つげ義春のレビュー一覧
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多分、むかし読んでいるのだが、もう一度読みたくなって文庫版の新版を読み始める。写真がものすごくよい。
温泉で執筆していた文豪のことや、民俗学者・宮本常一のことなども出てくる。自身の神経病みのことも少し出てくるが、社会的弱者からの視点、弱者への眼差しが感じられる。読んでいて心がほぐれる。
期日前投票に行ったが長蛇の列で、約1時間この本を読みながら順番を待った。高齢者が多く、膝や腰が痛くて立っていられない、座ったは良いが順番がわからない。などなど、嘆きの声があちこちから聞こえてくるなかで、赤ん坊の鳴き声も一際目立っていた。日本の人口構成がわかるような気がした。 -
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これまで何作かのつげ作品を読んできて、私は特に〈李さん一家〉と〈海辺の叙景〉に見事にやられてしまったのだが、そこにこれまた私が好きな『幻想怪異』の要素までトッピングされたら、それはそれは素晴らしい作品集に決まっている!
という訳で実に良かったです。ハイ。
運よく収録作全てが未読だったのも素晴らしい。
紙質も製本も非常に良くて、めくり心地最高。すべすべ。
作品ではやはり群を抜いて〈ゲンセンカン主人〉が狂気の極み、まさに奇譚としか言いようがなく、「と……… まあ そういう わけだったのさ」(p123)という文字だけのコマに痺れたし、淡々としているはずなのに結末に向けてクレッシェンド気味に緊張と恐怖が高まっていくあの感じは何なんだろう。すんごい。
〈ヨシボーの犯罪〉も結構な衝撃作。もはや構図がデ・キリコの絵を彷彿とさせるような、遠近感覚を見失う感じで無意識的に不安を煽ってくるのに加えて筋書きは余りにもホラーでシュール。まさに悪夢。p98のヨシボーの満面の笑顔は夢に見そう。また全体的に白っぽいコマが多くて、まるで夢の中とか白昼夢を強制的に見せられているみたい。
〈必殺するめ固め〉はもはやB級ホラー映画という枠組みの中の最高峰みたいな作品。なんなんだ一体これは…。
後半に収録されている50年代末頃の作品群は押井守監督の特別寄稿に曰く貸本屋時代の作品ではとの事だが、確かに絵も線もつげ先生のイメージとはちょっと違った感じの、知らなかった一面を覗く事が出来た作品たち。
冒頭解説でも触れられていたが、あえて背中からの構図にして表情を描かなかったりTPOを全て脇に置いて真顔で表現したりと、なかなか掴み所を曝さない事でこちらの不安や動揺を誘い出す巧みさが魅力で、言ってみればその不愉快さがクセになるし、夢幻の様な作風と呼ばれる所以なのだろう。
表紙も好き。
お値段は若干お高めだけど満足度も高い一冊。
1刷
2022.10.24 -
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代表作とされる「紅い花」「李さん一家」「もっきり屋の少女」を含む13編を収録。
’影’の表現が素晴らしい。
直接的に感情を口にする場面はほとんど見られないが、陰影や微妙な表情のゆらぎ、情景で心模様を描き分けている。
表題作「紅い花」は夏の陽が注ぐ深緑、川や滝の流水音・蝉の声が耳目に鮮やか。そして現れる紅い花。初潮を迎えたサヨコと、それを目の当たりにしたシンデンのマサジの心の変化が描かれる。
「李さん一家」はただただ怖い。どこからともなく鳥語を話せる李さんが現れ、いつの間にか家の二階に住み着き、特に何をするでもなくそこにいる。最終的にどうなるかと言えば「実はまだ二階にいるのです」で終わり。いや、怖すぎる。
「通夜」はブラックジョークと不謹慎の塊のような作品。死んでしまったら尊厳も何もない、おしまい。という事かな。
「海辺の叙景」は大人の男女のささやかな恋模様を表情・情景と影の表現で描いた作品。心情を直接的にはセリフに一切出さずとも繊細な心の揺れまでが伝わってくる。ボート小屋の対比で恋の始まりの予感と終息の気配を。ラストシーンの曇天、雨の中暗い海で泳ぐ男の表情は伺えないが、別れに落胆する寂しさを見開きの構図で描写。女の「いい 感じよ」というセリフが余韻を残す。
「西部田村事件」「ニ岐渓谷」「ほんやら洞のべんさん」は旅先の土地で暮らす人々の風土・習俗を生き生きと描いている。
続く「女忍」は一転、時代劇。復讐の緊張感や昏さ、忍びの動きが余す所なく活写されている。
50〜60年代の学生青春劇「古本と少女」。主人公があれこれ悩む様子を俯瞰・バックショット等多彩なカメラワークで捉えている。
「もっきり屋の少女」は貧しい農村に暮らす「みじめ」な少女・チヨジの姿があんまりにも切なすぎる。闇に吸い込まれる男のエールも虚しい。
「やなぎや主人」「庶民御宿」は闇が濃い作品。人間の業や欲を抉る。どちらかと言えば後期の作品か。
「近所の景色」には画風や線にはっきりと変化が見られる。今ひとつテーマがとらえにくいが、時代の移ろい・街並みの変化により「貧しげでいずれは朽ち果ててしまいそうだが、自然のぬくもりが感じられ」(p292)た風景が失われていくことへの述懐のような気持ちが込められているのではないか。
読み応えがすごい。
濃密かつ風化知らずの名作品集。
26刷
2021.9.18 -
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昭和50年=1975年、子供が生まれ、入籍。作品が文庫化し儲かる。
昭和52年=1977年、マキ、癌手術。家の問題。
昭和55年=1980年、不安神経症の診断。森田療法。
といった、いわば「「ガロ」以降」の私生活を、1983年から「小説現代」に連載した、というか、売ったというか。
子が生まれて5年ほどの記録だ。
ほぼ同時期の記録を藤原マキが、1982「私の絵日記」、1987「幸せって何?ーマキの東京絵日記」として出している。
この2冊は持っているので、続けて読むつもり。
つげの持つ、旧来の男性的子育て価値観/神経症的・心配し過ぎな子育て価値観、をマキ側から光を当てられる、結構稀有な題材だと思うなぁ。
この日記の単行本が再販や文庫化されなかったのは悶着があったからだというが、むべなるかな。
近所付き合いや、母や弟との交流、妻との諍いやら久しぶりのセックスの日付まで。こりゃ喧嘩になるわけだわ。
しかしすべてが実話かどうかはわからないし、おそらく藤原マキの著作との齟齬や合致もあるだろう。
そのへんもこの日記集の終わりのほうで、自分が私小説が好きなのは覗き見することで慰藉されるからだと書かれており、それが読み手の意識に連帯を促す、という作りだ。
個人的には、4歳児を育てている中で、もうひたすら子が愛おしく感じられたり、子がいることで何もかも嬉しく感じられたりする半面、自分のコンディションが悪いと一転して鬱陶しさの芽のようなものがぐんぐん育つという状況や、数年先に予想される落胆がじわじわしみ込んでくる感触とか、15年前から10年間ほど悩まされたパニック障害とかについて思い返されたりして、全然他人事ではなかった。切実な読書になった。
たぶんというかほぼ100パー、「つげ義春全集」の打ち水的文庫化企画だが、つげファンは引退して金を自由に使えるんだろうか。
そういう作家の年齢ーファンの年齢層、みたいなことも頭の片隅に置いてしまう。水木しげるとか、大友克洋の全集とかもさ。 -
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最後の「無能の人」を除けば、短編の漫画集。
【退屈な部屋】
日常と離れるために、偽名を使って、外にアパートを借りる。が、妻に気づかれる。妻は怒るでもなく、部屋を掃除してくれ、また、住むことが出来るように、整えてくれる。
それは、新たな、退屈な日常となる。
【魚石】
つげ義春の、旅行記によく出てくる、相模原のT君から譲り受けた、いかにもインチキくさい石の話。
【日の戯れ】
これも、つげ義春の随筆旅行記によく登場する、妻がでてくる。随筆旅行記には、妻は写真でも登場するが、小さい写真なので、顔までは分からない。この漫画に描かれている妻は、なかなか魅力的。つげ夫妻は、仲が良かったのだろう。
【散歩の日々】
これも、なんの変哲もない日常。この作品には、つげ義春の子供が登場する。随筆にも登場する、正助君だろう。
【池袋百点会】
近くの喫茶店の看板娘の福ちゃんの話。
本当に、何でもない話なのだけれども、つげ義春の絵と共に描かれると、ついつい読み進めてしまう。福ちゃんが魅力的なのは、つげ義春が、そう感じていたから。
【隣りの女】
安保闘争の話が物語の中に出てくるので、1950年代の後半の話か?つげ義春は、1937年生まれということなので、おおよそ20歳近辺の時の話。
【無能の人】
生産的であることを拒否しているような暮らし方。つげ義春本人に、こういう要素があり、それを自分で分かっていて、こういう作品を描いたのだろう。