阿部謹也のレビュー一覧
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学生時代に読んだ本の読み返し。
「教養がある」というと、一般的には「知識が豊富である」とか「ロジカルである」というイメージがある。マズローの欲求階層でいう「自己実現欲求」を充足させるための要素の1でもあると言えるだろう。
しかし筆者は「自分が社会の中でどのような位置にあり、社会のためになにができるかを知っている状態、あるいはそれを知ろうと努力している状況」を「教養がある」と定義している。また「「世間」の中で「世間」を変えてゆく位置にたち、何らかの制度や権威によることなく、自らの生き方を通じて周囲の人に自然に働きかけてゆくことができる人」が「教養のある人」とし、「「世間」の中では個人一人の完 -
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メモ:
日本の宴会の無礼講という考え方は、西洋では公的には失われている→キリスト教による社会統制が働いている
また、忘年会というのは一年間で元に戻るという日本人の時間意識を表している行事で、西洋ではそういうものはない→キリスト教は終末論
これらは、西洋で11世紀にキリスト教による意識の大転換が起こったことと無縁ではなく、これまで歴史学のものさしにされがちだった西洋の風習は、実は世界的に見れば特殊なあり方なのかもしれない
メモ2(p221)
"ヨーロッパがなぜ11世紀以降大きな変化を示したかというと、互酬の関係のなかで、お返しは天国でする、つまり死骸の救済というかたちでそれをいった -
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西洋中世の罪と罰
キリスト教以前の亡霊とキリスト教以後の亡霊のありかたについて書かれている。前半は筆者の専門分野でもあるアイスランドサガに見られる亡霊観からキリスト教以前の世界を読み解く。サガでは死者は生者と戦争したりするなど、死者はとても生き生きとしていることがアイスランドサガの様々な物語から説明される。当時の人々にとって死後の世界について考えることがあまりなく、生を全うすることが主題であったようだ。だからこそ、生前に共同体に認められなかったものの恨みは大きく、彼らが死後に生者を襲うようになる。このような死者観は、キリスト教導入後に、生者に救いを求める哀れなものに変わる。キリスト教徒は、自 -
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キリスト教が浸透する以前のヨーロッパ社会の亡霊とキリスト教が普及したヨーロッパ社会の亡霊を比較すると、前者の乱暴で粗野な亡霊と地獄を前におののく哀れな亡霊との際立った違いがある。その違いが、1215年以降、キリスト教徒年1回が必ず行うことになった告解の浸透が背景にあるとしている。個人が司祭の前で罪を告白し、司祭から贖罪を命じられる告解は、それ以前の共同体的な古代異教の世界にいた人々には大きなインパクトを与えたことは容易に想像できる。キリスト教会が戦った古代ヨーロッパの迷信的世界は、告解の手引きである「贖罪規定書」に記述されている数々の迷信、悪魔、魔女からうかがえる。共同体のキリスト教以前の亡霊
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ネタバレ昔からあるようでなかった、日本特有の人間関係「世間」について考察した本。
近代西洋の自由で平等な「個人」を前提とする「社会」が普遍的で抽象的なのに対し、日本独特の「世間」は具体的、その外にいる者に対し排他的、長幼の序・互酬の原理が根付いている、情理や感性と関係が深い、無情、世知辛い、ままならないものと捉えられていた、といった特徴を持っている。
そんな「世間」の共通項は万葉の時代から続いているとされる。そして、第一章以降で、日本の奈良~平安時代、鎌倉時代、江戸時代、明治時代において、「世間」がどう捉えられていたかが述べられている。
良い意味で情緒的、悪い意味で閉鎖的な「ムラ的」であ -
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ネタバレドイツに旅行に行くためにお勉強。この本は思想・文化的背景からの歴史アプローチが多く、ただの歴史本ではないため興味深い内容となっている。
今回は、なぜドイツで魔女狩りやナチスの台頭が起こったのか、ということが大きな命題だった。
魔女狩りについては…
ドイツは森が多く、日本と同じようにそこには神々が宿っていると信じられていた。キリスト教の支配下になっても、他の地域より土着の宗教が長く生活の中に取り入れられていたのだろう。それ故、どの地域よりも強力な方法で人々のキリスト教化と土着宗教の弾圧が行なわれたのだと思った。
ナチスについては…
ドイツは地理的にヨーロッパの真ん中に位置しているため常に他国 -
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中世ヨーロッパの人々の暮らしを情感溢れる筆致で描く前段は、いわば究極の異文化体験といった趣。
中世ヨーロッパの世界は現代の我々から見れば剣と魔法のファンタジー世界そのものだが、考えてみれば当たり前の話で、世界を秩序づける説明の体系が、現代とは全く異なっていたということ。
後段は中世を離れ、歴史学とは何かが論じられるが、中でも、自由な市民が結成した、諸”協会”についての考察が印象に残った。
”協会”は中世の兄弟会やギルドの系譜に連なるということだから、このような”結社”はヨーロッパの市民にとっては由緒正しく、また自明のものだったのだろう。
だとすると、日本国憲法においてはやや唐突に感じられるが -
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[ 内容 ]
二〇〇六年秋に急逝した歴史家が遺した研究と思索にもとづく、日本人に向けてのメッセージ。
専門の西洋中世史の研究を超えて、日本史、日本現代社会論にいたるまで、幅広い分野で健筆をふるってきた著者による、文字通り「最後の」書き下ろし。
自らの五十年に及ぶ研究をもとに、古今東西を縦横に論じる。
[ 目次 ]
第1章 西欧社会の特性
第2章 日本の「世間」
第3章 歴史意識の東西
終章 ヨーロッパと日本
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
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《ハーメルンの笛吹き男》伝説はどうして生まれたのか。13世紀ドイツの小さな町で起こったひとつの事件の謎を、当時のハーメルンの人々の生活を手がかりに解明、これまで歴史学が触れてこなかったヨーロッパ中世社会の差別の問題を明らかにし、ヨーロッパ中世の人々の心的構造の核にあるものに迫る。
ずいぶん前から積読していた。一般人向けではあるが、結構内容は難しくて、かなり時間をかけて読みました。結局伝説の裏の真実は分からない、というオチで肩透かしをくらったものの、丁寧に当時の背景を紐解く姿勢はすごいなと思った。学者ってこういう根気強く研究を重ねることで大発見が生まれるんだろう。ただ興味本位で読んだので、同じよ