米津篤八のレビュー一覧
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お客さんがあまり来なくて品揃えもいまいちなコンビニで、オーナーと深夜バイトさん、そしてお客さんとの交流に心温まる物語『不便なコンビニ』の続編。
今回は新しい深夜バイトさんとお客さん、オーナーの放蕩息子との交流にまたじーんとさせられました。
特に元オーナーとオーナーを引き継いだ放蕩息子の、母と息子の再起・心機一転のストーリーが心にぐぐっときました。
子育てでの後悔、ああしてあげればよかったという思い、息子へのあきらめ、自分の老い‥自分と重なって苦しくなってしまうほどだったけど、関係は変われるということに救われる思いでした。
「そのとき、姉の忠告が思い浮かんだ。
いつまでも自分が保護者だとは思うな、と。もう自分の弱さを認めて、子どもたちに頼れ、と。心配事を打ち明け、仮病でも使って、つらいことはつらいと言えばいい、と。」
「変化。これは誰かに言われてのことではなく、自分から変わることだ。人間は変化を嫌うのではなく、誰かから変化を求められることが嫌なのだ—そんな話を聞いたことがある。だから、変わることを求めるより、待つこと、そしてさりげなく手助けすることが大事なのだ。」
今回も個性的な深夜バイトさん。
「他人の目を気にしていたら何もできないよ」
1冊目にも登場している元アルバイトのその後も。
「よい関係は、自然に結ばれるわけではない。自分で調べ、探し回る努力が必要なのだ。」
みんな悩んでいたり進めないでいたりするけれど、勇気を出して、変なプライドも拗れた劣等感も捨てて、一歩踏み出す背中を押してくれる温かいストーリーでした。
今回もほっこり癒されました。 -
Posted by ブクログ
2021年に韓国で発売された「不便なコンビニ」は、当時コロナ蔓延の最中で人々が生きづらさを感じていたこともあって、本国でベストセラーになった作品です。
その後「Kヒーリング小説」なるジャンルが生まれ、この作品も世界18ヵ国で翻訳・出版、日本でも2024年に「本屋大賞翻訳小説部門」第3位に入りました。
本作は前作に引き続き、ソウルの下町に店を構える小さなコンビニ「ALWAYS」を舞台に8章からなる連作短編集です。
今回は各章ごとに、「ALWAYS」にやって来る、個性的なお客が中心人物となって話が展開されます。
そして今回の特徴的なのは深夜バイト店員のクァクの後を引き継いだ中年のファン・クンベです。
前作の独孤とキャラクターは違えど、問題を抱えるお客たちに、癒しと笑顔を与えてくれるのが彼です。
優秀な兄と比較され折り合いの悪い両親に疎まれ、深夜のコンビニが逃げ場となっている中学生のミンギュに、クンベはこう語ります。
「大人になったら、自分について次の三つのことをよく知るべきだというんだ。まず、得意なことは何か。次に、自分がやりたいことは何か。最後に、自分がやるべきことは何か」 ツー・プラス・ワン抜粋
頑固な、偏屈な客にめげることなく、接し、夜のコンビニ店員という仕事を天職のようにこなすクンベも、二人きりの家族である母を癌で亡くしてしまいます。
彼のお母さんの口癖が、私に言い聞かせられている気がする言葉です。
「比べるのはがん、心配するのは毒だよ。ただでさえ、生きていくのは大変さ。いまの自分だけを考えて生きていきなさい」 夜のコンビニ抜粋
本作が出版された2022年は、コロナが終息してもその負の影響を引きずっていた頃です。苦しんでいる人にとってエールとなる言葉です。
コンビニオーナーを息子ミンシクに譲ったヨムが初期の認知症を発症、進行を遅らそうと生き始め、クンベが出演したコンビニを舞台にした公演を鑑賞する姿にシニアの私も考えさせられました。
「変わることを求めるより、待つこと。そしてさりげなく手助けすることが大事なのだ。
公演を観覧することは、人生を経験すことだ。」ALWAYS抜粋
私にとっては続編も期待以上で、ドラマ化が待ち遠しいです。 -
Posted by ブクログ
【目次】
はしがき:他人の人生を理解するということ
1 ニューヨークで出会った人々
ふたりのあいだの距離
ニューヨークのホームレス、ホームレスのニューヨーク
あの人がいなくなったことが信じられません
記憶を共に歩く時間
ひとりの命を救うということ
人種的マイノリティの子の親として生きるということ
アーモンドお婆さん
2 共感するにも努力がいる
わからないさ、それがどんな気分かなんて
誰にでも起こりうることだ
彼女の靴を履いて歩く
共感と同情、そのあいだのどこか
共感を超え、苦痛を分かち合うこと
3 スティグマに負けない人生
研修医の先生がいいです
双極症は私の一部に過ぎない
大丈夫じゃなくても大丈夫
依存症は意志の問題だろうか
自殺は「極端な選択」ではない
自殺予防は可能だろうか
勇気を出してくれてありがとう
あとがき:さらば、ニューヨーク
日本語版あとがき:ただひとりの勇気のために -
Posted by ブクログ
普通の、今まで自分が読んできた事件のルポルタージュや本とは一線を画す内容だと思う。
まず、被害内容がほぼ書かれていない。被害者がどのような目にあったかの具体的内容が書かれていないことがとても印象深かった。追跡団火花が被害者の事を考え、事件をただの消費物としないように最大限配慮している事が伝わってきた。センセーショナルな書き方は避け、あくまでも追跡団火花が行ってきたことを視点として書いている。なので、前知識がないと少し事件を把握するのが難しいところがあるかもしれないし、n番部屋事件を知りたいという欲求には少し物足りなさを感じるところがあるかもしれない。でもそれはこの事件をセンセーショナルに消費したい欲望がそうさせているような気がしてきてそれを自省しながら読んだ。
とくに本の中盤。追跡団火花の2人の事件とは一見関係ない日常についての文章が、かなりページを割いて掲載されている。n番部屋についてが知りたかったのでこの部分は必要なのか?いるのか?と思いながら読んでいたが、徐々にそれが必要であるかを理解した。
ともすれば日本よりも厳しい男尊女卑が韓国には溢れている事を知ったし、追跡団火花の2人がどうして追跡団火花として活動するに至ったのかをより深く理解することができた気がする。(何しろ髪をショートヘアにするだけでもかなりの決断を強いられるという衝撃)
韓国の話だけど、まるで日本の話のような気持ちだった。性犯罪に対してのあまりに軽い刑罰、一向に減らない加害者、政治家の無理解、などなど。
それに男性不信になりそうというかちょっとなる。加害者はもちろんだがデジタル性犯罪には傍観者という存在もいて、それがひょっとしたら身近な人かもしれないというのがとても恐ろしく感じた。
後半に今後どのような法整備が必要かなども書いてあって、それはそのまま日本にも当てはまる内容だと思った。日本も韓国のように変わっていってほしいし、そのために微力ながら力を尽くしたいと思わせる1冊だった。 -
Posted by ブクログ
日々の生活の中で耳にした会話
そこから気がつくことがたくさんある。
自分の言葉を直接自分で耳にすることはない。
言葉は帰巣本能があるから
自分が発した言葉が違う人から違う形で
かえってくる。
あぁ、そうなんだな、
やはり私が言葉として発したいのは
こういうことなんだ、と改めて感じた。
またいい本に出会えてよかった、
本を読むとは自分との対話といつも思っていた。
ここでは「自分を読むこと」とかかれている。
「自らの言葉と世界観について問いかけていただきたい」
「あなたの言葉が誰かにとって一輪の花になりますように」
私の言葉は、一輪の花になっているだろうか? -
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【言葉の温度を読み終えて】
自分が日頃発する言葉は、何度だろうか。ちゃんと考えて発言をしているだろうか。逆に考えて、発言しない時はあるだろうか。そんなことを考えさせられるエッセイだった。
本書には答えのない問いもある。その問いに対して、常に目を向けていく必要がある。例えば、「歳をとるとは?「老いとは?」に対して、私は「希望を失うこと」と考えた。
日常的に起こる出来事一つ一つに目を向けていき、自分はどれに対してどう感じているのか、どのような言葉をかけるのが良いのか、それともかけるべきではないのか、常日頃から考え続け行動しよう。
本書は著者の経験や映画に出てくるワンシーンをもとに構成されているが、読みながら自分の経験に近いものも存在した。
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自分が仕事場の周りの雑草を刈っていた時、ウォーキングしていた1人おばあちゃんに声をかけられた。「この綺麗なお花も刈っちゃうのかい?」と。それは青い小花がついている雑草だった。話をよく聴くと、そこにはおばあちゃんの深い思い出があった。穏やかな表情で話してくれた。「お父さん(旦那さん)が亡くなって、今は娘夫婦の近くに移り住んでいるんだが、昔はお父さんと一緒に庭付きの一軒家に住んでいてな〜。そこによく生えていたお花だったんだよ。そのお花を摘んでくれないかい?」と。私は綺麗にこの『雑草』を抜いておばあちゃんに渡した。満面の笑みで「丁寧に摘んでくれて、ありがとう。」
この言葉と『雑草』にはとても想いが詰まっている。旦那さんと過ごしてきた人生、前に住んでいた一軒家での思い出、、、このおばあちゃんにしかわからない想いが、この雑草にはたくさん詰まっている。表面だけで、判断をしてはいけない。目の前で起こっていることは、その人にしかわからないストーリーがある。広い心を持つことが大切である。
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