むことに決めました。
1巻は、浅野いにおの画力と急にぶっ壊れる登場人物のテンション、愛子ちゃんのじりじりとした怖さ、プンプンの優しさとこれからプンプンの身に起こるであろう不穏さに満ち溢れています。
次回、2巻では、なぜ今になって浅野いにおなのか、なぜおやすみプンプンなのか、それらについて掘り下げていくつもりです。
お楽しみに! -
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哲学
この作品は最後まで読んだことあるけど、改めて読み直してるとやっぱり深いなと思う。
戦いとは、冒険とは、旅とは、敵とは、味方とは、何なのか。
上っ面だけで中身はドロドロと汚い気持ちが渦巻いている。
人間とはなんなのか、人間性を様々な技法で表していると思います。
最後まで読むと正義と悪の区別というモヤモヤした気持ちに、一区切り着くかもしれません。 -
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初めて週刊誌を買いました。
二月の勝者の単行本が待てなくて買いました。
アオアシも単行本で買っているのでこれからは週刊で買おうかなと思っています。
グラビアがないバージョンもあったら嬉しいです。 -
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SF系日常
宇宙船の襲来という非日常と、女子高生の青春や悩みといった日常が交差する世界。まだ不明な点はまだ多いが、内容は十分面白いし浅野にいおの緻密な画面を見れるだけで価値がある。