あらすじ
児童精神科医である筆者は、多くの非行少年たちと出会う中で、「反省以前の子ども」が沢山いるという事実に気づく。少年院には、認知力が弱く、「ケーキを等分に切る」ことすら出来ない非行少年が大勢いたが、問題の根深さは普通の学校でも同じなのだ。人口の十数%いるとされる「境界知能」の人々に焦点を当て、困っている彼らを学校・社会生活で困らないように導く超実践的なメソッドを公開する。
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講義で教われないこと
教員をしています。この本で書かれていることを知らずに過ごすことで、どれほどたくさんの子どもたちのSOSを見逃してきたのかと思うと、より学んでいかなければならないと身に染みました。
多く教育者に読んでもらいたい
困っている子どもは見つかる。
本人は何に困っているかわからない。
でもその困り感を取り除いてあげることで楽に生きることができるだろう。
最後に書いてあったように、まずそれを担うのは間違いなく学校。
非行を犯し、少年院で反省する前にできることがある。
教育や学習の力を信じたくなりました。
Posted by ブクログ
一言で言うと、気の毒で悲しい。
犯罪を犯す人々に対する見方が少し変わった。そういう人々は、なんとなく育ちや家庭環境に問題があったんだろうぐらいには思っていたが、発達障害や知的障害(特に境界知能)などを持つ人々への理解や支援が全く足りていない社会にも大きな責任があるということが分かった。
p.150 「人が自分の不適切なところを何とか直したいと考えるときは、「適切な自己評価」がスタートとなります。」
Posted by ブクログ
世の中には歪んでものが見え、聞こえている人が多くいるということを改めて認識させられた。そしてそういった人が犯罪、非行に手を染めており、そうした人に適切なタイミングで適切な福祉支援を行っていれば、そうした犯罪は抑止できたのではないかという点において、ある種被害者でもあるということが、この本を通して凄く勉強になった。もし自分の身の回りや子供がそういった知的障害のような兆候があった時は、この本のことを思い出して、必要な支援が出来るようにしたいと思えた。
Posted by ブクログ
非行少年たちは、なぜ罪へ向かうのか。その問いを「心の弱さ」だけで片づけられない。円を三等分できず、人の表情を読めず、言葉を正確に受け取れない少年たちの姿を通して、社会が見落としてきた認知の課題を浮かび上がらせる。叱責や罰だけでは届かぬ現実がある。少年たちと社会との間に横たわる理解の断絶を発達障害として済ませてはいないか。支援とは甘やかしではなく、人を社会へ戻すための支えである。まずは見ているよ。
Posted by ブクログ
学校でいじめに遭っている少年がストレス発散のために性非行を行う
嫌われないために強盗や窃盗を行う
認められたい力がある
不器用さは周りにバレる
対人スキルが乏しければ嫌なことを断れない、助けを求められない
スパイとしてこっそり任務を与える
少人数で自分を投影する
自己への気づきと
自己評価の向上がスイッチ
コグトレ
発達障害と知的障害は違う
知的障害に対する対策としてはコグトレが有効だがこれを知らないと小学生になると同じ授業が始まりそこでのスタート地点が違うことになる。ハンデがあったとしても誰もが平等に教育を受けてストレスが少なくなるように環境を作らないといけない。そこで小学生の前から幼稚園、保育園での教育や、さらに保護者に対しても教育をするべきである。保護者や先生がもっと寄り添うためにはスタート地点が違うところと全ての子供が同じように頑張りたいと思っていて認められたいと思っている。それを大人になる前に犯罪を起こす前に止めることができるかもしれない
Posted by ブクログ
認知機能が低い人の世界の見え方が分かって興味深かった。前も言ったのになぜ覚えていないのか、やっていないのか、などのすれ違いが、相手のサボりではなく理解できていない事があるらしい。
Posted by ブクログ
後輩に借りた本。ネットでたまに見る「ケーキ切れなさそう」って煽りの元ネタ。この本に学生時代に出会ってたら学部や就職先変わってたんじゃないか…ってぐらい個人的には刺さったかも。非行少年をどう教育したらいいかと問われたら「褒める」「話を聞いてあげる」と私も答えるが、結局それでは根本的な問題(勉強が出来ない、カッとなる等)は解決されない。筆者は全ての学習の基礎となる認知機能の強化=「自己への気づき」「自己評価の向上」の必要性を訴えコグトレという認知機能強化トレーニングを考案している。「いや認知機能って非行少年も逮捕されたり少年院に行くことになったら嫌でも反省するんじゃ…」と思っていたが、実際は殺人をしても「僕はやさしい人間です」と言う子もいるらしい。恐怖。反省以前に自分がやったことを何も分かっていない、そもそもの認知が歪んでいることを知った。難しい内容だし半分も理解できてないけど、非行少年や発達・知的障害者に対しての見方が変わるというか別視点で見れるようになる気がする。筆者の講演会とかあったら聞いてみたいしコグトレの本とかも機会があれば読みたい。
Posted by ブクログ
なぜ非行少年が生まれるのか、更生は難しいのか、社会はどんな支援ができるのか。
直接支援する立場ではないが、これから子供を持つものにとって読んでよかった本だった。
更生のためには、自分自身を正しく理解して、このままではだめだと気づき行動できることなんだけど、そうした子の特徴を理解した支援者がいることが大切だと分かった。
認知機能強化として紹介されていたコグトレ。子供の成長に迷ったら、また調べてみたいな。
学んだこと
非行少年のなかには、認知機能に問題があるケースも多く、その場合、説教して反省させて更生させること自体難しい。
正しく物事を理解する力がないから、響かない。先を見通す力や融通の利かないこだわり、自己の感情をコントールする力が弱く、自己を正しく評価して他者を思いやる社会性がないから、安易な非行をしてしまう。+体の使い方が下手な子も多く、トラブルにつながりやすい。
IQの基準が変わり、軽度知的障害者は社会に埋もれて、支援対象にならず忘れ去られている。
社会の中で失敗経験ばかり積まれ、自分の考えや感情も表現できず、理解してもらえない。
では更生するには?
自分を正しく理解して、自分を変えようと気づくこと。
自尊感情をあげようと、出来てもいないのに褒めるのはよくない。大人が矯正しても本人が自ら気付けなくては意味がない。
支援者は気づきの可能性の場や機会を提供すること。少年を見守り、模範となること。
Posted by ブクログ
子供の頃の運動能力って大事だなと思った。例えばいじめでも、子供は本能のまま生きてる所もあると思う。だからいじめられる理由は究極的に言えば生物的に弱いから。勉強はできなくても普段の生活で露呈することはあまりないが、身体的機能は姿勢、歩き方、走り方、休み時間でのボール遊びなど周りにバレる。
性加害者の大多数はいじめを受けてたこと。いじめは更なる被害者を生むこと。
運動ができれば周りからチヤホヤされ自信がつく。その自信を原動力に勉強や社会性を鍛えていく。
じゃあ生まれつき運動神経が致命的な子はどうすればいいか。それは、筋トレだ。どんなに運動神経が悪くても筋トレなら何とか出来る。
結論:子供に筋トレさせろ!
Posted by ブクログ
生育環境や学校等の支援を受けられてきたか、ほんの少しの差で犯罪を犯してしまう可能性のある少年はたくさんいるのだと思う。川崎の少年事件に取材した、『43回の殺意』と続けて読んだので、事件を起こした少年が特別だったではないと感じている。境界知能や自閉症スペクトラムの子どもは多く、その人たちを救えないことは教育の敗北であり、そこに働きかけないのは社会にとって大きな損失を生むと強く感じている。
Posted by ブクログ
知的障害や境界知能では、みる力、きく力、想像力がとても弱い。被害者の手記が読めない。読めても理解できない。相手の気持ちを想像できない。そのため内省に至らない。殺人を犯しても自己評価に乖離があり、自分は優しいと思っている人もいる。
できていることを褒める教育は根本的な解決にならない。認知機能を向上させないことは、本人の可能性を潰し、障害者を作ることになる。
時間の概念が弱い子は、昨日、今日、明日の世界を生きている。見通しが持てないため、計画や目標を立てることができず、我慢や努力ができない。
努力できないと成功体験が積めないために自己肯定感が育たない。
努力できないと他者の努力が理解想像できないため、他者の大切なものを平気で盗む。
子どもの心に扉があるとすれば、その取っ手は心の内側にしかついていない。
叱られることではなく、自己への気づきと、自己評価の向上が自分が変わる動機づけになる。
匿名
大切なのは気づくこと
認知機能についてなど知らなかったことが多く、勉強になりました。褒める、話を聞くだけでは子どもは変わらない。根本的な解決が必要だと気づきました。
感想ですが
28歳、おそらく境界です。。
辛さの集約でした
これからどうしたらいいんだ…?
こんなに沢山の人が買って
読んでいるのは自分と同じような人たちなのだろうか??
事実として
自分にはあたりまえのことでも、
人によっては当たり前ではないということ。
ケーキを人数に切り分けるだけのことなんて
特別な訓練をしなくても当たり前にできるようになることだと、
大抵の人は思ってしまうが
現実として、それができないどころか
等分にわけるということも思いつかない人々がいて
そこには、善悪以前の課題があるということを
思い知らされた。
Posted by ブクログ
タイトルの秀逸さが一人歩きしてるけど、教職の課程で必修になってもいいんじゃないかってくらい教育の書として優秀だった。
こういう非行少年がいますっていう具体例をもっと期待してたが、
Posted by ブクログ
少年院にいる飛行少年たちに
「ケーキを3等分にしてごらん」と言っても
正しく分けることができない。
それほどまでに彼らはモノが歪んで見えている。
彼らはいわば境界知能。
IQ70-85程度の彼らは表面上は知的障害者に分類されず、「普通の人」として生きてきた。
あまりにできないことが多く結果として非行に走る。
学校でも、社会でも、少年院でも、親からさえも
気づかれない子供達。
それがケーキの切れない子供達。
恐ろしいことにそういった境界知能の子供達は全体の14%、クラスで言えば5人ほどいる。
子供たちは小2ごろからそのサインを出し始める。
小2の子を持つ母親として考えさせられる内容だった。
Posted by ブクログ
非行少年と発達障害の関係について今まで考えたこともない事柄が示されてあった
環境や特性と様々な事柄が重なり非行の道に進んでしまう少年達の心の叫びを知った気がする
とてもって深く考えさせられる内容だった
Posted by ブクログ
世界が歪んで見えている人がいる。
目が見えない人に色を説明することが難しいように、認識している世界が一致しない場合にどうやって共存していけば良いのか。どれだけ言葉を尽くそうと、その言葉が持つ意味に共通した認識がなければコミュニケーションもとれない。
生きている世界を擦り合わせるためにはお互いが歩み寄る必要がある。でも殺人を犯した人間に歩み寄るのは心理的にとても難しい。だからきっかけを自分で作らなければ。同じ世界で生きていくしかないのだから。
Posted by ブクログ
映画「プリズン・サークル」を観た後で、背景について考えを深めるために読んだが、時が経ちあまり覚えていない…
境界知能や環境を自身で変えていくことは困難を伴う
故に早期介入、支援、そして処罰感情に囚われないケアの必要性、なんて事を考えてたような
新鮮な着眼点はそれほどなかったが、考えの後押しになったような曖昧な記憶です…
Posted by ブクログ
難しい表現もなく読みやすかった。
知的障害について、私自身が当たり前に悪いと思っていることでも、理解できない人がいることを改めて知った。
反省以前の子どもたちをみて、身内が彼らに殺されたりしたらと考えると、しゃーないかとら飲み込める訳がない、絶対に恨む。けど自分が基本的な能力について困っていないのは運みたいなところがあるし、、もっと学校教育や親が知的障害について知っていくことが第1歩なのかなと思った。
Posted by ブクログ
非行少年や勉強についていけない子供の中には、そもそも勉強をするうえで最低限必要な見る、聞く力が伴っていないことが多い。そんな残酷な真実を教えてくれた一冊であった。学習の基盤となる基本的な能力がないと、現在の授業システムでは置いて行かれてしまうのだ。
そしてそんな子供たちは、社会性を自然と身に着けていくことが出来ない。表面的な問題ではなく、その背後にある原因に目を向け、対話していかないといけない。AIがいくら発達していっても、1人に1人の先生がつかなければ改善できないと思った。
その人間を構成するストーリーを知ってしまったら、誰のことも嫌いになんてなれないと思った。
Posted by ブクログ
なぜ彼らは罪を犯してしまったのか。その裏側に潜む「認知機能の低さ」という、教育や社会が見落としてきた決定的な課題を、鮮やかな筆致で描き出しています。
犯罪を個人の資質として片付けるのではなく、彼らが直面している「世界の見え方」を順序立てて解説する構成には、蒙を拓かれる思いでした。現状への批判に終始せず、具体的な支援のあり方を提示している本書は、教育関係者のみならず、現代社会を生きるすべての人にとって必読の「共生のバイブル」です。
新しい考え方に出会えた書籍
犯罪自体は良くない事で、判断能力に欠けておりなどニュースで聞くと、そうは言ってももし被害者家族だとしたら、許せるわけが無いと言う考えでした。
基本的には変わりませんが、
この書籍を読んで、自分たちのあたりまえの感覚を
もてない、知能だったり、そうなっている環境、
また、脳との関係、これを知っているかどうかで
自分の価値観が少し変わると思いました。
この本を読んでから少年犯罪がニュースで報道されると、何故こんなことをしたのだろう・・という疑問プラスもしかしたらこの本の内容に
書かれている少年少女のような感じなのかもしれないといった考えを持ちながら報道を捉えるようになった。
子供の頃から周囲の大人の気づきや対応次第で差が生まれるのかもしれない。すごくすごく難しい問題。読んで良かった。
子どもを持つ前に読めて良かった
漫画版の第1巻を読んだ後、購入しました。読書が苦手な方に漫画版、とてもおすすめです。
過去を振り返って、知らず知らずに見過ごしてきた発達障害、発達遅延、知的障害の人達もいるのだろうと思いながら読みました。将来自分に子供ができたら、そしてもしその子が何らかの障害があったら、どうやって育てていくべきなのか、考えさせられる書籍でした。
目に見えづらく、目を逸らしがちな、しかし向き合うべき少年達と彼らに関わる人々の苦悩をご自身の経験からわかりやすく説明してくれている筆者の方に感謝いたします。
Posted by ブクログ
犯罪者を納税者に 学習の前段階である、認知機能の未発達により、学習が進まず、社会から阻害され、飛行に走る。
また境界知能の場合、適切な支援も受けられず、自らも支援を受けたがらないケースも多い。
これらの人々は適切な支援さえ行えば社会に馴染み安心した暮らしを送れる可能性がある。
であれば、犯罪者として隔離するのではなく、早期の適切な支援によって、平和な納税者として過ごしてもらうことができるはず。
著者らによるコグトレの宣伝の面もあるが、平和で安定した社会に必要な一歩に思える。
Posted by ブクログ
【概要】
児童精神科医である著者は、多くの非行少年たちと出会う中で、「反省以前の子ども」が沢山いるという事実に気づく。少年院には、認知力が弱く、「ケーキを等分に切る」ことすら出来ない非行少年が大勢いたが、問題の根深さは普通の学校でも同じなのだ。人口の十数%いるとされる「境界知能」の人々に焦点を当て、困っている彼らを学校・社会生活で困らないように導く超実践的なメソッドを公開する。
【感想】
頭ではなんとなくわかっていた事を言語化してもらった感じ
犯罪は悪いが、何故起きたのか根本的な部分の話
見た目ではわからない病気でもない
ただ漠然と人とは違う、それさえもわからない
システム化された教育の問題点
効率的ではない個に焦点を当てる必要性
現状では少年院に入らないと気づかれない
たぶん人類誕生から現代まで見過ごさられ、誤解されてきた人たちがいる
やっとその事に気づいたのではないか
考えさせられるが、どうしていいかわからない
ひとまず身近な人からしっかり向き合っていく事しか出来ない
Posted by ブクログ
今更ながら読みました。
知的障害に分類されないが、軽度の知的障害(いわゆる境界知能?)の人は、他の人と変わらず日常を過ごせるものの様々な問題が起こっているということを知った。
そもそも対人関係の中で、人とは違う見え方/聞こえ方をしているので、本人は悪いことだと理解できていないということだった。
非認知能力を高める重要性と、特に大事なのは自己の評価能力と自己への気づき。
また、このような人たちは認められたり自分から何かを教えるということに渇望していることがわかった。
Posted by ブクログ
「障害」はその時代の世の中によって作られる、みたいな話を思い出した。
本書の中で挙げられている「非行少年に共通する特徴5点セット+1」がまさにそんな感じだった。
①認知機能の弱さ(見る,聞く,想像する力が弱い)
②感情統制の弱さ(すぐにキレる)
③融通の効かなさ(予想外のことに弱い)
④不適切な自己評価(自信があり過ぎる,なさ過ぎる)
⑤対人スキルの乏しさ(コミュニケーションが苦手)
+1 身体的不器用さ(力加減ができない)
がその内容とのことだが、こういう人を「障害者」にしないといけない所まで現代社会は来ていることの方を個人的には強く意識させられた(もちろん程度の問題ではあるし、著者がどのレベルでの話をしているのかは分からないが)。
極端な例ではあるものの、『七人の侍』の三船敏郎なんか、まさにこの5点セット+1を体現したような存在でありながら国民的なヒーローだったんじゃないか。そこまで行かなくても、昔はこういう人って「トロい奴」「偏屈者」で片付けられて、ほどほどに嫌われながら普通に生活してたんじゃないか。
この本の感想というには大きい話をしすぎかも知れないが、昨今のこういうのに何でもかんでも名前を付けていく風潮は僕は好きになれない。名前を付けることそれ自体によって生まれる影響を十分に考慮していないように思う。
一方で、こういう「反省以前」の人に紋切り型な矯正教育を施しても意味がない、という著者の主張には賛成。
ただそうは言っても、境界知能も含めた全人口の16%もの人々に認知トレーニングを施すのは本当に国家の仕事なんだろうかとも思う。
この辺は専門的知見と価値判断が不可分に入り混じる話にもなるし、答えを出すのは本当に難しい。少年院というすごく限られた場所の話でありながら、社会全体の在り方に疑問を投げかける本ではあった。
Posted by ブクログ
こんなにも普段近くに存在して、
密接に関わっているはずなのに
自分がいかに目を向けられていなかったのか。
うっすらと感覚としてしか考えたことのなかった部分の解像度が上がった気がする。
そしてこういう所で日々闘っている人達がいるという事を知れて良かったし、
それだけではなく、将来自分の子供、もしくは誰かしらに教育をするという立場になった時に
実践的で意味があり、
この本を読んでいたからこそなにか気づけたということがあるかも知れないと思った。
また、こういったかなり
センシティブで、デリケートな分野の内容を不謹慎さもなく、嫌な感じもせずに読めるのは、
先生が本気で取り組んでいるからこその情熱みたいな、
人に伝えたいって気持ちからなのかなとも思った。
非行少年に対しても誰に対しても愛を感じられるからなのか。
何も分からない一般人にも
シンプルでわかりやすい構成で非常に
学びにも気づきにもなったし、
こういった人達を見る目も変わったと思うから良かった。
Posted by ブクログ
人は自分の思ったり、見たりした景色でしか語れない。非行をする少年や大人には、知的障害により、反省することや、相手の気持ちに理解することが出来ないのである。だが、それができる人からすると、なぜ馬鹿なことを、なぜ反省しないと思うしかない。
Posted by ブクログ
タイトルに惹かれまして手に取った一冊。
学生時代のクラスメイトを思い出してそういうことかと納得できた。
何回説明しても理解できない子は理解力が悪いというより他の人が当たり前のようにできている部分、複雑な問題を処理するベースとなる部分ができていないからだ。そこで諦めずに学校の方でこういう生徒向けの塾やワークショップがあったら良いなと思っている。一人でも多く早期から支援をもらえるように。
Posted by ブクログ
教育関係の仕事に身を置く立場として、桁違いに理解が追いつかない学生に対する「もしかして他の人とは見えているものが違うのか」という疑問を確認できる書籍だった。今後の学生指導方法の参考になった。
出来ないのではなく違うのだということが理解され、社会と彼らの間を仲介できる層が適切に設定される将来を切に願う。
Posted by ブクログ
1. 「当たり前」の崩壊と衝撃
認知の歪みの可視化: 少年たちが描いた歪んだ図形は、彼らが見ている世界の写し鏡である。
反省の前提条件: 「反省」とは高度な認知能力(客観視・因果関係の理解・他者への共感)が必要であり、その土台がない状態では「反省しろ」という言葉すら届かない。
見えない境界: 知的障害とは診断されない「境界知能」の方々が、社会の「当たり前」から取り残されている実態。
2. コミュニケーションへの応用(子育て・対人関係)
「できない」を「やらない」と混同しない: 相手の不手際を「やる気」や「性格」のせいにせず、「認知のキャパシティ(脳の処理能力)」の問題ではないかと一度立ち止まる。
相手の世界を想像する技術: 相手が自分と同じように世界を見ているとは限らない、という前提で接する。
「共通の地図」の確認: 「分かった?」と聞くのではなく、相手がどう受け取ったかを言語化してもらうことで、認識のズレを埋める。
3. 精神論から「環境とスキルの調整」へ
責めることや根性論で解決を図るのではなく、相手が理解しやすいように情報を分解したり、トレーニング(コグトレ等)で土台を整えたりするアプローチの重要性。
結びに:これからの向き合い方
「相手の見えている世界を理解しようとする」姿勢は、相手への深いリスペクトであり、同時に自分自身のストレス(「なぜ伝わらないのか」という怒り)を軽減する術でもあります。
この本を読み終えた今、身近な人との対話の中で「この人には今、どんな図形が見えているんだろう?」と一瞬想像してみるだけで、コミュニケーションの質は劇的に変わっていくはずです。
Posted by ブクログ
自分に自信がないと自我が脆くて傷つきやすい
自己を適切に知るには、人との生活の中で、サインを出し合い、反応を見ながら自己にフィードバックすることをたくさんこなすことが必要。
新たな視点を持って
普通の大人になってから非行少年達に接する機会はほとんどありませんが、自分の子供時代を考えて、クラスでも何人か問題行動のある子達がいたな..と考えました。その子達の中には、非行に走った子もいましたが、彼らが知的に障害があった可能性もあることを考えさせられました。彼らの行なった非行に対して、「なぜそんなことを?」と思っていましたが、本書を読んで、ミョーに納得するところがありました。