川原繁人のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
この本の魅力は、言語学を筆者がなによりも愛していて楽しんで執筆している様子が伝わってくるところである。
ポケモン・プリキュア・ラップなど、身近なものを話題にしてわかりやすく言語学のおもしろさを教えてくれる1冊。
以前から少し興味があったが、言語学に触れたのは初めてだった。最初は堅苦しい感じじゃないといいなーと思っていた。しかし、その不安はインパクトのある題名、それと蛍光黄色の派手な装丁が吹き飛ばしてくれた。中身も題名・装丁に負けず親しみやすい感じで、どんどん読めて面白かった。
マイボイスの話であまり考えてこなかった声の大切さにも気づけ、とても感動した。
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Posted by ブクログ
●は引用、その他は感想
●ピノコが「ラ行」を「ヤ行」に置き換えるのは、「ラ行」を発音できないからではない。「ヤ行」が言いやすいという理由だけでもない。もしそうなのであれば、「ダ行」も「ラ行」も全部「ヤ行」にしてしまえばよいはずである。ところがそうならない。この説だと、「ダ行」が「ラ行」で発音されることの説明がつかないので。(略)このような現象はchain shiftと呼ばれ、多くの子どもの発話で観察されている。なぜchain shiftが子どもの発話で観察されるのか、最新理論をもってしても完全なる理解は得られていない。しかし、子どもの発話に観察される「言い間違い」は、「子どもの能力の欠如ではない」ことは彰かだ。(略)時に我々大人は、子どもたちを「大人ならできることができない未熟な存在」と見なしてしまう。しかし、彼らは彼女らなりの理屈をもって音声を発していることは間違いない。
●もしかしたら、「名前の短さ」で「心理的な距離」を表しているのかもしれない。その証拠に、怒ったときには愛称ではなく、本名を全部発音することがある。もっと怒ったときには名字も含めて、なんなら「さん」までつけて呼ぶ。
平常:さっちゃん、部屋がちょっと散らかってるよ。
怒り(小):さつき、部屋が散らかってるよ。
怒り(中):かわはらさつき、部屋が散らかっています。
怒り(大):かわはらさつきさん、この状況をどう説明しますか?
●日本語は「2文字(拍)が好きで、なんでも2拍に縮める傾向にある」という例を紹介した。「リハーサル」は「リハ」になり、「ビルディング」は「ビル」になる。しかし、(1)の例は、それでは説明がつかない:
(1)パーマ ← パーマネント
ローテ ← ローテーション
コンビ ← コンビネーション
アンプ ← アンプリファイアー
シンポ ← シンポジウム
エンコ ← エンコード
なぜ、「パー」「ロー」「コン」「アン」「シン」「エン」と2拍では足りないのだろうか。「なんか短すぎる」と感じる人もいるだろう。そう、日本人は「2拍は好きだが、1音節の単語は短すぎる」と感じるのだ。「ん」「っ」「ー」は、前の拍にくっついてそれ自体では音節を形成しないから、「パー」も「コン」も1音節と数える。それだけでは短すぎるのであろう。この例も日本語に音節が存在することを物語っている。
●「ミーちゃん、そろそろ眠くなってきたかしら、それともおっぱいがいいの?かーちゃんわからないよー」である。赤ちゃんは、こんな意味不明な音の連鎖から単語を切り出すという偉業を成し遂げようとしている。(略)その一助となっているのが繰り返しだ。繰り返していると、少なくともその部分がひとつのかたまりになっていることがわかるので切り出せる。こう考えると繰り返しの多用も、我が子に言葉を学ばせようとする親の愛の表れかもしれない。この愛が一般化されて「繰り返し=お母さん言葉」という法則が生まれたのであろう。
●この世を支配する物理法則のひとつに、「高い音は小さなものから発せられる」というものがある。(略)「高い声」は「声帯が小さい」、つまり「体が小さい」ことを含意する。動物界において、大抵は小さい生物のほうが危険度が低く、敵意がなさそうだ。よって、高い声を聞いたほうが、赤ちゃんは安心するのかもしれない。また、赤ちゃん自身も小さい生物である。実際に声も高い。よって、高い声を出すことは共感をもたらすと考えられる。動物の世界においても、恭順を示すときには高い音を出し、威嚇するときは低い音を出すということが観察されるらしいから、お母さん言葉で声が高くなるのは、動物的な本能に基づいているのかもしれない。 →「ヒトはなぜ拍手をするのか」 -
Posted by ブクログ
分かりやすい入門書
マルとミル、どっちが大きい?
架空の2つの単語に、大小の机どっちがどっちを表すか聞いたところ、
多くが「マル」が大きい机で、「ミル」が小さい机と答えた
これはあらゆる言語話者でも共通の結果になった
つまりある音に対して、母語が何語でも、共通した特定のイメージを想起させる要素が音声にはある
人間の発音機構自体(舌や口の構造)は共通しているので
口を広げる音→大きなイメージ
口を狭める音→小さいイメージ
というように、発声時の物理的な違いがイメージの違いを生じさせるのでは?
→"音象徴"という考え方
……等々、音声学というとっつきにくい学問のハードルを可能な限り下げ、面白いとこだけ上手く抽出していると思った。
(それでもやはりグラフや画像分析の話は難しく感じるけど……) -
Posted by ブクログ
言語学者による本。各国の音と言葉を「文字で見える化」し、分析している。普段何気なく話している言葉や外国語との違いなど、あらためて解説されるとなるほど、と思えることがあった。
例えば「ん」という発音は、その後に来る言葉によって日本語でも何通りか違いがあること、日本語には必ず母音がついてくるが、英語では子音が続いたり母音がない言葉が多く存在すること、日本語の「ふ」は英語圏の人からは「う」と聞き分けがつきづらいなど。
このように、各国や地域による言語の特徴がそれぞれ違うので、その言語習慣の相性によって他国語の習得に得手不得手が出てくるという。残念ながら日本語と英語は相性があまり良くないようで、それも日本人が多く持つであろう英語アレルギーに繋がってしまう。
しかし本書ではこうした言語による違いはあれど、「完璧に」習得する必要はなく、慣れによってコミュニケーションは可能であるとまとめている。