島崎藤村のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
旧字で書かれた古い文庫版で読みました。文章の美しさはさすが。内容も思ったよりずっと読みやすく、好きな西洋文学を読んでいる感覚でした。終盤の展開は、私はもっと悪い事態を予想していたので、救いのある展開にいくらか安堵しました。とはいえ、悲惨な話であることにかわりはありませんが…。
この作品には、「差別の問題を取り上げているようでいて実は藤村自身の内面を描いているに過ぎない」という批判がある、という解説を読みましたが、「夜明け前」にも似たような批判があったような…。こうした批判の当否はともかく、社会の抱えた闇に切り込んでいこうとする藤村の姿勢には好感が持てました。
差別の問題って根が深いですね。
今も、この時代のようなあからさまな差別は減っているとは思いますが、無くなってはいないし、特定の出自の人間を差別する代わりに、いじめだったり、パワハラだったり、家庭内暴力だったり…。
どうも人間は自分の属する社会において「自分より上の人間」「自分と同じ程度の人間」「自分より下の人間」を決めたがる傾向があるらしい。
人間という社会的動物の闇の部分をまざまざと見せつけられたような気がして、何ともいえない気分になりました。
一度は読んでおきたい名作だと思います。 -
Posted by ブクログ
『夜明け前』に一番最初にとりかかったのは高校生のときでした。その後も何度か読みはじめては途中で投げ出してしまっていたので、今回は少し構えて読み始めたところ、それなりに時間はかかりましたが、たいした抵抗もなく最後まで読めました。なぜ昔は読み通せなかったんだろうと不思議になったくらい。若い頃とは本の読み方も変わってきているのでしょうか。
有名な作品ですが、あらすじを振り返るために、新潮文庫のカバーにある売り文句を引用します。
第一部(上)
山の中にありながら時代の動きを確実に追跡する木曽路、馬籠宿。その本陣・問屋・庄屋をかねる家に生れ国学に心を傾ける青山半蔵は偶然、江戸に旅し、念願の平田篤胤没後の門人となる。黒船来襲以来門人として政治運動への参加を願う心と旧家の仕事にはさまれ悩む半蔵の目前で歴史は移りかわっていく。著者が父をモデルに明治維新に生きた一典型を描くとともに自己を凝視した大作。
第一部(下)
参勤交代制度の廃止以後木曽路の通行はあわただしくなり、半蔵の仕事も忙しさを増す。時代は激しく変化し、鎖国のとかれる日も近づく。一方、幕府の威信をかけた長州征伐は失敗し、徳川慶喜は、薩長芸三藩の同盟が成立していよいよ倒幕という時に大政を奉還した。王政復古が成り立つことを聞いた半蔵は、遠い古代への復帰に向かう建て直しの日がやって来たことを思い心が躍るのだった。
第二部(上)
鳥羽伏見の戦いが行われ、遂に徳川幕府征討令が出される。東征軍のうち東山道軍は木曽路を進み、半蔵は一庄屋としてできる限りの手助けをしようとするが、期待した村民の反応は冷やかなものだった。官軍と旧幕府方の激しい戦いの末、官軍方が勝利をおさめ、江戸は東京と改められて都が移された。あらゆる物が新しく造り替えられる中で、半蔵は新政府や村民の為に奔走するのだった。
第二部(下)
新政府は半蔵が夢見ていたものではなかった。戸長を免職され、神に仕えたいと飛弾の神社の宮司になるが、ここでも溢れる情熱は報われない。木曽に帰り、隠居した彼は仕事もなく、村の子供の教育に熱中する。しかし、夢を失い、失望した彼はしだいに幻覚を見るようになり、遂には座敷牢に監禁されてしまうのだった。小説の完成に7年の歳月を要した藤村最後の長編である。
上の文章は売り文句ですから、「幕末から明治維新の激動の歴史を生きた青山半蔵の波瀾万丈の一生!」という感じにも読めますが、藤村の文章は、歴史も木曽路の宿場での生活風景も坦々と描写していきます。司馬遼太郎や吉川英治を読むようなわけにはいきません。
徳川幕府やそれに対する長州・薩摩の動向など大局的な歴史の動きと、馬籠宿の人々の生活や半蔵個人の内的な葛藤が交互に叙述され、物語はゆっくりと、明治半ば、半蔵が発狂し死に至るまで、坦々と流れていきます。曲折はあっても押さえた筆致で、派手な山場を作るようなかたちでは描かれていません。
この、坦々と話が進行していくことに若い頃のわたしは耐えられず、途中で放り出してしまったのではないかと思われます。しかし今回は、今年の夏、馬籠を訪れて、藤村記念館などを見てきた(青春18きっぷ 中央線)ことも影響しているのでしょうか、読んでいると大名行列を迎えるための当時の宿場での人の動きや、木曽路の風景をぼんやりと想像することができました。人足が何百人、馬が何十頭で荷駄がどれほどで賃銭がいくらといった数字もきちんとふまえて、具体的に描かれており、平易でわかりやすく、しかも骨格のしっかりした文章で、なんとなくその時代を感じさせられるような気がしました。
派手な山場のないことも、逆に、抵抗しようもない時の流れをあらわしているようにも感じられ、なんとなく納得して、そのまま最後まで読み終えてしまいました。
しかし、非常に気になったところもあります。それは例えば、主人公半蔵が
「そりや一部の人達は横浜開港で儲けたかも知れませんが、一般の人民はこんなに生活に苦しむやうになつて来ましたぜ。」(前掲書p78)
と言ったりするところです。
「人民」という言葉は、幕末にはどうにもそぐわない。はたしてこの時代にこんな言葉があったのかどうか、あったとしても、こんな風に使われていたのかどうか。小説が書かれた昭和初期の「人民」とはよほど意味あいが違っていたのではないか。そんなふうに感じるところが、あちこちにあります。
この問題を、高島俊男は『お言葉ですが…6 イチレツランパン破裂して』の中で、三田村鳶魚(みたむらえんぎょ)に触れながら、こう書いています。
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この『時代小説評判記』(昭和十四年、梧桐書院)のほうに、島崎藤村『夜明け前』の批評がはいっている。
『夜明け前』は小生も若いころに読んだことがあるが、実にばかばかしい小説である。どこがばかばかしいかというと、江戸時代末期の、木曽山中の人々の言うこと考えることが、まるっきり現代人なのだ。言ってみれば、戦前版『少年H』ですね。
この点は三田村鳶魚もくりかえし批判している。たとえば登場人物の発言に「庄屋としては民意を代表するし、本陣問屋としては諸街道の交通事業に参加する」という個所がある。「民意を代表する」だの「交通事業に参加する」だのということばが江戸時代にあるはずがない。ことばだけでなく、そういう観念が近代のものである。
やはり登場人物の「君だつてもこの社会の変動には悩んでゐるんでせう」云々というせりふについて、鳶魚はこう言っている。
<この言葉遣並にこの言葉の持ってゐる意味といふものは、嘉永、安政あたりの人の頭に在るものぢゃない。社会といふやうなことは、当時の人の考へられるものではありません。言葉の形だけを云ふのではない、意味に於ていけないのです。>
この「意味」というのが、わたしの言う「考えかた」「観念」である。「社会」ということばは明治時代に society の訳語として作られたものであるから、江戸時代の人の口から出るはずのないこともとよりであるが、そもそも「社会」という観念が江戸時代にはないのである。
その他、裃のこととか関所手形のこととか、鳶魚は作者の無知を種々指摘していて、教えられることが多い
(高島俊男『お言葉ですが…6 イチレツランパン破裂して(文藝春秋、2002)』鳶魚の『夜明け前』批判、p286)
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三田村鳶魚は、ご存じ江戸博士で、この『時代小説評判記』と『大衆文芸評判記』で、戦前の時代小説の時代考証がいかにデタラメであるか、徹底的にやっつけています。悪口を読むのが好きなわたしとしては、以前に非常に楽しく読んでいるのですが、もう内容をすっかり忘れているので、また引っぱり出してみました。
高島俊男の言うとおり、藤村の『夜明け前』はいろいろ間違いがある、とんでもないと指摘した上で、しまいには「もう読むに堪えぬ」と題して、こう書いています。書かれた時代(昭和11年)を考えると、ちょっと恐いくらいです。
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ただその上に何としても許すことの出来ないのは、君臣の大儀を解せぬことである。これは決してものを書く、書かぬに拘らぬ話で どうあっても許すことは出来ない。随分でたらめのひどい大衆小説が行われる世の中だから、いくらボロを出しても、大衆小説と同じだといってしまえば、それでいいようなものですが、皇室に対する考え方、心得方の間違っているということは、許すことの出来ぬ事柄であります。
私はもうこれから先、どんなことが書いてあるかということを、読むに堪えません。かような書物を、何のためか、読み耽る者どもがあるのを──大衆小説の読者をばかばかしいといって看過するのとは違った意味で、甚だ心配に堪えぬ次第であります。島崎さんも帝国の臣民に相違ないから、この点に対しては、よく熟慮されて、改悛の心状を明らかにされることを急がなければなりますまい。(『三田村鳶魚全集第廿四巻(1976、中央公論社)』p246)
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これはつまり、和宮降嫁のくだりで和宮に「様」をつけないのは不届千万だとか、江戸時代の農民にも帝国臣民の心構えがあらねばならぬ、藤村は君臣の大儀を解せぬ、非国民だと罵倒しているわけです。しかし、高島俊男も先に引用した文章の後で、それは現在のイデオロギーで過去を裁断し統御しようという考えだ、いわゆる「正しい歴史認識」を押しつけようとするものだから、鳶魚のこの部分はいけない、と書いています。
『少年H』が出てくるのは、ベストセラーになった妹尾河童の『少年H』は、戦争の時代を少年の目で書いたことになっているが、山中恒・山中典子『間違いだらけの少年H』(1999、勁草書房)に書かれているとおり、戦後になってからの知識や感覚を戦中の少年が持っていたとして、<勝っとる勝っとるいうて、大本営発表を信じてたらアカンのやなあ>と当時思ったなどと書いてあるトンデモ本だ、これも「正しい歴史認識」を押しつけようとするものであるという趣旨です。
(高島俊男の『お言葉ですが…4 広辞苑の神話』(2003、文春文庫)には「江戸博士怒る」「タイムスリップ少年H」と題して三田村鳶魚と『少年H』についてそれぞれ書かれています。)
さてこうなると、歴史認識とはなにか、歴史小説とはなにか、ということを考えざるをえません。またまた昔読んだはずの菊池昌典『歴史小説とは何か』(1979、筑摩書房)を引っぱり出して読み始めましたが、面倒くさい話になりそうなので、それはまた今度にしましょう。
わたしの読後感としては、『夜明け前』が、高島俊男が言うような「ばかばかしい」小説だとは思いませんでした。たしかに登場人物達の考え方に違和感はあります。歴史の結果を知ってからの後出しジャンケンだという気もします。逆に、これだけ世の中の動きについて目配りができ、わかっているのなら、王政復古に過剰な期待を抱いて、裏切られたと狂うこともなかったのではと思ってしまいます。
しかしこれは、自分の父、ひいては自分のアイデンティティを求めるために、歴史とふるさとを、藤村なりに再構成しようとしたのでしょう。
藤村全集の帯には、亀井勝一郎の「「夜明け前」は、父における人生悲劇と、近代日本の悲劇との、激しい交叉の上に、自己の悲劇を投影した作品である歴史文学であるとともに自己告白の文学である」という言葉があります。
藤村関連の本を読んでみると、本人も家族もかなりスキャンダラスな人生をおくってきたようです。中でも西丸四方(精神病理学者、藤村の姪の息子、島崎敏樹、西丸震哉の兄)の「島崎藤村の秘密」(『現代日本文学大系13 島崎藤村集(一)』所収、1968、筑摩書房)は、親族の回顧談が中心となっていて、生々しいものがあります。そういう人生の中で、「自分のやうなものでも、どうかして生きたい」を主題として生きてきた藤村が、老境に入って自分の人生のよってきたるところを総括し、またフランス滞在の経験から明治維新の歴史をも見直してみようとしたのでしょう。
先に述べたように歴史小説としては問題もありますが、最近の歴史小説は(と言ってもろくに読んでいませんが)、戦国武将が軒並み反戦平和思想の持ち主であるNHKの大河ドラマみたいな、時代錯誤のヒューマニズムドラマ、ホームドラマが多いような気がします。「歴史小説」と「時代小説」の境がぐちゃぐちゃになってなっているようです。それに比べればよほどしっかりしていると思えます。
当時の平田国学信奉者たちの動向など、今まで知らなかったことを学ぶこともできました。藤村のふるさとの木曽路の生活については、時代を十分に感じさせるだけのものが描かれています。 -
Posted by ブクログ
藤村が「詩から散文へ」と、自らの文学スタイルを変えるきっかけとなったエッセイ。
千曲川流域の自然、四季、人々の生活を、スケッチするよう巧みに描写しているため、もし存在するのであれば「写生文」というカテゴリに落ち着く作品である(題名はこれに由来する)。
雪深い長野の原風景と、私が生まれ育った新潟の田舎風景は、そのノスタルジーを共有しているのではと、強く感じる。また私は月に一度、長野県は野辺山にそびえる八ヶ岳で土壌調査を行っているため、八ヶ岳に関する描写には大変共感した。
「すこし裾の見えた八ヶ岳が次第に山骨を顕して来て、終いに紅色の光を帯びた巓(いただき)まで見られる頃は、影が山から山へさしておりました」
山村の早朝を描いたこの一文は、実際に見たものにはその感動を再発させ、見ていないものにもノスタルジーを感じさせる見事な表現である。
また、後半に収録されている「千曲川のスケッチ奥書」も大変面白い。
「旧いものを毀(こわ)そうとするのは無駄な骨折りだ。ほんとうに自分らが新しくなることが出来れば、旧いものはすでに毀れている」
この一文からも、藤村がすでに自分の文学に対して足りない何かを切望していたことが読み取れる。文学の大家である藤村の、新天地への強烈な意志を感じる。
「不思議にもそれらの(海外)近代文学に親しんでみることが、反って古くから自分の国にあるものの読み直しを私に教えた」という、藤村の持つ読書観も窺える。
「小作人」というスケッチは、ほぼそっくりそのまま、「屠牛」「烏帽子山麓の牧場」などの一部も「破戒」に用いられていることが、本書を読むことで分かる。
藤村文学の“引き出し”としての「スケッチ」、その集大成として、いわゆる短編小説集として本書を扱うのも面白いかもしれない。
趣深い一冊だ。 -
Posted by ブクログ
ようやく読み終わりました。 さすがに大作でした。 始めての自然主義で、たっぷり味わいました。 ご馳走様! これは藤村さまの自伝に近いものですね。 二十歳時代な意気張り、惑って渋い日々を続いた歳月の嘆きを、四十代になって初めて落ち着いてゆっくりと語ることになりました。 その語りべは自身ともかく、その敬愛早世な先輩、美しく散っていく恋華、そして異なる旅で平行になった友、自然の流れて生き生きとして読者の目前に再現しました。 殊に青木と名付けた北村透谷氏のことに、どうしても憧れていられなくなりました。 その凛々たる意地、溢れてある才気、そしてとうとう現世に馴染む事をどこまでも拒んで萎れてゆく姿に、思わず涙を湛えました。 その孤独の姿、いかにも美しくてよくわかっております。 明治27年までの生涯でした。 いつか北村氏の作品に浸かりましょう。
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Posted by ブクログ
そもそもタイトルがかっこよすぎる! 「戒めを破る!」
人種差別の話でした。市民平等が唱えられている世の中でも結局残る身分差別。
自分の本当の身分を隠しながら生きていくことを決意する主人公が、結局最後はそんな世の中に対して戦う決意をするお話です。
そもそもそういうことに関わりのないゆとりな僕ですが、実際に自分がこういう状況だったら本当に戦えるだろうか?絶対無理だなと思わずにはいられないからこそ、矛盾を感じながらも自分の身分を必死で隠し通し、安泰に生きようとするこの主人公に感情移入できます。
ですが、この主人公もそうですが、結局頭でわかっていても行動に移していない限りそれはただの机上の空論でしかないわけで、なにも意味はないのかもしれませんね。
命を賭けてまでそうしたことが出来るかと言われれば絶対に出来ない僕なので何を言ってもそれこそ意味はないのですが、こうした人達のこういった熱い思いっていうのは少しうらやましいと思いました。
でも、自分の正しいと思うことをするっていうのはヒトラーの時もそうでしたが必ずしも正しいことではないかもしれないし、本当に難しいですね〜。
いまいち評価の良くない「まんがで読破」シリーズですが、これは全体的に評価が良いみたい。僕も良いと思う! -
Posted by ブクログ
部落差別を受ける青年の葛藤を描いた話題作です。
読み始めるときには、私にとって久しぶりの文学作品だわ、近代小説だわ、と今の時代との差異を味わうのを楽しみに読み始めたのですが、読み進めていくうちに、(この本が書かれた時代には、これはものすごく先鋭的なススンダ小説だったのだなぁ)とその新しさに感じることとなりました。
「〜〜なので。」という文末表現が、どことなく「北の国から」を連想させたりして、とてもとても100年前の作品と思えませんでした。
そして案外、さわやかな読後感なのも好感が持てるなぁ。今まで読まないで来てしまって損をしていたかも。読む機会が得られてよかった。 -
Posted by ブクログ
「自分の出自を決して他人に明かしてはならない」という父の戒めをずっと自分に言い聞かせながら、バレてしまったら社会から圧迫され差別されてしまうという丑松の懊悩。しかし尊敬する先生にだけは自分の想いを知ってほしいことから、素性を告白をするか否かという葛藤。そういった内面の揺れ動きがじっくりと丁寧に描かれているだけ読んでいてとても辛かったです。
作者の日頃の観察眼が秀でているからか、丑松の出自に関する周囲の反応や伝聞の拡がり方も妙にリアルで、人間の醜い部分が嫌というほどに伝わってきました。時代を経ても人間は変わっていないし、変わらないのだ。
追い詰められて、何が悪いと胸を張るのではなく、自分は卑しい身分であると床に額をついて詫びるところが読んでいて辛い。
読者はつい丑松に理不尽な差別や不当な扱いに立ち向かってほしいと願ってしまうが、やはり告白するだけでも凄まじいハードルであると痛感させられた。
ただ終盤の展開の流れが綺麗すぎて、百年以上前の小説ではあるけれど、まだまだ現実の方が追いついていないと思わさせられました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「穢多」が明確に差別として描かれているのに、明らかに差別でありながら作中全くそれとして描かれていないものが存在する。「女性蔑視」である。
主人公の丑松は穢多という差別階級に置かれながら女性に対して軽薄に見下した描写をする。「女のことだから到底秘密は守れない」などetc。それを差別として意識して発言しているようでもないし作者も意識して描いているとは思えない。丑松の秘密を言いふらすのが高柳や町会議員といった「男」であるのがまた皮肉である。
7人もの子を抱えて生活が苦しいのに定年を待たずして己の身勝手で退職する先輩教師に同情を寄せる丑松。そこには我が子義理の子の面倒を見ながら働いているのに腐されるその妻への同情は一切見受けられない。その娘も父親の身勝手な理由で寺へと預けられるのにそれを疑問に思う節も一切ない。
時代がそうだった、と言われればまあそうなんだろう。しかし穢多がその時代においてきちんと差別として描写されているのに女性はそうではなく現代においてようやく、いや現代においてもなおこの明治時代の価値観から抜けていない人間が散見されるのがなんとも。