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Posted by ブクログ
藤村が「詩から散文へ」と、自らの文学スタイルを変えるきっかけとなったエッセイ。
千曲川流域の自然、四季、人々の生活を、スケッチするよう巧みに描写しているため、もし存在するのであれば「写生文」というカテゴリに落ち着く作品である(題名はこれに由来する)。
雪深い長野の原風景と、私が生まれ育った新潟の田舎風景は、そのノスタルジーを共有しているのではと、強く感じる。また私は月に一度、長野県は野辺山にそびえる八ヶ岳で土壌調査を行っているため、八ヶ岳に関する描写には大変共感した。
「すこし裾の見えた八ヶ岳が次第に山骨を顕して来て、終いに紅色の光を帯びた巓(いただき)まで見られる頃は、影が山から山へさしておりました」
山村の早朝を描いたこの一文は、実際に見たものにはその感動を再発させ、見ていないものにもノスタルジーを感じさせる見事な表現である。
また、後半に収録されている「千曲川のスケッチ奥書」も大変面白い。
「旧いものを毀(こわ)そうとするのは無駄な骨折りだ。ほんとうに自分らが新しくなることが出来れば、旧いものはすでに毀れている」
この一文からも、藤村がすでに自分の文学に対して足りない何かを切望していたことが読み取れる。文学の大家である藤村の、新天地への強烈な意志を感じる。
「不思議にもそれらの(海外)近代文学に親しんでみることが、反って古くから自分の国にあるものの読み直しを私に教えた」という、藤村の持つ読書観も窺える。
「小作人」というスケッチは、ほぼそっくりそのまま、「屠牛」「烏帽子山麓の牧場」などの一部も「破戒」に用いられていることが、本書を読むことで分かる。
藤村文学の“引き出し”としての「スケッチ」、その集大成として、いわゆる短編小説集として本書を扱うのも面白いかもしれない。
趣深い一冊だ。
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