奥野克巳のレビュー一覧
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文化人類学者・奥野勝己氏による、ボルネオ島の狩猟民「プナン」の文化、観念を描いた体験記。物語は三人称視点から展開され、主人公はカフカの『城』からとった「K」と呼ばれる日本人青年(= 筆者)。
本書の主な項目は第1章「多自然」第2章「時間性」第3章「無所有」の3点で、現地での体験談をもとに、彼らの暮らしぶりや神話、世界観を詳らかに表す。
文体が三人称であるせいか、ルポというよりは小説っぽさを感じるものの、エピソードごとに細かく節になっているし、その中身は発見+エピソードトークのような社会学や人類学関連の書籍に一般的な形式であるため、伝わりづらさを感じることはなかった。
死者への視線や時間の概念と解釈といった、日本人とプナンで大きく異なる観念は非常に興味深い。読み手からすると時に奇異であったり、時に(日本人の)倫理的に怒りを覚えるようなものもある。そのようなエピソードを、実際に体験した「K」の感情や思考とともに読むことができ、これは大いに理解の助けとなっている。
その一方で、異文化を第三者の意見を踏まえず( 本書では、筆者の主観)、ありのまま受け止めて反芻するような読み方がしたい方には向かないだろう。
レビュー筆者は、プナンのことを本書で初めて知った。今後、彼らについて社会学や生物学等の観点からも学んでみたい。興味の導入として非常に優れた一冊だった。
※ピダハンやアモンダワなど、「時間の概念を持たない」とされる人々についても、本書と同様の形式で読めたらどんなに楽しいだろう。 -
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旅の楽しみは日常からの離脱。
自分が日頃属している社会の常識からの離脱。
そして価値観の逆転と新しい視点を得る。
それを究極まで見つめたエッセイ。
昔わたしを捉えたツィアビの演説のようなもの。
同じ社会に長期にわたって参与観察し続けた人類学者が、その面白さを各章でわかりやすく物語ってくれる楽しい本。
以下、章ごとの感想。
3 反省しないで生きる
プナンの社会では、誰かが悪いことをしたり失敗したりした場合、やらかした当人が反省することはなく、まわりの人たちの側が、そうならないようにするにはどうしたらいいか対策を考えるのだそうである。
何か問題が起きた場合、当人の反省に帰するより、当人の責を問わずにみんなで問題そのものに対して対策をした方が、当人のメンタルヘルスにもいいし、実効的な解決法にもなるよね。確かに。
4 熱帯の贈与論
もらったものは手元にとどめないで誰かに贈る。そのことが価値を生む。ポトラッチと並んで有名な理論。たぶん布施なんかとも通ずると思う。リンポチェさんなんかにプレゼントして、めっちゃ喜んでくれたと思ったのに、次に会うとその品物は違う坊さんが持ってたりするのはよくあることで、アレって何となく寂しいなと感じてしまいがちなんだけど、そうじゃないんだよね。ステキなものをもらったら誰かにあげるのが物惜しみしない良い心なんだよね。うむむ、本も手元にため込まないでみんな上げてしまうのがいいのかもにゃ。
5 森のロレックス
なんと!プナンの人たちは時間や年月日の意識をほとんど持たないという。誰が誰よりも先に生まれたとか、誰それがなくなったのは自分が今の誰それのような年頃であった頃だ、とかは意識するのみであるらしい。将来どうしたいとか、そういうことを計画することもないし、誰かが亡くなると、そこに埋めて所縁のあるものを捨てその場所を立ち去るのだという。歴史もない。うわわわ究極のその日暮らし。その日暮らしができるというのは豊かだということ、何かに備える必要がないということ。
7 慾を捨てよ、とプナンは言った
プナンの人々が持たないのは、時間の概念だけでなく、所有という概念も、なのだと著者は言う。物なお金のみならず、知識や能力さえ個人で所有するという概念がないのだと! しかし、小さい子どもに「自分だけのものにしたい」という所有慾はあり、それは周りの大人によって否定される。もらったものはみんなで分けるように躾けられるらしい。で、近年になるまで貸し借りの概念もなかった、と。まるで原始共産制ではないですか。
全てのものを共有するプナンの社会では、格差もない代わりに個人の持つ向上心や努力も見られないのだ、と。ふぅん。ほんまかいな…。
8 死者を悼むいくつかのやり方
近しい者を亡くしたときの情動にどう対処するのか。日本では、死者に死者としての名前(戒名)を与えて死者とし儀礼の対象とするのだが、プナンは違う。死者はそこに埋葬し死者の持ち物は焼き捨て、残された者はその場所を放棄して立ち去り、残された家族はその名を変え死者の名を口にすることを禁じられる。死者の痕跡を消そうとする…それがプナンのやり方…。
他にも学校のこととか(当たり前のことながらプナンの人たちは学校に価値を見出していない)、選挙のこととか(選挙では、ケチじゃないというプナンの徳を体現している人、つまりお金をばらまく人に投票する笑)、人の社会の価値観はさまざまであることを思い知らされる。
自分の価値観を揺さぶって楽しむにはうってつけの本だよ!
本書の元になった連載の題は『熱帯のニーチェ』。この名もなかなか素敵である。 -
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絡み合う生命 奥野克巳 AKISHOBO
人間を超えた人類学だという
つまりアニミズムが示す魂を見つめた話?
人類学者だけでは無いが有名になる多くの学者がことの内容を端的に伝えることよりも背伸びした言葉遊びを誇らしげに楽しんでいるように見える
成長期を過ぎての迷いが外目線へと向かわせて淀んでいるようにも思える
この本は自分の研究を語る上で
取り上げる人類学の解説本でもある
アニミズムを人間とそれ以外にわけ
あらゆるこの世の存在が
身体と内なる魂からなるモノとして捉え
さまざまに分析している
ヒューマニズムの人間主義を超えた
自然の一部としての人間を見つめる
マルチスピーシーズ人類学と言うジャンル
そもそも時代の流れに取り残され
昔の感覚を持ち続けている人達を
研究対象とした結果を現代に持ち帰り
旅人はその交流の中で
何を得ようとしているのか?
そこに嘘はないのか?
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立教大学異文化コミュニケーション学部教授で、人類学者の奥田克巳と、漫画家のMOSAによる、文化人類学をテーマとした漫画と解説。インドネシア・マレーシア・ブルネイにまたがるボルネオ島に住む、プナンという民族の生活を漫画で描いていて、そこにある自然や動物の様子やその人たちの姿などを親しみを持って読むことができる。いろんな描写を通して、プナンの生活において、動物やモノの中にも自分たちと同じ人間性を共通して見いだす考え方や、人に物をあげることを良しとするがゆえに平等な社会ができあがっていることなど、今日本などの社会の一般的通念が絶対ではないのだと思わされる示唆をしている。
プナンの生活それ自体も面白かったのだが、その生活や考え方の違いがどうして起きたのだろうか、という考察を奥田さんがしているところも面白いと思った。分け与える者が偉い社会なので、あげても「ありがとう」がないし、貸しても壊して返ってくるが、それが故に、貧富の差が小さく、本当に人望のある有能な人がリーダーとなり、また有能で無くなればリーダーではなくなる。こういう社会の考え方がどうして起こったのか、について、例えば農耕社会と狩猟採集社会が分かれたことに起因するかもしれないなど分析している。 -
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ネタバレマレーシアのボルネオ島、プナン。そこは贈与論(Mモース)にでてくるような循環型社会の一端を虫眼鏡で拡大したような、個人での所有という概念の無い社会。この社会では、幼いころから親などから「ケチはいけないことだ」と教えられ、モノ・非モノ問わず全てを共有している。人々は常に今ここを生き、将来の心配も、過去の反省も無い。問題がおきても、個人にその責任を追及することはなく、それにより、ストレスや孤独、自殺も無いそうだ。
著者はニーチェの言葉をそこかしこに引用し、プナンの生き方と重ね合わせ、我々の常識に揺さぶりをかけてくる。プナンの人々は生きることの意味を考えたりはしない。一生かけて何かを達成したり、社会へ貢献したり、などを考える我々の直線的な生き方とは対極的なのである。それは、ニーチェの「永遠回帰」を生きるための技法であるかもしれないと、著者は言う。
プナンのビッグマンは超人だろうか?
この本のカバーイラストに、我々の考え方とプナンの考え方の違いが図的に描いてあるのだが、それが面白い。これを見ていると、何か新しいものを思いつきそうな気がしてくる。
自分の「当たり前」の外にあるものに触れることから生きるヒントが見つけられるのではないかとこの本は述べている。 -
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マンガで描かれた文化人類学の読みやすい本というので購入。結果、読んでよかったと思う。
読みながら思うのは、マンガや写真のような視覚によるサポートがなければ、想像でその言葉の表すものを実際にその通りに思い浮かべるのはかなり困難だろうということ。
本書に書かれるボルネオの民プナンは、あまりにも文化が違いすぎて想像の域を超えている。そこがおもしろいのだが、文字だけでの表現では興味深く読み進められるかといわれると、うーん、難しい気がすると言わざるを得ない。
本書を読んで今までより一層文化人類学に興味が湧いた。やはり人間にとって一番面白いのは、人間そのものなのだと思う。 -
Posted by ブクログ
なんかプナンは、「野生人間」ってかんじだな。
ほしいからもらう、ほしがってるからあげる、いらないからいらない。
強引なところも少しはあれど、基本本能のままに生きている。
対してわたしたちのような「囚われの人間」は、社会にも、法律にも、倫理にも、他人にも、お金にも…とにかく何もかもに縛られている。
どちらがいいとは言えないけど、プナンのいいところは積極的に取り入れて生きていけたらどんなにいいことか。だってプナンには、少なくとも著者が見てきた限りでは、こころの病気を患っている人がいないんだよ。それだけで取り入れる価値はだいぶあるんじゃないか。
とりあえず、取り入れられそうなものだけ抜粋
・誰がなんと思うのかなんて考えない
・著者が考えたみたいに、外からは反省してるように見えるけど実はまったくしてないみたいな姿勢(反省は見せかけだけでもしておいたほうがスムーズだとは思うから)
・要らないモノはただ要らないから要らない
常識や当たり前をとっぱらって、自由に考えて、強く、楽しく生きていきたい!
犬とかヤマアラシとかに関する直視できない部分もあって、ただ、いまも世界では当たり前のようにこれよりもっとひどいことがあらゆる動物(人間も含む)に対して起こっているんだなと、ふと考えてしまった。
わたしも命をいただいて生きているから何も言えないけど、でもせめて、なるべく出処がはっきりしたもの、または大切に育てられたものだけ買わせてもらおう・食べさせてもらおうと思う。
欲張らずに、必要なものを必要なだけもつようにしたら、人間はもう少し平和に生きていけるんじゃないだろうか。
とにかく、もういい加減、あらゆる暴力が世界から消え失せてほしい。
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