あらすじ
明治後期、部落出身の教員瀬川丑松は父親から身分を隠せと堅く戒められていたにもかかわらず、同じ宿命を持つ解放運動家、猪子蓮太郎の壮烈な死に心を動かされ、ついに父の戒めを破ってしまう。その結果偽善にみちた社会は丑松を追放し、彼はテキサスをさして旅立つ。激しい正義感をもって社会問題に対処し、目ざめたものの内面的相剋を描いて近代日本文学の頂点をなす傑作である。[付・北小路健「『破戒』と差別問題」](解説・平野謙)
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これは傑作だ……。人の醜さも美しさも全て入っている。とてつもなく残酷な世界だけれど、それでもきっと誰かが見てくれているから、前を向いて歩いていけるはずだと、そう強く信じ願う作品だ。そして今も、文学の必要性を示し続ける作品だ。
丑松は周りの人々をしっかり見ていた。そんな誠実な彼を周りの人々も見ていた。それが、差別を乗り越えて絆となった。今の社会も、この作品の時代と何も変わっていない。差別は吹き荒れ、人は権力に惑わされ、苦しむゆえに他者を傷つけてしまう人もいる。そんな社会で、この作品の彼らのように、私は誰かを見ることができるだろうか。前を向くことができるだろうか。
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土屋君にまさか丑松が穢多ではあるまいとバレそうになったシーンでは本当にヒヤヒヤして、何となく好きだった土屋君を嫌いそうにもなったが、ラストでの土屋君の行動は胸を衝いた。
しっかり二度涙を流す程感動したし、いちいち丑松と一緒に心を動かしたりするくらい感情移入する良作だった。風景描写も精緻で景色が頭に浮かんできて綺麗だった。読んでよかった
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感涙必至!また、日本文学史を少しでも意識するなら、社会性を問うている斬新さから、完全に必読書。
『破戒』が問うている世界は、日本社会そのものの危うさ。関東大震災の時に韓国人を虐殺していることや現代のsnsにおいても人が「これが正義だ!」と思った瞬間、一歩踏み込んで容易に人を傷つけること。人々の「安心」は、隠された攻撃なのかもしれない。
重要なことは、それらと向き合う人々から「人間性」が表出すること。別の世界を目指すことや苦しんだからこそ平然と向き合える新しい世界。たしかに、私たちはそうやって生き延びてきた側面がある。
大江健三郎の『個人的な体験』のラストにも通じる生の可能性は必見。
いや、もう…悔しくてかんぺき泣きましたわ。日本社会は変わってない。だが一方で、文学が希望をひねり出すことも変わってはいない。それらをつつみこんだ世界でどうふるまうか、これは読者がどう生きるかという問題。
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テーマは重いですが、情景描写のゆったりどっしりした感じと、主人公の内面の焦燥感がそのまま社会問題にも当てはまってるようで感慨深い。信州の冬は体験したことないのでぜひしてみたい。
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森達也氏の「いのちの食べかた」で知り、読んでみたいと思い3年ほど過ぎていた。「破戒」は差別的用語を他の言葉に言い換えた改訂版が出版された過去がある。
「『破戒』初版本はそれがなまの形でなされる限り、差別を温存させ、挑発しようとする日本のマス・コミュニケーションに一つの大きな援助をさしのべることになる」
この一文に現代のマスコミを取り巻く諸問題を思い出し、歴史を繰り返しているのだと実感を持った。
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丑松が自分の出自を告白した後の展開が気になって読んでみました。
まさか宿屋から放逐された大日向が最後に丑松に絡んでくるとは思っていなかった。
最後の展開も、身分に関わらず慕ってくれる丑松の生徒やお志保、身分が穢多であれ友達思いの銀之助たちのお陰で、丑松が報われていて良かった。
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丑松の苦悩と葛藤が伝わり今まで読んだ本の中で1番、一度本を読む手を止めて考えたり、悩んだりする時間が多かった。
丑松が生徒や銀之助に自分の身分を打ち明ける場面は彼の覚悟が伝わりとても心に響いた。
最後はうまい事いきすぎている気もするけど、個人的にはそれくらい報われてもいい程丑松は思い悩んで苦しんできたので、丑松良かったね!!って感じでした。
日本の歴史をまた差別について知る上でも、人生で一度は読むべき一冊だと思う。
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被差別部落問題の本は、他に“橋のない川”を読んだことがある。それとは違いこちらは、当事者の丑松のカミングアウトまでの長い長い心のうちをあの手この手で描いている。
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2024.04.07〜05.09
情景描写が美しい。「青白い闇」なんて言葉、素敵だ。丑松の辛さ、絶望感が手に取るようにわかる。
当時の生きづらい世の中を、丑松を通して描かれている。が、生きづらい世の中は、今でも変わらない。対象が身分ではな無くなっただけだ。
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内面描写が丁寧すぎて、ただただ丑松に感情移入してしまった。それでいてハラハラドキドキ感もあり、全く飽きさせない展開の連続で、スラスラ読めてしまった。日本人として、語り継がないといけない作品。忘れることができないと思う。
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大満足の一冊。穢多の家系に生まれた主人公の物語で、差別問題に目を向けた作品ともとれるが、個人的には、主人公の豊かな感情と揺れ動く心の模様を巧みに表現している作者の文章力そのものに非常に魅力を感じた。
また舞台である信州の情景などが、よく表現されており聖地巡りをしたくなる一冊。
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ラストシーンが良かった。
主人公は自分が穢多であることを気にしていたし、実際ひどく差別する人間もいた。でも、学生たちや友人など、主人公を一人の人間として慕う人たちも、実は主人公の周りにたくさんいた。
穢多という言葉は廃れても、色々な差別が今の時代にも残っている。それをひしひしと感じる今、いろいろと考えさせられる小説だった。
また、「苦しんで戦ってそれで女になるように生まれてきた…人の知らない悲しい日もあるかわりに人の知らない楽しい日もある」という言葉が心に残った。
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主人公の丑松は、生徒や教師仲間からも信頼される20代の学校教師である。しかし、周りからは常に考え事をしていて何かに苦悶してるかのようにも思われていた。その苦悶の原因は、丑松の生まれは部落であり、彼自身がその事実について世間から隠し続けてきたことであった。小説の中には、穢多という今では差別用語とされている直接的表現が何度も出てくる。他にも、新平民、賤民などといった言葉が平然と使われており、差別を是としていた当時の時代背景と空気感が垣間見え21世紀に生きる我々にとってはショッキングですらある。
部落民として苦悩とともに生きてきた丑松の父は、どんなことがあろうとも自分の身分を他人に打ち明けてはならないと丑松に戒める。人々から隠れるように山奥で牧夫として細々と暮らしていたその父が死に際に、丑松に残した唯一の遺言は、「忘れるな」であった。丑松は、父のこの戒を心に刻み込みながらも、同じく部落出身で自らを「我は穢多なり」と告白した思想家である猪子連太郎に傾倒する。連太郎と個人的にも親交をもつようになった丑松は、自らの身の上を連太郎に打ち明けたい気持ちと、父の戒めとの間での葛藤に苦しむ。そして、自ら打ち明けざるとも、周辺が丑松の出身について疑問を抱き始めるのである。
タイトルの破戒とは、戒めを破ることだ。周囲が薄々気がつき始めたのと時を同じくして丑松はついに周りに自らの生い立ちを告白するのである。授業中、自分の生徒に対して土下座をし、穢多であることを詫びたのである。穢多であることそのものが罪であるかの如く、人格者としてそして教育者として自他共に認める者ですら差別に抗う事が出来ない現実をあからさまに、かつ残酷にも描き出す。
同じ読みの言葉で破壊という響きが重なり、告白のよって丑松の行く末が破壊的な結末を迎えてしまうのではないだろうかという心配が、読み進むにつれて付きまとう。しかしながら、藤村はそこまでは残酷ではなかった。学校を追われ町を出て行くことになり、その身の上を知っても尚、丑松を慕う、お志保の存在。そして、授業を抜け出し、見送りに来た生徒達。これによって、我々は差別の暴力性に打ち勝つ人間性は存在することを読み光明を見出すことが出来るのである。
有島武郎は、「生まれ出ずる悩み」で、才能があっても不遇な労働を余儀なくされ、搾取される立場から抜け出すことのできない田舎の若い労働者の苦悩を描いたが、この物語もまさしく生まれ出ずる悩みである。有島の描く「悩み」は、健全な資本主義と民主主義の発展によって解決の道が開けるかもしれない。しかしながら、丑松の悩みは、それらを持ってしても解決が困難な問題である事を突き付けるのである。
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重苦しさと解放感が入り交じる読後感。
感情表現が秀逸で、丑松の苦悩が痛い程伝わってきて、読みながらかなり苦しくなった…
でもラストは救いがあって本当に良かった。
いつの時代も差別は重いテーマ。
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丑松の思い悩むところ、共感するところがあり、その我慢と悔しさと葛藤がすごく刺さってしまって、最後銀之助とお志保と別れるところ泣きそうになった。
母が「藤村ってすごく真面目で思い詰めるよね」って言ってたのがすごくよくわかった。
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日本人のタブー穢多非人を題材にした小説。
恐らく今の若い人は穢多非人と聞いてもなんのことか分からないのではないか。なぜなら学校で教えていないから。そういう私自身も学校で詳しく習った記憶はなく、地域的にも縁が薄かったため、大人になるまで詳細は知らなかった。
江戸時代の身分制度の名残が令和の現代にまであるなんて思いもよらなかった。
本書は明治期に書かれた小説。
穢多非人へのあらゆる差別は明治政府により廃止されたが、当たり前だが制度として廃止されても人々の差別感情はそう簡単にはなくならない。差別とはそういうもの。
本書の主人公は学校教師で生徒にもよく慕われているが、出自が穢多のために、その人生はくらい影を落とす。
出自をいかに隠して生きていくか、前半はそこに焦点があてられている。後半では隠すことに限界を感じ、なぜ隠さなければならないのかの苦悩が丁寧に描かれている。
最終的に、穢多であることを周囲に打ち明け、アメリカに渡り、人生いちからやり直すという展開で幕を閉じる。
一見ハッピーエンドのように見えて、穢多と知れたらもう日本では真っ当に生きていけないことの表れでもあると感じる。
穢多というのは、そもそも穢れが多いと書く。動物や人の死に関わる仕事の人たちを穢れた仕事を担うことから穢多と呼んだのが始まりだそうな。
江戸時代より前から、そういう人たちはいて、身分としてはっきり線引きしたのが江戸幕府。
これはもちろん、庶民たちの不平不満を幕府に向けさせないための策略のひとつであった。
穢多非人の人たちは、そもそも同じ人間として扱われなかった。しかし、その仕事は死に関わることからも分かるようになくてはならない仕事。
杉田玄白の解体新書には多大な貢献をしたし、太鼓や草履など、当時の人たちの生活必需品を生産していた。
知れば知るほどあまりにも理不尽な差別と感じる。
日本に差別はなかったと未だに言う人がいるが、きちんと歴史を学ぶべきだと思う。
日本人は、自分たちの国の歴史をあまりにも知らなさすぎる。
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読み始めは言葉が少し難しいかなと思ったけど、読み進めていくうちに慣れていった。部落差別がテーマ。主人公が自身の身分を打ち明ける前に噂が広がって行く中で、それに丑松が怯える描写が肌で感じ取れるように書かれていた。告白をしてからも、気の毒に思って助けてくれる友人や旅立ちに会いに来てくれる生徒もいて、全ての人が非情な人でなくてよかった。
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まず述べておきたいのは、本作は解説を含めて読むことで当時の時代背景や差別の実態を把握しなければ、真に理解することはできないという点である。
本作は被差別部落出身者である主人公が素性を隠して教員として勤務するが、尊敬する同じ被差別部落出身の思想家の横死を経て、父から与えられた素性を明らかにするなという戒めを破るまでの葛藤を描いた物語である。
解説にも指摘されているように、本作は藤村の差別意識が無意識に表出している部分もあり、また結末も差別からのある種の逃避になっているため、社会派的小説としては極めて不完全ではあるものの、逆にそのこと事態が思想的な理想を描いた空虚な小説ではなく、ヒューマンドラマとしての凄みを付与しているように思える。
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ほぼ裏表紙の説明通りではあったが、穢多であることを隠しながら生活していた丑松に関する物語。
新平民という言葉はあれだ、実態はまたまだ差別が当たり前のように存在した日本が描かれており、当時の状況が垣間見える作品。
文章自体は現代のものに慣れていると読みにくさはあるし、いろいろ保管しながらでないと理解が難しいところもあるが、ゆっくり時間をかけてでも読んでおきたい作品だと感じた。
先日読んだ蟹工船と合わせ、日本の歴史を学びたいと感じる一冊。
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★★★★ 何度も読みたい
これは地元から離れ、普通の生活を手に入れた穢多の青年が、たった一人で抱えた自身の出自の秘密に苦しむ話である。
主人公瀬川丑松は部落出身であり、その身分を隠して教員として生計を立てていた。彼は堂々と己の出自を明らかにして活動する、部落出身の猪子蓮太郎を慕っているが、如何なる時も誰に対しても家系の秘密を隠し通せと言う父の言葉や恐れがあり、蓮太郎にすらも自分の秘密を伝えられていなかった。なぜなら彼は自分が穢多であるという事実が知られれば、今の生活は到底続けられないと知っていたから。
部落差別という、現代では表立って騒がれなくなった問題だったが、写実的な描写や何気なく穢多を貶す友人との会話などにより、容易に自身のことを詳らかにできない丑松の苦悩がよく伝わってきた。最初から馬が合わない同僚より、師範校時代からの親友から拒絶かもしれない方が堪える。
蓮太郎に自分が同胞だと伝えようとしていつまでももたもたとしている部分はひどくじれったかった。また学校内に噂が広まりだしてから蓮太郎の本を手放すのも悪手に感じた。古本屋から情報が漏れることもありそうだし、何より事実が露見しかけてから後悔するなら、最初からそういった本は購入せず、蓮太郎の思想に賛同しているという姿勢を外で見せなければよかったのにと思った。
しかしこれもまた、たった一人で戦う丑松の心を支えていたものなのだと思うと、どうにも完全には否定できない。進撃のライナーみたいな人間らしさを感じる。
この小説にはかなり長い解説がついている。そこで批判として、クライマックスで丑松が自分は穢多であると告白するシーンで、彼が謝罪という形をとったことが言及されていた。丑松は蓮太郎のように「我は穢多なり。」とは言わず、ただ穢多である自分がこうして身分を偽り、生徒や同僚に接していたことを懺悔するのだ。彼がこうしたやり方で自分のことを話したから生徒は彼が穢多だと知った後も彼を慕っていたのだろう。しかし、この部分はどうしても瀬川丑松というキャラクターの一貫性の無さを感じた.
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初めの方はよくわからなかったが、お父さんが死ぬところあたりからだんだんわかるようになった。
獣医として牛が屠殺される情景があるのがよかった。
感想としてはこれで終わり!?という感じ。ハッピーエンドの続きが読みたい。
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明治後期、被差別部落に生まれた主人公・瀬川丑松は、その生い立ちと身分を隠して生きよ、と父より戒めを受けて育ちました。
その戒めを頑なに守りながら成人し、丑松は小学校教員となります。
そんなとき同じく自らが(えた)であることを公言している解放運動家、猪子蓮太郎の本の影響を受け彼を慕うようになります。
丑松は、猪子にならば自らの出生を打ち明けたいと思い、口まで出掛かかることもあるが、その思いは揺れ、日々は過ぎていきます。
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日が落ちる、野は風が強く吹く、林は鳴る、武蔵野は暮れんとする、寒さが身に沁しむ、その時は路をいそぎたまえ、顧みて思わず新月が枯林の梢の横に寒い光を放っているのを見る▼武蔵野を散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。どの路でも見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある。国木田独歩『武蔵野』1901
長野県で部落出身を隠して生きる教師の葛藤。出自を明かし、新天地の東京、テキサスに旅立つ。島崎藤村『破戒』1906
弟子の若い女の子を好きになるが、気持ちを打ち明けられない。女の子は去り、女の子の使っていた蒲団に顔をうずめて鳴く▼夫の苦悶煩悶には全く風馬牛で、子供さえ満足に育てればいいという自分の細君に対すると、どうしても孤独を叫ばざるを得なかった。田山花袋『蒲団』1907
毎日掃いても落葉がたまる。これが取りも直さず人生である。田山花袋『田舎教師』1909
老年の不幸は、友人がなくなることと、死の近づくことだろうが、しかし大自然のなかに生きている寂しさを味わいつめたものには、それも大した悲しみではない。徳田秋声しゅうせい『人生の光と影』
働いても働いてもなお、私の生活は楽にならない。じっと手を見る▼ふざけて母を背負ってみると、そのあまりの軽さに涙が出てきて三歩も歩けない▼人という人の心に、一人づつ囚人がいて、うめくかなしさ▼書斎の窓から見たり、頬杖ついて考えたりするよりも、人生はもっと広い、深い、もっと複雑で、そしてもっと融通のきくものである。石川啄木『一握の砂』1908
必要はもっとも確実な理想である。石川啄木『時代閉塞の状況』1910
※朝日新聞の校正係として採用されるも、ド貧乏生活を送る。大逆事件(社会主義者・幸徳秋水の死刑)後、社会主義に傾斜。岩手出身。
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※自然主義。日露戦争前後。
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「穢多」が明確に差別として描かれているのに、明らかに差別でありながら作中全くそれとして描かれていないものが存在する。「女性蔑視」である。
主人公の丑松は穢多という差別階級に置かれながら女性に対して軽薄に見下した描写をする。「女のことだから到底秘密は守れない」などetc。それを差別として意識して発言しているようでもないし作者も意識して描いているとは思えない。丑松の秘密を言いふらすのが高柳や町会議員といった「男」であるのがまた皮肉である。
7人もの子を抱えて生活が苦しいのに定年を待たずして己の身勝手で退職する先輩教師に同情を寄せる丑松。そこには我が子義理の子の面倒を見ながら働いているのに腐されるその妻への同情は一切見受けられない。その娘も父親の身勝手な理由で寺へと預けられるのにそれを疑問に思う節も一切ない。
時代がそうだった、と言われればまあそうなんだろう。しかし穢多がその時代においてきちんと差別として描写されているのに女性はそうではなく現代においてようやく、いや現代においてもなおこの明治時代の価値観から抜けていない人間が散見されるのがなんとも。
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引っ張りに引っ張られ、その度に集中力が途切れてしまい、読み終えるのに1ヶ月以上かかってしまいました。
これを読んでいなければ何冊読めていたんだろう…。でも読めてよかった。
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明けましておめでとうございます!
昨年暮れから読み始めて、本日までかかってしまいました。
主人公の丑松は師範学校卒の小学校教諭。子供の頃は何も意識していなかったが、活動家の猪子蓮太郎との交流を通して父の戒めの意味を知り、独り思い悩む日々を送る。その戒めとは穢多に産まれた自分の境遇を隠し通せというもの。
本編の後に当時の差別問題の記述があり、想像を絶するものがあっただろうと思います。
物語の9割は辛く苦しい内容で新年に読むには何度も心折れそうになりました。
猪子蓮太郎の死後、自分の境遇を打ち明けた後、学校はろくでもない校長たちに追い出されるも、最後は同期の土屋銀之助や猪子蓮太郎の妻たちの助力もあり、希望の光が見えるラストに救われました。
最後まで読んで良かった。
今年もよろしくお願いします!
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みんなに「新平民だけど、でもあの人は」みたいな言われ方をしてて、生まれでなく個人として評価されてることは良かったと思うけど、新平民そのものに対してはまだ偏見があるって感じがするから、やっぱりそこを拭い去るのは難しいんだね〜〜〜