エンゲルスのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
本書は機械を作ったり、労働者を増やしたりして生産を増やしても、売れなくなった時は労働者がクビになり生活できなくなる。
売れなくなるのは飽きがあったり、行き渡っていたりいろいろあるが資本主義の弊害であることは言うまでもない。
また単純労働では労働者の価値が変わらないので給料があげられないとある。機械が進む中で労働者の仕事は細分化され誰でもできる仕事も増えている。その分、やりがいがなくなり仕事に意欲が示せない人も増えている。
企業で兵隊の仕事をするより、自分で付加価値を出して仕事できる人が資本主義の奴隷にならなくて済むと考える。
需要の流れの仕事をしている人は常にリスクがある。
だから公務員が人気があると言える。
また、銀行の信用創造による貸し倒れのリスクも挙げられており、モノが売れなくなって倒産する銀行のリスクも書かれている。新しい商品が出てくると古い商品は売れなくなり、最悪倒産する企業がある。
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Posted by ブクログ
今日までのあらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史である。ブルジョア(雇用者)と労働者階級。社会は革命によって古い階級を新しいものに置き換えただけ。
ブルジョア階級は支配を握るに至ったところでは、封建的な、家父長的な、牧歌的な一切の関係を破壊した。彼らは人間を血の繋がったその長上者に結びつけていた色とりどりの封建的絆を容赦なく破壊し、人間と人間の間にむき出しの利害以外の絆を残さなかった。彼らは人間の価値を交換価値に変えてしまい、自由を良心をもたない商業の自由と取り替えてしまった。(あ。想定敵は資本主義)ブルジョワ階級は家族関係からその感動的な鑑賞のベールを取り払って、それを金銭関係に変えてしまっt。産業の土台から民族的な土台を切り崩した。瀬さん道具(技術)の改良と交通の発達によってどんな未開民族をも文明の中に引き入れる。農村を都市の支配に屈服させた。
プロレタリアの運動は多数者の利益のための多数者の独立運動。ブルジョアの所有の廃棄。ブルジョアの家族は私的営利に基礎をおいている。家族喪失と公娼制度がそれを補う。
ものすごいブルジョア批判されているけど実際は社会主義を唱えている人も、ここで批判されているのと同じようなことをやってると思う。むしろそっちの方が多いかな。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ産業革命以降、さまざまな商品で溢れかえる現代社会。
経済バランスが崩れることが予想されるとしても、
なお利益を追求する資本主義社会が抱える矛盾とは?
なぜ不況が起こるのか?
なぜ失業者が増え、貧富の格差が広がるのか…?
『資本論』第1部をベースにした『まんがで読破資本論』の続編として第2部・第3部を漫画化。
1.限られたリソースのなかで企業が利益を増やすポイントは「剰余価値」
2.「労働の生み出す価値」と「労働力の価値」はイコールではない
マルクスは『資本論』で資本主義では、生産手段の私的所有と、生産の社会的性格が矛盾しているため、
過剰生産恐慌が避けられず、これが資本主義を破綻させると論じている。
マルクス
1818~1883。ドイツの共産主義者であり革命家。
エンゲルスと資本主義に関する考えを共有し、共産主義思想を打ち立てる。
『資本論』第1部の主著はマルクスだが、
第2部および第3部に関してはマルクスの遺稿を元にエンゲルスの手によって編集・出版された
エンゲルス
1820~1895。ドイツの共産主義者であり革命家。
マルクスと資本主義に関する考えを共有し、共産主義思想を打ち立てる。
『資本論』第1部の主著はマルクスだが、
第2部および第3部に関してはマルクスの遺稿を元にエンゲルスの手によって
編集・出版された(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) -
Posted by ブクログ
まんがで読破シリーズの『資本論』の続編として描かれたもの。
資本論よりもさらに経済についてわかる本であり、二つ合わせて資本主義社会の仕組みがさらっと理解できるようになっている。
お金とは何か?なぜ資本主義は儲かるのか?どのように不況が起こるのか?
以前読んだ細野さんのシリーズの漫画版もしくは簡易版と捉えて良いと思います。
なのでそっちを読んだことある人はそっちで十分です。もしこれを読んでさらに詳しく知りたいという人は細野シリーズをお薦めします。
そんな基礎はもういいよって人は読む必要ないと思います。(漫画版は)
2011年は少しビジネス的な思考をしていきたいと考えていたので、こういう本を読めたのは良いきっかけになった。 -
Posted by ブクログ
「強行手段によって共産主義革命は達成されるのだ」
少々期待していたより内容が薄く、表面的なところをなぞる程度しか分からない。
そもそもその程度の入門を目指していると言われると続けようがないが。。
絶対王政→[市民革命]→資本主義社会→[労働者革命]→共産主義社会
19世紀当時の思想について、現在の日本の環境と比較した資本家と労働者の差を考えると納得はできる。
ただ、最後まで労働者革命後の共産主義が、本書中での失敗事例として出てきた貴族の返り咲きとしての革命後の半ば絶対王政的な共産主義との違いについては分からない。
その後についての描写がないからだ。
本書の事例中の、「公平を保つための規律」の問題は共産主義の中ではどうしてもぬぐえないだろう。
インプットとアウトプットが比例しない社会を統制するには力しかなくなってしまう。
その点で、「公平って・・・?」という一労働者の問いかけに対しては慎重に考える必要がある。
インプットとアウトプットの比例については、当時の資本家が君臨していた労働者の環境でもダメだし、改革後の共産主義でも結局はダメだろう。
そういう意味では現在の日本の環境はゆがみがあれどこれらに比べれば十分な環境にあると言えなくもない。
マルクスの再来はあり得ない。
時代が違う。
19世紀の状況に戻るならば、一考の余地もあるかもしれないが、何にせよ、労働者による労働革命後の社会からの考察が必要。 -
Posted by ブクログ
資本論のつづき。マルクス自身が生前に発表した部分はこの巻でおわる。剰余価値の生産、労働賃金、資本の蓄積價値、資本主義的蓄積の一般的法則、本源的蓄積、近代植民理論が語られている。時間給と出来高賃金の併用や、資本家の節欲説に対する批判、資本主義的生産がつねにフリータなどの相対的過剰人口を生みだすこと。歴史上どのように資本家が登場し、アメリカやオーストラリアなどの植民地では、資本主義的生産が役に立たない状態であったかが説かれる。なかでも蓄積の一般的法則を地域別に例解した部分や、資本家をうみだした十五世紀以来の血の立法の部分、(とくに労働者の団結が重罪であったこと)などは大変リアルで興味深い。資本論は資本主義の分析をした書物であるが、第24章の最後には共産党宣言と共通する歴史の必然、「民衆による少数の簒奪者の収奪」が説かれており、マルクスと共産主義を明確に分離することはやはり難しいと思わせる。ともあれ、資本主義は恐ろしいシステムであり、「利潤が100%ならば、人間の定めた一切の法律を踏みにじり」「300%ならば、断頭台の危険を賭してでも、資本が冒険しない犯罪はない」(p412)ものである。したがって、資本については何らかの制御が必要なのであるが、人民の代表である政府が弱くなり、「小さな政府」となれば、資本がむちゃをするのは目に見えている。新保守主義の危険を認識する意味でも、資本論は今も意味をもつといえるだろう。資本はそんなにお人好しではないのである。