石破茂のレビュー一覧
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国会議員がすべきことは一つ。国を導くビジョンを提示し、そのビジョンに従い、国政上の個別の課題解決のためのプラン、すなわち現実的で実効性のある政策を練り上げ、実行していくこと。
政治家の仕事は、勇気と真心を持って真実を語ることだ。
いつまでもカンフル剤に頼ることなく、持続的に発展する経済を実現するために、残された時間を最大限有効に活用し、我が国の経済・財政が抱える根本的な問題ときちんと向き合い、それに対する処方箋を考えることが必要。そのとおりこのまま放置したら大変なことになる。
特に社会保障制度に関しては、「持続可能性の高いプランニングが必要」
大企業が勝ち残れば、その傘下にある中企業、小企業、零細企業が潤い、日本経済全体の底上げにつながるという現象はもう起きない。「みんなで作る」製造モデルはすでに日本の雇用のメインストリームではない。
日本のGDPの7割、雇用の8割を占めているのは、ローカルの中小零細企業。上場企業以外で働く人たちこそが日本の大多数だと考えるべきであり、ここにダイレクトに効くような政策を考えなければ、国民一人ひとりの実感につながらない。
ローカル産業、つまり地方の成長が、これからの日本全体の経済成長を支える。コマツ石川県
働き方改革。東京で画一的な時間、画一的なスタイルで働くこと自体を変えなければ、そもそも人を東京から地方に移住させることはできない。人生の多様な選択を可能とする構造改革が必須だ。
「切れ目ない人材育成の観点からの教育改革」
3.11世代、お金があっても物が買えない状況に直面、モノを生み出す価値を正当に評価。
適材適所、本人の希望・やりがい・やる気。生産性を上げる。年功上列にこだわらない。
日本の国難。外政においては激変する北東アジアの安全保障環境、内政においては急激な人口減少。
時間的猶予の間に、産業構造の転換と、地方、女性、人生のベテランが持つ潜在力を最大限に引き出す。
自助を基本とし、少し周りを助ける合おうとい共助、そして最後のセーフティーネットとしての公助を位置付け「自立精神旺盛で持続的に発展する国づくり」。
「いい加減な奴が百人いるより、信念を持った確信犯が二十人にれば、世の中は変わる」 -
Posted by ブクログ
個人的には大嫌いな政治家の一人である石破茂さん著の本です。安倍首相の政敵だから大嫌いというわけではないのですが、何か”後ろから弓を引く”、”陰湿に口撃する”という様なイメージがあるのですが、その様な性格や行動についても本人自身が著内で述べています。地方創生については大まかなビジョンは描かれておりますが具体策については殆ど書かれておらず残念です。ただ、憲法改正(特に9條)については、私個人の意見としては安倍案より筋が通っておりしっくりきます。左翼知識人やメディアは石破氏を”アンチ安倍の急先鋒”という事で利用していますが、もし、先の総裁選で石破氏が勝利していたとしたらどういうスタンスを取ったのでしょうか。。。
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Posted by ブクログ
ネタバレ非常に丁寧に、初心者でも分かりやすく、実例を用いて説明してある。
集団的自衛権、個別的自衛権、集団安全保障、色々言葉があり、あたりまえだが各々が違い、それを理解しないと話はすすまない。
集団安全保障とは、国連の対応のことで、平和を壊したり、侵略をしたりする乱暴な国が現れたら、国際社会が一致協力して対応し、平和を取り戻す。これが集団安全保障という概念であり、全ての加盟国が国連と言う仲間であるとした上で、その仲間内から約束を破る乱暴者が現れたら、その他の仲間の国々が共同して制裁を加えると言うことだ。ただ、集団安全保障は、安全保障理事会が対応を話しあうが、常任理事国が1つでも拒否すれば機能しないし、安全保障理事会が対応を決めるまでには少なからず時間がかかる。それまでに何の手も打てないのか、ということになる。こういう声にこたえる形で考えられたのが、国連憲章第51条だ。これは、簡単に言えば、「自国が攻められた場合に、国連の安全保障理事会がちゃんと対応してくれるまでの間は、その間を埋めるつなぎとして、個別に自衛権を行使して戦ってもよい。また、不断からつきあいのある仲間同士で協力して自衛権を行使して戦ってもよい。その二つの自衛権を国家は固有の権利としてもっている。ただし、事後でいいから安全保障理事会にはどういうことをしたか報告しなければならない」ということだ。もう分かったと思うが、前者が個別的自衛権で、後者が集団的自衛権だ。集団安全保障という考え方やそれに基づく体制は尊重しなければならないけれども、それだけでは現実的に対応できないこともあるので、この51条があるのだ。
個別的自衛権については結構わかりやすい概念で、言ってみれば正当防衛みたいなものだ。しかし、集団的自衛権については、わかりにくく、解釈については世界中で議論がなされている。
集団的自衛権についての考え方の世界の主流は、「ある国が攻撃された場合、それは自国への攻撃と同様にみなすことができる。だから、そのある国の防衛に関与することは自国を守るのと同様であり、正当である」という考えだ。
もうひとつ議論の対象になるのは、固有の権利というところだ。英語、中国語、フランス語に訳されているものを見ると、それは、自然権、と言う解釈になる。そう、生まれながらにして持っている権利だ。個別的自衛権も集団的自衛権も固有の権利、独立した国が生まれながらにして持っている権利で、だれもそれを否定したり、奪ったりすることは出来ない権利というものだ。これは国際的には議論の余地も無いほど受け入れられているのに、日本ではそうではない。
この集団的自衛権の現在の日本の解釈は、「主権国家である以上、国際法上、わが国は集団的自衛権を有しているが、憲法第9条において許容される自衛権の行使は、わが国を防衛するため必要最小限度の範囲内にとどまるべきもので、集団的自衛権の行使は、その範囲をこえるものであるため、これは行使できない」というものだ。これは1981年、鈴木善幸内閣においての政府答弁書の内容・見解で、「保有しているが行使できない」という今日の日本の解釈だ。
当然、お隣の中国、韓国も集団的自衛権を保有している。例えば韓国に北朝鮮が戦争を仕掛ける場合、日本が集団的自衛権を行使して、韓国と共同して北朝鮮に対抗するとしたら、北朝鮮も相当考えなければならない。しかし、日本が集団的自衛権を行使しない、韓国を助けないとなると、北朝鮮は、敵が一人いなくなったと同じであり、少し韓国を攻撃してみようか、となる。集団的自衛権は、戦争を仕掛けられる確立を低くするための智恵であるのに、集団的自衛権を持ったら、危険だと、一部の人やマスコミは騒ぎ立てているのだ。
集団的自衛権の行使がOKとなれば、アメリカの戦争に巻き込まれるのではないか、という人もいる。これを同盟のジレンマ、と言う言葉で説明すると、同盟には相反する二つの恐怖がつきまとうということだ。それは、同盟国の戦争に巻き込まれる恐怖と、同盟国に見捨てられる恐怖だ。日本では、前者のアメリカに巻き込まれるばかりを強調する。今の現状をみると、巻き込まれるよりも、見捨てられる恐怖も日本はきちんと直視しなければならない。アメリカの力は落ちてきている。逆に、中国の力が大きくなりつつある。そのようなとき、日本は、アメリカをこれまで以上に巻き込んでおかなければならない。アメリカだって、善意で日本を助けてはくれない。アメリカの納税者もそれは許さない。アメリカの利益がない限りはこれからはアメリカは動けない。当たり前の話だが。「なぜ、日本のためにアメリカ軍が動くのか」と一致してアメリカ国民が言えば、アメリカも簡単に軍を動かせないのだ。また、9.11テロの際、アメリカは個別的自衛権を行使し、NATOは集団的自衛権を行使しアフガニスタン攻撃を行った。その後、集団安全保障にきりかわったが。なので、理論上は、あの時、日本が集団的自衛権の行使が可能であったなら、アフガニスタンの戦いに参加した可能性はゼロではない。ただし、これは可能、というだけであって、実行するということとはイコールではない。日本に集団的自衛権があっても、それを行使するには国会の事前承認が必要となるだろう。行使できる、と行使する、はまったく別なのだ。9.11に関して言えば、日本人も犠牲になっている。だから、解釈によっては、個別的自衛権も発動できたかもしれない。ただ、日本人の感覚として、いくら国民が殺されたからといって、それで自衛権を発動して敵国を攻撃しようと言う話にはならなかっただろう。それが日本人にとっての常識的な感覚だと思う。つまり、問題は、集団的か、個別的かというのではなく、最後はその国それぞれの判断によってきめるということだ。
日本の豊かさは決して日本単独の力で得られているものではなく、国際社会の様々な要因と結びついている。だからこそ、日本がGDP上位の国として平和と繁栄を享受出来ているのは、国際社会の平和や安定の恩恵を受けていると考え、国際の平和と安全に寄与すべく、集団的自衛権を行使できるようにしておく必要があると著者は言う。 -
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防衛庁長官、防衛大臣を歴任した石破茂氏の著書。
本書のテーマは集団的自衛権だが、戦後日本政府の「自衛」に関する意識の変化についても書かれている。
まずGHQ占領下においては、1948年に吉田茂首相は「自国」が攻撃を受けた際に防衛・反撃する「個別的自衛権の行使」をも否定していた。
その後、1950年に朝鮮戦争が始まると駐日アメリカ軍は朝鮮半島へと出兵したため、アメリカは占領している日本の防衛が十分にできなくなると、自衛隊の前身となる「警察予備隊」が組織される。同年にGHQのマッカーサー元帥が日本の自衛権を容認。
そして1952年に日本が独立すると、吉田茂首相は「独立国である以上、自衛権はある」という立場へと変わる。その後、1981年に鈴木善幸首相が「集団的自衛権の行使は憲法上、許されない」との認識を示し、その解釈が第二次安部内閣まで引き継がれてきたが、2014年7月に安部首相は「集団的自衛権の行使を可能とする憲法解釈変更の閣議決定」を行った。それに基づく安全保障関連法案が、憲法違反であるという指摘されたわけだ。
「集団的自衛権」は、それが認められるにはいくつかの要件があります。
1.他国が攻撃を受けた。
2.その攻撃が、自国への攻撃と同等とみなせるほど緊急性や重要性がある。
3.攻撃を受けた国が、日本へ救援を求めた。
4.集団的自衛権の行使は、国連が必要な措置をとるまでの間に限られる。
以上のような条件を全て満たした場合に「自衛」として武力行使を認めるのが集団的自衛権であり、武力行使を行う以上、反撃を受ける可能性もあり、戦争に参加するといって良いだろう。 -
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嫌い嫌い言ってるだけじゃ、どうしようもないから、自民党側の意見を読んでみようと思った時に、一番まともに話が出来そうなのが石破さんかな…と。
まぁ、そこは当りで。
当り前っちゃ当たり前なんだけど、彼らも日本を、いぃよ~に打っ壊してやれとか思ってる訳じゃなく、彼らなりに真摯に考えてやってるんだな~って。単なる悪党の悪巧みじゃないんだな~彼らなりに国を想ってるんだなって事が解ったのが、とりあえず収穫。
ただ、この石破さん、なにがこの人をこんなに胡散臭く見せるのかって、よく観察すると、封建時代の主従関係みたいなものを現在の自分の立場に持ち込もうとしてるのが可笑しいんだなって気付く。
身内のはずの安倍さんに対する敬語「全力でお支えする」とか、外の人に向けて書いてる本に使う言葉じゃないよね。イマドキ新入社員だって自分の会社の社長の言葉を社外の人に伝える時に社長に対して敬語は使わない事くらい知ってるよね。その辺が不気味なんだな~って。
きっとこの人は頭イイ人だから、自分が「お支えすべき主君」の為に論戦張ってる。これが、「反原発!護憲!」を唱える人が主なら、それはそれで、ちゃんと説得力のある見解を示すことが出来るんだろう。
その盲従っぷりが、デキル人だけに怖い。
自分は、「国民の皆様」とは一線を画した別の所に居るんだって意識がキモい。
国民の一人として、自民党の一人として、っていう平たい地平に立った発言は一個もない。
せっかく解り易く自民党の見解を説明できてるのに、その立ち位置のせいで、全部が胡乱な印象。 -
Posted by ブクログ
後半の対話編が秀逸。真正面からくどくどと答えているわけではないが、納得はできる。集団的自衛権容認派としては、一番よく書けている。
・政府の解釈自体、変遷を遂げている。
・本来、集団的自衛権を行使して良いかどうかの判断は、「日本の領土・領空・領海への攻撃か」を基準にすべきではなく、攻撃国の行為が「日本に対する攻撃と同じだとみなすことができるか」を基準にすべき。
・世界の常識では、国の外交力は「経済力」「安全保障」「武器輸出」の三つを大きな柱としている。
・日本は武器を輸出していない、立派だねとはならない。なぜなら、どの国も武器を持っているから。 -
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防衛庁長官、防衛大臣を経験し日本の国防に対して強い危機感を感じていることが、文章からはっきりと伝わってきた。
個人的に、石破氏にはプラスのイメージもマイナスのイメージも無かった。
そしてこの本を読み始める時も、「どうせ集団的自衛権を実現させる方向に持ってかせたい強引な主張の本だろう」と斜に構えていた。
しかし、内容は想像以上にしっかりとしたものであった。
前半は、集団的自衛権とは何か、主にどういう誤解をされているか、そしてそれはなぜ必要なのかを丁寧に追っている。さらに後半には主な反論や誤解に答えるという形で分かりやすく説明が行われている。
もちろん、この本を読んだからと言って集団的自衛権推進に両手を挙げて賛成となるわけではない。
例えば、集団的自衛権の行使は国連による集団安全保障が行われるまでの「間」を埋めるものだから、ケンカで警察が来るまでの正当防衛と同じだとの主張に対しては、警察は呼べば来るが、国連の集団安全保障が大事な時に常任理事国の拒否権によって機能しないことは歴史が示しており、そこの改善がなされない限り、集団的自衛権の恣意的濫用は行われかねないとの危惧がある点が挙げられる。
しかし、この本を読むことで、少なくとも筋違いの反論はしなくなるだろう。例えば、日本は平和憲法があり集団的自衛権を禁止してるからこそ戦争に巻き込まれないんだ!とか、アメリカの戦争に巻き込まれるのは嫌だが、アメリカは日本を守ってくれる!とか、それでもアメリカの基地は日本から失くしたい!などの意見である。
集団的自衛権の件に限らず、こうした筋違いかつ感情的な意見はマスコミを中心に多く見られるが、それにより当事者の危機感から来る叫びがかき消されてしまうことは、本当に国益を損なうことにつながっていると思う。
その点でも、本書のように直接的に当事者の声を聞くことは重要であると思う。
話は変わって具体的な内容についてだが、本書の中盤において石破氏は外交力を決める三本柱は「経済力」「安全保障」「武器輸出」であるとしている。
ここで個人的に感じたのは、武器輸出をかなり重視しているなという点である。確かに世界的、歴史的にみても、冷戦期を例に挙げるまでもなく武器輸出は協力関係、支配関係の重要なファクターであるのは間違いない。しかしそう考えると、集団的自衛権の行使が可能になった後は、次なる標的として武器輸出三原則があがることは想像に難くない。
さらに想像でいえば、武器輸出を解禁し、軍事産業を新たな経済成長戦略として考えることもあながち空想とも言えないだろう。
もちろん本書では武器輸出三原則について詳しく触れてはいないが、外交の当事者として日米同盟を維持し安全保障を守るための強い危機感が、そんな考えも想起させるほど強く伝わってくる内容であったことは確かである。
「日本版NSCとは何か」と合わせて、最近読んで良かった一冊である。 -
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地方創成
インバウンド期待より、身近な場所に観光の魅力を見つける
代理店お任せではなく、顧客に直に向き合う
介護 高齢化が高まる1都3県 および地方の体制整備
Uターン 悠々自適を今すぐに
普通に住みやすい町を望むが、普通の町が消える
平均的な世帯の所得は東京は下位 富裕層が多い 基礎支出が多い 通勤時間長い
ディベートとは読書の戦い
米ソ イデオロギーの戦い ソ連の軍は国の軍 経済力で負けた
米中 共産主義のイデオロギーはない 人民解放軍は共産党の軍 経済力
米 世界一であることがアイデンティティ
日本 その場しのぎの楽観論
グランドデザイン
個々の政策では変わらない 「そもそも論」の議論の必要
安全保障
武器 どの国も買っていて売っている国を批判しない 共同開発・集団安全保障
巻き込まれるという受け身ではなく、アメリカを巻き込むという考え
憲法第9条ではく、日米安保と自衛隊があったため
ドイツの徴兵制 軍は市民社会のなかに -
Posted by ブクログ
今の石破政権について何かわかるかなと思って拝読。しかし、2014年とだいぶ前の作品だった。
消費税の導入賛成や社会保険料の増額、年金受給年齢の引上げ。うーん。自分とは考え方が合わないなぁ。今でも、そのお考えなんだろうか。
女にモテたいや酒や車の話など、あー、完全に時代が違う価値観なので、同調しつつもこれは、社会に合わせないといけないんじゃかいかなぁとも。
弘兼先生は自己責任という言葉は好きと言っていたが、自分はなんとなく嫌いだなあ。なんか、冷たい印象プラス結果だけを論じた思考停止に感じなくもない。
あと、若者の票の価値を上げ、寿命が残り少ない老人の票の価値を下げようという石破さんの論理もどうだろう。まぁ、言ってる事はわかるが。
認知症の話は興味深いなぁ。認知症は基本的に楽しい事を覚えて、辛い事を忘れるとの事。
そして、旦那は妻の事をずっと、覚えて、妻は旦那の事を真っ先に忘れる。
世知辛いなぁ。でも、そんな熟年離婚と原因が一緒な事は、解決策は一つだよね。
奥さんを大切にしなさいって事なんよね。