岡田暁生のレビュー一覧
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ネタバレヨーロッパ音楽史の概要書を求めていたので読んだ。大まかな歴史は理解できた。
気になった点:ストラヴィンスキーやシェーンベルクが音楽には新しい方法や技術がもう無いという認識、つまり「音楽の終焉」を予感した上で活動していたという指摘。また、哲学者のテオドール・アドルノはポピュラー音楽を「常に新しく見えるが常に同じもの」という意味で常緑樹、エヴァーグリーンと呼んだという。我々現代人が日常的に聞いている音楽は19世紀ロマン主義音楽を継承している。そこには新しいものなど無い。音楽学、音楽理論上はそうなのだろう。ただそういった指摘があるからso what?としか聴衆は思わないだろうし、自分もなにか問題でも?と思ってしまう。 -
Posted by ブクログ
面白かった。
クラシックは一切詳しくなかったので、モーツァルトを始めベートーベン等の近代音楽家が、それぞれ生きた時代や作品個性の違いが何もわかってなかったんだけど、この本を通して知識が広がったのでとても良かった。
クラシックの聴き方も多少心得た気がします。
前よりも聴いてて面白く感じるようになったので。
近代的思想の流行の過渡期に生きたモーツァルト、その世界の流れにおいて彼独自の音楽を展開したことが偉大であったようで。
時代背景からどういう影響を受けながら芸術家が創作をしたか、ということを知るのはやっぱり面白いなあ。
中公新書の『音楽の危機』をきっかけに知った著者で、当該著書を読む前に一冊挟んでおこうと思って手を付けた本書だけど(とか言って『音楽の危機』を読むのがいつになるのかはしらない)、音楽家に対する分析がとても鋭くてかなり興味深く読み進めることができました。観察眼と文章力がほんとうにすごいです。
特によかったのは、「『天才』とは何?」「『ところで』の奇跡」「幸福な阿保に神は宿る」の3章。 -
Posted by ブクログ
率直な感想として、音楽史を俯瞰できる立場にある現代人は本当に幸せだと思う。
中世の時代にバッハを聴くことは出来ないし、バロック時代にモーツァルトを聴くことも出来ない。そんな中、我々は好きな時代の好きな曲が聴き放題という贅沢な時代に生きている。これを享受しない人生とは勿体ないと思う。
以前にパウル・ベッカーの『西洋音楽史』を読んだが、全然理解できなかった反面、こちらは非常に分かりやすい解説。
パウル・ベッカー並びに文学含め、ドイツ人は気難しいなぁと個人的に思っていたが、まさしく本書でもその気質について言及されている。
今″クラシック″が指す音楽はドイツで生まれたもので、コンサートホールで目を閉じて聴き入るという姿勢が定着したのもドイツ人の気質に由来するのだそう。
交響曲もピアノ・ソナタもその気質ありきのものだったというのは驚いた。
ドイツのロマン派が音楽に具象を超えるものを求めたが、その後に音楽は音楽でしかないと反論されたという話は笑ってしまった。
初学者の僕にとっても理解し易い内容と構成になっているので、少しでも音楽に興味があれば是非読んでみるといいかも!
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Posted by ブクログ
印象派の写実的な鑑賞からロマン主義の実存的捉え方を経て、、コミュニタリアニズム、ポストモダンまでの、これはまるで思想史をなぞるような、「文学部唯野教授」の音楽史版講義を受けるかのような示唆に富む。が、やはり作者としては、というか、作者の嗜好としては古典的な写実主義に肩入れしてる感はある。観客がリズムをとれないコンサートを嫌悪しながらも、「音楽を言葉で語ること」を至上のものとしているからだ。言葉や言語の奥に音楽があることを相対化しながら、この一点は頑固に譲らない。メタとしては言語での音楽解説はこの本の否定につながるからという理由ではさすがに無いとは思うが。とにかく音楽鑑賞についての言説は時代的にもエリア的にも網羅されているはず。素晴らしい。
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Posted by ブクログ
2013年はジュゼッペ・ヴェルディとリヒャルト・ヴァーグナーの生誕200周年にあたることから、再読しました。ヴェルディのオペラはイタリア統一運動(リソルジメント)の精神的支柱のひとつとされ、「Viva! VERDI!(ヴェルディ万歳!)」に「イタリア国王ヴィットリオ・エマヌエレ(II世)万歳!」の頭文字を重ねていた、という記述は、例えば中公文庫旧版の『世界の歴史』にも描かれていた有名なエピソードでしたが、同じ中公文庫に収められた新版『世界の歴史22近代ヨーロッパの情熱と苦悩』では、そうした記述は見当たりません。また、比較的新しいヴェルディの評伝小畑恒夫『作曲家◎人と作品 ヴェルディ』(音楽の友社、2004年)でも、そうしたヴェルディとリソルジメントとの直接的な関係は注意深く疑問が出されています。本書第四章「「国民オペラ」という神話」ではこうした疑問に納得ある回答を示しています(実際、小畑氏の本はこの部分を参照しているとのこと)。現在でもこうした指摘がある一方で、「ヴェルディ神話」は健在のようではありますが。。。
本書全体については、著者は前書きでオペラの定義を、1)絶対王政(バロック)時代が始まる十七世紀に、2)中欧ヨーロッパのカトリック文化圏において、3)宮廷文化として誕生し、4)フランス革命以後は、新しく台頭してきたブルジョア階級と結合し、5)十九世紀にその黄金時代を迎え、6)第一次世界大戦後の二十世紀大衆社会の到来とともに歴史的使命をおえたところの、7)音楽劇の一ジャンル、と明示しています。
そのうえで、オペラとその受容の歴史をたどる本書は、単なる音楽史の領域を超えて、ヨーロッパ社会文化史のコアの部分を照射する刺激的な論考となっています。巻末の参考文献やディスク紹介も参考になります。 -
Posted by ブクログ
現・京都大学人文科学研究所准教授の岡田暁生による、西洋オペラ通史。2001年度サントリー学芸賞(芸術・文化部門)授賞。
【構成】
はじめに 「オペラ」の定義を兼ねて
第一章 バロック・オペラへの一瞥、または、オペラを見る前に
1 オペラ芸術の土台としてのバロック・オペラ
2 「モーツァルト以前のオペラ史」のあら筋
3 オペラの三つの根本性格
第二章 モーツァルトと音楽喜劇、または、オペラの近代ここに始まる
1 オペラ・ブッファの勃興
2 モーツァルトとオペラの「人間化」
3 女、女、女-モーツァルトとエロス
第三章 グランド・オペラ、または、ブルジョアたちのヴェルサイユ
1 革命・ナポレオン・王政復古の時代
2 七月王政とグランド・オペラ
3 グランド・オペラの経営戦略
第四章 「国民オペラ」という神話
1 国民オペラの成立
2 「国民オペラ」のいかがわしき正体
3 そしてオペラは海を行く
第五章 あらゆる価値の反転、または、ワーグナー以降
1 リヒャルト・ワーグナーの欺瞞と偉大さ
2 オペラの芸術作品化
本書は、著者が冒頭に述べているように、オペラ作品を年代毎に解説するようなものではない。評者である私自身、オペラ作品に接することがほとんど無いため、作品の内容を説明されても、それが具体的な楽曲と結びつくことはほとんど無い。しかし、それでもオペラ作品ではなく、オペラ作品を受容する文化的・歴史的背景に目を向ける本書では全く苦にならないのである。
バロックに源を発するオペラは、王侯貴族からの莫大な出資を背景にした絢爛豪華な消費スペクタクルであった。型どおりの筋に型どおりの音楽がつけられた作品が数多く制作され、オペラを楽しむ貴族階級にとっては、作品の内容そのものよりも、劇場内で「社交」を展開することにこそ意味のあったのである。
18世紀末にフランスで起こった劇的な革命の前後から、オペラとオペラ劇場の歴史は転回する。革命以前から著しい衰退を見せていた封建的権威者達は、もはやかつて絶対主義王政の時代のごとき享楽に大金を投じる力を持たなくなった。そして、モーツァルトという人間劇としてオペラを描く天才が現れた頃から、オペラ劇場の主役が貴族階級から市民階級とりわけブルジョワ階級に移り変わっていく。
革命以後のフランスで人気を博した「グランド・オペラ」では興業的側面が強調されるようになったが、それでも新たな成金ブルジョワがかつての貴族階級のまねごとをするための社交場であることには変わりがなかった。
このブルジョワ的オペラが、19世紀半ばの「国民国家」形成期の「国民オペラ」の成立を経て、さらに観客の裾野を広げていく。ここにおよんでオペラ劇場にはかつてのような「社交場」としての雰囲気は大きく薄れ、一般市民が作品を楽しむ場としての性格が強くなった。そして、ワーグナーが出るに及んで、バイロイトに象徴されるような襟を正して作品鑑賞をする場としての劇場、私語など挟まずに作曲者の作り上げた音響を静かに聞き入れる観客が成立したのであった。
ある種のスノビズムが漂うオペラ劇場という場に焦点を充てた本書の視点は、オペラ作品を知らなくても18~19世紀のヨーロッパ文化の一端を垣間見ることができる