熊谷晋一郎のレビュー一覧

  • ケアを学ぶ人のために

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    現在ほど「ケア」が注目される時代はないと思う。コロナ禍で注目され、新自由主義の害悪が注目され、「ケア」中心の世界をといったのが忘れるくらい、バックラッシュが起こっている。そういう状況の中でも面々と注目はされ続け、知見も積み重なっている。本書はあらゆる「ケア」についてのガイドブック。その筋の専門家が短いながらもエッセンスを書き、章末には読書案内として3冊を挙げている。どの著者も選りすぐりの署で、この書を端緒にさらに読書が深められる書である。本書を読み、初めて「世界思想社」という出版社を知った。

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    2026年05月13日
  • ケアを学ぶ人のために

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    各章を読み進めるたびに、「ケア」の輪郭が少しずつ立ち上がってくる感覚があり、ドキドキやワクワクと同時に、どこか怖さも覚える本でした。
    例えるなら、ミステリー小説で探偵がトリックや動機を解き明かしていく場面を読んでいるような、そんな知的興奮に近いものがありました。
    ケアの理解が深まる喜びと同時に、ケアが内包しているダークサイドを踏まえて自分はどうふるまうべきか、強く考えさせられました。

    “はじめに”では想定読者を「これからケアについて学んだり議論したり、研究したり実践したりする大学生や専門学校生、大学院生」としていますが、ケアに関わるすべての人に開かれた本だと感じました。自分の経験している現場を越えて視野を広げる助けになるし、読んでいること自体が「共通言語」になりうる書籍だと思います。
    また、特定の章を深めたい人向けの読書案内3選がついているのもありがたい点です。次の一歩が明確になる一方で、積読が増えてしまうという悩ましさもありますが。

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    2026年04月29日
  • ケアを学ぶ人のために

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    誠光社というとても雰囲気のある本屋さんで2回ほど来店し買うか迷って思いきって買ってみました。「料理から社会を問う」っていう見出しが興味深そうです。

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    2026年04月13日
  • ソーシャル・マジョリティ研究

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    おもしろい!
    確か『絶望手帳』で綾屋紗月さんのことを知り、家族が発達障害当事者でもあり、高額ではあったが面白そうなので購入。
    内容は非常に興味深い。日々自分の『当たり前』がなぜそうしているのか?いつから身についたのか?改めて考える機会になったのと、人はそれぞれ違う世界を生きているという前提に気付かされた。
    なんせ、学びが深い。

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    2026年01月03日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    マジョリティの認知が前提で社会が造られていることが非常に分かりやすく説明されている。
    当事者研究という一つの解に対し、最後にスタートに戻ってしまったかのようなモノローグが展開されるのはなかなかに壮絶である。
    でも本書で言及されているように、変動することそのものに価値があるなら、前に進んでいるということなのかなと思う。

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    2025年12月01日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    とても面白かった。自己と向き合う、をビジネス書に書いてないアプローチで理解したい人にも良さそう。(でも抽象では同じこと言ってる)。

    弱さは終わらない、と最後の章にあるように、一生付き合っていく自己との折り合いの付け方、がリアルでよい。

    本質主義的にならない=決めつける、無理に答えを出すことを控える、は、深い。

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    2024年09月01日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    アスペルガーの方と脳性麻痺の方による、それぞれの特性について当事者の立場で考察した交換書簡。特に自閉についてとてもよくわかった。

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    2024年08月21日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    ネタバレ

    「個々人の差異はそのままに、同時に差異を超えた共感と合意を立ちあげる」これがなかなか実現できないのが実際の社内であり、だからこそ諦めずに追求していく大きな価値がある課題。

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    2023年12月11日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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     常識やコモンセンスといった液体で満たされたグラスの中に、マイノリティー成分とでも呼ぶべき固体(氷みたいなもの)が沈んでいる。
     恐らくはこの液体・固体両者を含めてのものが「私」。しかし色のついた液体は容易に固体を覆い隠す。またその状態こそが正解だと思い込まさせられる。結果、固体をもった私は「悪い私」となってしまう…。
     「対話」の場は、そんな「私」達が集い、氷を中央のボウルへと入れていく「場」である。このボウルは、安全安心という規則のもとで、出来るだけ常識・コモンセンスという液体が混ざり込まないように工夫されている。そこに集められた氷達は、ゆっくりとボウルの中でとけだし、緩やかに混ざりあう。
    これは、従来の個々人の中では決してみられなかった現象だ。個人のコップ内にある限り、その固体は決して溶けない。異物として、マイノリティーとして残り続け、「悪い私」を産み出し続けてしまう。
     となると、この液体自体が強固な固体を作り出す作用を持っていると言える。固体の輪郭線を厚くするのは、固体そのものではなく、液体のほうの作用ということになる。

     そしてボウル内でとけだして混ざりあった新たな成分は、再び個人というコップに戻されていく。その結果生じたのは、もはや常識・コモンセンス色に染まったかつての「私」ではない。化学変化を起こした「変化し続ける私」なのだ。その中でマイノリティーとして沈められてきた固体成分が、私の一部として緩やかにとけだしていく。
    そういうイメージだ。

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    2023年08月17日
  • 自由に生きるための知性とはなにか

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    自由に生きるための知性
     これはいってしまえば=教養なのかなと思った

    第一部が特に心に残った
    教養を学ぶ意義
    教養と社会の関係について整理できた

     いま、教養が大事だと改めていわれている理由
     →教養から専門知に傾いて
      専門家と一般人のコミュニケーション
      が上手くいかず、さらには
      非対称な垂直な関係になり
      専門家と一般人の間の信頼が崩れた
     →終身雇用制度が崩壊しており
      学び続ける力が必要になってきている
       =エンプロイアビリティ

     一方で、教養・リベラルアーツとは、
     それがある人とない人を隔てる垣根であり
     いま社会から求められている教養との間に
     ジレンマがある

     いま求められている教養とは
     他者に対して「開かれ」ていること
     新しい自己に出会うこと

    その後の章では、差別、好きって何、読書のすすめ、など専門家からの細かな話になるが
    「いまの自分の枠からはみたでたものを学ぶ、触れることで、新たな自分を発見する」こと
    の重要性が通底しているなと思った

    感想
    上田先生が言ってたいわゆる量産型の奴隷のような学生だったな自分…
    そして色々みているつもりだったけど、自分の好きの中でしか出会えてないかも…
    めちゃくちゃ井の中の蛙だな自分…
    てか文中の引用がハードすぎて付いていけない…
    と落ち込みそうになりました

    しかし相手は大学教授たちなので仕方ない
    というか、
    教養の持つ分断の意味合いにジレンマ感じつつ
    インテリたちの共通言語を使いすぎてやしないかい?とツッコミを入れながら読みました

    単細胞の私には少々難しい本でしたが
    1ヶ月くらいかけてゆっくり理解しました

    おすすめの本がたくさん出てきて
    読書リストがどんどん伸びる

    時間を空けてもう一度読みたい作品

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    2023年03月26日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    私と似通った特性の綾屋紗月さんの当事者研究、パートナーの熊谷氏との共著。
    自らの特性を深く追求し、研究し続けるさまに、頭が下がります。
    多くの発達特性の人は、自らのセルフモニタリング能力が難しい中、綾屋紗月さんは、当事者研究に立ち向かっている生き様に、あこがれをいだきました。
    私のこれからにも、
    当事者研究のスタートラインに立てたように思えました。文中のなかの、独特な表現に、「わたしも、あるよな〜で、おうちで、ぐったり」とうなずける部分あり。
    熊谷氏のつながりの研究にも、頭が下がります。
    当方、福祉の仕事についているため、利用者様に寄り添い、ただつかずはなれずてきにも、支援しようと学びの機会になりました

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    2023年03月09日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    ネタバレ

    アスペルガーと脳性まひを「つながりにくさとつながりすぎ」で表現するのが面白いなぁと思った。また、生きづらさを感じた人間が、自身の仲間を見つけることによって自分の存在を再認識して、そこのグループでまた疎外感を感じるようになるという流れがあること発見だった。最後の部分にある自閉症が1970年代から増えているっていうのは元々単純作業なら出来ていた人が、サービス業や複雑な作業をする割合が増えてきて、生活に支障が出る人が増えてきたのかなと思った。生きづらさを抱えているけど病名がついていない方にも読んでもらいたい。

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    2022年04月09日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    とてもツラい時期にこの本に救われた。(お二方と同じ状況、境遇なわけではないけれど)わたしの孤独をわかってくれるひとがここにいたんだ、と。当時、暗くて出口のないトンネルを歩き続けているような日々だったけど、この本が理解者として優しく寄り添ってくれた。いまでも読み返すと涙が止まらない。

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    2021年11月22日
  • 子どもの人権をまもるために

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    たぶん3年くらい積ん読してたけど、早く読んどくんだった。
    子どもに関わる人は読んだ方がいい。

    「子どもの権利」って言ってもとっつきにくい感じがするが、
    こうして具体例を項目ごとに並べられ、
    しかもその分野の専門家が実例を挙げて書いているため、
    各分野の入門的な知識を得られる。
    実際、共著者の著作を改めて読みたくなったし。

    まぁ仕事柄、第二部「学校」をみんなに読んでほしい。
    この国でどれだけ「子どもの権利」がないがしろにされてるか、
    たくさんの人に知って欲しい。

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    2021年07月01日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    当事者研究、熊谷先生、「つながり」に関心があり手に取った。
    ASD当事者と脳性麻痺当事者の、身体の中の「つながり」、他者・社会との「つながり」をベースに当事者研究について綴られていた。

    自分の弱さをそのまま他者やコミュニティに共有し、少し心が軽くなる。また、それを経て自己の理解を更新し続ける。当事者研究のあり方をそう理解するならば、心や身体の状態に疾病や障害の名がついていなくても、苦しいと感じることがある人なら誰でもこの取り組みに共感し、実践していけるものだと思った。自分自身、何度も救われてきた友人との対話がこれに近いのではと感じた。
    何度か引用されていた「その後の不自由」も読みたい。

    印象に残った箇所。
    ・ネガティブな話は他者に話してはいけないものだという規範に生き… そうした規範こそが家族という密室の中で支配や暴力を生み出すカリクリとなっている…
    ・「横の笑い」は「あんたもやっぱりそうか」という仲間同士の共感
    ・身体や世界の不確実性に怯え続けている人は、不確実性を減らそうとして過剰に規範的になる場合も多い
    ・痛みの記憶は消えることはない。でも痛みが静かな悲しみに変わるということはあり得るのかもしれない

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    2021年06月27日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    「当事者研究の可能性」という章の中に、「所属するコミュニティの言語、社会制度、信念や価値観」という基本設定が文化人類学者の大村敬一さんにならって「構成的体制」と呼ぶことにして紹介されているが、この「構成的体制」と、「個人の日常実践」との相互循環という考え方が読後に一番印象に残った。個人間の差異だけ見る、木だけ見るのでもなく、構成的体制という全体としての森だけを見るのでもなく、木のために森を見て、森のために木を見るというような印象を受けた。また、この構成的体制というのは、普段「当たり前」としていて意識にものぼらないもののことで、構成的体制を無意識に受け入れられているときは人は自由に思考できるという内容を読み、ある程度縛られている環境の方がより自由を感じやすいという自分の感覚にも合うと感じた。

    また、それより前の章の「つながりすぎる身体の苦しみ」という章では、睡眠•覚醒サイクルの話が書かれていて、身体が日中に取り入れた情報は夜間に睡眠時という密室で処理•統合されるという話だった。

    安定した「私」を手に入れるためには、「わたし」が得た情報と「わたし」が上手くつながる必要がある。上手くつながるためには、安心できる森の中の一本の木としての「わたし」が、日中に取り入れた情報を夜間健やかに眠ることで処理するというようなイメージが生まれた。

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    2021年03月03日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    冒頭では、そもそもアスペルガーとは、自閉症とは何かを、筆者の日常とシナプスの結合という科学的な仕組みにより、非常にわかりやすく、イメージされやすく解説している。

    その後、個と集団の両立の難しさや、同族感による安心感と煩わしさなど、私にも共感出来るような形で書いている。

    個人的には、人と違うことは不安だけれど、かといって同調しないといけないのは面倒だという人間関係にはすごく納得がいった。
    ――――――
    綾屋さんは、アスペルガー症候群と自分が気づくまで、自分と周りとの違い悩んだ。
    やっと同じ症状の人がみつかり安心感を得られ、アスペルガー症候群への理解高まり、生活しやすくなるだろうと思ったら、そうでもなかった。

    今度は集団の中でアスペルガー症候群らしくしなければならないこと、型にハメられる気がし、そもそも障害者と健常者の区別は何を持ってして決められたのかそもそもその基準を疑問に思う。

    アスペルガー症候群と症状を括って、症状に対して社会的なアプローチをかけるのではなく、都度都度発生したパターンに応じてよりよい対処をしていくのがよいと考えた。

    そうして、綾屋さんは、当事者研究として、自分の内面と外部環境を改善していくしくみを考えた。

    観者的な役割と自信の経験を都度都度フィックスさせて、当事者研究を進めることで、自分への気づき、周りへの変化をもたらすと考えている。

    ――――――――――
    章立てで流れるように記述されており、2人の著者の内容が、上手く絡まっており大変読みやすく、理解もできた。
    1度読み、やっと自分なりにこの本を要約できだが、文の中にはたくさん心に残るワードが記されていたので、再度読み直そうと思う。

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    2021年02月21日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    過剰につながれない綾屋と,過剰につながりすぎる熊谷の両氏が,それぞれの立場から,多様な他者を他者として認めた上でどのようにつながれるのかを考察した一冊。
    
    どのようにしたらつながることができるのか(つながりの作法)についての著者らの考えは大きく4つにまとめられる。
    
    1. 世界や自己のイメージを共有すること
    2. 実験的日常を共有すること
    3. 暫定的な「等身大の自分」を共有すること
    4. 「二重性と偶然性」で共感すること
    
    これらのポイントはなかなか実践するには困難があるものの,ポイント自体は納得できるものであるので,興味のある人は本書で確認してみてほしい。
    
    個人的にはつながりの作法よりも当事者研究の成果としての本書に感銘を受けた。
    
    ・自分の経験を経験として終わらせず,体系化した「知識」にまで昇華し,他者と共有できる形にしたこと
    
    ・その「知識」を得るために,自身の経験をどのように捉えたら良いのかについての視点
    
    ・両極の経験から同じ現象を考える方法
    
    など,自分の悩みをモヤモヤした曖昧なものに終わらせず,悩みを解消し,あわよくば他者の悩みを解消するきっかけになるものへと発展させている。本書で最も魅力的に感じたのはその点である。
    
    読めば読むほど,つながるのが簡単ではないと感じるかもしれないが,味の出る一冊であるように思う。

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    2020年02月15日
  • 子どもの人権をまもるために

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    子どもを巡る、保育、養護、療育、貧困対策、性の多様性、居場所作りなどについて各テーマごとにコンパクトにまとめられており、第一線で活躍しマスコミにもよく登場する筆者たちが現場発の生の声で語っている。

    今保育士の受験勉強の途中で、児童養護や福祉について学んでいるので、乳児院や養護施設、里親、虐待からの保護などいろいろディープな環境にある子どもたちの事情に興味があって読んでみた。

    正直読んでいて辛くなる。
    一般人に縁がありそうなのは保育園の待機児童問題くらいで、その他は不幸にして家庭や親に恵まれなかった子たち、または、生まれつきの障害や性的マイノリティーなどの苦労を負った子たちだ。

    しかしその子たちに罪はないわけで、より傷つかず幸せな人生が送れるよう周りの大人や社会が配慮してあげる他ない。

    家庭というスタッフ差し替え不可能な閉鎖環境での子育てではなく、スペシャリストの介入を受け入れながら幅広い人たちに見まもられる成長が、普通の子にも苦境にある子にも与えられるとよい。

    江戸や明治の頃のように養子や里子が一般的だったり、住み込みのねえやや下働きなど家族と従業員の中間みたいな人がいた方が豊かだった気がする。
    夫婦を超えていく逃げ恥ではないが、もっと気楽に血縁を超えていけないものか。


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    2019年08月22日
  • つながりの作法 同じでもなく 違うでもなく

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    面白い!
    最近、自閉症の人が周囲の環境からどういう刺激を受けているのか、テレビなどで可視化されているが、この本はその先駆け。

    それだけではなく、当事者研究の豊かな可能性を示している。

    生きづらさを感じている人が生きやすい世の中に
    なるヒントであり、健常者、マジョリティと思っている
    自分も「地続き」であることを気づかせてくれる。

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    2018年01月14日