平野啓一郎のレビュー一覧
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毎度この方の文章を読むたびに、文学、歴史、音楽等の広範な知識とそれに基づく深遠な視点と思想に驚かされる。ややニヒリスティックに感じることもあるけれど。ともあれ、圧倒的な知識をとっても、それを反映させる筆力をとっても、この方は本当に天才だと思う。同じ時代に生きていることを感謝するくらい。
本書が書かれたのは同時多発テロが起こった2000年頃。BSEやライフスペース、そんなこともあったなとなつかしく思う一方で、その視点や発想は今読んでも全く色褪せることがない。むしろ今こそ議論してもよいのではとさえ思う。特にパトリオティズムやナショナリズムのくだりは今こそ日本人が考えるべき内容だと思った。 -
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ここまで本当に長かったが、終盤はショパンの「最後」…である
ここで息がつけないような展開で一気にスピードアップしていく
ショパンに死が迫る
何度も喀血し、死と隣り合わせで生きるショパン
少し回復してはまた悪化…を繰り返す
そんな時期にショパンは周りの技術者(指揮者、調律師、医師など)たちの死について、
~一人死ぬたびに彼らばかりではなくその技術までもが道連れにされてしまう
自分が死ねば音楽もしかり
自分の演奏がその死の瞬間にこの世から一切消えてなくなってしまう~
このように考え、何か残したいという思いが強くなる
自らの音楽についての考えをまとめるべく「メトード・ド・メトード」(未完のピアノ入門書)に着手
そして
~創作とは常に死というものと無限に近接する行為
あるいは死そのものですらあるのであろう~
と考える
死を目前にポーランドの家族への思いがいっぱいになるショパン
ショパンは故郷ポーランドを大変愛しており、フランスに亡命したポーランドの人たちに惜しみない援助をしていた
(当初は広く受け入れられ保護されていたが、成功者以外は徐々に居場所を失うのだ 亡命できたら苦難が終わりではない)
若いころに故郷を離れたショパンは最後はポーランドへの母親と姉妹たちへの思いが膨れ上がる
そして、なんとか姉だけを呼び寄せることができるのだ(唯一の救いでホッとできる数少ない場面)
そう、まるで自分がそこにいるかのような錯覚になってくる
ひたひた迫るショパンの死
ショパンを大切に思う人たちの悲しみと深い愛情
ショパンの精神的な苦しみと、肉体的な苦しみ
死と向かい合ったショパンが何を感じ、どう思うのか…
ある空間が徐々に狭まり、空気が薄くなるのに圧だけが増すような感覚
ショパンの生命力が消えていくのと対称に、ショパンを愛するものたちの感情の強さが相まってその描写のリアリティーさが迫るものがあり圧巻であった
そして、この時ドラクロワは…
「憂」「鬱」「虚」「靄」「倦」…
とにかくこんな感じ(漢字…いや、まじめなんです)がいつも周りに漂っている
ピーカンに晴れる日も出てきたのだろうが、まったく記憶に残らない
芸術、人間ドラマ、死、孤独、家族…
多くの要素が満載で、テーマ性も多岐である
読むのに時間はかかるが、かけた時間の価値はある
本書に出てくるショパンやドラクロワ同様に、平野氏が血と肉を削って作品に捧げたのが良く伝わる
そこがこの作品を支えている基盤となり、重厚なものに仕上がっているのであろう
「マチネ…」と本書のあまりにもの違いに驚いたので他の作品の読むべきなんだろう(笑)
さて次は何にしようか… -
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ここでは各登場人物の紹介をしたい
個人的な目線なので偏っていることをご了承いただきたい
■ショパン
リサイタルを好まず、小さなサロンでの演奏会や作曲活動、教育活動の方が好きな音楽家
教え方は熱心だったようだ
繊細、優美、(この辺りは想像通り)感情的にならず、醜い心もできるだけ表に出さずジェントルな姿を披露
大きなリサイタルが嫌いなのも納得ができるほどの繊細ぶり(悪く言えば神経質)
一方身に着けるものなど、結構な浪費家
それほどお金があったわけでもない割に贅沢さを随所に感じる
人に対しては誠実な印象
とにかく愛された音楽家であることがよくわかる
皆がショパンを助けようと一生懸命で必死だ
ショパンが気を回さないよう気づかれないようショパンを援助する人たちがいかに多いことか
皮肉なことにショパンの愛情は報われなかった
そう、サンド夫人とその娘に対する愛情だ
さらに悲しいことに彼女らには届かなかっただろうが、長年にわたり相当深かったであろうと感じる
そしてショパンの才能をあらわした文章
~六週間もかかって何度も書き直した数小節が、まるで一分と掛けずに書き上げられたかのような自然さ
苦しみ抜いた挙句に発した声が賛美歌のように明るく美しい~
ショパンは感覚的でなく、緻密にロジックを以て芸術を突き詰めるタイプだったようだ
■ドラクロワ
画家
「民衆を導く自由の女神」が有名で個人的にも好きである
かなり理屈っぽくこだわりがあり、自分の芸術に対する強い思想を感じる
寂しがりやで「孤独だ!孤独だ!」と嘆いている割に、人に愚痴ったり、人に会いに行ったりして、気を晴らしたりもする
他人とのコミュニケーションより、無意識に自分の芸術が最優先してしまう…というタイプ
人と考えを分かち合いたいのに、なかなかわかってくれないと寂しく思っているあたり、自分の才能をわかっているんだかいないのかしら?
家族に恵まれないタイプだが、彼の性格の災いもある気がする
それでもフォルジェ男爵夫人という、なかなか好感もてる愛人とそれなりにうまくやっていく
内省的に思考(長考)するタイプで彼の独演会があちこちに出てくる
悲痛な心の悩みだろうが、凡人からすると贅沢な悩みに聞こえる(だからひがまれ敬遠されるんじゃないのかなぁ 天才ゆえの悲しさである)
ただ、芸術に対するウンチクは面白いし、参考になることも多々あった
(どんなに激しい気持ちを表現しようとしても、綺麗に演出することの大切さ…など為になった)
■サンド夫人
ショパンの愛人
小説家
女手で子供たちを育て上げ、小説家として独立し、政治活動にも参加する精力的な女性
勝手はイメージはショートカットでパンツにピンヒール(時代が違うけど…)
そのせいか自分の考えに自信満々で人からの意見は受け入れられないタイプ
当然プライドも高い
ショパンのことも「年下で子供を育てたこともないくせに!」と心で思っているため、聞く耳を持たない
娘に対しても同様、「これだけ愛情をかけてあげているのに、どうしてわからないのかしら?
一体何が不満なのかしら?…」
本気で理解できないし、しようとしない
うーん、困った人だ
■ソランジュ
サンド夫人の娘
母親からの愛情が希薄だと思い込み、素直になれず、ひねくれたものの見方をしている
だが母親の存在を常に感じ続け、完全に母親を断ち切れない
また思い込みが激しく、世間に疎く幼稚
ショパンは彼女の性格をわかっている上で、それでもとても大切にしている
■スターリング嬢
ショパンが大大大好きなスコットランド貴族
この方は非常に厄介だ
決して悪い人物ではない
彼女のショパンにたいする愛情は純真で、誠実で、一生懸命だ
ただ気持ちが純粋過ぎるせいか、その気持ちにばかり夢中になり、ある意味ショパンを追い詰める羽目に
ええ、ショパンのことを思っての行動なんですよね?
わかるんだけど、そこまでするとショパンがほらますます追い詰められるでしょうに!
最後は彼女の善意がショパンをがんじがらめに追い詰め、体調が悪化する…
この人をみていると愛情というのはバランスが大切だと実感
他にも、魅力的な人物や、いけすかないやつや、面白い人や、素敵な女性や…
たくさんの個性的な登場人物に事欠かない上、彼らの心理描写も深く掘り下げられるのでドラマ性がある内容になっている
次回はとうとう最終巻となる -
Posted by ブクログ
さて今回は全体の話の流れを紹介したい
ネタバレを含みますが、ネタバレは重要ではない作品なのだ(と勝手に強く思っている)
まず本書を読むにあたり、一番のネックは(ありがちな)横文字の登場人物の多さ
メモを取りながら読むのだが多過ぎて倒れそうになる
〇〇侯爵夫人、〇〇男爵、〇〇大公妃…次から次へと登場しおまけに名前が長い(ドストエフスキーのがマシ)!
メモを書いても正直わからなくなる
途中から主要人物ではなさそうな人はもういいや!と断念したが、まぁ話は繋がっていく
あまり完璧主義に陥らず読んでも大丈夫そうだ(モヤモヤしては読めない!という方は頑張ってメモしてください…)
「序」章はショパンの葬儀から始まる
そのため、最後まで読み切ってからここにもう一度戻るとよくわかる(あなたは誰ですか?となるため…)
逆に言えば、理解がぼんやりしていても何の問題もない
すっ飛ばしてもいいかもしれない
さて(ようやく)肝心の内容
ショパンとドラクロワを中心にストーリーが展開される
ショパンが主人公!というよりショパンを取り巻く人たちそれぞれにスポットが当たって行く
なかでもドラクロワの立ち位置はショパンと並ぶほどガッツリ描かれる
二人の友情、同じ芸術家の二人の比較、二人の芸術に対する思い、わかり合う喜び、しかし最後のドラクロワの心境は……注目だ
ショパンの愛人である小説家のサンド夫人
愛人という言葉はこの時代にはしっくりくるが、現代ではあまり良い印象はもたれまい
余談ながら当時のフランスは宗教上の理由などにより、おそらく離婚ができなかったのではないか
そのためサンド夫人は戸籍上のご主人と別居状態である
今の「愛人」の感覚とは少々違う気がする
そのサンド夫人と子供たち
ショパンはしばしば彼らと食事や旅行を共にし、ある種家族のように過ごしていた
サンド夫人とその娘は以前から確執があるが、彼女の結婚をめぐる問題で確執がさらに深まり、これにショパンも巻き込まれる
元々体が丈夫ではないショパンであるが、このことをきっかけに心身ともにやつれ病んでいく…
この親子の確執がある意味ドラマである
確執になる要素は確かにあるとはいえ、原因なんかより、とにかく母娘の性格が非常にクセモノである
似た者同士の意地の張り合いが、まさかここまで…というほどの亀裂へ展開する
滑稽と感じるが、彼女たちは真剣勝負で自分はぜったいに悪くないと一歩も引かない
そこに非常に繊細なショパンが間に入ってきて、なんとも似つかわしくないのが容易にわかるだろう
当然彼の精神は蝕まれていく
ショパンの素晴らしい演奏(素晴らしい演奏に聞き惚れる皆の興奮が伝わる)、ドラクロワの仕事っぷり(いつも悶々しているから、頑張れ!と応援したくなる)、サロンでの社交の場(華やか☆)、パリの生活(そうとう埃っぽく騒がしく臭そうである 喘息の人は住めないんじゃないか)、馬車での移動(大変そう 高齢者や病人はどうしていたのだろうか…)、革命やその時代の政治的動向(ショパンやドラクロワは結構無関心)、サンド夫人の娘の結婚(旦那がクソ過ぎてビックリする)、やがて訪れるサンド夫人との訣別、ショパンを愛してやまないスターリング嬢の登場、そして最後はショパンのお姉さんが…
まぁざっとこんな感じでその世界観に浸るのがなかなか異空間に行ったようで悪くない
実に様々な目線から楽しめる
内容もいちいち広く深く、(なんせ本書の分量が相当なページに及ぶので)じっくり重厚に進んでいくのだが、内容がないといえばある意味ないともいえるかもしれない
いや、深い内容がたくさんあるのだが、狙った内容ではないというのか…
そのためノンフィクションに近い感覚で読める
次回は各登場人物についてご紹介したい -
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幼少期からクラッシックピアノを習っていた
10年は習ったのだろうか…
世の中のクラッシックファンの前では口が裂けても言えないのだが、とうとう一度もクラッシックピアノを好きにならずに大人になってしまった
好きでもないことを練習するのは子供心に相当苦痛であったため、余計に屈折した拒絶反応を身に着けてしまった気がする
しかしながら、唯一ショパンだけは違った
ショパンだけはなぜか好きだった
理由は今でもわからないし、ショパンのことは何も知らない…(恥)
先日読んだ「また、桜の国で」の作中での「革命のエチュード」を久しぶりに聴いたこともあり、本書を読みたくなった
物語の舞台は19世紀中盤のパリ
1846年11月から天才音楽家ショパンの死まで、2月革命前後の約3年間に焦点が当てられる
ショパン、ドラクロワを中心とした芸術家たちの心の葛藤や孤独、彼らを取り巻く人間関係をその時代の流れと同じようにじっくり描かれている
ファスト文化に慣れ親しんだ最近の我々には、もどかしさを覚え、こういったじっくり読みものを通読できない人も多い気がする(もちろんブクロガーさん達のことではないですよ!)
しかしこの時間のゆったりと進む時の流れを面倒くさがらず向き合い、とことんこの時代のパリ、そしてたくさんの登場人物達の元へタイムスリップする…
そんな醍醐味が得られる作品だ
文体も時代を感じさせるよう工夫が凝らされ、まるで一昔前の翻訳した作品のようで良い味を出している
また心理描写の文章の長さや古典的な技法もあちこちに散りばめられ、深いこだわりを感じる
平野氏が3年以上の月日をかけて書かれたと聞く
この時代の出来事や知識を相当な時間をかけ、調べ抜き、労力を惜しまず完成させた感が随所に溢れている
フランス語の原文でフランス文学を読まれているだけのことはあり、一貫して全く日本人が描いた作品には思えない!
「マチネ…」しか読んだことがなかったためか、驚いた
重厚だとは聞いていたがこれほどまでとは…
その時代、その場所にすごい力で持っていかれる
というわけでここでは本書の本題にも入らない程度の紹介にとどめる
なんせ長いから慌てる必要もない(笑)
次回から本書の内容に触れていきたい -
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第四分冊でありシリーズ最終巻となる本書では、ショパンの死が中心にえがかれています。
本作は、「小説」という形式そのものが裏のテーマになっているということができると思われますが、ロマン主義的な芸術の理念をみずからの作品によって実現したショパンとドラクロワの二人を中心に、彼らや彼らを取り巻く人びとの「人間」としての側面に注目がなされているように感じました。忍び寄る死に直面しながら心の揺れ動きを見せるショパンと、彼に対してどのように振る舞うべきなのかさまざまに態度が分かれる周囲の人びと、そしてショパンのもとを訪れることのなかったドラクロワの自己省察などの心理描写が、リアルな「人間」のすがたを示しています。人間たちの有限性と、彼らのすがたを通して読者が感得することになるであろう芸術の理念の永遠性との緊張関係をえがくことが、「小説」という形式によって叶えられるということが、本作において示されています。
著者は、小説という形式のもつ可能性を自覚的に追求するような作品をこれまでも手掛けており、そうした試みの一つとして本作を理解することができるように感じました。 -
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ショパンの演奏会が開催されることになり、多くの人びとの注目が集まります。著者は、ショパンの芸術観が反映されたこのときの演奏を、緻密な文章で描写しています。その後、フランス革命の勃発によってパリの街は混乱の渦に飲み込まれ、ショパンはジェイン・スターリング嬢にみちびかれてイギリスへわたります。しかしそこでの生活は、彼の意に染むものではありませんでした。
一方ドラクロワも、フランス革命の混乱のなかでみずからの作品を守る術を考えます。そんななか、親友で銅版画家のフレデリック・ヴィヨが、ルーブル美術館の絵画部門部長に就任したという報せを受け、さまざまな思いが彼の胸を駆けめぐります。ヴィヨの家を訪れたドラクロワは、ヴィヨの妻を相手に「天才」についての思索を語ります。
カントの『判断力批判』における天才論などを参照しながら展開されるドラクロワの議論では、創造能力と判定能力を区別して、前者をさずかった者こそが天才であり、自然はそうした天才を通じて創造を実現するという主張が展開されています。その一方で著者は、ショパンの演奏会の魅力をことばを通して緻密にえがきだすという試みをおこなっています。本作は、19世紀に完成された「小説」のスタイルを模倣する試みだとされていますが、上のような一見矛盾するかのような叙述は、「小説」の形式にのっとりつつも、そうした「形式」そのものを内側から問いなおす試みということができるでしょう。そうした意味で、本作はやはり現代小説と呼ぶべきだと感じました。 -
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ドラクロワとショパンの二人の芸術家を中心に、ロマン主義の大きな潮流に包まれる19世紀パリの社交界をえがいた作品です。
著者は、作品におうじてさまざまな文体を使い分ける作家ですが、この作品では翻訳小説を思わせる文体と、とくに第一分冊となるこの巻ではドラクロワの芸術観が長いセリフを用いて描写されており、独特の雰囲気にどっぷり身を浸すことができました。
ドラクロワは、感性の表層的な動きにしたがうような流行の芸術をしりぞけつつも、古典的な美の理念を墨守することも拒否し、ダイナミックな理念を追求しようとする意志と明確に示しています。そうした彼の芸術観が、パリのサロンにおける名士たちとの交流のなかで語られており、現代の小説ではなかなかあじわうことのできない作品世界が構築されています。 -
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世界が壊されて、また再構築されるような感覚を得られる短編集。
なかでも私が気に入ったのは、「火色の琥珀」。
火にしか恋愛感情や性欲を抱けない男の独白である。平野さんの好きな、三島由紀夫の「仮面の告白」に似ている。
あちらが同性愛なのに対し、こちらは無生物への愛。そんな本作は火に関する描写がとても緻密でうつくしい。
おもしろく、シュールで、しかし切実だ。居場所がないと感じる者の切実な独白というのはえもいわれぬ美しさがあり、良いものだ。
表題作「透明な迷宮」は、海外で悪趣味な富豪に捕らえられ、衆人環視下での性行為を求められる話。
その後も二転三転と驚くような展開があり、割と荒唐無稽な話なのだけど、類稀な文章力のおかげでリアリティを持って迫ってくる。
平野さんは、「普通」な人々や普通の日常をあの筆力ですごく仔細に丹念に描くから、導入部分が退屈だったりするんだけど、それがあってこそ非日常なものや異常なものが際立ち、生々しさが出てくる。
特に印象的だったフレーズはこちら。
「凡庸な思想は、人間の唯一性への憧れを唆し、交換可能性にヒステリックに抵抗する。しかしその実、愛とは、誰でもよかったという交換可能性にだけ開かれた神秘ではあるまいか」
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ネタバレ人間のアイデンティティと愛の形をいろいろな視点から実験的に考察した短編集。
私の定義とは?
私は誰かに代替しうるのか?
愛も代替しうるのか?
私は他人や映像を通しても私そのものなのか?あるいは別の私が映るのか?
独立した短編作品の中で問われるのは、このように
私をいろいろな切り口、視点で見たときに、
何が見えるか、どうなるのか?
またそこに愛が存在しうるか?という問題だ。
他者の前で見知らぬ男女が性交する時に他者が見る私達。映像を通してもう一人の自分を観る恋人や私。近しい誰かと入れ代わる私。他人を真似るある行為が得意な人、、。
非日常的なエピソードもあるが、結局その人を特定するもの、またアイデンティティとはなんなのか?を問い続けている作品のようだった。
個人的には絵画に例えると、これらの短編はそれぞれはデッサンや習作で、最終的には大きな作品(絵)に繋がるイメージ。
そして、その大きな絵が「ある男」等の作品ではないかと。
最初に読んだ時はここまでの感想はなかったけど、「ある男」が発表された後にこのような感想を持ったので書き留めたい。
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「カッコいい」という現代的な美意識について、美学や社会学などの観点から考察をおこなうとともに、ジャズやロック、ファッション、文学についての著者自身の意見を交えながらの議論がなされています。
著者は、アメリカにおける「クール」の概念やヨーロッパにおける「ダンディ」の概念などをたどり、「カッコいい」という美意識にかんする概念史的な検討をおこない、さらに1960年代以降の日本で「カッコいい」ということばがどのように用いられてきたのかを明らかにしています。そのうえで著者は、「カッコいい」とは民主主義と資本主義のなかではぐくまれてきた美意識であるとしながらも、つねにあたらしい「カッコよさ」を提示することで駆動してきた消費社会のありかたそのものが「ダサい」ものになりつつあるのではないかという現代の問題を提示しています。
また著者は、「カッコいい」という美意識の核心に「戦慄」や「しびれる」といった生理的興奮があることに留意しつつも、そうした生理的な反応と倫理的価値観との接点に生じる問題を指摘しています。こうした著者の議論の方法は、「カッコいい」という美意識に内在的な立場からの分析であるというよりも、カルチュラル・スタディーズのような社会学的な考察に近いといえるように思います。小説家である著者には、そうした分析にページを割くよりも、著者自身の感性にもとづいた議論を手掛けてほしかったと、個人的には感じました。 -
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人に薦められて読んだ。
最初は分人主義やら「散影」やらいろいろ近未来要素がたくさん出てきてよくわからなかったり、登場人物の相関関係が把握できなかったりしたけれど、読んでよかった。最後まで読んで、もう一度、読み直すと、よりいろいろわかりながら読める気がする。
近未来のお話。火星に初めて降り立った宇宙飛行士の佐野明日人を中心に、火星でのミッションを「無事」終えて帰還してからの、それぞれの事情、環境に翻弄されながら、そして、いつしか大統領選に巻き込まれながら、それぞれが自分がどうしたいのかを悩んだり、立ち止まったり、時に暴走したりしながら、選び取っていく。
宇宙飛行士は誰でもなれるわけではないものではあるけれど、ひとりの人間。狭い空間に長時間居続けることは、いいことだけではないのだ。そんな当たり前のことを思う。ミッションを「成功」させたからと英雄視するのがあまりにも短絡的なのだ。日々には、さまざまなトラブルも目をそむけたくなることも大なり小なりある。何かをわかりやすい型にはめてしまうことの問題性は、この英雄に祭り上げることも、そして、東アフリカでの「悪」「テロ」との戦いにも通じるものがある。
大統領選終盤でのネイラーの語りが今の世界にも、とても響くところがあって、本当にその通りだと深く賛同してしまった。力では何も解決しない。複雑な現状を様々な視点で緻密に愚直にひも解いていこうとすることが本当に必要になってきているなぁと思う。耳障りのいい言葉、主張に惹かれるけれど、そこで一度、踏みとどまる胆力を備えたい。
そう、今日は、「戦後」75年を迎えた。 -
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初のSF小説。SF小説はフィクションでありながら、実社会の問題を定義していると思っているため、社会情勢、経済や政治の歴史であったり、社会が向かっている方向を知っていなければ理解できないジャンルであると思い敬遠していた。
本作は火星探査船「ドーン」で、人類初の有人火星探査から帰還した医師であり宇宙飛行士・佐野明日人。帰還後に火星で撮されたある映像により英雄から転落。
探索船「ドーン」をタイトルにしながらも、火星探査までの過程の小説ではなく、帰還後の社会について、大統領選挙、テロという社会問題をテーマに近未来を描写し、現実社会の課題を示唆している。
一方で、本作で提唱されている「分人」なる新しい概念も提唱されており、それを理解するにあたり難しさを感じた。読みかけては前に戻ってを繰り返していたため、意外と前半部分までは自分のペースで読み進めるのが、難しかった。
ただ、作者が提唱する「分人」の考え方の発想における概念をうっすらとであるがわかったような気になったとき、作者がindividualからdividualが生まれると説明した手法が今後もしかきたら社会に生まれてくるかもしれない言葉のような気がするして、作者の予見能力の凄さを感じた。と、同時にもう少し「分人」に関するものを読んでみたいと思う気持ちが生じてきた。
分人の主人公・明日人が、妻・今日子へ次のように説明している。「人間の体はひとつしかないし、それはわけようがないし、実際には、接する相手次第で、僕たちは色んな自分がいる。今日ちゃん(今日子)と向かい合っている時の僕、両親と向かい合っている時の僕、NASAでノノと向かい合っている時の僕、室長と向かい合っている時の僕、・・・・・相手とうまくやろうと思えば、どうしても変わってこざる得ない。その現象を、個人individualが、分人化dividualizeされるって言うんだ。で、そのそれぞれの僕が分人の集合体なんだよ。-そういう考え方を分人主義って呼んでいる。」
また、この作品で明日人は2歳の子・太陽を震災で失っており、その設定が東日本大震災の予兆のように思え怖くなった。
そして、単純にすごいなぁと感心したのは、平野ワードである。ウィキノベル(Wikipediaとnobelの造語)、添加現実(AR=Augmented Realityだか、ARをArtificial Realityかと思った)、可塑整形と、現代において実在し、将来に進化したものであろうと想像できる言葉を創り出していることだ。
大統領選挙さながらの演説も面白かったが、愛すべき政治家としてのこの説明がいい。「ネイラーは、尊敬される政治家でありながら、時折、思いがけない穴を見せた。・・・・確かにその穴は、失望させられるというよりも、むしろ周囲の者に、自分こそが、サポートしなければならないという積極的な支援の感情を抱かせるものだった。・・・・・立派であることは、最低限の条件だったが、その立派さも、国民のサポートがなければ危ういと感じさせる、どこか不完全な感じがなければ、政治的決定は、自分たちの血が通わない、冷たく、一方的な命令と受け止められてしまう。」
文章においては、私の問題点ではあるが、語彙、構成において解り辛らかったが、全体的には読後は、満足感が残った。