そうやなぁ。
なんか最近いろんなことに対する興味関心が薄れゆく中で、何が自分にとって良い薬になるのか、考えていた中で、若者の喪失を歌ったアジカンのムスタングが漫画ソラニンからできた曲だと知り、興味を持ち、読むに至った。
人間臭すぎる漫画はこれまであまり好みではなかったのだが、だんだんと俺も変化しているらしい。
なんでそんなにアジカンのソラニンがエモい曲として世間に認知されているのかもだんだんと気になってきていた。
俺は彼女もろくにいたことがないし、一人暮らしもしたことはない。
だけど、一つわかることがあるとすれば、仕事を辞めて手にした自由は思っていたよりも苦しいということ。苦しんで働いていた時はまだ生き抜こうともがいていたんだなって気付くこと。あの頃の自分には戻れないって感覚。何かに敗北したんじゃないかっていう感覚。色々と分かりすぎる。特にソラニンを作った種田が死んでしまって、なんか悲しいんだけど、共感できるというか。俺は友人が死んでしまった経験があるから、そこから立ち直って生き抜こうとする芽衣子とかビリーとか加藤とか見てて、なんか俺もまさに生き抜くための険しい道のりを歩んでる感じなんよね。
今を大切にしながら、生き抜いていく日常が描かれていたと思う。
今の俺にとって、何か薬にでもなればと思って電子で買って読んでみたけど、よく分からない。
読む前と読んだ後で何か変わったのかもよく分からない。
読んで生きにくくなったわけではないし、読んで生きやすくなったかというとそれもよく分からん。
俺にはあんな友人がいないことを嘆くことにはなったけど、それも俺の選択の結果やし、必要なことやと思って耐える。
たとえばゆるい幸せがだらっと続いたとする、いつか悪い種が目を出してもうさよならなんだ。
ずっとこの歌詞は男女関係の歌だと思って、鬱陶しく思っていたけど、種田の過去の自分への歌かもしれないって解釈を芽衣子がしていたけど、そこまではまだ繊細に詳しく感じ取れていない。
つつましく生きることを受け入れようと頑張っている自分自身にとって、今のゆるい生活はいつまで続くのか分からない。何かを決断することは何かを諦めることだし、まさに俺は中途半端で宙ぶらりん。
とにかく俺はどこに向かってるんやろう。
死にたくはないけど、生き抜くのもしんどいことが多い。
そんな日々の中で俺たちは生きている。
成功した人生って夢を叶えた人生って、なんなんやろうな。
流されすぎず確かな譲れないものを持って生き抜いていきたい。