阿部謹也のレビュー一覧
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世間ってなんだろう。
その実態はかなり狭く、社会と等値できるものではない。
ヨーロッパの場合には、中世以来諸学の根底に共通の哲学と神学がある。わか国はそういう基盤がないのに明治以降共通の世界観を基にして生まれた西欧流の学問形式が用いられている。形だけの模倣は、一般の人々の意識から程遠いものだったそうである。
兼行、親鸞、西鶴、漱石、荷風、光晴をたどって世間を読む。
ちょうど、それからをよんだとこだったのでタイムリー。解説みたいなものだから本文を知ってた方がわかりやすいと感じた。個人が日本の社会と世間の中でいかに生きていくかという問いに答えようとした1つの試みだったそうである。
門の宗助とおよねはそれからの代助と三千代の後の姿と読むこともできると書いてあり、読んでみたくなった。
人と人の微妙なズレが描かれてるみたい。
漱石が個人と社会の関係の問題で、作品の中では、世間や社会に背を向けた立場を選んでいるところが良いなあと思う。 -
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学問研究の場も含めて、日本社会のありようを大きく規定している「世間」という思考と行動の枠組みについて考察している本です。
本書では、兼好法師や親鸞、井原西鶴などのテクストを通じて、日本社会における「世間」という枠組みがどのようにして形成され、またこれらの人びとが「世間」に対してどのように向きあってきたのかということを論じています。そのうえで、夏目漱石や永井荷風、井上光晴といった近代以降の作家たちを例にとりあげ、西洋近代の文明と学問を導入した日本に生きる彼らが、なおも人びとの考え方を規定しつづけてきた「世間」ととヨーロッパ文化との矛盾のはざまで格闘してきたことが明らかにされています。
本書をはじめとして、著者は多くの著作で「世間」について考察をおこなっていますが、その嚆矢となった一冊ということで、著者の基本的な問題意識がかなり率直に語られています。もっとも本書では著者の「世間」のとらえかたが十全に語られているとはいえず、まだ問題の外堀をめぐっているという印象です。山本七平の「空気」論ほど融通無碍な議論ではないものの、無手勝流の日本文化論に見えてしまうところも否定できないように思います。
ひとまずは、こうした日本特有の社会的なありようを克服されるべき前近代的遺物としてしか見ようとしなかった大塚久雄や川島武宜らの立場とは一線を画しているということができるでしょう。丸山眞男のばあいには単純な啓蒙主義と割り切ることができないところがあり、著者の議論にかさなるところも多いように思われますが、学問論という視座から「世間」という問題に切り込んでいるところに著者の「世間」論の大きな特色があるといってよいと思います。 -
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読んでいたつもりで読んでなかった。ほとんどは前著「「世間」とは何か」を補完する内容で再放送の感は否めない。前著未読の方は、そちらを先に読まれることをお勧めする。
「自分が社会の中でどのような位置にあり、社会のためになにができるかを知っている状態、あるいはそれを知ろうと努力している状態」
「教養があるということは、最終的にはこのような「世間」の中で「世間」を変えてゆく位置にたち、何らかの制度や権威によることなく、自らの生き方を通じて周囲の人に自然に働きかけてゆくことができる人のことをいう」
組織におけるポジショニングだけでなく、世間、社会の中で自身がどういう位置にあるか。差別的な物言いではなく、自覚なんだろう。 -
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日本歴代の文学・思想から「世間」とは何かを探る。
面白いのは西欧の歴史研究者である阿部先生が、日本の「世間」をテーマにすること。例えば漱石や荷風のように一旦海外での生活をして日本文化の相対化をしたのだろうか。また著者は学長まで勤めており、専攻分野の割りに(偏見?)実務的な世界、すなわち「世間」とも決して疎遠ではなさそうに思える(勝手な想像ですが)。
挙げられた事例の中では、真宗の一種の合理主義に関心がある。他は特殊な一個人の思想とも言えるが、真宗はまさにある文化の層を形成しているから。中井久夫もなにか一向宗地域の特異性を指摘していた記憶が。。。 -
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再読、いつ読んだのかは全く覚えていませんが。
通史概論なんで粗っぽい面は致し方ないけれども、やっぱり専門から少し外れるからか、近代の叙述が乗っていないというか、それこそ無難感あり。
逆に中世のくだりは濃密感あり、あとがきのドイツ音楽(当方クラシックは全くの門外漢ですが、ちなみに)と中世史という観点での本を是非読みたい。というか世に出せたのかな?この本も結構晩年近くに書かれている本のようだし。
しかしなんですね、この国とナチスという組み合わせがやっぱり解せない。この本でもその解説を試みてますが、今ひとつ納得できない。今のドイツを見ているから余計にそう思うのだろうけれど、ほんと人間のダークサイドというのは底知れない。その一方、ナチスと同時代の日本はさもありなんと腹に落ちてしまうというのも同様にその闇の深さを物語るような。 -
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読み終わって、今こそ「世間」を「世界」というものに拡張すべき時に至っているのではないかと思った。
ここ最近、フライングタイガースとか第二次大戦前から大戦中、朝鮮戦争まで戦争について調べている。だが、もちろん。ソフトにflight jacket。いたってファッショナブルな営為である。
そんなこんなも含めての世間について考察したわけだが、詩人の金子光晴が関東大震災の後、日本人が戦争に近づいているのを微妙に感じ取っていたと看破していたらしいという記述があったのには驚いた。
まるで、今の忌野清志郎である。地震のあとには戦争がやって来る。そのままではないか?
なんか、時期だったのだなぁ…
しかも、世間は、個人の脳の中にある。ということを確信してしまうような内容だった。いいのか悪いのか…でもまぁ、わたしはまだ生きている。
Mahalo -
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遠慮してしまいます。
なんだか申し訳なくなってしまうのです。
「もっとこうしたほうがいいのに」「なんでああしないのか」「こうすればきっとうまくいく」……。
色々なことが頭をよぎります。
でも、それを口にすることはありません。
だって、そうしてしまえば「調和」が乱れてしまうから。
「調和」は日本人の美徳とされ、日本人の特徴の一つともされる。真偽のほどは確かではないが、日本人ほど「世間」を気にする民族はいないとかなんとか。では、その『「世間」とは何か』……? これをきっちりと説明できる人が、どれほどいるだろうか。
日本人は「世間」を気にする一方で、「世間」に無頓着であった。「世間」が「何」なのか、よく知らないままにそれを恐れ、「調和」させようとする。本書は――言うまでもなく「世間」から「名著」として評価されているが――「世間」の正体に迫ろうとする、言わば試験的な一冊である。
【目次】
はじめに
序 章 「世間」とは何か
第一章 「世間」はどのように捉えられてきたのか
第二章 隠者兼好の「世間」
第三章 真宗教団における「世間」―親鸞とその弟子達
第四章 「色」と「金」の世の中―西鶴への視座
第五章 なぜ漱石は読み継がれてきたのか―明治以降の「世間」と「個人」
第六章 荷風と光晴のヨーロッパ
主要引用・参考文献
おわりに -
Posted by ブクログ
コレ高校生くらいに買ったような気がする笑 いま大学まで終えてやっと読み通したけど、やっぱよくわかってないと思う笑
「世間とは何か」と言う問いを、日本の文芸作品での使われ方を集めて考える。って企画かと思ったけど…。「世間」という言葉をまず決めて、それを軸に文芸批評を行った。という企画に見えるな。素人目線だけど。
いちおう作業仮説として世間とは…と定義するけど、それがされることはないし。「世間」とは関係のなさそうな文章をとりだして解説されるから読みにくい。
作者の「世間」に対する問題意識ははっきり伝わった。曖昧で非科学的で個人の尊厳を蔑ろにするようなダブルスタンダードとしての世間。現代社会に残るプレモダン要素としての世間。学生時代にちゃんと読めてたらもっとこのことについて勉強したかったなぁ。 -
Posted by ブクログ
文学を通じて世間という物を分析
世間という言葉は「世の中」とほぼ同義で用いられているが、その実態はかなり狭いもので、社会と等値できるものではない。
自分が関わりをもつ人々の関係の世界と、今後関わりをもつ可能性がある人々の関係の世界に過ぎないのである。
自分が見たことも聞いたこともない人々のことはまったく入っていないのである。世間や世の中という場合、必ず何らかの形で自己の評価や感慨が吐露されていたのである。
これは日本独自のもの
世間には、形をもつものと形をもたないものがある。
形をもつ世間とは、同窓会や会社等。
形をもたない世間とは、隣近所や、年賀状を交換したり贈答を行う人の関係をさす。
世間には厳しい掟がある
1.葬祭への参加に示される、二つの原理がある。一つは長幼の序であり、もう一つは贈与・互酬の原理
2. 世間の名誉を汚さないこと。この背景には「ケガレ」が関係している -
Posted by ブクログ
キリスト教の伝播以前の古ゲルマン社会において、死後の世界は生前の世界の延長であり、現世とほとんど変わらない世界。キリスト教における天国や地獄のイメージとは程遠い。
そこには、現世の罪に対する罰という概念はなく、「現世の罪」の意識自体が存在していなかった。
カール大帝によるカロリング・ルネッサンスを始めとしたキリスト教化により、ゲルマン社会にキリスト教的死生観、罪観が浸透していくことになる。
ラテン語で書かれた聖職者向けの教義・経典の他に、大衆に直接礼拝をおこなう司祭向けには、各地の言語で書かれた説教テキストが流布しており、その説教は古ゲルマン社会の因習、世界観に照らした分かりやすいテーマを設定しつつキリスト教的解釈を与える内容になっていた。
そうした説教などを通し、来世における天国・地獄・煉獄の存在、現世における生き方、罪観が中世社会に浸透していくことになった。
キリスト教においては、人類始祖の堕落以来、すべての人間が「原罪」を抱えていること、原罪ゆえに支配/被支配の関係(すなわち国家)が不可避なものとして存在せざるを得ないとされた。
国家とは、名声と支配欲をもった人間が他の人間を虐げて築くものであり、罪のなせる業であった。
(上記、テルトゥリアヌスの時代)
やがてキリスト教が国教となり人々を治める側になるにつれ、神の国が成立しうるという発想が生まれた。
国家は罪によって生まれたものであるが、共和制など人々に益をもたらすようになったローマは神の認めるものとなりうる。ただ神のみに仕える支配者が治め、人々が彼に服する国家は存在しうる。
(上記、アウグスティヌスの時代)
キリスト教を国教とする国家が増えるにつれ、国家による支配そのものが、罪によって生まれたものではなく妥当なものと考えられるようになった。
(上記、グレゴリウスⅠ世の時代)
キリスト教は個人の救済ではなく、社会的、国家的救済の宗教となった。人々の贖罪もまた、教会や国家が果たすべき責務となった。
(カール大帝の「一般訓令」)