エンゲルスのレビュー一覧

  • 共産党宣言

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    資本主義の中で生きてきて還暦一歩手前まで来ました。これまで実社会で経験してきたことを振り返って、この宣言の中に書かれていることは相当当たっています。1800年代にこれを出せたマルクスとエンゲルスの偉大さに頭が下がります。

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    2026年08月02日
  • マルクス 資本論 2

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    当時の労働状況が過酷すぎて、自己実現だの成長だのという(搾取を隠蔽するあらたな装置にほかならない)馬鹿げた名目に踊らされてみずから進んで残業をする現代の労働者の情けなさに涙が出る。

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    2025年10月09日
  • 共産党宣言

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    「ヨーロッパには幽霊が出る―――共産主義という幽霊が。古いヨーロッパの強国は全て、この幽霊を退治しようとして神聖な同盟を結んでいる。教皇とツァー、メテルニヒとギゾー、フランス急進派とドイツ官憲。」は、本書の冒頭部分である。説明が必要なのは、ツァー=国王や有力領主、メッテルニヒ=オーストリアの外相、ギゾー=フランス王制最後の首相。「個人の獲得した財産、自ら働いて得た財産を、すなわち一切の個人的な自由、活動、独立の基礎をなす財産を、我々共産主義者は廃棄しようとする、という非難が我々はに対してなされる。働いて得た、苦労して得た自分で儲けた財産!諸君は、ブルジョア的財産以前からあった小市民の、小農民の財産のことを言っているのか?我々はそんなものを廃棄する必要を認めない。工業の発展がそれを廃棄したし、また毎日廃棄しつつある。それとも諸君は、近代のブルジョア的私有財産のことを言うのか?」
    つまりは、マルクス・エンゲルスの言うところの共産主義はプロテリアアートにはブルジョアとは違い、階級闘争の役割があり、私有財産は保証されるとしている。すなわち、後のソ連邦のヨシフ・スターリンや中華人民共和国の毛沢東のそれは、共産主義ではない。笑えることに、統一教会やオウム真理教などの宗教団体は私有財産を認めない。
    最終章では、暴力革命を標榜し労働者の団結を呼びかけて終わる。これを曲解して突き進んだのが全学連過激派である。「われわれは明日のジョーである。」よど号ハイジャック事件の首謀者たちはやはり、頭が悪い。漫画しか読まなかったのか?(笑)
    弱者が強者に立ち向かう時、そこには言葉だけではどうしようもない状態が横たわる、今のパレスチナを見よ、イスラエルの死者数や拉致人質数に比して、ガザの死者数はいくらか?村上春樹がくしくも言った「一方に大きな壁があり、一方に壁に投げつけられる卵がある場合、私は卵の側に立つ」と。

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    2025年03月17日
  • マルクス 資本論 2

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    2024/4/18
    労働力は他の原料や材料と同じで売ることができる物資みたいなもの。我々労働者はこの労働力を売って対価を得ている。生産の過程で原料の代金に労働力分の付加価値が付くわけだが、この再生産にあたり労働課程は労働力分の代金の付加価値を超えて続行される。剰余価値は資本家に。

    #2 2024/4/17
    生産で使用する物資のほとんどは加工物であり、
    綿、木版、ネジ、鉱物
    それを購入して加工、付加価値をつけて販売する。種子は過去に人が作ったものなので、こういった自然物も加工品と呼べる。

    労働はこれらの原料と同じで、資本家が購入する物資のように捉えることができる。
    原料と労働を購入して付加価値をつけた物資を作り販売してお金を産むのが資本の流れだ。

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    2024年04月18日
  • 共産党宣言

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    社会主義、共産主義についての超有名な古典らしい。
    当時の各国の政治、経済、社会情勢を知ってないと理解できないことが多いものの、ブルジョア階級とプロレタリア階級の間の闘争など、抽象的な記述については現代にも通ずるところがあるように思う。現代日本はどのような状態にあるのか、アメリカほとではないが格差が生まれているということは自由資本主義の弊害であるのか。マルクス、レーニンの掲げた理想的な共産主義をもっと知りたいと思わせる一冊。

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    2022年11月26日
  • マルクス 資本論 1

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    本来、労働は創造的な活動で、自己実現、人間能力の開花につながる。しかし、ものを生産する手段(労働者)を資本家が握る社会では、労働者は自分の人生や運命を決めることができない。本来、自分のものであるはずのものが自分から離れてよそよそしくなる(疎外)。

    ※疎外の指標(無力・無意味・孤立・自分が自分でないような感覚)。単純流れ作業の労働者は疎外感が高い。選択肢もなく、ただひたすら単純作業を機械のように続ける労働者。一方、職人は疎外感が低い。自分の技術を日々磨き、成長・やりがいを感じている。R・ブラウナー

    物の価値は労働量で決まる。人間は自分で素材を買い、働いて価値を付けて、売るのなら、搾取はどこにもない。靴職人が革を買って、それを加工して靴を作って売る。搾取はない。しかし、素材を買うお金(資本)がない人は労働力を売って生きるしかない。資本家は靴職人を雇って、靴を作らせ、その商品を売る。売上の一部を靴職人に賃金として渡す。資本家は安い賃金でたくさん靴を作らせた方が儲かる。労働者を限界までこき使うようになる。賃金以上に働いて生まれた価値(剰余価値)はすべて資本家のものになる。資本家は労働者を酷使して、労働力をできるだけ多く搾り取る。

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    2025年02月16日
  • 新編輯版 ドイツ・イデオロギー

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    ドイツ・イデオロギー 新編輯版 岩波文庫
    (和書)2009年09月18日 22:25
    2002 岩波書店 廣松 渉, マルクス, エンゲルス


    岩波文庫の新編輯版の前に出ていた「ドイツ・イデオロギー」は読んだことがあったのですが今回この本で再読してみようと思いました。内容も随分前に読んだので忘れていました。それも丁度良かったかもしれません。
    とても興味深く読めました。

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    2020年09月25日
  • 共産党宣言

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    ネタバレ

    題の通り、当時の共産主義の理論と実践が記述されている。現代で共産主義というとイデオロギー的な他意を含みがちであるが、本書ではその根幹を成すロジックに触れることができる。

    ありがちな誤解として一切の財産の私有の廃棄というものがあるが、本書ではそれは明確に否定されている。本書で述べられているのはあくまで生産手段たる資本の共有財産化であり、それはプロレタリアが元々所有していない、所有できないものを指している。また同時に、相続も資本の拡大と階級間の対立を助長するものにすぎないことから、これも否定している。

    これらの原則は、突飛で理解に苦しむような類の思想というよりはむしろ、現代の価値観に照らしても妥当なもののようにも感じられる。多く働いた者、能力の高い者は社会への貢献も大きいことから高い報酬を得ることは正当化されるし、また同時に、この報酬が人々の社会貢献を動機づける。一方、多くの相続を受けた者はその財産の一部を資本として所有することで、働くこともなく資本が財を生み、報酬を受ける。この報酬を前者の報酬と比較すると、その正当性は低いように感じられる。労働とその成果こそが報酬を与えられるべきものであり、資本の所有に対する報酬は正当性に欠けることから、これを廃止し、資本を共有財産化する。それにより歴史上初めて階級間の対立を排除し、理想社会を実現できるのではないか。

    一方で、現代の社会の観察を考察に含めると、本書の執筆当時と比べて二つの点で状況が異なっていることが分かる。1点目は、資本投資による生産性の向上である。資本主義社会では、資本家の資本投資により生産性が向上する。この生産性の向上こそが市場における競争の一つの恩恵である。競争がなければここまでの資本投資は実現しなかっただろうし、当時の社会では資本投資によって現代ほどの高い生産性が実現可能であるとも想像できなかったであろう。(本書執筆からの150年で生産性は100倍になったとも言われている。)2点目は、資本コストの低廉化である。当時想定していた資本というのは工場、機械、土地、といったものであり、それらは大きなコストを要求した。それ故、資本を持たぬ者たるプロレタリアには、労働による賃金を蓄積したところで資本の所有に到達することは不可能であるように思われた。(正確には、マルクスの資本論において労働賃金は労働の再生産費用に他ならないため、そもそも蓄積すること自体が不可能であるという理論であるが。) しかし、インターネットの到来以降資本の所有に必要なコストは下がり続け、現在では誰もが持つスマートフォン一つでもアプリケーション開発が可能となった。さらに、本書で述べられている生産諸関係も大きく変化した。当時は資本を持つブルジョワと資本を持たず労働で賃金を得るプロレタリアの関係構造であったが、現代では個人がブログ投稿やYoutube動画投稿によって広告収入を得られるようになり、その生産諸関係はより複雑化したと言える。

    以上の考察より、本書の執筆当時と社会構造が変化していることは明らかであるが、それは決して本書が無意味な過去の産物と化したことは意味しない。本書内でも述べられている通り、社会の変化とともに本書内に時代と合致しない箇所が出現し、それらに改変が必要であるとしても、歴史的文書として本書を参照し理解することには大きな意味を持つと感じている。

    そしてなにより、とても薄い!たった50頁ほどである!もちろんより深い理解のためには他書物の参照が不可欠であるため、この50頁で全てが分かるというわけではないが、一つの思想体系のエッセンスであることに違いはない。一度は自身で読んでみることを推奨したい。

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    2020年09月17日
  • 共産党宣言

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    ネタバレ

     久しぶりに読んだなあ,マルクス・エンゲルスの文章。
     いま,
    内田樹✕石川康宏著『若者よ,マルクスを読もう 20歳代の模索と情熱』(かもがわ出版,2010年)
    を読んでいる。高校生以上向きに書かれた本書は,二人の手紙のやりとりという形をとってマルクス・エンゲルスの著書を順に読み解いていく。二人の手紙風の文章は,「簡潔!」とまではいかないけれど,これまで読んだどのマルクス解説書よりもわかりやすいし読みやすい。今の日本の社会で,ほとんど消えかかっているマルクス(の著作や思想)の現代的な意味を掘り起こしていこうという本だ。
     その最初に取り上げられているのが『共産党宣言』である。『共産党宣言』には,なぜ共産党が生まれる必要があるのか,これまでの社会はどんな歴史をたどり,結果,今(1850年代ごろ)はどんな時代であり,このあとどのような社会をつくる必要があるのか,その歴史の流れを必然として描き出している。熱い思いは十分伝わってくる。ブルジョアジーやプロレタリアートなんて言葉は,若い子知っているのかな。高校生なら習っているか。

    一箇所だけ引用。

    そしてついに,(ブルジョアジーは)大工業と世界市場とがつくりだされてからは,近代の代議制国家において独占的な政治的支配をたたかいとった。近代の国家権力は,ブルジョアジー階級全体の共同事務を処理する委員会にすぎない。(下記著書のp.64)

     今の日本で自民党を支持しているのは経団連など財界だ。まさにブルジョアジーが日本政府を圧力で指導している。
     さて,わたしが読んだ「共産党宣言」は,岩波文庫版ではなく『マルクス=エンゲルス8巻選集』(大月書店刊)に収録されている文章である。この『8巻選集』は,40年前,学生時代に購入したモノだ。これをきっかけに,もう一度,パラパラと読んでみようと思う。1200円/冊✕8冊=9600円もしたんだな。
     ちなみに『共産党宣言』は「第2巻」に掲載されている。

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    2020年09月14日
  • マルクス 資本論 1

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     学生時代に読んだ記憶があるのはこの第1巻のみ。今回30年ぶりに再読を思い立ったが、この岩波文庫版が第9巻まであるということを知り愕然とする。みんなよく読むよなあ。以前ホッブスの「リバイアサン」に手をつけたときは第3巻の最初で挫折、しかも今回は優にその3倍以上はある。全巻読破は無理かなと思いつつ、幸か不幸かコロナ禍で通勤時間が節約できている今しか読む機会はなかろう、と考え読み始めた。

     個人的に貴重な再発見であったのは以下のくだり。商品生産における価値体系「使用価値」「交換価値」とパラレルな形で、労働にも「具体的な有用労働」と「抽象的な人間労働」があり、交換価値は専ら労働時間で計量される抽象的人間労働」によりもたらされる。商品同士の交換では、一方の使用価値が他方の交換価値と相対するが、そこでは同時に私的で具体的な労働が社会的で抽象的な労働と対峙している。──有名な「労働の二重性」だが、ここで価値の交換が成り立つための条件を考察した先駆者としてアリストテレスが持ち出されているのが興味深い。交換されるべき価値の共約数である「人間の平等性(等一性)」の発見者として、マルクスはアリストテレスを高く評価しているのだ。当時はスコラ哲学を経てデカルトやベーコンの機械的人間論が幅を利かせ、アリストテレス的な形而上学は傍に追いやられていた時代だと理解していたのだが。

     本来なら等価交換で剰余価値が生まれるはずのない商品経済で、何故か価値の蓄積を続ける資本。その価値の源泉が、本来貨幣と等価交換されるべきその使用価値が消費された途端に交換価値を生じるような特殊な商品、すなわち「労働力」であったという転倒。労働力に超越論的に内在する剰余価値=使用価値と交換価値の差異を搾取しながら、ベンサム的功利で自らを正当化する資本を糾弾したところで第1巻は終了。

     この第1巻は比較的難解だとされているようだが、学生時代とは違い今改めて読むと意外にシンプルで読みやすく感じる。比較的有名な論点が多くいろんなところで言及されているせいもあるだろう。一方、事前に知りたいと思っていた物神化や類的本質といったマルクスを特徴づけるタームの出現頻度はここでは低く、本書を読んだだけではほとんど理解が進まなかった。

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    2020年06月23日
  • 共産党宣言

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    これを読んだ当時はマルクスの慧眼に気付かなかったが、ブルデューなどの階級社会論を読んでから、なるほどと思った。かつてから階級社会では、上位の階級は国際的にラテン語でコミュニケーションを取り、さらに上位の王室では婚姻により女性を通じたコミュニケーションがあった。フランス革命時に対仏大同盟、対革命の連合が出来たのはそのような横のつながりが、国を別にしても潜在的に存在していたからである。上位こそ横の連帯が強く、国際的に融通が利くが、末端に行くにつれ人々は分割され、いわゆる分割統治の形態がとられる。中間共同体を失った近代以降では、末端の人々をむずびつけるものは無きに等しい。国単位でみても、ウォーラーステインの世界システム論では、中核国家、覇権国家程横の融通が利く産業形態を持ち(金融など第三次産業)、周縁など末端に行くにつれて潰しの利かない(すぐに産業の転換が出来ない)モノカルチャー経済化して、結果的に分割統治の垂直的関係が存在していると紹介されていると私は思う。さて、そこでマルクスが放った大号令が共産党宣言―「労働者よ、団結せよ」―である。上位の横の連帯に対抗すべく、ブルジョワの欺瞞を打ち砕くべく、下位の労働者こそが団結する必要がある。そう言ったのである。共産党宣言にこんな歴史的意義があることを、もっと早く知りたかった。

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    2017年01月04日
  • 共産党宣言

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    「今日までの歴史は階級闘争の歴史である」という有名なフレーズで始まる本書。あたかも、社会に支配者がいて被支配者を搾取しているという対立構造を設定して、いたずらに対立を煽っている扇動的な虚構理論。
    古来、我が国は、農業集団、職工集団、芸能集団、治安集団(武士)、権威集団(朝廷)、などの各職能集団が調和し、歴史を形成してきた。
    ゆえにこれら集団が比較的分かりやすく分類されているため、対立軸を持ち出すとあたかも階級闘争が現実に存在すると錯覚してしまう。
    我が国の諸集団は相互補完し、社会を循環させてきた。
    一部のインテリ層はこれを悪用し先の大戦で我が国を「敗戦革命」に落とし入れようとした。
    しかし、現代日本をみよ!彼らは決して主流ではないではないか。
    我が国の国体に決してそぐわない、いや、ソ連崩壊に見られるように、人類にとっても虚構理論にすぎない本書は、暗躍する共産主義に対処するために必読でしょう。

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    2014年10月29日
  • マルクス 資本論 1

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    これを読むとアリストテレスのすごさが分かる。とりあえず1〜3まで分からなくてもいいから黙って読めと言われているので、読む、非常に面白い。

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    2014年05月03日
  • マルクス 資本論 1

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    ネタバレ

    アダムスミス,リカードの経済理論から,イギリスの経済を分析して体系を作りなおしたもの。
    膨大な理論で,難解なところもある。
    ヘーゲルの哲学との関係はうまく読み込めなかった。

    時間,主体を捨象したマクロ経済学的側面を持ちながら,ミクロ経済学的論理を展開しているように読める。

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    2012年12月25日
  • 続・資本論(まんがで読破)

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    資本論の続きですが、続から読んでも差し支えなさそうでした。資本論は経済とは資本論とはの本当に基本的なところしか書かれていませんでしたが、続の方は資本主義の本質が書かれていてわかり易かったです。

    成長し続けなければ、利益を生み出さない。逆をいうと成長が止まるとたちまち立ち往生するという弱みが、今の日本だと感じました。
    泳ぎ続けなければ死んじゃうサメみたいなものですね。

    資本主義を成功させている国として、福祉国家の北欧であることが、改めて納得できました。ようは資本主義で下げられた人材価値を国が保証してくれるんだから。

    資本主義には社会保障が基盤にないとダメなんだなと感じました。

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    2012年07月07日
  • マルクス 資本論 1

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    「20世紀最大の思想家」とも云われるマルクスの主著。
    基本的には「経済学批判」の続きであり、改めて何かをいうことはない。ただマルクスの碩学さには恐れいる限りで、経済学に限らず哲学や文学、はては自然科学に至るまでのあらゆる文献から引用し、説を進めて行く。貨幣には様々な「手段(蓄蔵・支払etc)があるが、私が知る限りはマルクスがはじめて紹介しているようだ。
    ともかく、これは読み物としても面白いというのは分かる。ペダンディックともいえる文章の書きかたは、読むものを惹きつける。

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    2012年05月07日
  • 続・資本論(まんがで読破)

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    読書に有する所要時間はおよそ15分、読み進めていて思うのだ。『時代は廻る』と言う言葉のなんと適切な表現な事か。と。物語の背景は19世紀イギリス。そこで行われている事は、オートメーション化に伴う労働力の価値低下。つまり、人間不要の現場。資本家は、労働者が持つ唯一の商品『労働』を自社の製品のため購入しているのだと言う。
     資本家の財力のもと会社を興し従業員の労働環境をなんとか改善しようと願う雇われ社長。その為に進む工場の機械化。結果、従業員達は更なる低賃金で働くか、リストラを余儀なくされる。2010年、同じニュースを見た様ないない様な。不思議な感覚に陥りつつも覚えた感情それは、
    資本主義って怖い。
    そして、金・自由・市場のアンバランス感の中にこそ利益を生み出す仕組みがあるという事。
    当然だ、なんてったって本書は共産主義者が書いた“資本主義批判書”なのだから。


     最近良く目にする言葉がある。「真面目は、賃金の低い真面目に淘汰される。」「真面目が真面目を殺す。」いずれも、愚直な労働力はより安価なものが選択され最終的にはタダで一生懸命働く労働力に仕事を奪われるという資本主義の宿命的l課題とされるものだ。なんと目新しい言葉かと目を輝かせつつその言葉の意味を考えていたものだが、よくよく考えると既に19世紀に同様の考えは出ていたのだと言う事が本書を読み判明。
    19世紀に不安視されていた労働が、現在も尚そのままの姿で不安視されている・・・と、言う事はだ。それまでずーっと、労働力の価値は低下し続けて来たのだろうか。だとするならば、現代の大工は一体どれだけ低賃金を強いられなければならないか。トヨタの工場で働く派遣社員の月給は一体どれだけ低いのだろうか。否、決してそんなに安くは無い。むしろ、手取りだけで言えば大卒の初任給よりも遥かに高い水準だ。なぜだろう・・・答えは一つじゃない。が、私は思う。“みんな不真面目だから”だと。

    マルクスとエンゲルスが思い描いた未来は、今よりももっと悲惨だったに違いない。
    が、残念な事に“今”は彼らが生きていた時代と、そう違いは無い。
    それは資本主義が普遍的なものだからなのだろうか、それとも我々が進化の術を見いだしていないだけなのだろうか。
    自分の頭の中に、問題定義を起こす良いきっかけになってくれた本書に感謝。

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    2011年12月24日
  • 共産党宣言 (まんがで読破)

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    まんがで読みやすかったのと、昔の社会があまりにも酷く、現代に生まれてきて本当に良かったと思いました。

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    2010年12月01日
  • 続・資本論(まんがで読破)

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    マンガ「資本論」の続編というか、さらに詳しくした感じじゃないかな。

    かなり専門的な内容。

    印象的な言葉は「余剰価値」
    搾取されちゃうんだね~おれたち・・・w

    理解を補完させるためにまた読む予定。

    おすすめ。

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    2010年06月12日
  • 新編輯版 ドイツ・イデオロギー

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    私は自らの研究の最も重要なテーマの一つにイデオロギーを据えながらも,イデオロギー研究の出発点ともいえる『ドイツ・イデオロギー』を読んでいなかった。そもそも,マルクスの著自体,『共産主義者宣言』(太田出版),『哲学の貧困』(岩波文庫)に続いて,3冊目にすぎない。だから,そもそもマルクスの人生において,本書がどの辺に位置づくかも知らなかったし,そもそも,本書がエンゲルスとの共著ということすら知らなかったのだ。
    そんな浅はかな私だから,ともかく新しい版の方がよいと思って,この岩波文庫版を古書店で見つけて購入したわけだが,内容以前にもいろいろ考えさせられる本であった。まず,『ドイツ・イデオロギー』はマルクスの生前には出版されなかったということ。だから故に,未完のままであり,その構成および構想も決定しないまま残されたようだ。なので,さまざまに出版されている『ドイツ・イデオロギー』は少なからず編集者の解釈を含んだものであるらしい。そんなことから日本のマルクス研究者である廣松 渉氏が1974年に河出書房からドイツ語の原語と併記して出版したということだ。それは『ドイツ・イデオロギー』を初めて読む人のためのものというよりは,マルクス研究者のための文献学的な成果ともいえるものだったようだ。それがその後,他の訳者による版も有している岩波文庫として出版される計画があったが,その後廣松氏が亡くなってしまい,その後の作業を小林氏が引き継いだとのこと。
    ということで,本書にはドイツ語は併記されていないが,マルクスとエンゲルスの手書き原稿と丁寧につき合わせて日本語化したのが本書。エンゲルスの原稿は明朝体で,マルクスの原稿はゴシック体で,それぞれの草稿に対して各々が書き入れた補足文や削除箇所,訂正なども何種類かのボールド体を使って区別され,さらにさまざまな注から成り立っている。正直いって,私のような読者にはとても読みにくいが,この2人の努力を思うとありがたく,丁寧に読むしかない。そして,本書には数枚の手書き原稿の写真が印刷されているが,これがとても面白い。といっても,文字が読めるはずはないのだが,面白いのは文字ではなくイラスト。
    さて,本書から学ぶことは大きかった。といっても,いわゆるドイツ観念論批判は前半に集中していて,後半はイデオロギーとはほとんど関係ない,歴史的記述に移行する。そういえば,『共産主義者宣言』を読んだときもそうだったなと思い出す。さて,私は10年以上前から「唯物論」とは何か,ということを時折考えている。地理的表象を研究している私の立場は大雑把にいえば観念論的である。しかし,よって立つ立場からいえば「文化唯物論」を参照すべきなのだ。しかし,いまだにウィリアムズをきちんと読んでいないし,唯物論について書かれた本からもどうも納得したものはない。ちなみに,本書でよく出てくるフォイエルバッハの『唯心論と唯物論』も実は読んだことがあったのだ。しかし,マルクスとエンゲルのフォイエルバッハに対する評価も一筋縄ではなく難しい。
    ちなみに,現在の地理学では20年前に流行った表象研究の行き過ぎに対して,「物質」なるものの復権が叫ばれている。しかし,そこでいうところの「物質」とは何を示しているのか判然とせず,どうにもこの種の議論には違和感を抱いていたのだが,それについては本書を読んですっきりとした。本書において「物質」という言葉はよく出てくるが,それは自然科学が対象とするような物質ではない。物質的交通と精神的交通(ここでいう交通とは関係性やコミュニケーションのこと),物質的労働と精神的労働などといった対比で用いられ,経済活動こそが社会編成の基礎だという。ここに,有名な土台-上部構造の理論も垣間見れるし,精神というものが社会的な生産物であるという今日的議論も登場する。そして,極めつけが「われわれはただ一つの学,歴史の学しか知らない」(p.24)というエンゲルスの言葉こそ,まさしくマルクス主義的な立場であり,だからこそ本書の前半で歴史と乖離した観念学を批判し,後半で自ら歴史記述を実践した,といえるのだろうか。

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    2010年05月10日