岡田暁生のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレうーん面白かった!音楽の聴き方、より、よりクラシックを知らない人にも勧められそうという所感。
「愛」が資本主義社会でのイデオロギーであるということ
(片山杜秀との「ごまかさないクラシック音楽」でもその話は取り上げられていた)
…バッハが歌った愛は神へのそれだけだったといっても過言ではないだろうし、モーツァルトには愛の甘美に目覚めつつも、その脆さにおののくというところがあった。しかしベートーヴェンとロマン派以後、そして今日のポップスにおいてもなお、近代音楽はひたすら愛と絆を歌い続けてきた。…つまり「愛」とは人を一箇所に集め、かつ、そのバックアップ装置としての家族(ないし家族の萌芽としての恋人たち)の絆を固める近代イデオロギーであり、それを身体的振動として象徴化するのが近代音楽だったのだ、と。(p.70)
パウル・ベッカーの「故郷への道」という疑似対話形式のエッセイ(1919)、第一次世界大戦後の「あれだけのことがあったのに、結局は何も変わらなかった」という無力感、読んでて今も全く同じだから、きゅっとなる
「…世紀末の時代の感情の大雑把さ、精神とは何の所縁もない娯楽衝動、芸術上のたわいなさを、この二つの作品(「カヴァレリア・ルスティカーナ」「道化師」)ほどまざまざと意識したことは珍しい。人は頭を抱えて言うー「あの頃劇場に座って拍手をしていた人たちは、いったいどんな連中だったんだろう?」と。でも僕らに怒る権利があるんだろうか?今日の人々は違うというんだろうか?戦争の業火をくぐり抜けることで、各目の結果を通して、人々は何か変わったとでも言うのかい?私たちは相変わらず、人間性というものについて、高く評価しすぎていると僕は思うね。すべては衣装が変わるだけ。友よ、それについて笑おう、怒りはもっとマシなもののために取っておこうよ」(p.103)
今日その存立が根底から問われているのは、《第九》が体現している「右肩上がりの時間」という近代の物語自体である。…いつのひか来るだろう《第九》の再演を、ただの伊「音楽イベント」として消費してはいいけない。むしろわたしは《第九》を、二百年前のベートーヴェンからの「今」への問いだと思いたいー「わたしが《第九》で夢見た理想社会を君たちは嘘だったと思うか?それとも君たちはなおこの理念を何とか再建しようとするか?」という問いである。(p.123)
ショスタコーヴィッチの第九番とプロコフィエフの第五番を比べると、体制に合う作品と合わない作品の違いがはっきりとわかる。前者はひねくれている。後者は素直に勇気づける。前者は「結局何も変わらない」と暗示し、後者は「新しい明日がある」と約束する。だが今から振り返ったとき、もちろんプロコフィエフ作品の圧倒的な筆の練達を認めるにやぶさかではないにせよ、「人間」や「歴史」や「世のならい」について深い認識を与えてくれるのは、間違いなくショスタコーヴィッチのほうだ。…安直な約束をしない音楽、耳障りな音楽、体制が望む勝利宣言にくみしない、いや、むしろその癪に触るような芸術表現こそが、明日について何かを予告してくれているのだと思いたくなる。災いが過ぎたと感じられたときほど、勝利を歌うことに対しては懐疑的であったほうがいい。(p.130)
時間モデルの諸類型、面白かった
近代音楽と死への恐怖(1)諦念型、(2)サドンデス型
(1)シューベルトの「未完成」 (2)シューベルト「グレイト」
バッハの「マタイ受難曲」は全く違っており、曲が終わった後の沈黙は、ここでは死が残した空白である、なぜならこれは、目の前で人ががっくりと首を垂れ、呼吸が止まる瞬間を再現するがごとき音楽なのだから(p.148) -
Posted by ブクログ
ネタバレこの前、東京春音楽祭でシェーンベルクのグレの歌を聞いて、無調の勉強したいなと思い、そもそも音楽の本全然読んでこなかったので、吉田秀和賞で、かつそれでも読んだことのある岡田先生の本を読みました。音楽の本はいっぱい読んだ方が良いって書いてあって反省笑、、、読みます!
…パウル・ベッカーは、「芸術(音楽)体験において、人はあらかじめ自分の中にあるものを再認識しているだけなのだ」として、次のように述べている。
「ある芸術作品が私に働きかけるか否かは、ひとえに私がそれをすでに自分の中に持っているかどうかにかかっている。一見新しく見えるものも、実はこれまで意識してこなかったものが突如として意識されるようになっただけ、以前から暗がりの中でまどろんでいた内面の領域に突如として光が当たっただけなのだ。…」(p.11)
こうした法外な体験を言葉にするのは本当に難しい。なぜなら芸術がもたらす戦慄は、あらゆるエクスタシー体験の常として、本質において極めて身体的なものだから。(p.21)…にもかかわらずこれらの録音は(人生が変わるような演奏)は、いつ耳にしても得体の知れない力で私を呪縛する。私にはこれらが一種破滅の記録であり、その中には魔物が閉じ込められているような気がしてならない。(p.23)
音楽を宗教なき時代を救済する新たな宗教にしようとする勢力と、台頭してきた市民階級の聴衆を相手に音楽でもって商売をしようとする勢力との利害関係がぴったり一致したところに生まれたのが、「音楽は言葉ではない」というレトリックだったことがわかる。ドイツ・ロマン派によって音楽が一種の宗教体験にまで高められていくとともに、音楽における「沈黙」がどんどん聖化されていく。…
音楽は言語を超えていると同時に、徹頭徹尾、言語的な営為である。…
音楽に対して「信者」たらんとするか、それとも「公衆」としてそれに接するか。それは個人の自由だ。しかし後者の立場を選ぶ限り私たちは、まさにストラヴィンスキーが指摘したように、「たとえ意識しなくても、判断してからうけいれる」ことをせざるをえない(p.56-7)
面白いことに、音楽家たちが日常的な音楽の現場で用いる言葉は、少なくとも私の知る限り、総じて砕けていて端的であり、感覚的で生々しい。…「音楽家を納得させる語彙」の第一条件は、形而上学的でないこと、つまり身体的であることだという印象がある。…
一つは直接的指示、二つ目は詩的絵画的な比喩、三つ目は音楽の内部関連(音楽構造に関する)並びに外部関連(背景等)についての説明、四つ目は身体感覚に関わるものと分類(p.60)
「音楽はいかなる感情も、いかなる情景も、絶対に表現することは出来ない」ハンスリック(『音楽美論』)(p.62)
言葉という核を得たときに初めて、音楽がかきたてる万華鏡のようなイメージは収斂し、関連しあい、一つの星座を形成するのである。(p.83)
「音楽は国境を越える」というイデオロギー
音楽には語学と同じように学習が必要な面があるーこれが意味するところはつまり、「音楽にも国境はある」ということに他ならない。(p.112)
もう少しうがった言い方をするなら、音楽は自国中心文化のグローバル化を図るための、格好の手段出会ったとも考えられよう。…国民音楽は民族を結集させるアイデンティティーの核であると同時に、その民族文化を国境を越えて普遍化する役割を与えられていた。それに最も成功したのはドイツであったわけだが、自国の音楽を世界基準として流通させる際の標語が、「音楽は言葉ではない/国境を越えている」だった可能性は、それが潜在意識的なものであったとしても、かなり高いはずだ。本当はその文化に精通しなければ理解のかなわぬ「言語」であるかも知れない音楽を、自国の中心性は隠したまま、「国境を越えている」と言い立てて世界に広めるわけである。(p.115)
「単純かつややおおまかではあるが、私は「一八〇〇年以前の音楽は話し、それ以後の音楽は描く」と言いたい。前者は、語られるものすべてと同様に<理解>されねばならない。理解が前提なのである。後者は気分によって働きかける。気分は理解する必要はなく、感じるべきものなのである」アーノンクール(p.116)
万人に理解出来る音楽を流通させるための政治制度が音楽院である(p.117)、なるほど〜
(ストラヴィンスキーとシェーンベルクの二人には)正確な再現への尋常ではない情熱が共通していたわけだが、その裏にはもしかすると実存の不安のようなものが潜んでいたのかもしれない。それは「音楽の意味合い」とでも形容すべきものに対する、ニヒリズム的な不信感である。自分の意図が自ずとあうんの呼吸で通じると信じることの出来る特定の共同体が存在している限り、ある程度までのことは演奏家に任せておけばいい…こうした共同体の前提が崩れていると感じていたからこそ、「絶対の再現」にあれだけ固執したのではなかったか(p.146)
岡田先生が考える音楽解釈の基本図式は…
あくまで事実に基づき、かつ共同体規範を参照しつつ、その中に対象をしかるべく位置づけ、しかしそこから「私にとっての/私だけの」意味を取り出し、そして他社の判断と共鳴を仰ぐ。(p.164)
「こういうものを育てた文化=人々とは一体どのようなものなのだろう?」と謙虚に問う聴き方があってもいい。歴史と文化の遠近法の中で音楽を聴くとは、未知なる他者を知ろうとする営みである。(p.173)
ハンス・アイスラー「小さなラジオに」突如中断されうるメロディ(p.187) -
Posted by ブクログ
いわゆるバロック音楽の後から現代音楽までのことを言うクラシック音楽は、西側キリスト教圏の音楽であり、西洋の時代と切っても切り離せないものであった。いわば時代を表したもの、ということを詳細に歯に衣を着せぬ物言いで語りつくしたのが、この対談だ。バッハあたりからシュトックハウゼンぐらいまで、個々に取り上げている。結構下世話な話も。確かにねえ、時代から離れた人間の活動はあり得ないからねえ。どんな音楽も、その背後にはそれぞれの「絶対倫理」がしっかりと張り付いている、なんて言われると、もっともでございます、でもなんか怖い、いやうーんそんなもんかなあ、と思ってしまう。いちいち音楽を聴くのに、その背後の絶対倫理なんて気にしていられるかってもんよ。でも、話としては面白い。それにしても、なんらかの倫理から自由な音楽ってあり得ない?ないよなあ。
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Posted by ブクログ
ネタバレ概要を大きく知るに当たって、とても参考になりました。時々と見返したい、講義のようなスタイルでした。
第一章 グレゴリオ聖歌
【800-】
・中世の音楽史はグレゴリオ聖歌を軸に発展していった。
・『グレゴリオ聖歌』→単旋律によって歌われる、ローマ・カトリック教会の、ラテン語による聖歌。
・音楽史へのアウフタクトとしての認識。
「西洋芸術音楽」の定義→「知的エリート階級(聖職者ならびに貴族)によって支えられ」、「主としてイタリア・フランス・ドイツを中心に発達した」、「紙に書かれ設計される」音楽文化のことである。
・『オルガヌム』→グレゴリオ聖歌に別の声部を加えたもの。中世前半の音楽を占めた。
【1000-1100】
・オルガヌムの声部が独立して動き出す(メリスマ・オルガヌム)
【1100年代末】レオナン、ペロタン
・オルガヌムの頂点時期は『ノートルダム楽派』
→レオナン(オルガヌム大全)、ペロタン
・第一回十字軍遠征
【1200年代-1300年代】マショー
・中世後半の中心はオルガヌムから生まれたモテットである→違いは上声にのる歌詞がフランス語で書かれている
・アルス・ノヴァ・ノタンディ→新しいリズムの記譜法の提示
【1400年代】ルネサンス前半 ジョスカン
・フランドル楽派→デュファイ、オケゲム、バンショウ、ジョスカン
・イギリス⇔フランス(100年戦争)
・イギリスの影響あり
・作品名に作曲者が入り出した時代
・和音はメロを束ねる紐の役割
【1500年代】ルネサンス後半 パレストリーナ
・舞台はフランスからイタリアへ
・『多元化』の時代
・ジャンルの多様化→器楽曲の隆盛(チェンバロ、オルガン、リュート、ヴァージナル)
・『マドリガーレ』の流行→イタリア語の合唱でバロックの元となっていく
・ルターはジョスカンの崇拝者
〇カトリック⇔グレゴリオ聖歌
〇プロテスタント⇔コラール(ドイツプロテスタント音楽文化の土台)
・宗教曲の伝統はパレストリーナへ引き継ぐ
・『ヴェネツィア楽派』→ガブリエリ(エコー効果)
・和音は紐から柱の役割へ移行
・不協和音の表出→ジェズアルド(美から表現への移行)、モンテヴェルディ(マドリガーレを開拓)
【1600前後】バロックへの移行期
・ルネサンスの終焉→バロックの始まり
・プリマ・プラツテイカ「第1のやり方」
・セコンダ・プラツテイカ「第2のやり方」
→バロックへの扉
【1600-1750】バロック時代
バッハ、リュリ、ヘンデル、スカルラッティ、ハッセ、テレマン、
・王侯貴族の生活を彩る音楽、その頂点はオペラ
・バロックとか「音楽がドラマになった時代」
・劇的音楽がルネサンスとバロックを分かつ要素
・オラトリオ「メサイア(ヘンデル)」、カンタータ受難曲「マタイ受難曲(バッハ)」、バロックオペラ
・バロックの感情表現は定型的→劇音楽に限る
・器楽曲はあくまでBGMの役割
・作曲技法の点ではバロックは「通奏低音と協奏曲の時代」と定義されることが多い。
・通奏低音→ジャズにおけるピアノとベースの役割
・モノディの登場→通奏低音の上で1人の歌手が歌う
・協奏曲の時代→競走の時代「声⇔楽器」「声⇔声」「独奏楽器⇔伴奏楽器」「独奏楽器⇔オーケストラ」
・カトリック文化圏とプロテスタント文化圏で区別して考える
・ドイツプロテスタント文化圏で「バッハ」が登場した。→教会での質素な暮らし、カントールとしての仕事。音楽は神への捧げ物という意識。
・フーガの技法はルネサンスを源流としており、バロック時代においても古風なスタイル。バロックにおいては和音のスタイルに向かうことがスタンダード
・バッハはドイツプロテスタントのナショナリズムの隆盛に絡めて発掘された面もある
・フランス、イギリス音楽 VS ドイツ音楽の構図
【1750前後-1815頃】古典派への緩やかな以降
(バロック最末期の作曲家たち)
クープラン、スカルラッティ、テレマン、ラモー、〔バッハ〕
・市民階級の隆盛→【啓蒙主義】が流行した時代。権力からの独立
(前古典派)
・大バッハの息子達の活躍した時代
→エマニュエル、クリスチャン、フリーデマン
・マンハイム楽派→シュターミツ
・ウィーン古典派
・作曲技法における古典派の特徴→「対位法の廃止」「旋律と和音伴奏によるシンプルな演奏」
「通奏低音の廃止→旋律主導による音楽」
・旋律の魅力へのフォーカス
・演奏会、楽譜印刷擬似、お金を出せば家でも
・演奏会・楽譜印刷→作曲家の自立の機会
・ソナタ形式の確立
〇バロック→オペラ・セリア
〇前古典→オペラ・ブッファ
・モーツァルト没 -1791 フランス革命前
・ハイドン 最終作 1801 フランス革命移行期
・ベートーヴェン初作 1800- フランス革命後
・ベートーヴェンと同時期の作曲家
→ロッシーニ、シューベルト、ウェーバー
ロマン派の作曲家と大きく重なる時代がある。
【1800年代】ロマン派
シューベルト、シューマン、リスト、ショパン、ワーグナー、ブラームス、ベルリオーズ、ロッシーニ、ヴェルディ、スメタナ、ドヴォルザーク、チャイコフスキー
・作曲家に求められたのは強烈なキャラクター性
・市民階級か音楽に手が届くようになった
・「職人的うまさ」→「芸術家の独創性」に変化
・批評家の登場→名曲の誕生
・音楽学校の登場→音楽の民主化
・超絶技巧の競走→タールベルグのハープ、リスト「ノルマの回想」
・楽器の大音量化
・グランド・オペラとサロン音楽
〇サロン音楽の技巧面→後のロシア楽派(ラフマニノフ等)
〇サロン音楽のダンディズム→後の近大フランス楽派(フォーレ、ドビュッシー)
・ドイツ音楽は器楽曲が隆盛した、ドイツロマン派である。
・このドイツの器楽文化は3つの方向に分かれる。
〇詩的ピアノ小品→子供の情景(シューマン)、無言歌(メンデルスゾーン)詩的世界観の表現
〇理念的な表現「標題音楽」→幻想交響曲、ロメオとジュリエット(ベルリオーズ)、ファウスト交響曲(リスト)
ベルリオーズの交響詩はリヒャルト・シュトラウスに引き継ぐ、その後ワーグナーへ
〇文学的要素の排除「絶対音楽」→ブラームスは標題作品をほぼ残していない
・ロマン派の旋律の特徴は「胸の奥から絞り出す吐息」と言えるだろう
【1883-1914】後期ロマン派
マーラー、シュトラウス、プッチーニ、ドビュッシー、ラヴェル、サティ、ラフマニノフ、スクリャービン、ファリャ、アルベニス、グラナドス
シェーンベルク、ストラヴィンスキー、バルトーク
・国民楽派モダニズムの隆盛
・1890-ヴェルディ、ブルックナー、ブラームス、ドヴォルザークの終盤の時期
・フランスで国民音楽協会が設立→ドイツへの対抗心(著名な作曲家が輩出されていなかった)
・ドビュッシーやラヴェルの時期には国民音楽協会への反発の動きが強くなる。
・国民音楽協会との違いは、ダンディズムの違いである。場末の音楽への興味を示した。
→サティ(ジュトゥヴ)、ドビュッシー(ゴリーウォークのケークウォーク)、ラヴェル(ピアノ協奏曲)
・ドビュッシー→近代フランス音楽の幕開け、ガムランなどの東洋音楽との出会い、和声の変化
・シェーンベルクやストラヴィンスキーに繋がっていく
【1915-】近代音楽 第一次世界大戦
プロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、ヒンデミット、ミヨー、プーランク
・ロマン派への嫌悪感
・喧騒に対する好み、テンポをほとんど揺らさない、感情を抜いた音楽性
・1920-ストラヴィンスキー新古典主義(プルチネルラ)→ピカソのコラージュ技法との類似点
・1910-シェーンベルク→調性の解体
・1920-シェーンベルク→十二音技法
【1950-】現代音楽 第二次世界大戦
ブーレーズ、シュトックハウゼン、ノーノ
・西洋音楽史の終焉
・十二音技法の複雑化→総音列主義
・管理された偶然音楽→ケージ「4分33秒」
・クラスター技法、コラージュ音楽
1970-前衛音楽に陰りが見られる
〈作者の視点〉
〇前衛音楽の系譜→作品史としての歴史
講習の不在
〇巨匠によるクラシックレパートリーの演奏
→「誰が何を作るか」から「誰が何を演奏するか」
〇アングロサクソン系の娯楽音楽→ポピュラー音楽の隆盛
ルーツは西洋音楽からの系譜、サロン音楽とアメリカ音楽との結びつき
・ロマン派からの呪縛に今も囚われている部分がある。 -
Posted by ブクログ
クラシック音楽にまつわる入門書や解説書というのは世の中にごまんと溢れていて、当然のごとくそれらの大半は知的興奮を全く与えてくれないレベルのものばかりである。
そんな情況に対して”Nein”を突き詰めるが如く、京都大学人文研におけるクラシック音楽の専門家として高いレベルの分泌活動を続ける岡田暁生と、政治学者としての顔も持ちながらクラシック音楽に対する広範な知識量でも読者を圧倒する片山杜秀という2人がタッグを組んだ本書は、まさに自分が本当に読みたかった入門書・解説書であった。
本書の特徴は、通常の入門書・解説書ではさらっと触れるような点についても、その背景・理由をごまかすことなくクリアに語ろうとするその姿勢にある。もちろん、クリアに語ろうとすれば、そこには一定の解釈やスタンスを取ることからは避けられないが、そうして点からも逃げない点にこそ、個人的には好意を感じたし、博覧強記とも言える2人の語り口の鮮やかさに、改めてクラシック音楽というものの魅力を強く再確認した。