水野祐のレビュー一覧
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ネタバレ「組織文化を変えたい」という願いは、たいてい空回りします。原因を「みんなの意識が低い」で片づけるからです。本書はそこを断ち切ります。読み終えて、私は制度をつくるときの起点を入れ替えました。以前は「どう守らせるか」から考えていた。いまは「いつ、誰が、どう見直すか」を先に決めます。
著者の主張は明快です。組織とは人の集まりではなく「ルーティン」、つまり毎日繰り返される行動と思考の束である。目に見えない"空気"は掴めませんが、言葉にできる「ルール」なら変えられる。ルールが変わればルーティンが変わり、人の見方と関係が変わり、その積み重ねが文化になる。手の届かなかった対象を、手の届く単位に翻訳してくれるわけです。
実務で最も効いたのは「メタ・ルール」、つまり「ルールについてのルール」です。新しい運用を入れるなら「3か月後に必ず見直す」と同時に宣言しておく。それだけで「一度決めたら変えられない」という身構えがほどけます。著者はこれを効率の話で終わらせません。ルールを疑ってよいという合図そのものが、意見を言っても大丈夫だという空気、つまり心理的安全性を育てる。統制の道具が安心の源になる。制度をプロダクトと同じ態度で扱え。私はそう読みました。
順序の指摘も耳が痛い。多くの会社は理念や新制度から始めて失敗します。日々何を褒めているか、なぜその決定をしたのかを開示しているか。この土台なしに理念を掲げても「額縁の中の言葉」で終わる。残業削減を通達しても、上司が深夜まで働く人を評価していれば現場は変わりません。書かれていないルールのほうが、書かれたルールより強いのです。
事例の扱いも誠実です。Googleの20%ルールが形骸化した経緯も、10年続いた制度が会社の規模と合わなくなって終わった話も出てきます。成功例を並べただけではないので信用できました。終章では射程が社会へ広がり、業界団体が金融庁との対話を重ねて2017年施行の改正銀行法に結実させた経緯が語られます。規制もまた、つくり替えられる対象なのです。
一方で、著者自身が「最も重要」と言う運用後の検証と評価は駆け足でした。何を指標にし、どの期間で測り、どこまでなら続けるのか。そこは読者が埋める部分です。個人のマイルールから法律までを「ルール」の一語で括るため、いまどの階層の話かを補いながら読む必要もあります。テンプレートより考える道具がほしい人に向く本です。「権限がないから」と諦めている方は、第3章だけでも読む価値があります。 -
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「死」を学際的に検討する過程で、よりよい「生」とは何かについて考えされさせられた。死とは生物学的な個体の絶命という意味を超えた観念であると感じた。死者を弔うのは他者であるが、その死者の存命中はもちろん、死後に至っても相互作用の中で誰かの自己と社会が形成されていく。そのような「分人」的観点で捉えると、「死」は自己完結するものではない。また、「弔う」ことの本質は儀式という表層的なものではなく、生成変化を伴う生者と死者の社会的な共生だと思った。
一方で、テクノロジーによって新たに生じる死者の権利、死後労働の観点は非常に悩ましい。生命はその有限性によってこそ輝くが、死後も残り続ける SNS 上の情報や著作物・AI による「死後労働」は、生者の死者に対する忘却という権利や弔いによって整理できたはずの「別れ」を脅かす。選択肢が増える過程で生と死を見つめ直す契機をもたらす一方で、人間の業の深さも感じさせられる。 -
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豊かで健全な文化の発展のために、法律がどう関わるか、非常に多面的に考察している。
創造性を生むには、既存のものがオープンで利用しやすい状況が良いという、ローレンツ・レッシグさんとも共通した見解。必然的に著作権の話題が充実しているが、それに限らず、宿泊施設や政治参加といった問題も扱っている。
冷静で真面目な口調だが、わかり易く、言い回しも豊かで読み心地が良い。
一章は総合的な話をして、2章はアート、ゲーム、ファッションなど分野別に言及し、それぞれ多視点的に述べている。
個人的には、ついつい2015年の五輪エンブレム問題に触れたところが痛快だった。
「五輪エンブレム問題は、法律が設けている最低ラインがサイバーカスケード/ネットリンチという、他者への不寛容や暴力が一種の祝祭的な盛り上がりのなかで増幅する快楽主義的なネットのアーキテクチャにより大きく引き上げられうるという事実を露呈した。」(p28)
自分がクリエイターというのもあり、鬱憤はたまってたから、こういうまとめかたがされていると、やっぱり気持ちがいい。
装丁=佐々木暁さん
角が直角の並製本に、ビニル質(?)のジャケットがついてきっちりガードしている、珍しい組み合わせ。黒に金の箔押しな表紙がかっこいい。帯はジャケットの内。ジャケットが透明なので見えるし、傷つかない。 -
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情報技術の進化で、既存の枠組みや概念では捉えきれなくなった事象に対し、創作意欲を阻害する事なく社会をより良い方向に導くためには、どういった法制度を設計するべきかを考える本。自分が理解する企業法務とは、会社の取り巻く法制度や商慣習などを踏まえてリスク評価とビジネスを進めるための対処策を考えること(時に予防法務としてビジネスを止める機能も持つ)。その前提には常に法的リスクの回避がある。ところが、Google Street View, Uber, Airbnbなどの米国企業は、法的課題に晒されるがらも、法解釈や法自体が時代とともに変化しうる事を前提にした上で、自分たちのビジョンを貫くためのロジックを用意し、時には法廷で争い、ロビー活動で法制度そのものを変えていこうとする。この視点はこれを読む前の自分にはなかった。
法の整備は予測可能性を広げ、新規ビジネス進出の足がかりとなる事は何となく理解しているつもりだった。しかし、自分が企業法務として新規分野への進出を支える一員となった時に米国企業が持つような考えで気概と覚悟と誇りをもって、「グレーゾーン」を突き進めるかどうかは自信がない。こういった新規分野のグローバル市場で生き抜くためには、既存の枠組みとの乖離をチャンスと捉えるマインドのみならず、具体的なチャンスとするための力、周囲を納得させるためのコミュニケーションスキル、法務スキル基盤(既存の枠組みを熟知しているという意味)、業界の変化を漏れなく素早く察知する幅広い教養と知識が必要になるのだと強く感じた。
これからも企業法務という分野で活躍したいと思う身としては、考えさせられる、でもとても心揺さぶられる本だった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレルールがあることで、多くの人が安心して、自由に生きることが可能となっている。
ルールは問題から生まれ、ひとつのルールを実行することが他人の利益や欲望と矛盾したり、さらに別の問題が表れてしまったりする。だから、ルールを事項することで刻々と変化する状況を常に観測しながらアップデートすることを前提とする必要がある。
ルールリテラシーとは「ルールの理解度を上げようと自ら勉強したり、教育や啓蒙の重要性を説いたりするアプローチ」を指す。一方、ルールコンピテンシーとは「ルールについて対話し、意見を言うなど行動し、参加・関与していくという主体性や行動特性」を指す。このうち、ルールを自分事としてとらえる視点や、ルールの受け手でなく作り手となって参加し、過程を楽しむという後者の能力が私たちには欠けている。
宇野重規「異なるルールによって運営されるコミュニティが多数存在することを前提に、どのコミュニティのルールが居心地よいかを考え、移動を繰り返しているのが、現在の私たちである。その意味で、ルールは「与えられる」ものから「作る」ものへ変わった後の今、「選ぶ」対象になりつつある」
「行動を誘導する」ナッジは「ルールを考える」ということにはそぐわない。また、絶対的なルールを決めてくれる人がいれば、それを守る人たちは「考える」というコストを支払わずに振舞える。よって、ルールを設定しないという野生の状態は、一見自由に見えても、ある意味すべてを民事で解決しようとすることで、必然的に個々人にコストがかかることを要求している。 -
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ネタバレルールが増えて生きやすくなっている時代である一方で、それによって手に届きにくくなったものも多くあるのではないかと思っていたところ、改めてそれらを捉え直せるのではないかと期待してこの本を手に取ってみました。
著者にデザイナーが関わっていたのでもしかしたらデザインに関する内容を期待していたのですが、思ったよりもそれに関する内容が少ない印象だった。
どちらかと言うと、法律などの公共的なルールに関する話が多かった。
この展示に関連するWEB記事も多くあり、そちらの方が個人の生活に落とせるような内容も記載されているので、とても参考になりました。
特にクリエイティブに関わる仕事をしているにとって、見直すという行為は新しいものを生み出す上で大事な考え方だと思うので、とても参考になりました。
面白いと感じるデザインや映画のシーンはルールを破ったり裏切りがあった時に感じるように感じます。
この展示の軸としてある「つくる」「使う」「見直す」「更新する」という図はとてもわかりやすく、汎用的に使いやすい考え方だと思いました。
法律やルールなど公共に関わる物だけでなく、バイアスや同調圧力、セオリーなど公共のルールとして定義されていないけどなんとなく合わせてしまっているものも改めて見直す価値があると感じました。 -
Posted by ブクログ
弁護士として、インターネットに関する法的問題を専門とする著者の問題意識は極めて明確であり、重要なものである。それは端的に「イノベーションや創造性の阻害要因として法を捉えるのではなく、むしろドライブさせるものとして新たな法をデザインすることができないのか?」というものだ。
インターネットと法律に関する現代の基本理論は、言うまでもなくローレンス・レッシグが「CODE」で明らかにした4つのルールの有り方であろう。そこでは、我々の社会のルールを形成する要因として、「法」、「市場」、「規範」、「アーキテクチャ」があるとされ、特にレッシグはCode/Codingに基づく「アーキテクチャ」が知らず知らずにうちに現代社会のルールを形成していくこと、そしてその重要性が増すことを予言した。そして、実際、「CODE」が発表されて20年弱が経過した現在は、このレッシグの予言通りであると言って良いのだが、著者の問題意識は、この中での「法」の存在である。なぜなら、「市場」と「アーキテクチャ」は、経済学的要請、技術の変化といったトレンドによって日々刻々とかつスピーディに変化し続ける。一方で、「規範」とは我々の文化が過去から引き継いだ文化的習慣などの累積であり、即座に変化するような類のものではない。
そうした背景を考えたときに、一見「慣習」と同じく固定的に見える「法」に、環境変化に応じた柔軟性を持たせるようにリ・デザインすることはどのように可能なのか、その可能性を本書では、音楽、二次創作、アート、ゲーム、ファッション、ハードウェア、不動産、金融、家族、政治などの様々な産業/社会領域ごとに明確化させていく。例えば、アートの領域のおいては、人工知能が生み出した創作物に対する著作権の問題など、昨今メディアで話題になるような各論点も含め、非常に網羅的にまとめられている。
問題意識の鋭さ、広範な論点の可視化と初期的な方向性の提示など、多くの人にとって有用な価値があるのではないか。