あらすじ
時間はいつでもどこでも同じように経過するわけではなく、過去から未来へと流れるわけでもない──。“ホーキングの再来”と評される天才物理学者が、「この世界に根源的な時間は存在しない」という大胆な考察を展開しながら、時間の本質を明らかにする。本国イタリアで18万部発行、35か国で刊行予定の世界的ベストセラー!
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Posted by ブクログ
いやはや難しい本。量子力学から哲学的な話まで、時間について言及されており、普通に考えれば、一般の人では到底理解できないことを、ギリギリ読めるレベルに落とし込んでいる。私的には本当にギリギリの理解。エントロピーあたりで若干挫折しそうになった。AIに相談しながら、エントロピーとは?みたいに質問して理解しつつ、相対性理論で立ち止まったり、右往左往したけど、何とか読み切った。書評としては詳しく書けるような言葉を持ち合わせて無いし、理解もできていない。ただ、物理学、量子力学は面白い、次は何を読もうかなと思わせてくれた。式とかはちょっと敬遠したいけど、本に出てきた偉大な科学者の人生を辿ったりしたい。科学は哲学的な面もからもアプローチできることは作者の著作で物凄く感じた一面。
Posted by ブクログ
面白かった。ほんとうに。「なぜ、過去を思い出すことはできても未来を思い出すことはできないのか。」
面白そうすぎる。けど全てを理解するのは難しかった。
私たちが感じる「過去から未来へ流れる時間」は、実は水が氷になったり、霧が集まって雲に見えたりするような、「マクロな視点でのみ現れる二次的な現象」であり、「時間が経過したから、ものが動いた」でなく、実際には「ものが動いた(変化した)という情報を見て、脳が時間を捏造している」という逆の視点であるということ。
「エントロピーが増大する」という変化は、私たちの宇宙において「秩序ある状態から、無秩序な状態へ向かう」という一方通行のルール。過去から未来を感じるのはこのエントロピーの変化があるからこそ。(なにかを育てるとかもそうなんかな)
もっと勉強したい。
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1章 所変われば時間も変わる
時間の流れは、山では早く 低地では遅い
低地では あらゆる事柄の進展がゆっくりになる
平地の方が地球の中心に近いから。
物体は 周囲の時間を減速させる。
巨大な質量の地球の周りでは 周りの速度は遅くなる。
ものが落ちるのは 時間の減速のせい
物体は時間がゆっくり経過する方に向けて動く
2章 時間には方向がない
過去と未来、原因と結果、記憶と期待、後悔と意図を分かつものは、基本法則のどこにも存在しない。
周囲に変化するものがまったくないのであれば、熱は、冷たいものから温かいものへ移れない。(クラウジウス:クラウジウスは 一方通行で不可逆な熱過程を測る量を考え出した。エントロピーと名付けた)
この法則が、過去と未来を区別できるただ1つの基本的物理法則。
他のどの法則でも、過去と未来は区別できない。
熱は分子の振動
じっとしている分子も他の分子の熱狂に巻き込まれ動き始める。ぶつかったり押されたり、熱くなる。
冷たいところから 熱い所へ熱が移ることはない
過去と未来が違うのは 私たちの視界が曖昧だから。
「特別」「秩序だっている」私たちがあらゆる細部に目配りすれば どの配置も特別である。
「特別」という概念は宇宙を近似的なぼんやりした見方で眺めたときにはじめて生まれるもの。
ボルツマンは 私たちが世界を曖昧な形で記述するからこそエントロピーが存在するということを示した。エントロピーが じつはたがいに異なっているのに私たちのぼやけた視界ではその違いが分からない配置数であることを証明した。
過去と未来は、ぼやけ(粗視化)と結びついている。
過去が「特別」な状況なのは 私たちの視野が曖昧だから
3章 現在の終わり
速度も時間の流れを遅らせる。
動いている人間はあまり歳を取らず 時の刻みが遅くなり 考える時間が少なくなり 持ち歩いている植物は発芽に時間がかかる。飛行機の時計は遅れる
「今」には何の意味もない
4光年先の星にいるお姉さんが 今何をしているのかを問うことは意味が無い
どの瞬間が今なのか
私たちの「現在」は宇宙全体には広がらない。
「現在」は 自分を囲む泡のようなもの
親子関係で確立されるタイプの順序を、「半順序」と数学者は呼ぶ
親子関係は ある順序(子孫の前、祖先の後)を確立するが、どんな2人をとっても順序が決まるわけではない
祖先からなる円錐型の過去があり 子孫で構成される未来がある。
宇宙の時間構造も円錐型。「時間的先行性」は円錐型の半順序。
宇宙の「現在」は存在しない
4章 時間と事物は切り離せない
「時間とはなんぞや」
アリストテレス⇒変化を計測した数。何も変化しなければ時間は存在しない。
時間は 事物の変化に対して己を位置づけるための方法、勘定と関連づけて自分の位置を定める手段 時間は 動きの痕跡
ニュートン⇒事物とは独立にそれ自身として流れる絶対時間が存在する
ライプニッツ⇒時間は出来事の順序でしかなく、自立的な実体としての時間は存在しない
「空間とは」
アリストテレス⇒空間は物体の順序でしかない。「場所」はそれを囲んでいるもののこと
何も無い空間は存在しない
ニュートン⇒ふたつの物体の間にも 空っぽな空間がある 様々な事物は「空間」の中に置かれていて その空間はたとえすべての事物が取り除かれて空っぽになっても存在し続ける。入れ物としての空間
アインシュタイン⇒時空は重力場、この場は物質がなくてもそれ自体として存在する。世界はキャンバスの上に描かれた絵ではなく キャンバスや層が重ねあわされたもの
場は絶対ではなく、一様でもなく 固定されてもいない。しなやかで伸びたり他のものとぶつかったり押したり引いたりする
5章:時間の最小単位
時間の本質について明らかになったこと⇒量子を考慮すると、一般相対性理論が残した一時的な足場が崩壊する
量子力学は、物理的な変数の粒状性、(ゆらぎや重ね合わせによる)不確定性、関係性(他との関係性に依存する事)の3つの基本的な発見をもたらした。
この世界は微細な粒で成り立っており、連続的ではない。量子(基本的な粒のこと)
電子がどこかに現れる瞬間と別のところに現れる瞬間の間には、電子の正確な位置は存在しない。確率の雲の中に散っているようなもので、位置の「重ね合わせ」状態にあると物理業界用語ではいう。
時空も同じで 揺らぐ。
ひとつの粒子が確率的に散って不確かになるように、過去と未来の違いもゆらぐ。
他の何かと相互作用する瞬間に限って 予測不能な形で不確かさが解消され定まる。
具体性は ある物理系との関係においてのみ生じる。
相互作用が起こると、持続時間は粒状になり、相互作用した相手との関わりにおいてのみその値が定まる。
第二部:時間のない世界
6章 この世界は 物ではなく出来事でできている
事物は「存在しない」。事物は「起きる」のだ
無数の出来事は 必ずしもきちんと順序づけられておらず、ごちゃごちゃと集まっているのだ
出来事は生じ変化していく。時間は変化を計測したもの
この世界における最良の語法は、不変性を表す語法「~である」ではなく、変化を表す語法「~になる」なのだ
この世界を出来事 過程の集まりと見ること
この世界は物ではなく、出来事の集まり
原子は、もっと小さな粒子で構成されている。
素粒子は、束の間の場の揺らぎでしかないことがわかっている
量子場は 相互作用や出来事について語るための言語規範にすぎないことがわかっている
物理世界が実体で構成されているとは思えない。
この世界は限りなく無秩序な量子事象のネットワーク
第8章 関係としての力学
世界を記述する時に 時間変数は使えない
共通の時間が無く 物事の進みやすい方向が特に存在しない世界の記述とは?
必要なのは、世界を実際に記述する変数、私たちが実際に感じ取り観察し最終的に測ることのできる量だ
(道の長さ体温 パンの重さ 空の色 星の数 竹のしなやかさ 喪失の痛み 時計の針の位置 など)
量や性質の観点から記述する。
互いに十分同期している変数が見つかったら、それらを上手く使って「いつ」について語ればいい。
( 例;次の満月の3日後 太陽が1番高いところにあるときに落ち合おう。時計の針が4:35を指した時に君に会いたい。)
「時間」という名前をつける必要はない。
科学をするにしても、これらの変数の間にどんな関係が存在しうるのかがわかればいい。
この世界の基礎的な理論は、このように構成されるべきなのだ。
量子重力の基本方程式は このようにして作られた。その式は時間変数を含むことなく、変動する量の間の有り得る関係を示すことで この世界を記述する。
この理論は、時間のなかで物事が展開する様子を記述するわけではない。
物事が互いに対してどう変化するか、この世界の事柄が互いの関係においてどのように生じるかを記述する。
「ループ量子重力理論の方程式」(筆者の研究分野)
場は、素粒子、光子、重力量子といった具合に粒のような形で現れる。
これら空間量子の相互のネットワークが この世界の空間を生み出しているというべきなのであろう。
相互作用こそがこの世界における出来事の発生であり、時間の最小限の基本形態なのだ。
時間は、方向があるわけでも一直線でもなく、アインシュタインが研究したなめらかで曲がった幾何学の中で生じるわけではない。
相互作用の力学は確率的だ。
ほかの何かが起きるとした時に、問題の何かが起こる確率は 原則としてこの理論の方程式で計算できる。
この世界で起きる全ての事柄の完璧な地図、完全なる幾何学を描くことは不可能だ。
この世界は互いに関連し合う視点の集まりのようなもので、「外側から見た世界」について語ることは無意味。なぜならこの世界には「外側」が存在しないから。
空間量子は空間的に「近い」という関係によって結び合わさり、ネット(網)になる。これをスピンネットワークと呼んでいる。「スピン」という言葉は 空間の量子を記述する数学から。
スピンネットワークの輪っかはループと呼ばれており、これが「ループ理論」という名の由来。
これらの網は離散的なジャンプによって互いに転換し合うが、この理論では「スピンの泡(フォーム)」という構造として記述する。
これらのジャンプが生じることで肌理(きめ)が現れ、その肌理が、より大きなスケールでものを見る私たちにはなめらかな時空構造のように見える。
この理論は、小さなスケールでは確率論的で離散的な揺らぐ「量子時空」を記述しており、そのレベルでは、狂騒的な量子の群れが現れたり消えたりしているにすぎない。
第三部 時間の源へ
※ 9.10章はまた読み直すこと
第9章 時とは無知なり
大理石のテーブルも、私たちが原子レベルに縮めば霧のように見えるはず。私たちはこの世界を大まかに切り分け、自分にとって意味のある概念の観点から捉えているが、それらの概念は、あるスケールで生じているのだ。
「高い」「低い」ということはどこから?
私たちを引っ張る地球に由来している。近くに大きな物体があるときに生じるものなのだ。
これらの例では、実際に存在するものが、より基礎的なレベルではそれらが存在しない世界から生じている。時間も同様に、時間の無い世界に「生じる」のである。
マクロな状態が定める時間
時間が決まるのは、単に像がぼやけているから。
ある相互作用によって粒子の「位置」が具体化すると、粒子の状態が変わる。
また、「速度」が具体化する場合も粒子の状態が変わる。
しかも、『「速度」が具体化してから「位置」が具体化した時の状態の変化』は『「位置」が具体化してから「速度」が具体化した時の状態の変化』と異なる。
「位置」と「速度」は交換出来ない。これを量子変数の「非可換性」という。
物理的な変数の確定は孤立した行為ではなく相互作用であって、相互作用の結果はその順序によって決まる。そして その順序が、時間的な順序の原始形態なのである。
コンヌは優美な数学として提示。「非可換性フォン・ノイマン環」という数学的な構造を定義。
物理的な変数の非可換性によって、暗黙のうちにある種の時間的な流れが定義されることを示した。
マクロな状態によって定められる時間と、量子の非可換性によって定められる時間は、同じ現象の別の側面なのだ。
量子の世界に固有の事物の不確定性は、ぼやけを生む。
そしてボルツマンのぼやけゆえに、この世界はたとえ測定可能なものを全て測定できたとしても、予測不能になる。
時間の核には「物理系がおびただしい数の粒子からなっている」という事実と、「量子的な不確定性」がある。時間の存在は ぼやけと深く結びついているのだ。
そしてこのようなぼやけが生じるのは、私たちがミクロな詳細を知らないから。「時間」は結局のところ、私たちがこの世界について無知であることの現れなのである。時とは無知なり。
私たちの現実の像がぼやけて不確定だからこそ、ある変数が決まる。
第10章 視点
過去と未来の違いはかつてこの世界のエントロピーが低かったという事実に起因しているらしい。
なぜ 過去はエントロピーが低かったのか。
エントロピーは 私たちが何を識別しないかによって変わってくる。それは私たちが区別できない配置の数によって決まるから。
まったく同じミクロな配置のエントロピーが、あるレベルのぼやけでは高くなり、別のレベルのぼやけでは低くなる。
速度のような相対的な量なのだ。
自分たちがどの変数と相互作用するか、つまり、私たちがこの世界のどの部分に属しているかによって変わってくる。
宇宙のエントロピーが最初は低く、そのため時間の矢が存在するのは、おそらく宇宙そのものの原因ではなく、私たちの方に原因があるのだろう。
私たちの宇宙との相互作用のあり方が特殊だったのだ。具体的なマクロの記述を決めるのは私たちである。
私たちは極めて特殊な部分集合を識別するようにできていて、そのせいで時間が方向づけられている。
なぜエントロピーが増えるのか。
シャッフルしたカードを用意し、最初の6枚を覚えておく。そしてシャッフルし それ以外のカードがその間に何枚入り込んだかを調べる。
最初はゼロ枚だったのが増えている。これがエントロピーの増大。
最初のカードの配置はランダムだった。前半部分のカードを記憶してその配置が特別だと宣言したのは私たちの方だ。
宇宙のエントロピーについても同じことが言えるのかもしれない。多分 宇宙は特別な配置にはなっていないのだ。
記述には視点がついてまわる。
この世界における私たちの経験が世界の内側からのものだということを忘れてはならない。
11章 特殊性から生じるもの
世界を動かしているのはエネルギー資源ではなく、低いエントロピーの資源。
地球のそばには低いエントロピーの豊かな源がある。その名は太陽。
生命はエントロピーを増大させるためのさまざまな過程のネットワーク。餌から低いエントロピーを得ている。
Posted by ブクログ
面白かった!Newton超ひも理論を読んでからだったので、ちょうどつながるところもあり、楽しく読めたと思います。こういう物理の訳分かんないお話が大好物です!エントロピーやら量子論的な何か(笑)私にとっては訳分かんなさがとても楽しい!
頭の良い人はきっと訳がわかって楽しいんだろうなーと思いながら読みました。面白かった!!
Posted by ブクログ
時間は存在しないということがどういうことか、時間を私たちはどう捉えて、それとどう違っているのかが、門外漢の私でも理解できるように書かれていた。
哲学のパートは難解で、まだよくわかっていない。
Posted by ブクログ
「ループ量子重力理論」というとんでもなく難解な話題なのに、カルロ・ロヴェッリ氏の手にかかればこんなにも分かりやすくなるとは。
「時間は存在しない」と言われると「そんなわきゃない!」と否定したくなるが、昔(という概念もまやかしだが)の人々は天動説や地球平面説を信じ、アインシュタイン氏でさえ「神はサイコロを振らない」と量子的ふるまいに否定的態度を取った。ひょっとすると「(その頃にはそう呼ばないかもしれないが)昔の人って時間が存在すると思ってたらしいよ」となるかもしれない。
氏によると時空は重力場の「量子的重ね合わせ」であり、我々が「時間」と思っているものはエントロピーの低い状態を拙い脳が「(秩序だった)特殊(な過去)」と「ぼやけ(粗視化)」て認識しているからであると言う。つまり時間に前後関係はなく、電子とエントロピーの相対的関係性が存在するのみであるという。完全に理解できたわけではないが、なんとも知的好奇心を刺激される話ではないか。
また、詩文の引用を多用しており、アウグスティヌスの歌は「時間の認識」という一文も良い。
Posted by ブクログ
2019年11月に登録した書籍。
宇宙全体のある限定された系に生じた我々がそのように宇宙を認識するものとして生じたがために時間なるものを見出している。天動説から地動説に切り替わるように、時間は我々の脳が生み出しているだけだという話だった。エントロピーという概念が明らかに主観(恣意的な価値づけ)と切り離せない概念であることに対する疑問がきちんと取り扱われていたことで、要所を納得できた。ブロック宇宙論を退けているのも(直観的なものに過ぎないことは承知しているが)私の感覚と合っている。
Posted by ブクログ
自分は理系センスが全くない。それでも面白かった。衝撃だった。難しかったけど。
この世界はエネルギーで動いているものだとばかり思っていた。それが実はエントロピーが世界を動かしていたとは。
読みながら、ちょくちょく思考が停止したのは本書的に言えば、脳が動くのをやめ(キャパオーバーです)、エネルギーが熱へと劣化して頭が熱をもったということになるのか。パソコンと一緒だ。
Posted by ブクログ
相対性理論により時間を相対化するに留まらず、著者自身の自説であるループ量子重力理論により時空そのものがループに還元される。常識をいくつも超えた専門的で先鋭的な物理学であるはずだが、いとも平明に描かれているおかげで不思議と納得でき、新たな世界観が自分に加わった気がする。
また、物理学で時間を解体するだけでなく、むしろわれわれが実際に時間を感じるという事実に重きを置いて、広範な学問分野から認識や存在のメカニズムに深く迫る。その姿勢はまさに愛知者で、かっこいいし憧れる。
Posted by ブクログ
YouTubeの量子力学/相対性理論に感化されてこちらに。科学的にも興味深いが、科学者なのに文学的で詩的な著者の文章力が凄い。こういう系の話の最後は多くは認知や哲学的な話になる印象だが、読みやすい感じ。
Posted by ブクログ
なかなか理解が難しく、時間は存在しないと言えるほど曖昧なものだと感じている。しかし、もし私たちが時間を変えることができるのだとしたら、その「違い」とは何なのか。物理学が示す時間の概念──時間は実体として存在しないという考え方──について、まだ十分に理解できていない。もう少し深く理解を深めたいと思った。
Posted by ブクログ
凄く詩的な文章だった。
宇宙からみたら時間は存在しないけど、人には物語があるから過去、未来、現在がある。
外側ではなく内側に存在するってことかな。
わたしにはまだ理解できないところも多々あったから何度か読み直そうと思う。
184ページから先がまとめみたいになっているのでさらっと読みたい人はそこから先を読んだらいいかなと思う。
Posted by ブクログ
カルロ・ロヴェッリさんの本2冊目となります。
この方の本は全く物理がわからなくても
読みやすく理解しやすく書かれているので
初心者さんや物理に興味がある方にオススメです。
時間は存在しないと言われても、、、と思いながら読みましたが宇宙からみていかに地球が異質なのかがよくわかります。私はこの本を読んで宇宙からみて人間という存在は汚点なのではないか?と感じました。(エンタロピーの観点より…詳しくはぜひ読んでください。)
改めて人間という存在を世界の中心ではなく、ほんの一握りの存在で自然の方がはるかに偉大で素晴らしいと感じさせられます。
内容としては完璧で星5にしたいところなのですが
私の中では理解できそうで理解できない言葉にできないモヤモヤが少し残ったので星4としました。
Posted by ブクログ
物理学的に、「時間は存在しない」。それは現世を生きている人間にとって、すっと受け入れることができない、常識に反すること。
なぜ時間が存在しないのか、を物理学者目線で平易に語る。
Posted by ブクログ
Audible!!
宇宙、量子、時間的な話って何で定期的に読みたくなるのかな、、もちろん現実逃避をしたいから!
ってことでがっつり逃避してみましたw
最初に面白いなと思ったのが、宇宙とエントロピーのお話。宇宙全体が最初は低エントロピーだったわけじゃなくて、たまたまそういう場所に自分たちがいるからという考え方。部分集合の一部でたまたまエントロピーが低い場所があった的なことみたい。
その視点を分かりやすくしてくれるのが、りんご酒の例えでした。北ヨーロッパでりんご酒が飲まれているのは、文化が特別だったからじゃなくて、そもそもりんごが育つ土地だったから。同じように、生物が存在しているのも「奇跡」ではなく、たまたま条件が合った環境に、そういう存在が残っただけなんだ、、確かにφ( ̄ー ̄ )
んで熱力学の話もこの流れにつながる。エントロピー自体は、私たちの世界では確かに増え続けている。でも、それを「時間の流れ」として強く意識しているのは、人に記憶があるからなんじゃないか、という指摘でした。記憶があるから過去と今を区別できて、結果として時間が一方向に流れているように感じているってゆー流れ。
科学寄りの本なのに、最後は「時間は刹那の連続」みたいなところに着地するのが面白かった。科学の話を突き詰めると、哲学に行き着く、、考え尽くすと今ここに戻るって感じがほぇ〜な読後感でした。
Posted by ブクログ
誰に対しても、どこでも一様に流れている時間はないこと、現在というものはないこと、当たり前だと思ったこれらが実際は違うという事実は興味深い。また時間の方向もないことが、様々な物理方程式にみられるらしいことは特におもしろい。その後の、では時間のない世界をどう記述するのか、それでも感じる時間の正体はなにか、これらの論説は解説読んでも理解不能でした。
Posted by ブクログ
マクロな曖昧さ、これ、一神教の神でいいかな。
この状態、状況を記述しようとすると、その背後に神の視点なりが、立ち現れて来ると感じる、と、思えるな。記述自体は、聖書、寓話の一説、ミクロな個々のイベント、出来事の一つでしかない。
世の皇帝たちが、暦の作成に力を入れたのも、よく分かる。現況のトランプ関税も、パラダイムシフトか、アメリカの新たなブランディング戦略なのだろうかな。負債処理、金利操作の一つにもなってるし。
ロシアに暴露されちゃったし、当然、エントロピーは、増大するよね。失敗すると、核戦争もあるかな、うーん、一神教、縁遠いんだけどな、わし。
Posted by ブクログ
あらゆる事象に囲まれて私たちは生きている。時間という概念しかり、そこに絶対というものはなく単なる目安としての心構えとして尺度は設けられる。現在という時間は瞬間であり、過去と未来にすぐさま振り分けられる。では普段私たちが使う現在とは何か。このクエスチョンに込められているのは尺度の不確実性にある。その柔軟こそ事象ではないだろうか。正体はわからない。私たちはわからないものの中でわからないものを享受している。わかろうとするのではなくわからないものもあっていいと感知する。そしてわかりたいという好奇心を大切にしよう。時間と切り離せない音、音楽に身を委ねると、言葉にできないがほんの少し何かがわかったような気になる。その変化に時間は存在するのか、ますますこの世界が面白くなる。
Posted by ブクログ
前半は科学的な理論展開ですが、後半は哲学の世界に入って一気に難解になります。デカルト、カント、ハイデッガーの思想が時間に紐付けられて高度な議論が展開されています。
Posted by ブクログ
こんな世界があることを初めて知った。
宇宙がもう1つある感覚。
何度も読んでも100%理解は出来ない。私にとって恐らく一生かけて何度も読んで理解する本。
Posted by ブクログ
久しぶりに物理関係の読書をした。
非常に興味深いが、全てを理解できていない。
時計はそれぞれ持っていることはよく理解できた。
これらに関する知見を今後も深めたい。
Posted by ブクログ
相対性理論とこの本とプロジェクトヘイルメアリーが私の中でつながった
パッと部屋の時計を見たら時間が少しだけズレていた。時計はズレるものって思ってたけど、時間がズレてるとは思ってなかったな。
特別って概念はややこしくさせるものだな
特別は自分にとっての特別でしかない
たしかに私は曖昧に物事を捉えていたな、今は常にこの瞬間しかないのに、だいたい今ですべてをまとめて捉えている。本当に今について考えていたら、今について問うことはしない。
当たり前に思ってるものほど、当たり前じゃないが隠れているなぁ
この本でも宇宙規模の鏡のゲームという言葉が出てくるとは
人が見たいように見るということを色々考えさせられた
最近読んでた本の内容が科学的に語られていて、つながってるのが面白い
Posted by ブクログ
【読もうと思った理由】
時間について気になり、考えていた時に知人から勧められたため
【感想】
序盤に「時間の流れは一様ではなく、山(高地)では速く、平地(低地)では遅」というビックリする事実を知り、そこでグッと心を掴まれましたが、内容は自分には難しく、なかなか理解しにくい印象でした。それでも、時間についてじっくりと考える機会になったため、有意義な時間を過ごすことが出来ました。
【以下、本文で気になった箇所をメモしてAIで要約したもの】
▼1. 時間の遅延と物体の落下(相対性と重力)
場所による時間の速度差:時間の流れは一様ではなく、山(高地)では速く、平地(低地)では遅い。これは現代の正確な時計で計測可能な事実である。
質量の形作動:地球のように巨大な質量を持つ物体は、周囲の時間を減速させる。地球の中心に近い平地のほうが時間の減速が大きいため、平地で暮らす人のほうがゆっくり年を取る。
落下運動の正体:物体が落ちるのはこの時間の減速が原因である。宇宙空間のように時間が一様に経過する場所では物は落ちずに浮いているが、地球上では物体は自然と「時間がゆっくり経過する方向(地表)」へと動く。
移動による時間の遅延:山と平地のような場所の差だけでなく、動き続けている(移動している)人間にとっても、じっとしている人に比べて時間はゆっくり進む。
▼2. 時間と「熱」の不可逆性(過去と未来の区別)
過去・未来と熱の関係:時間と熱には深い繋がりがあり、過去から未来への違い(時間の向き)が現れる現象には、必ず「熱(ヒートアップ)」が関係している。
摩擦と熱による時間の方向:転がる球が摩擦によって動きを鈍らせて止まる映像は、逆再生すると「静止した球が勝手に動き出す」というあり得ない現象になるため、正しい向きが判別できる。この摩擦が熱を生む。熱が存在するときに限り、私たちは過去と未来を区別できる。
人間の思考:思考が常に過去から未来へと一方通行で展開するのも、ものを考えると頭のなかで実際に熱が生じるからである。
▼3. 時間の定義の歴史と変遷
アリストテレスの定義(古代):時間に最初に向き合ったアリストテレスは、「時間とは事物の連続的な変化を計測した数(人間が勘定したもの)」であると結論づけた。
ニュートン流の絶対時間(近代・常識):事物やその動きから独立して一様に流れる「事物とは無関係な時間」という概念は、ニュートンが考え出したものである。これが教科書を通じて世界中に広まり、現代の私たちの「常識」となったが、人類の太古からの自然な直感ではなかった。
▼4. 「物」ではなく「出来事(関係性)」でできた世界
世界は過程の集まり:この世界を「物」ではなく「出来事(過程)」の集まりとして捉えることが、相対性理論と両立できる唯一の方法である。
「物」と「出来事」の違い:
物(例:石):時間をどこまでも貫いて存在し、「明日どこにあるか」を問うことができる。
出来事(例:キス):継続時間に限りがあり、「明日どこにあるか」という問いは無意味である。世界は石の集まりではなく、こうした「キスのネットワーク(出来事の連なり)」でできている。
現実の相対性:客観的で全体に共通する「現在」は存在しない。動いている観察者との関係性によってしか「現在」を語れないため、私とあなたの現実は異なっており、世界を単純な「現在の連続」とみなすことはできない。
▼5. 永久主義と「ブロック宇宙論」
永久主義:時間の流れや変化は幻であり、現在・過去・未来はすべて等しく現実として永遠に変わらず存在している、とする哲学的な見方。
ブロック宇宙論:アインシュタインの「過去・現在・未来の違いはしつこく続く幻にすぎない」という言葉に代表される考え方。宇宙の歴史全体を単一のブロックとみなすため、そこではすべてが同様にリアルであり、瞬間ごとの時間の移り変わりは幻とされる。これに従うと、世界は何も変わらず動かないただ一つの現在ということになる。
▼6. 世界を動かす「エントロピー」
世界の原動力:世界を動かしている真の資源は「エネルギー」ではなく、「低いエントロピー」である。
熱平衡と時間の喪失:低いエントロピーの資源がなくなると、エネルギーは薄まって一様な熱となり、世界は「熱平衡状態」となって眠りにつく。そうなれば過去と未来の区別は消え去り、もはや何も起こらなくなる。
Posted by ブクログ
物理学者が書く本だが、なんというかすごい詩的な文章だった。
ガチで理解できたら、すごい面白い世界なのだろうが、ちゃんとした理解はできなかった。
(audibleだからかも)
残ったポイント)
- 熱力学があるから、ボールは止まる
- エントロピーが増大してるは、人間が近視眼的に見ているから?
- 時間は、一つではなく、なので離れた場所と今は共有不可
- 時間は意識が生み出している
スケールが大きすぎてなんか、フワッとした
Posted by ブクログ
特に序盤の解説が興味深かった。
相対性理論については多少馴染みがあったが、この理論に自身のループ量子重力理論を絡めて、時間の一方向の矢印や不可逆なエントロピーの増大についての理論展開はとても面白く感じた。
全ての概念について、結局は人間が出来事を秩序立てて整理する為に生み出したものであり、鵜呑みにしてはいけないなと改めて。
Posted by ブクログ
自分の物理や科学の知識が、圧倒的に足りていないこともあり、内容が非常に難しかったです。この世界の時間の流れは一定ではないとか、この宇宙を動かしているのはエントロピーだとか、新しい知識に触れることはできましたが、人に説明できるほど完全に理解できたような実感はないです。ただ、筆者の論旨のひとつの、過去と未来が違うのは、ひとえにこの世界を見ているわたしたち自身の視界が曖昧だからという見解には目から鱗が落ちた気持ちでした。もっといろんなことを(物理とか科学も)勉強して、自分自身の視界を明瞭にしたいなと思いました。
Posted by ブクログ
時間って何だろうということを考える良いきっかけとなった。
考えてみると不思議なものであり、目には見えないし、感じることしかできない。その感じいているものでさえ、私たちの生きているスケールが大きすぎるあまり近似されたものであり、そもそも時間は存在しない。でもじゃあ、何で感じるの?という疑問に物理学に最先端を行くカルロさんが答えてくれる、そんな内容だった。
文体は詩的で扱うトピックのせいか、哲学的な内容も多く正直わかり易くはない。エッセイというジャンルだからか、物理学の数式や理論的な記述は少なく、結論や表面だけをさらっていくだけでモヤモヤする。ただ、深い議論をされたところでほとんど理解できないのだろうが。
Posted by ブクログ
“するとナーガセーナは勝ち誇ったようにいう。「馬車と同じように、ナーガセーナという名前も関係と出来事の集まりを指しているにすぎない」と。
わたしたちは、時間と空間のなかで構成された有限の過程であり、出来事なのだ。
それにしても、わたしたちが独立した実体でないとすると、何がわたしたちのアイデンティティー、「自分は一つのまとまった存在だ」という感覚の基になっているのか。このわたし、カルロをまとまりあるものとし、その髪や爪や足、さらには怒りや夢をも自分の一部だと感じさせ、悩み考えさまざまなことを感じている今日のカルロが昨日や明日のカルロと同じだと思わせているのは何なのか。”
自分が何者であるのかという問いでもあり、哲学的(宗教的?)、叙述的とも言えるが難しい。
“わたしたちは、時間と空間のなかで構成された有限の過程であり、出来事なのだ。”とあるが、ある意味自分が世界だということかもしれない。
しばらくしてから、また再読したい。