ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと

ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと

ビジネス・実用
1,980円 (税込)

9pt

ボルネオ島の狩猟採集民「プナン」とのフィールドワークから見えてきたこと。豊かさ、自由、幸せとは何かを根っこから問い直す、刺激に満ちた人類学エッセイ!

「奥野さんは長期間、継続的にプナン人と交流してきた。そこで知り得たプナン人の人生哲学や世界観は奥野さんに多くの刺激と気づきをもたらした。この書を読み、生産、消費、効率至上主義の世界で疲弊した私は驚嘆し、覚醒し、生きることを根本から考えなおす契機を貰った。」
――関野吉晴氏(グレートジャーニー)

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ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと のユーザーレビュー

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感情タグBEST3

    Posted by ブクログ

    文化人類学の先生からの推薦、至極の一冊だった。私の日常やそれを支える社会を、全く異なる概念でとらえる文化人類学を学ぶことは、脳髄を揺さぶられるような感覚だった。
    これまで持っていた文化の概念を壊されながら、自分の見方、当たり前と思うことが「異なる」だけでなく「そもそもない」社会を知り、強い刺激を受けた。
    今後も自分にあって他者にないもの、必要としないもを知ることで、我々のものの見方の根底を知り、不穏な気持ちを抱く原因の追求を楽しみたい。

    1
    2024年10月14日

    Posted by ブクログ

    文化人類学をイメージするのに最良の入門書かもしれない。著者の具体的な経験や観察と文化人類学の学問的知見が、内容的にも文章的にも無理なく接続・展開されていて、とても面白く読める。プナンの人々の暮らしを経験することで、今の自分たちの暮らしの常識や価値観が相対化される様を、ニーチェの思想と結びつけて語るのも新鮮で、それはそれでなるほどと思わされる。「所有」「自我」「言語」等について思考実験でなくフィールドワークによってラディカルに探究していくことの面白さといったらない。

    0
    2024年01月19日

    Posted by ブクログ

    立教大学で教鞭を取る文化人類学の著者がプナンという狩猟採集民族について書いた本。

    プナンとは、ボルネオ島(マレーシア、インドネシア、ブルネイの三つの国から成る)に暮らす、人口約一万人の狩猟採集民である。彼らは今日でも、資本主義社会の一端に巻き込まれながらも伝統的な社会を持ち続けている。

    本書で紹介される通り、彼らの生活は我々の生活と何もかもが違う。
    プナンの社会には、「おはよう」もないし、「ありがとう」もない。「ごめんなさい」もなければ、時間という概念もない。ないない尽くしである。

    プナンは常に生活をひとつの共同体で完結させているので、我々が使う交感言語(伝達機能を持たないが、一体感を生み出すような社会的な機能を持つ話し言葉)を使う必要がない。だから、「おはよう」「さよなら」という言葉がない。

    プナンは死と隣り合わせの厳しい自然に生きているので、あらゆる物を分け合い、協力することが当たり前なので、プナン語には何かをもらったときの「ありがとう」にあたる言葉がない。

    プナンは「反省」をしない。
    共同体の中のだれかの過失でみんなが損害を被ったとしても、当人の能力や行動が追求されることはない。失敗は個人の責任ではなく、以後の共同体としてのおおまかな方針に反映されるだけだ。だから当人も反省することはない。「ごめんなさい」にあたる言葉もない。


    上記のように、プナンの社会は我々の社会とはまったく似つかないものである。
    どちらが良いとか優れているとかではなくて、根本の発想からして違っている。そしてそれぞれの社会は相手方の社会の在り方から学ぶことが多くあるだろう。

    プナンが「反省」をしないのは、彼らに発展や向上を目指すという目的がないからだと著者は述べる。
    なぜ反省が必要かというと、ある事柄において「次はもっと上手くやろう、効率よくやろう」という価値観があるからだ。この根底の発想がない以上、反省する必要がないのだ。
    必要がないから、存在しない。これは自明だ。

    このことは特に我々に示唆を与えてくれる。
    資本主義の専制の下、我々の社会は断続的で際限のない発展を続けてきた。しかし、現在我々はその成長の限界を目の当たりにしている。顕在してきたあらゆる環境問題、倫理的問題は成長主義の限界を示している。
    その中で、脱成長主義にシフトしていくためにはプナン社会の考え方がその一助になるのではないか。そう感じた。

    本書は、まったく未知の社会のイデオロギーを紹介し、読んだ人に新たな視点を与えてくれる本だと思う。少し長いが、読んでみて損はない良書。

    1
    2023年12月16日

    Posted by ブクログ

    自分が今生きている便利になりすぎた社会に慣れてしまう前であれば、プナンの、ものは一箇所に留まらず巡っていき獲物はみんなで分け合い子供も面倒見合うような生活はかなり理想的だと思った。余計な辛い思いをせずに生きていけそうで羨ましい。しかし寄生虫とか感染症とか大丈夫なのかは気になる。

    0
    2026年03月05日

    Posted by ブクログ

    拡大成長を志向することへの違和感や細かいレイヤーでの他人との比較で存在を確認する暴力性などに対する一つの回答。肥大化した自我を持て余してる現代人には眩しすぎるプナンのありよう。

    人間たらしめる根源的な生存への希求である相互扶助の在り方に希望をみた。
    「熱帯のニーチェ」という原題の通り、各章にニーチェの引用があり、それは少し難しくて今の私には理解が及ばなかったが、文化人類学と哲学の組み合わせに目の前が開けた感覚があった。

    0
    2024年12月14日

    Posted by ブクログ

    海外で仕事をすると、なんでこんな事がわからないんだ、なぜこうしてしまったんだ、と相手に対して思うことがある。
    自分が育ってきた極小な世界から抜け出して本当に他者のカルチャーを、単純に面白がり、敬意を持って接する大人になりたいものだ、、、と思った。

    そして、それは遠くに行かなくても、親きょうだいでも、直面することなんだな。。。

    大いなる正午。に妙に関心。

    0
    2023年10月12日

    Posted by ブクログ

    現代社会でがんじがらめになっている、そんな人たちが読んだら概念ぶち壊される、そんな本

    国が違えば、価値観は変わる
    時代が違っても、価値観は変わる

    そんなことは知っていたけど、国どころじゃない、民族であっても、価値観は変わる
    そういったことに何故気付けなかったのかと自分の思考回路の狭さに呆れ果てました

    ニーチェも気になる、そんな作品

    0
    2023年10月09日

    Posted by ブクログ

    人間社会の原始の姿か。
    社会は一体化していて、わたしたちが基本で必須だと思っている挨拶さえもないという。貸し借りの概念もなきという。
    人間同士はそんなにも近しかったのかと感嘆する。

    0
    2022年12月28日

    Posted by ブクログ

    筆者がボルネオ島で狩猟を主生業とする民族プナンと一緒に暮らして考えたことの記録。プナンは人から物をもらってもありがとうを言わないし、失敗しても個人のせいにしない。物は個人のものにせずみんなのものとして扱い、親族が亡くなると早くその人のことを忘れるために近親者の人たちは一時的に名前を変える。つまり、私たちとは違うことだらけなのだ。この本を読んで改めて人って自分が培ってきた感覚のフィルターでしかものを見られないんだなあと再確認。でも、だからこそそれがひっくり返ったときに面白いって感じる。

    0
    2022年11月12日

    Posted by ブクログ

    旅の楽しみは日常からの離脱。
    自分が日頃属している社会の常識からの離脱。
    そして価値観の逆転と新しい視点を得る。
    それを究極まで見つめたエッセイ。
    昔わたしを捉えたツィアビの演説のようなもの。
    同じ社会に長期にわたって参与観察し続けた人類学者が、その面白さを各章でわかりやすく物語ってくれる楽しい本。
    以下、章ごとの感想。

    3 反省しないで生きる
    プナンの社会では、誰かが悪いことをしたり失敗したりした場合、やらかした当人が反省することはなく、まわりの人たちの側が、そうならないようにするにはどうしたらいいか対策を考えるのだそうである。
    何か問題が起きた場合、当人の反省に帰するより、当人の責を問わずにみんなで問題そのものに対して対策をした方が、当人のメンタルヘルスにもいいし、実効的な解決法にもなるよね。確かに。

    4 熱帯の贈与論
    もらったものは手元にとどめないで誰かに贈る。そのことが価値を生む。ポトラッチと並んで有名な理論。たぶん布施なんかとも通ずると思う。リンポチェさんなんかにプレゼントして、めっちゃ喜んでくれたと思ったのに、次に会うとその品物は違う坊さんが持ってたりするのはよくあることで、アレって何となく寂しいなと感じてしまいがちなんだけど、そうじゃないんだよね。ステキなものをもらったら誰かにあげるのが物惜しみしない良い心なんだよね。うむむ、本も手元にため込まないでみんな上げてしまうのがいいのかもにゃ。

    5 森のロレックス
    なんと!プナンの人たちは時間や年月日の意識をほとんど持たないという。誰が誰よりも先に生まれたとか、誰それがなくなったのは自分が今の誰それのような年頃であった頃だ、とかは意識するのみであるらしい。将来どうしたいとか、そういうことを計画することもないし、誰かが亡くなると、そこに埋めて所縁のあるものを捨てその場所を立ち去るのだという。歴史もない。うわわわ究極のその日暮らし。その日暮らしができるというのは豊かだということ、何かに備える必要がないということ。

    7 慾を捨てよ、とプナンは言った
    プナンの人々が持たないのは、時間の概念だけでなく、所有という概念も、なのだと著者は言う。物なお金のみならず、知識や能力さえ個人で所有するという概念がないのだと! しかし、小さい子どもに「自分だけのものにしたい」という所有慾はあり、それは周りの大人によって否定される。もらったものはみんなで分けるように躾けられるらしい。で、近年になるまで貸し借りの概念もなかった、と。まるで原始共産制ではないですか。
    全てのものを共有するプナンの社会では、格差もない代わりに個人の持つ向上心や努力も見られないのだ、と。ふぅん。ほんまかいな…。

    8 死者を悼むいくつかのやり方
    近しい者を亡くしたときの情動にどう対処するのか。日本では、死者に死者としての名前(戒名)を与えて死者とし儀礼の対象とするのだが、プナンは違う。死者はそこに埋葬し死者の持ち物は焼き捨て、残された者はその場所を放棄して立ち去り、残された家族はその名を変え死者の名を口にすることを禁じられる。死者の痕跡を消そうとする…それがプナンのやり方…。

    他にも学校のこととか(当たり前のことながらプナンの人たちは学校に価値を見出していない)、選挙のこととか(選挙では、ケチじゃないというプナンの徳を体現している人、つまりお金をばらまく人に投票する笑)、人の社会の価値観はさまざまであることを思い知らされる。
    自分の価値観を揺さぶって楽しむにはうってつけの本だよ!

    本書の元になった連載の題は『熱帯のニーチェ』。この名もなかなか素敵である。

    0
    2022年06月27日

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