カルロ・ロヴェッリのレビュー一覧
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ブラックホールが白くなる、という挑戦的なタイトル。時間と空間を短絡して移動するワームホールという概念は、SFの世界では聞いたことがあるが、これと関係するのか?という素朴な疑問から手に取る。ブラックホールはそこに落ち込んだ物は再び出れない、のに対して、ホワイトホールはそこに留まることは出来ずに、そこから出てくるだけ、らしい。この両極端のホールが実は進化の過程で変質するらしい。これは空間の観念で話していても理解困難だが、これに時間のファクターを入れて説明されているが、理解は不能になる。ホールとともにあるものの時間の経過は常識的に進んでいくが、ホールの外の世界では遅々として進まず、数十億年という桁外れのスケールになる。検証ができない科学は認められない世界で、途方もない理論に取り組んでいる。
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時間って何だろうということを考える良いきっかけとなった。
考えてみると不思議なものであり、目には見えないし、感じることしかできない。その感じいているものでさえ、私たちの生きているスケールが大きすぎるあまり近似されたものであり、そもそも時間は存在しない。でもじゃあ、何で感じるの?という疑問に物理学に最先端を行くカルロさんが答えてくれる、そんな内容だった。
文体は詩的で扱うトピックのせいか、哲学的な内容も多く正直わかり易くはない。エッセイというジャンルだからか、物理学の数式や理論的な記述は少なく、結論や表面だけをさらっていくだけでモヤモヤする。ただ、深い議論をされたところでほとんど理解できないのだろうが。 -
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ネタバレ“するとナーガセーナは勝ち誇ったようにいう。「馬車と同じように、ナーガセーナという名前も関係と出来事の集まりを指しているにすぎない」と。
わたしたちは、時間と空間のなかで構成された有限の過程であり、出来事なのだ。
それにしても、わたしたちが独立した実体でないとすると、何がわたしたちのアイデンティティー、「自分は一つのまとまった存在だ」という感覚の基になっているのか。このわたし、カルロをまとまりあるものとし、その髪や爪や足、さらには怒りや夢をも自分の一部だと感じさせ、悩み考えさまざまなことを感じている今日のカルロが昨日や明日のカルロと同じだと思わせているのは何なのか。”
自分が何者であるのかという問いでもあり、哲学的(宗教的?)、叙述的とも言えるが難しい。
“わたしたちは、時間と空間のなかで構成された有限の過程であり、出来事なのだ。”とあるが、ある意味自分が世界だということかもしれない。
しばらくしてから、また再読したい。 -
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ネタバレ量子力学が分かりにくい。ニュートン力学など従来の考えではとうてい納得いかない。
多くの人の共通した認識ではなかろうか。本書もこの観点、筆者も通った道から説明をしている。そもそもこの導入が罠である。もっとも私達の多くはこの文脈からしかのみこの山を登れない。この山は様々な状態を内包している。しかしそこにはすぐには気づかない。
第五章にて、ボーアの直感をあらゆる自然現象に拡張した記述として以下を挙げている。
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以前は、あらゆる対象物の属性は、たとえその対象物と、ほかの対象物との相互作用を無視したとしても定まると考えられていたが、量子力学は、その相互作用が現象と不可分であることを示している。どんな現象であろうと、明瞭に記述するには、その現象が発現する相互作用に関係するすべての対象物を含める必要がある。
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ニュートン力学を是としているがそもそもそれが間違いである。工学を学んだ者なら誰でも知っている。つまり、ニュートン力学通りの実験は行えない。必ず誤差が生じる。つまり、ニュートン力学はある可能性を無視した理想でしかない。重力による落下を考える。観測系に含まれるのは、空気抵抗だけではない。そもそも重力は私たちに一定に働いていない。近くに重力物があれば相互作用してしまう。
本書では外側から見る観察者もいないとしている。つまり物理学とは常に一人称である。内側から外側を記述しているに過ぎないという。
これもしんであるあ。たまたま、一人称でも三人称でも同じに結果になる。それがニュートン力学という認識である。つまり、特殊解のはずのそれを一般的であるとし、そこから普遍して考えるからおかしなことになる。
私たちのコミュニケーションはうまくいかないことが多い。それは自分が正しい。もしくは、自分のものの見方を、他者もしていると勘違いしている時に生じる。
絶対はない。全ては相対的である。ただし、同じ系での相互作用を経験している別の存在とは、同様な知見を持っている可能性は高い。よって相互作用する中で、互いの認識を合わせられる可能性は高まる。ある程度の合意のが生じることで、語り合う、という相互作用が生じる。
これはヴィトゲンシュタインの言うところの言語ゲームに他ならない。
私たちは本書を簡易に理解する方法がある。ニュートン力学などに依拠する認知や理解は、世界を楽に認知するための方便である。確かに近似はするが正解では無い。
より小さいものの理解は、観測するための系の影響が無視できない。様々な実験の不可思議さは、その実験が世界の在りようのいったんをたまたま極端な形で提示しているのに過ぎない。
世界は不確定かつ確率的にしか観測できない。エンタングルメントは生じる。その事実があるに過ぎない。
問題は特殊解であるニュートン力学的な理想で記述しようとする無謀さである。
そう考えると、一切皆苦。空。等の仏教世界も量子力学の世界を解釈するのに使われるのも納得である。 -
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『時間は存在しない』の、ループ量子重力理論の研究者カルロ・ロヴェッリの本。
量子力学の発端の、生き生きとした歴史を示す導入は読みやすいが、第2章後半から、この世界構造は何なのか、という量子論にとって避けられない根源的な問いへの思索となり、難解になっていく。ここからは読者を選ぶように思われる。
量子力学は情報理論だ、関係だ、「空」だと言われても、それが物理事象とうまく接続できない読者としては、わかった気になるようでならないようで、著者の思索に振り回されて困惑する。世界の本質の思索において、物理は哲学と無縁ではいられない、と頭でわかってはいても。それでも、思想の網を広く持つことが重要だ、という物理学者の主張に触れる点では興味深い。第三部の生命や脳についての議論はやや踏み込みすぎる気もするが、シュレディンガーなどを踏まえると、それも物理学の思想の到達点ではあるのかもしれない。
この本で知った知見として、量子論の記述する現実は、相対性理論の示すように相対的なものだ、「間主観性」だ、ということ。これをカギに、今後の量子論の本に触れていきたい。 -
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【物理を知りたいと思っているあなたに贈る、最も軽やかで最も素敵で、あっというまに理解できる感動的な究極の名著。】
という触れ込みであるし、文庫で実質120ページと軽めの本なので読んでみることにした。
以前に読んだロヴェッリ氏の「時間は存在しない」は「ループ量子重力理論」という概念を説明する本だったが、本書もそうだった。
( [すごい物理学] とは [ループ量子重力理論] のことだったのかと納得 )
最初に「一般相対性理論」と「量子力学」の概要を説明しているのは「ループ量子重力理論」への前振りでした。
「超ひも理論」に関する書籍は多数あるが、「ループ量子重力理論」の本は少ないので多くの人に知って貰うための入門書としてはいいのではないでしょうか。
本書が易しいと感じるのは、概念だけ述べて理論の説明をしていないから。
アインシュタインの「一般相対性理論」についても、"空間も時間もゆがんでいる"程度のことしか言っていない。
説明は軽やかですが理解はできません。例えば以下のような説明。
「ループ量子重力理論によって記述される世界は、入れ物となる空間もなければ、事象が起こる時間軸も存在しません。
存在するのは、空間の量子と物質とのあいだの絶え間ない相互作用による基本的な反応だけです。」
空間も時間もない、と言った次の行で空間と時間が出てきている?何を言っているのか分かりません。
「ループ量子重力理論」についても、"空間も時間も存在しない特異点がある"という考えだと言っているだけ。
つまり、宇宙の始まりというとビックバンが出てきますが、ビックバンは「反跳」を起こす特異点だという理論の啓蒙書なんですね。
とりあえず読んでみて、触れ込みにある「あっという間に理解できる」人とは「(本気で)物理を知りたいと思っている」限られた人だと思う。
理科に興味がない人には変な教えの宗教か哲学の本を読まされているようで、読み通すことも苦痛かもしれません。
物理に限らず、「○○をあっというまに理解できる」本などありません。
物理の世界を感じたいなら「世界でいちばん素敵な物理の教室」とか子供向けの本がいいでしょう。
この本が面白いと感じて、もう少し知りたいと思った人には多田将さんの「すごい宇宙講義」もお勧めです。