奥野克巳のレビュー一覧
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はじめての人類学 奥野克巳
人類学者の紹介と、彼らが人類学者としてどんな実績を積んできたかが章ごとに説明されている。
ぶっちゃけ難しくてよく分からんかった。笑
最終章に全てまとめられているので、初めに最終章を読んでから、序盤に戻り、掘り下げて読んでいった方が分かりやすいかも…。
人類学とは、自民族以外の民族を研究する学問である。
フランスでは「民族学」と呼ばれている。
日本の「民俗学」とは違う。
序章を読んで気づいたのが、この本を手に取った私の根本的な勘違い。
もっと、精神論的な「人類とは」みたいな研究かと思っていたよ笑
そういったものは、やはり哲学や精神分析論とかになるのですかね。 -
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著者の奥野さんは伊藤さんとの共著「人類学者と言語学者が森に入って考えたこと」を読んで知ったので、別の著作も読んでみようと思い呼んだ。
この本はあとがきにあるようにいろんなところで発表した文章をひとまとめにした本のようで、いろいろと重複が多い。また誰がどういっているというような記述が頻出してきて著者も十分消化しきれていないようで、あるいは探求の過程がそのまま書かれているようで、面白くもあったが、よみにくくもあった。
マルチスピーシズ人類学やアニミズムなどがとりあげられ、人類学が人間中心では到達できない地平に人類から離れた俯瞰する視座を設定する。そうすると人そのものも決して確固たる基盤があるわ -
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各章の最初にニーチェの言葉が引用されています。
それがとても良い。ニーチェの言葉は説得力あるし、元気出る!
パースペクティヴィズムという概念があることを初めて知りました。
自分が生き物をじっと観察する時にやりがちなこと。
今、私に見られている対象物(生き物)がその瞬間何を考えてどう感じているのか、見ている私との関係は今どんな風か。
これ、パースペクティヴィズムの端くれちゃうの?!ちょっと出来てた気がして嬉しくなった笑
自然の中で、ただ自然の声を聞き狩猟して食べ物を得て暮らすプナン。
個人の所有欲という人間の本能かもしれない部分を幼い時期に徹底的に潰し、共同体の一員として平等に分配して皆で利 -
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社会学と社会人類学はかなりオーバーラップするところがあって、その違いってなんなんだろうと思い、手に取った。
どちらも常識の関節外しではあるんだけど、人類学分野はあまりにも遠回りというか、社会の前提というより、文字通り人類のそもそもを問う学問という感じがして気が遠くなる。
どこにでも順応出来て冒険が楽しい人にとってはたまらないんだろうけど。
逆カルチャーショックを得るまでの過程があまりにも長いと私は思ってしまった。
P.130
インドネシアの民族・プナンは日ごろ、居住地やキャンプから少しだけ離れた森の中の「糞場」で、人目につかないようにして用を足します。州政府が、衛生政策として作ったトイレには -
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虚構で現実に疑問符を投げる手段は神話,宗教,御伽噺,伝説,SFといくらでもあるが,ある現実を相対化する別の現実を体験させてくれるのは文化人類学しかないのではないだろうか.
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近代・現代
個人主義・グローバル
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共同主義・ローカル
アナキズム入門
アナキズム:”権力による強制なしに,人間が助け合って生きてゆくことを理想とする思想”
海外旅行・異文化との接触を通じ,今あるものがなぜそうあるのかと言う懐疑主義に
→ある社会や人類そのものを相対化し,根底にある前提に揺さぶりをかける学問.文化人類学の道へ
全ての生物ー>栄養を摂取し生命を維持
原始生物→人間 -
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人類学を始め、人文科学、自然科学に一定の素養がないと、著者が、これまでの人類学の、どのような点に問題があると考えているのか、どうすべきと考えているのかについて、なかなか理解が難しいだろうと思う。
著者は言うー私の定義では、人類学とは、世界に入っていき、人々とともにする哲学である。
実に魅力的な言辞であり、著者は、それがどのようなものであるか、なぜそうした捉え方が必要とされるのかを、幅広く、深く考察していく。
訳文のおかげもあるのだろうが、著者の論旨自体は明晰であるし、論点も明確に示して叙述されているのであるが、いかんせん、当方の読みがついて行けないのが残念。是非再チャレンジしてみ -
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パプアニューギニア、未開の地、首狩り族。そこで富豪の息子が消息を絶つというノンフィクション。
食われたのか?がテーマではない。
なぜ?食われたのか。そこを理解することが重要。
それにしても、読みづらい本だった。
ノンフィクションゆえに、実際の土地や人の名前が似通っていて、対立する村の名前は似ているしで大混乱。途中から、理解するのをあきらめて、とりあえず最後まで読むことが目標になった。
途中で、時系列に整理してまとめてくれている章があったので助かった。
普通はさ、の普通が相当違う人たちがいる。でもそういう部分があるというだけで全部ではない。
相手を尊重し理解しようとすれば防げたかもしれ -
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1961年、ニューギニアで「プリミティブアート」を蒐集していたマイケル・ロックフェラーの船が座礁し、同船していた者と別れて陸に泳ぐ姿を最後に、彼は行方不明になる。サメに喰われたのか、溺死したのか、首狩り・人喰いの風習があるアスマットに殺されたのか。世界の富豪ロックフェラー家の一員の安否に注目が集まったが、事件は解決を見ずに終わった。事件から50年後、著者は民族学のフィールドワークのように現地に入り込み、彼なりに事件のフーダニット、ホワイダニットに至る。収集した証言をどこまで信用するのかはよく民族学でも問題になる。調査者の役に立ちたいという善意の嘘も含めて、相手が本当のことを言っているとは限らな
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Posted by ブクログ
1961年、世界有数の富豪、ロックフェラー一族のマイケルはニューギニアを探検中に行方不明になった。ロックフェラー家は莫大な財力、政治力をつぎ込んで大規模な捜索を行ったが、マイケルを発見することはできず、彼の消息は未だ謎のままだ。
実はマイケルがどうなったかについては、当時から結論が出ていたが、ロックフェラーのメンツや国際関係などが考慮されて、公式には認められていない。本書の最初の数ページで明らかにされる真相は、マイケルが地元のアスマット族に襲われ、食べられたというものだ。
というわけで、本書はマイケルの死因を探るドキュメンタリーではなく、なぜマイケルは食べられたのか、なぜアスマット族は人を