宮口幸治のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
再読。発達方面で仕事をしていたこともあるし、今もかかわっている。ときどき自閉系でもなく、多動があるわけでもない、でも集団行動になじめない、という子はいるものだ。院生時代、Mikd mental retardationというのは、論文で読んでいたし、知識がないわけじゃない。ただ、統計上何人に一人は必ずここにあてはまる、といわれると、どこかキツネにつままれた、という気はしてしまう。能力で統計をとると、正規分布を描くし、一定の割合この中にはいるというのは、理屈ではわかるんだけどね。
実行機能の役割とか、最近読んだ別の本でも出ていた。自分が論文を書いていた時、プランニングとか実行機能って研究してみたいと思ったものだけど、当時はWiscにしてもK-ABCにしても、そこまで明確に実行機能に言及はしてなかったんじゃないかなぁ。CASはまだ英語の論文が出ていた程度だったし。時代の変化を感じるね。 -
Posted by ブクログ
『くらげバンチ』2024.9〜2025.1
第九巻より続く。
覚醒剤使用で女子少年院に入ってきた子の使用経過と退院。
幻覚に苦しめられていた瑠花が、ようやく退院することになるが、すぐに、新しい薬物依存の女子が入ってくる。
また、九巻に出てきた認知機能に問題がある少年への矯正教育のため、主人公の六麦医師が開発した認知機能強化トレーニング。
開発当初は少年からも意味がないと反発され、職員からも反対が多かった。改良を重ねて、少年たちのやる気もでてきた。
小学校から中学校に上がるにつれ、急に勉強の難易度が上がり、ついていけず非行に走る子供たち。急に方程式など教えるのではなく、考える習慣をつけさせるために考えられたトレーニングだそうだ。
六麦医師によると、何かをできない子も「できるようになりたい」「やってみたい」と思っているはず。それを、トレーニングしてあげた先にあるのが多様性なんだ。最初から何もさせずに、多様性というのは間違っている。とのことでなるほどと思わされた。
-
Posted by ブクログ
『くらげバンチ』2024.2〜2024.7
今回は、彼氏に使用させられた覚醒剤のフラッシュバックで、幻覚に苦しめられる女子のその後と、小学校からずっと面倒を見てきた障害を持った子が少年院に入ってしまい、葛藤する小学校の先生のストーリー。
特に、小学校で手を焼かれていた友典が、特別支援教育コーディネーターの井伊先生に心を開き、小学校卒業の頃には得意分野を他人に教えられるまでになり、前向きになる。読んでいる私までうるっときてしまう。
しかし、中学からは勉強も難しく、先生も厳しく、人間関係も複雑になり、孤立化して非行の道に入る子どもが非常に多いということだ。
とりあえず次の巻に進みます。 -
Posted by ブクログ
本書では頑張れない人への適切な支援方法が書かれていた。以下、箇条書きで個人的に重要と思ったことを抜粋する。
「後のフォローがない指導もどき」は、やる気を奪うと指摘している。特に教育現場では教師の威厳を示すための指導が、それに該当するとのことである。もちろん、現場には子どもを指導する場面は多々あるだろう。しかし、子どもを指導することのみに留まるのではなく、その後にどうしたらいいのかが分かり、相談できる誰かがいるなど、しっかりとした受け皿が用意されている必要がある。
「頑張れる」を支える3つの基本として、①安心の土台②伴走者の存在③チャレンジできる環境があげられている。②の伴走者の存在については、静かに見守ることの重要性が述べられている。頑張ろうとした瞬間に口出しされると逆に頑張る気を削いでしまうからである。確かに、支援者は支援してあげたい気持ちが先走り、いちいち口出しをしてしまうときもある。しかし、それが裏目に出ないように支援する必要があることが理解できる。
「約束を守れないからこそ支援が必要、枠組みや約束は双方を守るために不可欠だが、それが厳しすぎると双方が消耗する」の部分から、特に特別支援を要する子どもに守って当たり前と思いがちな決まりごとをはじめから押し付けることには注意したいと思った。しかし、そうした支援方法によって緩みを与えすぎてしまわないよいに適度な指導はしていくべき側面もある。ちょうど良い指導と支援のバランスが必要であろう。
「他者からの評価なんて気にしなくていい」「無理に好かれなくてもいい」などは、頑張れない人に誤解を生じさせる可能性がある。なぜなら、この社会は他者からの評価が全てなはずだからである。上記の言葉を鵜呑みにして自己中心的な行動をとってしまうと、ますます周囲からの評価は下がり、自信ややる気を遠ざけることになるからである。
「動機づけ面接法」を用いて、抵抗に巻き込まれながら一緒に転がっていくことも重要である(物事のデメリットやメリットを一緒に考える)という部分に共感した。支援者はすぐに打開策を言ってしまう。共に考えることが大切である。
「保護者も支援する」ことが大切であると述べられている。具体的な方法として、①保護者の話を聞く②子育ての苦労を労うである。なぜなら、保護者自身に子どものために頑張ろうと思ってもらうことが重要だからである。 -
Posted by ブクログ
根っこに幸せを求めている気持ちと解釈と判断と行動をみていけばよくわかるのかもしれない。
少年たちはあまりにも突飛な行動すぎて、どうして!?となったが、わかる部分もあった。
特に可愛がっていた後輩からの悪口や、子供に料理をつくったが食べなかったことで、否定された気分になり、虐待をしてしまった親など、湧いてしまう気持ちがわかる部分はあった。
個人的にはもう少し、ではどういう考え方をすればいいか、通常の認知ではどんな捉え方をするかなど詳しく書いてほしかった。スティーブンキングみたいに。
そしたらもっと自分の認知の視野が広がったかもしれない。
結局のところといってはあれだけど、最終的にはやはり今できることをやる、辛くなったら距離を取るとか相談するとか休むとか、人は簡単には変わらないのならどう包括しつつ付き合っていくか、うつなどの病と同じ。自分がどうなのかとかをわかっていくしかない。ということがわかった本だった。
地道に数えていくことにしたい。 -
Posted by ブクログ
著者が児童精神科医なので、子どもの描写はとてもリアル。まさに我が子(ADHD,ASD)という感じ。
ただ、私は子どもを取り囲む大人たちの心理描写についてはあまり共感出来なかった。唯一共感できたのは3話の母親。知識として発達障害のことは知っている、発達障害の子どもも普段から接している。自分の子どもも恐らく何らかの障害だろう。でも、自分の子どもの事となると的確、冷静な判断ができなくなる。あの揺れ動く気持ちは、読んでいても自分の経験と重なり、心が痛くなった。また、診断が下されたからと言って、1話、2話の母親のようにすぐに前向きになれる訳ではない。受け入れる迄には相当の葛藤がある。物語だからと思ってもそこに違和感を感じてしまった。
あと、2話に出てくる社会福祉士の有資格者。社福士を生業にしている人でなくてよかった。自分の価値観で他者を評価しないということ(非審判的態度)は、学生の時に煩いくらいに言われる。虐待が行われているに違いないと思いながら接したら何だって虐待に見えてくるのが人間というものだ。あの社福士は仕事の事にしても自分本位すぎると、同じ資格所持者として怒りすら覚えた。
全体としていえば、発達障害の子どもとその周辺人物について、入門書として読む分には手軽でいいかもしれないと思った。なので星3つと評価させて頂いた。 -
Posted by ブクログ
ケーキと刑期がかかっている。
少年院で働く精神科医が関わった院生の話。
原作小説があるらしい。
漫画としては作画がもう一つ固いかな。
話としてはいかにして犯罪を起こしたか、その背景を語るだけなので、内容はなんら救いがない。
これではカタルシスもないなあ、当然ではあるが。
境界知能というと最近ではただの罵倒のための用語と化しているが、本来の意味はこっちなのか。
しかしIQの差だけでここまで変わるものか。
いやそうかもしれない。
自分とわずかでも差があるIQの人間は理解できないと言うが、そんな感じかも。
だからってそれで全部片付けられても困るが。
問題はわかるけど、だからってどうできるって何も出来ることがあるようにも見えない。
ただ悲惨な人の救いのない身の上を聞いても発展性はないなあ。
見ていると弁護士が感化されて死刑囚に異常に入れ込んでいたのを思い出す。
心情としてはまだわかるけど、対策もなくただ寄り添ってもやっぱり益はなさげなんだよなあ。