奥野克巳のレビュー一覧
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白人中心の進歩史観にレヴィストロースらが文化人類学で比較文化論を唱える。白人中心から、文化の相対性を主張し、底から白人中心の発達史観の見直しを迫った。
そして今や、人間中心の考えから人間以外の生物環境へと視野を広げた環境学になっていく。「これからの」というだけある内容であった。
インセントタブー:近親相姦の禁止 他部族との女の交換ー閉ざされる集団は自滅
魚類など 卵たくさん→子孫確率を高めるため
哺乳類 一度の行為で最大化 睾丸が大きくなり、乱交で妊娠確率を高める
二足歩行→視覚→前面(胸 口唇が赤くなる=発情期)
ヒトは通年可能となる 保護者確保のため 一妻多夫制 -
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1961年11月20日、オランダ領ニューギニア沖(当時)でそれは
起きた。オランダ人の人類学者とアメリカ人の青年が乗ったボートの
エンジンに不具合が発生した。
同乗していた現地案内人は助けを求める為に陸地を目指して
泳いで行ってしまった。残されたふたりはボート内で待機して
いたが、アメリカ人青年は案内人の帰還を待ち切れずに空き缶を
浮き輪代わりにして海へ飛び込んだ。
彼の姿が確認されたのはこれが最後であり、後々、衝撃的なニュース
となって世界を駆け巡った。
何故なら、行方不明になったアメリカ人青年は世界の大富豪である
ロックフェラー一族の一員であったからだ。
マイケル・ロックフェラー。父親はニューヨーク知事であり、後に
はアメリカ副大統領となった。その後継者であるマイケルは、所謂
「プリミティブ・アート」に魅せられ、その収集の為に現地を訪れて
いた先での事故だった。
ロックフェラー家の公式発表では海難事故とされているが、この
行方不明事件には長らく不穏な噂が絶えなかった。
マイケルが収集していたのは、ニューギニアの未開の地に暮らす
アスマット族の人々の生活用品だったからだ。
アスマット族は「首狩り族」と言われ、人喰いをすると言われる
人々である。
著者は当時の資料に当たり、現地の言葉を習得し、現地を訪問し、
限られた期間ではあるがアスマット族と生活を共にして、何故、
マイケルは「喰われたのか」を理解しようとする。
アスマット族を理解しようとする著者には好感を持つ。それと同じ
感情を、失踪当時のマイケルは持ち合わせていたのか?が気になる
のだよね。
アスマット族が神聖な儀式に使用していた柱さえ、僅かな対価で
手に入れているのだから。そこに、恵まれた出自から来る「驕り」
があったのではないだろうか。
勿論、それだけがマイケルがアスマット族に殺害された理由には
ならないだろう。マイケルが現地に赴いたタイミングも悪かった。
他部族との戦いがあり、オランダ人宣教師との衝突もあったのだ
から。
カニバリズムはタブーである。よく、「人喰い」をテーマにした
書籍などに書かれていることだが、それさえも文明に頼って生きる
世界の人々の風習・文化の軽視なのではないかと思う。
とか書くと「人の命をなんだと思っているんだ」と怒る人もいるの
だろうな。
「未開の部族」と呼ぶことさえ、文明世界の驕りだと思ってしまう
のだよね。
本書はそんなことまで考えさせてくれる良書である。 -
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文化人類学の基本的な様態から、筆者の体験談まで本書に入っていて、読みやすく、学問のイメージをするには丁度良いくらいの内容だった。
人間に優等も劣等もなく、ただ生きてきた形跡と築かれた様式があるだけ。
それをフラットに観察するには、奢りを捨ててその人たちとともに暮らし、まさにその人たちに馴染むことが肝要だ。
帰ってきたあとに、元の自分と比較し、人間のあり方を考察していく。
自分以外の誰かの「誰か」は、思った以上に狭いもので、世界は自分の想定を超える文化圏で生きている人たちがいて、それを生理的に受け入れられないことも多々あるが、それはそれとして認める以外にないし、そのような態度が倫理としてあるべきなのかなと、思った。 -
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ネタバレタイトルにひかれて読んだ本。狩猟民族プナンの人々の生活や価値観、生き方から生を考える本。プナンの人たちの当たり前は、日本で暮らす私たちにとってどれも非日常で、世界共通の当たり前なんて本当に1つもないんだなと思う。
プナンの人たちは目の前の「今」と、みんなで生きることを大切にしているんだなと読んでいて感じた。それは人間的というより、生物学的なヒトの生き方の色合いが強い気がしてすごく興味深かった。生物学的に自然なのはプナンの生き方なのかも。と思うと、今の私たちの日々の生活は本当はすごく無理があって、みんなで一生懸命無理して成り立たせているものなんじゃないか。だからそこについていけない人がいたり、色んな場面で歪みや辛さが出てくるのかも。
どっちが正しいということはないけど、今の私たちの生活は人間が意図的に作り上げてきた文化や価値観の積み重ねの上に出来ていて、自然界から見たらそれが不自然である可能性は大いにあるよね、と思ったのでした。
ごめんなさいもありがとうも「言わない」んじゃなく、「いらない」のがプナンの人たちの文化。面白かった。 -
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【暴虐なる神秘】ニューギニアの熱帯で美術品の収集に務めていたロックフェラー家の御曹司・マイケル。原始的な美に惹かれた彼を最終的に待ち受けていたものは、突然の死と、現地人に「喰われてしまう」という衝撃的な最期であった。1961年に起きた実際の事件を取材するとともに、その裏に横たわる文化人類学的な深淵を覗き込んだ作品です。。著者は、「ナショナル・ジオグラフィック・トラベラー」の編集者でもあるカール・ホフマン。訳者は、小説作品の翻訳も手がける古屋美登里。原題は、『Savage Harvest: A Tale of Cannibals, Colonialism and Michael Rockefeller's Tragic Quest for Primitive Art』。
タイトルから「トンデモ本」を想像する方も多いかと思うのですが、実際は卓越したノンフィクション作品であると同時に、フィールドワークに基づく一級の文化人類学的な作品でもあるという類稀なる一冊。「え、この話はそっちに行くの?」という展開の連続に驚かされると同時に、その先に行き着いた光景に文字通り息を呑む読書体験を味わうことができるかと思います。
〜ウィム・ファン・デ・ワールとマイケル・ロックフェラーのような人々は、アスマット文化を探し、集め、写真に撮り、アスマットと共に旅をし、村の深部まで行くことができた。互いの世界と、実際には見えない世界の次元の違いを知らないままで。〜
ラストは全身から思わず力が抜けるほどの衝撃でした☆5つ -
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文化人類学専攻の友達にお勧めしてもらった先生の本。
「熱帯のジャングルでは目の前が緑で覆われるので、目の前のことに集中しやすくなると考えたからです。
人が未来をどのくらい見られるかは、過去をどのくらい遡って見ているかに関係しているのではないかと思っています。」
など、価値観の背景に自然環境を見出すところがとても面白かった。
30センチ前の画面に釘付けな日々を過ごす私たちは少しずつ、目の前のことしか見えなくなっていくのかもしれない。
だけどそれが良くないとも言い切れなくて、もしかすると、プナンの人々のような生き方に近づく方法なのかもしれない。 -
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対談相手の奥野さんが言うように、「宮台思想の核心と射程」を掴みきれていいないのではないかと自問した。元宮台ファンとして。広大な学問領域を参照しながら、かなり圧縮した宮台語で、ざっくりと解説していく。圧巻だ。
本書の内容をざっくりまとめるのは到底無理だけれども、あえて強引にポイントをおさえておくなら
「近代という特殊に抗い、人類史的な普遍を回復する実践」(p455)ということだろう。
宮台語の「新住民化」が指し示すように、近代化が進んでシステム世界(市場と行政)に覆われてしまうと、人間は言葉の自動機械・法の奴隷・損得マシン化してしまう。そこに落ちる前に、「内から沸く力」にこだわるべし。
そして「火遊びバーン」に陥らず、「気分スッキリしない社会の、存続可能な作り変え」に向かえ、と(p457)。その通りだ。
そしてこの主張は、「終わりなき日常~」から続く宮台思想の通奏低音。革命なき時代を生きるわれわれの、最低限のリテラシーだったはずだ。最近では、國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』と共鳴する。
ただ、道筋は正しくとも、いざそのルートを進むのはとても難しい。いとも簡単にかき消される道なんだろう。
とはいえ、毎日新聞書評で橋爪大三郎さんが「社会学のオータニになりなさい」と絶賛したのも納得の内容だな。 -
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毎度のことだが、宮台さんの本は難解。
いったい彼の頭の中はどうなっているのか。
社会学、人類学の歴史、経緯がずらずら出てくる。
読んでいても頭には届かない。
時々届く。
特に目を引いたのが、つい先日読んだばかりの「新しい階級社会」への言及。
宮台さんはこれを、
仕事にかかわる尊厳を保てる資本家&旧中間階級(自営業者)
仕事にかかわる尊厳を保てない新中間階級&労働者階級(正規・アンダークラス)
に二分される、と喝破した。
橋本によると、、、と宮台さんは言ってるけど、
そんなこと書いてあったかなあ。
そして私はこれに激しく同意。
父は旧中間階級、しかしこれは今の世の中ではほぼ死滅、
私はかろうじて新中間階級に生きているが、サラリーマンになった当初から今に至るまで、
居心地の悪さを感じてきた。
娘たちの独立、定年でやっと抜け出せる、旧中間階級・自営業者を目指そうとしている。
などなど、分かるところは読んでて楽しい。
それ以外でも男女のことなど、多少はわかるところもあったような。
あとは修行。
とりあえず目を通す。
五日分かる日が来るだろうか。494ページの分厚い新書。
Ⅰ 「等根源」であった社会学と人類学
第1講 社会学と人類学のオリジネータたちの時代
第2講 交差する社会学と人類学
第3講 アメリカ社会学が忘却した「前提」への問い
第4講 原的贈与を忘失した近代ヨーロッパ
Ⅱ 生態学的思考へ回帰する人類学的存在論
第5講 宮台思想の前提にある人類学的視座
第6講 前提を探る思考から宮台式存在論へ
第7講 認識論を超えて前提を問う存在論的思考
Ⅲ 人類史の根本まで遡ると見えてくる〈世界〉
第8講 社会の誕生から劣化まで
第9講 法生活の開始と没人格化の進行
第10講 古代ギリシア思想でとらえる社会と自然
第11講 これからの平等と自由を考える -
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・ヨーロッパが世界大戦の反省、再発防止を模索する一環として、自らの理の外側に解を求めた事が、人類学の発端(西洋→西洋以外)
・「参与観察」現地で参加して観察する手法
・「教える」「教わる」という概念が存在しない
・「シェアリングエコノミー」エモノを独り占めしない、という生存戦略(平等に貧しい)。持ちつ持たれつで全員が生き残る確率を高める。日本のかつての田舎の文化にも似る。資本主義とは対極にいる。でも全体主義・社会主義と違うのは、絶対的な権力者がいない事。コミュニティがシンプルなので利権を保ち続ける事が難しいのでは。また、上下関係を生むので、「ありがとう」や「お願いします」の語彙は存在しない。当然のように相伴に預かる。
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