のっけから自分の話で恐縮だが、SFがあまり得意でない。
読んで読めないこともないのだが、読みながらどうしても結局嘘話じゃん、と思ってしまう。そんなことをいったらフィクションはすべて嘘話ともいえるのだが、特にSF(サイエンス・フィクション)となると、それなら実際、今どういうことになっているのか、サイエ
...続きを読むンスのノンフィクションを読んだ方がよくないか?と思ってしまうのだ。
SFファンの方にはわかってないなと言われそうだが(いや、実際わかってないし)、まぁそんなわけで普段は自分から進んでSFは手に取らないのだが。
定期購読している『日経サイエンス』2月号に本書の著者の短編が載っていた。SF短編が掲載されることはあまりなく(少なくとも私が購読している数年間では見た覚えがない)珍しいなと思いながら読んだ。そしたら予想以上におもしろかった。
近未来、月面でビジネスとして臓器培養をするお話である。
・・・へぇ。
予想外のおもしろさの理由は、現実と空想の織り交ぜ方の絶妙さにあるように感じた。
著者プロフィールを見ると、少し前に話題になっていた『横浜駅SF』の著者さんだった。『横浜駅SF』を読んでみてもよかったのだが、とりあえず短編集を読んでみることにした。
本書は、短編13編+あとがき+ボーナス・トラックという構成。
冒頭が表題作(「まず牛を球とします」)である。なにやらトポロジーの(ドーナツとマグカップは同じ、みたいな)話なのかと思わせるタイトルだが、そうではなくて、本当に球状の牛を作るというもの。それってどういうこと?
3話目の「数を食べる」は、純粋な概念としての「数」って何なの?というお話。尖っていてなかなかおもしろい。
5話目「東京都交通安全責任課」。機械ができることがどんどん増えている昨今。じゃあ結局人間しかできないこととして最後に残るのは何?
10話目「大正電気女学生」と12話目「改暦」は、お題ありきの企画もので、前者は大正レトロ、後者は中国・元を舞台としたもの。楽しく読める。
11話「令和二年の箱男」。いや、なんか実際こんな人いそうである。
13話「沈黙のリトルボーイ」。広島に投下された原爆が不発であったら、というIF話。エンディングが少し軽すぎるような気がするが、存外考えさせられる。
あとがきは各話の著者による自作解説。1話目の解説で笑ってしまった。
総じて、科学的知識の裏付けがあったうえで、ちょっと「はずす」、その匙加減がうまいように思う。加えて、どこかオタク的でシニカル、すっとぼけたユーモアセンスがアクセントになっている。
著者は、元々は大学で任期付きの生物学研究者で、任期が切れた後、専業作家に転じられたとのこと。なるほどと思う経歴である。
さて、これでSFに開眼したか、と言われると、残念ながらそこまでではないのだが。でも、この著者の作品はまた手に取ることがあるかもしれない。