川原繁人のレビュー一覧
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音声に関わる学問、今まで想像したことのない分野だった。きっとアナウンス、歌唱などの発音のベストを目指していく上では非常に有益な学問だろうと思った。そして詩歌の音の響きも。俳優の上白石萌音、そして歌人の俵万智、ゴスペラーズの北山陽一、ラッパーのZeebraがこの著者に関心を持って接点が生まれたことはそのことを物語っている。萌音の「千と千尋の神隠し」の主役を演じる時の音響と地声で「さびしくなるよ」の比較分析は興味深かった。文字にするとニュアンスが出ないが、彼女の声は明確に違いを打ち出していた!文字の限界を補うために生まれたのが、絵文字であるという説明には頷けた。そして俵万智の歌の響きの快さも発音した時の子音と母音の響きの分析も興味深い。そしてラッパーの魅力についての説明も。
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にせたぬきじる にせだぬきじる
これらの表現を過去に聞いたことがある人は、まずいないということ、そして、それにもかかわらず、保護場所であれば、意味の違いがわかるということです。過去に聞いたことがないのに、意味の違いがわかると言うのは非常に大事なことです。この事実は、言葉が理解できると言う事は、過去に聞いたことのある単語の意味を暗記する以上の何かを含んでいることを示しています。これは当たり前のことではありません。なぜなら、過去に聞いたことのない表現は、原理的には無限に存在します。つまり、人間は無限に存在し得る表現の意味を理解する能力を持っているわけです。
連濁 2つの単語がくっつくと後ろの単語がにごる
あお そら あおぞら
いし たたみ いしだたみ
はな ひ はなび
ライマンの法則
濁点がすでにある場合は濁点なし
ひと かげ ひとかげ
プリキュアの名前の法則 両唇を使う音が多い
赤ちゃんが発音しやすい
可愛い印象
s の口をして息を吸う。冷たくなる部分が歯茎。
い,う 舌が上がる
あ 舌が下がる
え,お 舌が中間
飴の棒を舌に載せて発音する
p. 69
はひふへほは昔ぱぴぷぺぽだった!
上田萬年 1898年に発表
アイヌ語でもはりがぱち,ひかりがぺけれ
室町時代のなぞなぞ
「母には二度会いたれども,父には一度も会わず。」
正解は唇。母は昔は「ぱぱ」と発音していた。
p. 78
pを持たない語 アラビア語,ボツワナのコン語,エチオピアのアファル語
音韻変化
にほん にっぽん にっほんはない
っのあとは半濁音になる
葉 葉っぱ
二本 一本
二匹 一匹
公表 発表
ちはやふる
しらつゆに しのぶれど
し でとる!次がらかのかが分かる!
p. 100
秋葉原 あきばはら
サザンカ 山茶花
p. 124
日本人は「ふ」の発音の時唇を丸める。英語の「w」の時はそこまで丸めない
p. 152
濁音を発音する時に口の中が一度膨らみ,一気に声が出る。
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202508
- 言語学者である川原繁人が4人の「ことば」のプロたちと語り合った対談をまとめた書籍。
- 歌人・ラッパー・声優・言語学者
- 短歌詠んでみたくなる、ラップやってみたくなる、ボイトレ受けてみたくなる、大学に入り直してみたくなる
第1章 言語学から見える短歌の景色
- 俵万智、歌人
- 俵万智の短歌には[s]音を繰り返す作品が多い印象を受けます
- 私はとりわけ[s]音が好きで、あらためて自分の短歌を読み返すと「サ行」が多い
- 「さくらさくらさくら咲き初め咲き終りなにもなかったような公園」(サラダ記念日)
- 「さんがつのさんさんさびしき陽をあつめ卒業してゆく生徒の背中」(かぜのてのひら)
- 古代インドの哲学書ウパニシャッドでも、「[s]は空だ」と書かれている
- [s]に対するイメージは古代から共通している部分があって、それが短歌の世界にも息づいているのかもしれない
- [s]は「風が流れる」イメージがある
- [s]を発声するときに、口の中で多くの空気が流れるので、その空気の流れが「風」というイメージに結びついたと考えると、音声学的にも理にかなっている。
- 連濁、靴下(くつした)が濁らない理由がわからない
- 字余りについて
- 結句は余るとみっともない。結句の前、第4句は多少余っていても、最終的に結句でちゃんと着地していると、それなりに成立させられる。これは経験知。
- 山寺の吹替えの話にもあった。後ろを合せるのが大事
- 日常的な会話だと、むしろ文末が一番だらしなくなる傾向にある。話し言葉では文末がビヨ~ンと伸びてしまう。
- 声帯振動が続かず、ほとんど聞こえなくなるケースもある。実際の会話では言葉をすべて聞かなくても文章を理解できることもあり、自分の言葉が終わらないうちに、相手が言葉を被せることも多い
- **『会話の0.2秒を言語学する』**の話か?
第2章 日本語ラップと言語の芸術
- Mummy-D(マミーディー)、ラッパー
- 付箋なし、、、
第3章 人間にとって「声」とは何か
- 山寺宏一、声優
- 公共の場でどのように話すかという技法は英語で「パブリックスピーキングスキル」と言う。英語圏ではしっかりとしたノウハウの積み重ねがある。
- マーク・ザッカーバーグとスティーブ・ジョブズの講演を音声学的に比較して、どのような音響特徴がカリスマ性に繋がっているのかを探求した研究もある。一方、日本ではこういう概念はあまり浸透していない。
- **この技術が悪用されて政治家が民衆を煽動するテクニックとして利用されてしまうのは問題です**
- 某参政党を彷彿とさせる。。。
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第4章 言語学の現在地
- 川添愛、言語学者・作家
- 言語学研究の面白さとは
- 卒論では数量詞を研究しました。
- たとえば「3人の学生が来た」「学生3人が来た」「学生が3人来た」ではニュアンスが違う。でも具体的に何が違うかというと、けっこう難しい。
- 普通名詞の代わりに「東京ドーム」みたいな固有名詞を入れてみる。
- 「東京ドームが5つ入る広さ」は自然だが「5つの東京ドームが入る広さ」「東京ドーム5つが入る広さ」だと、東京ドームが実際に5つあるような、妙な現実感がある。
- こういう観察から、「3人の学生」「学生3人」タイプの表現は現実世界の物を指しやすく、「学生が3人」タイプの表現は必ずしもそうではない。
- 現段階のAIはまだ私たちと同じように言葉を使っているとは言えない。
- **とはいえ、人間はわけのわからない、胡散臭いものを信じてしまう傾向にあります。占いや超能力もそうです。**今後もAIを信じる人はどんどん増えるんじゃないかと予想します。
- 辛辣で痺れる!笑
- 長崎の祖父は「Jリーグ」を「ゼイリーグ」と言っていた。逆に「先生」のことは「しぇんしぇー」
- 「ゼイリーグ」はいわゆる「過剰修正」という現象。「間違った」発音を正しくしようとするあまり、「直しすぎた」発音にしてしまうこと。
- その方言では「せ」が「しぇ」になる。意識の中で「しぇ」は間違った発音で、東京では「しぇ」は「せ」と言うんだという意識がある。これを一般化して「じぇ」にも当てはめて「じぇ」は「ぜ」であるべきと思い「Jリーグ」にも過剰に当てはめて「ジェ」を「ゼ」と発音する。
- 過剰修正が起きるのは、「正しい言語」があるという思い込みが前提にあって、自分の「間違った」発音を修正しないといけないという意識があるから
- スト2の有名プレイヤーはガイルを「低高高」の平板アクセントで発音する。
- いわゆる「専門家アクセント」。人は使用頻度の高い単語ほど、アクセントを平板化させる習性がある。
- おなじみのアクセントの平板化。大学時代の数少ない言語学講義で得た知識。
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Posted by ブクログ
小学校で自分がやった授業を会話劇形式でまとめたもの。
小学生は相当本質的な質問をするので、それに答えることで言語学が今どんな研究をしているかまで話せてしまう。
しかも質問が多岐に渡るので、ものすごく広範な内容を紹介できる。言語学初心者には知らないことが結構あって面白かった。
小学生の疑問を見ていて、今の自分はこんな深い疑問を考えつかないなってちょっと不思議な嫉妬を覚えた。まだ私にもその力が残っているのかしら。
教育学ではあるあるなのだが、授業の記録と分析を行う上で会話(誰がどのように発話したか)の記録は非常に重要なプロセス。
この本は授業の記録をまさに会話劇形式で紹介してくれて、それゆえに本として読みづらい。逆に没入感がなかった。
特に大人同士の対談は何とかならんものかな。 -
Posted by ブクログ
著者の本は以前途中で読むのもやめてしまったことがあった。
というのも、著者の専門は言語学の中でも音声学であり、その本では音象徴を扱っていたからだ。
私はあまりその分野に興味がなかったのと、学問的にもあまり魅かれなかったからだ。
(音象徴って何となく、こじつけな感じがするからだ)
しかし、本書は音の分野だけでなく、言語学にまつわる話もありで面白かった。
学者である著者が、自身の研究が世の役に立っているのかということを気にするということを知り、学者も普通の人なんだなと妙に親近感が湧いた。
全体的に読みやすく、言語学について何も知らなくても楽しめると思う。