野津智子のレビュー一覧
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U理論といえば、オットー・シャーマーというイメージだけど、もともとは、ジャウォスキーが、シャーマーと一緒に始めたインタビューのプロジェクトから始まったもの。それもとくに複雑系の研究者ブライアン・アーサーのインタビューの影響が強い。という意味では、この3人がU理論の生みの親ですね。
で、ジャウォスキーは、その後、Uの底にあるものを探究していた。その報告というか、ストーリーがこの本です。
前作の「シンクロニシティ」や「出現する未来」での発言もそうだけど、かなり神秘主義に行っちゃてますね〜。でも、それは量子力学の世界観、というかボームの世界観の延長にあるもので、今回も、その辺、物理学者たちとの対話の部分が面白かった。
あと、ボームの「ダイアログ」という本は、もともとボームのセミナーの一部を冊子にしたもので、ボーム自身は、ダイアログのまえに、個人がしっかりとしている(自己マスタリーができている)ことが前提で、あの本をそのまま実践するという意図はなかった、というところが、「やっぱり」的な納得感があった。
個人的には、まだまだ腑に落ちない部分も多いものの、「そうだろうな〜」レベルには納得した。
初めての人は、この本を読む前に、「シンクロニシティ」と「出現する未来」を読む事をお勧めする。 -
Posted by ブクログ
印象に残ったのはこんな感じの一節(正確な表現は忘れた)。
「マイノリティによる情報はチームにおける意思決定において、それが重大であってもしばしば無視される」
心理的安全性を向上してチームが言いたいことを好きなように言えるような構造を作るところまでは実感を持って何となく理解できるのだけど、情報が出てきたところから先にどのようにチームが進んでいくのか?という構造については課題を感じていたりする。
その辺の課題感に刺さるのがこの一節、情報収集というのはボトムアップだろうがフラット組織だろうが呼ぶ方は何でもいいんだけど幅広く集めるのには重要だし、それなりに出来ている組織も多い印象だけども、集めた情報は最終的に判断という行為の材料として使われるので、そこが集団的思考でいいんだっけ?というのが目下の課題だったりする。
そういった課題に対して本書が用意するのは失敗から学習しつつ成長する組織であったり、ビジョンと課題範囲を定めたリーダーシップという回答である。つまりは情報収集と意思決定だけを心理的安全性が担保されたチームによって為されても不足していて、学習や範囲の認識がその後の成否を分ける重大な運用であると認識できる。
最終章に記載があったIDEOとシモンズのフェーズゼロによる事例がまさにそれで、チームの範囲を取り違えると如何に良い情報収集と判断がされても結果が出ないという事になったりする。この辺の具体的なプラクティスについては本書にもいくつか記載あるが、そこから抽象化された共通概念は見えてこなくて、相変わらず悩みながら組織毎に合わせて進む他ないのかな、というのがざっくりした感触である。
じゃあ自分の組織で明日からどうするの?という疑問に対しての解は本書だけでは得られないかもしれないが、少なくとも問を理解して持ち続ける人を増やす助けにはなると感じる。
全体的に満足で繰り返し読みたい内容だが訳の相性が悪く、非常に読み進めづらかったのでマイナス1 -
Posted by ブクログ
複雑性が高く、先を見通すことが困難な時代に、多様な人材が集うチームが成功するにはどうすれば良いのか。「チーミング」という概念と新たなリーダーシップにより、「学習しながら実行する組織」をつくるための理論と実践の書。
「チーミング」とは、チームメンバーが常に「素直に意見を言い合い」ながら「協働」し、「試しにやってみる」ことと「振り返る」ことを繰り返す行動様式であり、これを可能にするためにはリーダーが、チームとは"指示命令の対象"ではなく、"共に学ぶ主体"であるという意識改革(リフレーミング)を行い、メンバーが安心して行動し、失敗から学び、様々な壁を越えて相互依存できる環境を整える必要があると説く。
「学習しながら実行する」ための方法論や阻害要因(例えば組織が失敗を許容することの難しさ)について、①ルーチン業務、②複雑な業務、③イノベーション業務ごとに異なる事情をふまえて整理するなど、人々の「仕事の実態」に即して緻密に組み立てられた内容となっており、決して手軽に読める分量ではないが、読み手の誰もが自身の所属するチームにあてはめて考え、行動することができる良書。 -
Posted by ブクログ
「なんとなくは理解できる」というのが今の感想です。
私にはまだしっくりこない部分があるというか、理解できない未熟さがあるのだと思いました。
手にとった理由は、ピーター・センゲ氏による序文、金井壽宏氏による解説である点です。
センゲ氏にいたっては、「リーダーシップを本気で学ぼうとしている人が読むべきものはただ一冊、ロバート・K・グリーンリーフの『サーバントリーダーシップ』だけだと述べてきた」にこの一冊を加えているのだから、尚更読まずにはいられなかったのです。
内容はオカルト、とまでは言わないまでも、精神的な記述・エピソードも含まれており、また自伝的な物語になっていますが、「How to」的なリーダーシップ本に懐疑的な私にとっては、“この方面”への導入として、非常によい読書経験となりました。 -
Posted by ブクログ
前作、シンクロニシティが面白かったので
その続きとなる、本書である源泉を読みました。
神の啓示と、人のひらめきは何が違うのか?
という疑問を追求するべく、世界中の学問の権威を訪ねたり
自身の人生での出来事を内省したり、とにかく奔走する著者。
それに関して、今作で結論が出ていませんが、
著者の源泉に対する調査と追求の、記録のような本です。
前作のシンクロニシティでは、自分の行動と世界の出来事が
どうしてうまく結び付くのか? という疑問が切り口でした。
今回の源泉では、世界やそこでの出来事における自分が、
時として神の啓示を受けたかのように、すいすいと行動する、
その理由を切り口にしています。
神の啓示は、もしかすると、自分の中にそれを発生させる
源泉があるのかもしれない。では、その源泉とは何か?
というのが主な内容の本です。
著者の人生において、源泉が強く働いたことで
問題が発生した現場において、自ら行動を起こし、
驚くほどの成果を上げていけた、という経験があります。
それは、ハリケーンの被害を受けた町での救助活動でのこと。
問題に直面し、解決や目的を定義し、解決にむけての行動をし、
なおかつ、それを著者個人だけでなく集団でやり遂げたことが
強烈な印象として残り、源泉への追求の根拠でもあるそうです。
しかし、源泉への追求方法に関しては、正直、
スピリチュアル系な要素が強いと思いました。
ビジネスライクな思考法や行動法でもなく、
ライフハックのようにオシャレで理にかなったことでもなく、
気功や瞑想といった単語や概念が紹介されます。
逆に言えば、そういったスピリチュアルな観点から
物事を考える人には、すらすらと読める本かも知れません。
確かに、入浴時等のリラックスした状態に、
頭がさえたり、アイデアが浮かんだりすることがあります。
あるいは、仕事をするために仕事をし続けるよりも
うまく休暇を挟んだほうが、かえって仕事に対して
意欲的に取り組める、なんていうことがあると思います。
この本は、ビジネス本の中でも、そういう本です。
具体的な思考や行動をもたらす本ではなくて、
そういう方法を編み出せるようになるかもしれない、本です。
当然、源泉に対して、科学的なアプローチも行ってはいますが
いまだ未知の領域のようで、本書にその結論はありません。
源泉や宇宙にに関する原則等も、終盤で紹介されていますが
私からすると、どうにも抽象的で、そういえばそうかもなぁ、と
思うくらいの考え方でした。方法というより概念なわけです。
チャンスの神様は前髪しかなく、それを掴むには
つねに目を開き、努力している必要がある…というような
内容が主です。これも悪い内容ではないのですが。
具体的ではなく、概念的で形而上的な考え方や見方で、
リーダーシップや能力や人生を考えてみたい、という人や
そういう内容の本を読んでみたい、という人におすすめです。
でも、読んで良かった本だと思ってます。
ビジネス思想、ビジネス哲学のような感覚で読めるので
ガチガチの本に疲れた時、また読んでみようかと思える本です。
実際、読んでみると自分の仕事に対して、今までとは別の感覚で
取り組めるようになりました。不思議です。
自分の視野を広めないと、チャンスはつかめない、というのも
あながち嘘ではないと思います。 -
Posted by ブクログ
リーダーシップを学び、自分のものとして培いたい、と
思って読んだ本。ビジネス書というか、著者の自伝本といった印象。
弁護士としてのキャリアを中心に、人生を猛進した著者。
しかし、壮年になってからの離婚をきっかけに、
その人生とキャリアは一変します。
そもそも、著者の原動力というか、その核となる出来事は
同じく弁護士である父の仕事である、と思います。
著者は、その父の仕事を垣間見たことで、強烈な思いを抱きます。
「なぜ、人は、同じ人に対して、極めて残酷になれるのか?
二度と悲惨な出来事を起こしてはいけない。
そのために、人はリーダーシップを学び、発揮しなければならない」
原文ママではありませんが、上記の著者の思いが
リーダーシップに関わったきっかけとなります。
アメリカンリーダーシップフォーラムの立ち上げに
奔走する著者は、そこでの実務的な内容はあまり記していません。
どちらかと言うと、そこで感じた事や、思った事を中心に
この著書にまとめています。
また、リーダーシップについて多く述べてもいません。
何を述べているかというと、著書のタイトルでもある
「シンクロニシティ」です。また、これが著者における
リーダーシップに対する切り口になっていると思います。
私が感じた、著者におけるリーダーシップとは
人を導く能力ではなくて、人と出会って繋がり、
ともに協同していく能力だと思います。
シンクロニシティという切り口から、
リーダーシップ論を述べるのは、順番としては
非常に自然だと思います。
自分がリーダーであるには、まず、協力してくれる誰かが
いなければならないからです。
どうすれば、自分にとって大切な人と出会えるのか?
どうすれば、大切な人だと感じたり、分かったり出来るのか?
そのために、自分をどうすれば良いのか?
もとい、自分はどうあれば良いのか?
リーダーはあり方が重要である、という観点が強く、
人がどう行動するべきか? というより、
行動する人はどうあるべきか? というのも
この本の要素だと思います。
つまり、シンクロニシティを得るためには、
どういう存在であれば良いのか? という問いにつながります。
そんな自問自答を続けたのが、この著書だと思います。
リーダーシップとか、ビジネスとか、というのは
その結果に過ぎないようで、本文にもあまり出てきません。
オコジョと私はつながった! 同じ宇宙にあるんだ!
と述べる著者が微笑ましくも、そのシンクロニシティの
実際と可能性に突き進む姿勢が勇ましく感じられます。
長々と書いてしまいましたが、私が著者で最も勉強になったのは
自らのあり方を自問自答し続けること、
そのために、自分を取り巻く周囲や環境、世界に対して
常に目を開いていることです。
そして、それらに絶望せず、希望をもって臨むこと。
自分の可能性は自分で生かす。主体的に生きること。
自分に責任を持つこと。そういうあり方をしていれば
世界が開かれていると感じ、次第に周囲と協同できる、
ということです。 -
Posted by ブクログ
毎日毎日、自分は一体、何をやってるんだろうか、
せっかく生まれてきたからには、自分にしかできない何かを
成し遂げたい、時々そういう気分になるときがある。
たいていの場合、目の前のことを一生懸命やってやり過ごすか、
あるいは少し手を止めて考えても、すぐに考える暇もなくなるほど
忙しくなるか、そうやってちゃんと考える時間はなかなかできない。
この本は、そういう人には痛烈だ。
作者は、突然使命感を持って、それを天命だと信じて、
未知の世界に飛び込むと、なぜか良い出会いに恵まれて、
いろいろ勉強しながら大成功する。
で、本当のリーダーとは、人知を超えた意思と通じ合って、
その意思を実現しようと一心に、機敏に動くことによって、
大きな変化を起こすことができる、と結論付ける。
でも実はこの人、
父は米国で1、2を争う法廷弁護士、
本人も若くして法律事務所を開いて大成功、
その傍らで、石油会社を起業、競走馬の飼育事業も成功、
挙句の果てにはラスベガスでちょっと遊んだら大勝ち、
(この勝ち金は最後にはすったみたいだが)
という具合で、
もともと強運やん!
…と思ってしまうと何も学べない。
作者のモテモテの話などにも我慢して、最後まで読みきると、
そんな一時的な成功も全て、この人を成長させるためのもので、
最後には、自己の意思よりも、世界の意思の方がずっと強力で、
過去から未来に渡って継続的なものであり、
その流れを知って動く方がはるかに良いでしょ、と悟ることになる。
最後に作者が知るのは、偶然というにはできすぎている、
世の中の巡り合わせの妙。これには結構感動。
ひとつ残念なのが、監訳者の解説。
読み方は人それぞれ、今のこの人にはきっとそれが正しいのだろうが、
どちらかというと、意志の力で成功する、という本だという捉え方で、
そういう本だったら私には響かなかった。 -
Posted by ブクログ
依頼いただいている研修で「心理的安全性」を扱うこともあり、いつか読むであろうと積読していた本書を読んでみることに。英治出版の組織系の本はそんなにハズレはないと思うので、予想通りの良書。おそらく組織でリーダーという立場を担っている人は読んでおいて損はない。同時に「心理的安全性」がリーダーの責務であると強く打ち出すのは重荷になりすぎないか?という懸念も。「心理的安全性」は組織にいる人全てのBeingに関わっていると思われ、やはり個々のBeingを深めることが大切であるように感じた。著者も最後に、好奇心や思いやりに触れているので、おそらくそう思っているのだろう。本書の事例の中では、アパレルブランド「アイリーン・フィッシャー社」社長のフィッシャーさんのあり方は素敵だった。