ちきりんのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレブロガーのちきりんとプロゲーマーの梅原大吾が教育について語る一冊。
所謂教育の話ではなく、ぶっちゃけた話を成功した2人の視点で語っている。
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学校は必要か?
・何だかんだ学歴で見られる。ない人にしか分からない悲惨さがある
・行っておけばいいという考えも悲惨な人生を生む
・大学なんて行かないでいいっていうのは大抵明確にやりたいことを持っている人。言い方は別として自分で生きる力のないならとりあえず学校は出たほうがいい
学校に意味があるのか?
・テスト前だから勉強しろ?
・考える力がつかない。日本人よりもアメリカ人の方が具体的で深い質問をする
・疑問は出てきたら半分くらいは答えにたどり着いてる。
日本人はもっとwhyの質問を立てた方がいい
社会性を上げる意味では日本の教育はいい。トイレは綺麗。食事も行儀よく
手をあげる子が高く評価される。ビジネスでは手をあげても結果でしか評価されないのに。そういう現実を教えていない
中学生で専門性を狭めるのは早いというけどほんとう?
ほとんどの人は回りながら適性を見つけていく。
→幅を広げたいからコンサルとかまさにそう。
だから日本は満遍なく何かできるけど、尖って何かできる人がいない
※天才と言われる人たちは中学くらいからは頭角表してる
新ゲームがリリースされた当初は強いキャラを使って勝ち続ける。
それだと工夫しなくなる
でも使いにくいキャラを使って勝つ方法を模索するほうが頭を使って考えるので長い目で見たら勝てるようになる。
学校教育でも効率よくやって、一夜漬けで点数をあげる効率のいいだけの人が多いので、社会に出て長期的にはダメになる。
→赤本とかから入るの謎だった。
公式とかも毎回計算して出してたw
公式覚えられなかったのもあるけど、意味理解しないで公式だけ使うのどうなんよと思って。
日本のゲームはアメリカより強い。それはノウハウを共有し合うから。アメリカは目先に賞金の出るゲーム大会があるのでみんなそこで勝つためにノウハウ溜め込む。日本では日本の中で勝とうとせずに世界で勝つために日本のレベルを引き上げようという意識があるから共有し合う。早く行きたけば1人で行け、遠くに行きたければみんなで行け。
日本のバブル期の製造業もまさにそうで、世界で通用するために産業全体を上げていく目線だった
→面白い。日本の直近の産業ではこういうことできないんかな
なぜ自分は評価されないのか?
マーケット評価は大事。
自分の方が成績いいのに、雰囲気的に評価はあいつの方が上とか。
それってマーケットで何が求められているのかを理解しているかどうか
→よくある。要領いいって若干ネガテイブな含みあるけど、こー考えると重要よな
人生に正解があると思い込む。正解の教育を受けてきたから。
その中では自分で決断して意思決定するのは怖いこと
一方で人生なんて自己満足。正解はないので自分が正解だと思ったら幸せ
優勝賞金750万円を全額寄付した話。
お金のためにゲームしてんじゃねーぞって宣言したくて寄付を決めた
試合前に寄付を宣言せず買ってから寄付した。
試合前に宣言するとしないといけない空気になるし、目の前にお金がないから口だけで言えちゃう。
でも試合前に宣言してないと寄付しない選択も取れちゃう。だから本気で寄付するのかっていう自分の本音が確かめられる。
→確かに想像で言ってるだけって多いかも。めっちゃハードだけど頑張れるの?にYESって答えるけど、それってめっちゃハードじゃない今の状況で言ってるだけだしなあ
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Posted by ブクログ
自分の価値観、日本人の価値観は、外国の価値観と異なる事が多々ある。どちらが良いとか悪いというのはなく、自分でしっかりと考える事が大事。色々な国に旅をしたくなる本。
以下、引用。
ミャンマーでは、無理矢理七万円を両替させられる。しかし、物価が日本より格段にやすいミャンマーでは、全然使いきらない。お金があることの価値が違う。あっても意味ないという。
自国通過より、ドルで受けとりたい国がたくさんある。
自国通過円の価値を一度も疑ったことはないでしょう。
ビーチリゾートが成功する秘訣は、お金持ちの国を次々と追いかけ続けること。一国に頼るのはダメ。浮き沈みある。
寄付は任意のはず、という認識が崩れる。富の再分配が国として機能していないと、直接施しを与えることが機能として確立される。
旅で騙されないためのルール
①自分から話しかけた人しか信じない。旅の途中で話しかけられたら、その人は悪人である可能性が高い。
②偶然再会する、はありえない。待ち伏せされている。
海外旅行中の日本人は、自分が思っている以上にお金持ちでお人好しに見えている。
行きたくなった場所。
イースター島。片道2日かかる。。。
アフリカサファリ。弱肉強食。弱いものを助けようという概念が自然界にはない。今日生きる為に生きる。何のために生きるのか?シンプルに生きたい。