汀こるもののレビュー一覧
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双子ミステリ、『THANATOS』シリーズの第5作目。今回は双子と関わったばかりに“レース”から脱落し、しなくてもいい苦労をしている悲運の?警察官僚、湊俊介が主人公。
受験戦争や役人の出世競争を、進化論における『赤の女王仮説』になぞらえた作者氏の目の付け所が非常にいいと感じました。「その場にとどまり続けるためには、全力で走り続けなければいけない」。相対評価で脱落者のみがふるい落とされてゆく様は、正に生物界の捕食者と被捕食者における『進化のレース』そのものです。
お堅い警察組織の人間でありながら文学作品(幻想文学、詩)を愛し、今作では真樹にはおちょくられ、高槻に説教され続ける湊のキャラも最高。特に何度も真樹に『素人童貞』よばわりされてその度にムキになって否定する様は、30代半ばのオッサンなのに可愛らしくすらありますw
ミステリとしても申し分無い完成度。個人的にはシリーズ中一番の作品だと思います。面白かったです。 -
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相変わらず水魚オタクの引きこもり死神。
デートに出かける、というあたりですでに何か起こると思いましたが
今回は誘拐ですか…と、ちょっと遠い目に。
誘拐は、今までと違って確実に自分にふりかかるものです。
どこまで人が死ぬのか、どこまで無茶をするかと思ったら…。
この双子は、片方でも悪魔ですが
両方揃ったら『大』悪魔になれると思います!w
無茶っぷりと言いましょうか、恐ろしいまでに周囲を振り回してます。
これほどまでにやってくれると、いっそ見事です。
むしろ毎度毎度よくもまぁこれだけやってくれるものだと
関心する一方です。
とはいえ、今回は『偶然』ではなく『必然』にしているのが…。
手段を選ばず、とは、こういうのを言うかと思いますw -
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大雅さんの過去に起因した話が、一番心を抉ります。
心に余裕がない時にすがりついてしまった妖怪と、心の余裕がないために閉ざしてしまった少年の出会いと別れ。結果的には、妖怪と結びついてしまった時に起る悲劇は免れています。しかしそれは結果論であって、本当の意味で当時の大雅さんに必要なことだったのかと言われると、あのまま暮らしていてもよかったのではないか、と思ってしまいます。すべては春雅のせいであります。
とはいえ妖怪との暮らしなので、幸福になれたとは思えないのがこの世界のひどいところでして。相手も心が弱っているから、妖怪本来の行為に行きつかなかっただけで、平穏を取り戻せたら違っていたのかなぁ。
何がどうあれ、妖怪・魑魅魍魎の類の甘言には乗ってはいけない、というのが基本ルールな世界。願いを叶えてあげるからTCGやろうよ、とかどこぞのインキュベーターみたいなこと言われてもついていってはいけません。違う意味で神通力の恐ろしさを知った話でした。あと毛野が男性ということを初めて知った気がする。初出だと思うけど、どうだろう?ビジュアルとセリフのせいで、てっきり女性だと思っていました。厳島神社関連だし。
怨霊と御霊の境界があやふやで、よその永キュおがあれど簡単に飛び越えてしまえるというのは、日本的であると感じました。どちらも、そうであると信じている人々が多ければ多いほど、影響が強くなるというシステムなので、
『人が死ぬのは、忘れられた時』というセリフが「ONE PIECE」にありますが、あちら側の存在も、基本的にそうであるのが公平な存在という気がする。
裏を返すと、生きていても死んでいる状態になってしまう、の怖さもあるのだよな、このセリフ。
短編3つの感想を、順不同でつらつらと。 -
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人間関係で一波乱起きてしまう形の短編4編収録。
思い出、一目惚れ、合意のない求愛、毒親といった区分けになるでしょうか。悲しさと滑稽さと恐怖と嫌悪が読後はあるのですが、なんというか悪意ゆえの行動なのか、と言われるとそうでもない、となってしまうのが如何ともし難いです。
毎度毎度なことですが、一般常識というもののあやふやさを提示されているように思います。自分が日頃接している社会通念、倫理感がズレていて、真実大切にするべきものはこちら側(妖怪たち)の意見である、というような。
それは錯覚に過ぎなくて、実際のところは普段から心がけているものを大事にしていて間違いはないのですが、超常の力の持ち主と取り巻きたちの言い草が強い言葉で襲いかかってくるので、ついつい揺らいでしまうこともある。
言霊の力、ってこういうことかしら。なんだか簡単に騙されてしまそうだ。
超常の社会に慣れてしまって、一般人の常識とはズレた感覚を持ってしまった市子が、どこにでもいるありふれた女子中学生の生活と感情を過ごすためのレベルダウンだはあるので、芹香には頑張って欲しいものです。
市子と芹香。二人のハレとケの触れ方が反比例を描いているのが、気になるところではあります。0か100かだったはずなのに、いつの間にか50:50で落ち着くのだろうか。 -
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市子が術合戦で一本取られる展開にレベルダウンの影響が出てきているな、これは新展開で現世も幽世も此岸も彼岸も巻き込んでの大騒動がおっ始まるのか、と思っていたら、家の因縁と初恋の拗らせが露わになってしまいました。「大人気ない大人には敵わない」
淡々としているけど、積もり積もった恨みつらみはなかなか消化できないよね大雅さん。触らぬ神には祟りなし、というけども人間関係でも同じことなんだとは思います。地雷、という便利な言葉でそれを表現できるようになったのがありがたいけど、こおt馬が一般化されてしまって、ことの深刻さを多い隠しているような気がしないでもない。地雷、という兵器の残酷さも。
メガテンダンジョンが連呼されている「死なないのと生きているのとは違う」。想定されちるのは、きっとアバドンの体内ダンジョンだと思います。真ⅡだったりNINEだったり、都心のビルを飲み込んで異界化ダンジョン化というのは、やはりアバドン体内と想像してしまいますね。
冒頭の市子の躊躇のなさが心地良い。友人を馬鹿にされてブチギレから始まるわけですが、中学生男子の自認なんてあんなものだったりするので、痛い目見せてやればよろしいと思います。そうやって自身と他者の認知の差を埋めていくことになるので。違う方に埋められてしまいましたが。
市子のトリまいい神使の一人?である雀の新人お披露目回の「歴史はいつも教わったのと少し違う」。新技術に興味津々な義経が可愛らしい。いろんな媒体で登場する死後の源義経ですが、武士というか戦士として振り切れていて好きです。匹夫の勇の戦闘狂でなく、効率よく敵の兵士を撃破するにはどうするのか、に興味がありすぎるのがいい。
お話としては、生前も死後も社会の仕組みは年功序列だったり、役職だったりのピラミッド階級社会になっていて、新人さんは何かと大変なんぢゃ、という社会人の悲哀が垣間見えるものだと思います。
それをぶち壊すオチが爽快ですが、まあ解放感あるよね。
閉鎖環境に逃げ込んでしまって抜け出せなくなってしまった少女たちを、解放?救済?する「貴方の人生は貴方のものではない」。
そこだけ抜き取ると慈愛に溢れているかのような気がしますが、市子からするとどちらかというとトラブル起こさないための予防保全に近い気持ちだったのだろうなぁ、と思います。
『全く、手間を取らせたな。どうせこれがなくなっても他にも星も数ほどネットサービスとやらはあるのだろう。LINEでいいだろうが、LINEで』
ことが一件落着しそうな時の市子の言葉ですが、そういうことじゃあないんだよ。何か代替品があれば、そちらにホイホイと乗り換えられるようなメンタルがあれば、一つのことに依存も執着もしないのよ。その視点を持てていないというか、それよりも大局を先に見てしまって、優先順位はミクロではなくマクロな人なので、周囲との意識・感覚・感情のズレが生じているのですよ。そのせいで、芹香と険悪っぽくなっているし。
ネットワークサービス上の怪異のお話でしたが、はてさてリアル世界のネット怪異はこれからどうなってゆくのかしら。「出禁のモグラ」の毒繭アケロンティアとか、SH2のリンゴたちAionみたいなになってゆくと楽しかったりする。リンゴたちは攻殻機動隊のネット内のゴーストに近いような気もするけども。
なんにせよ、自己進化するようなものが生まれてくるのかな?DG細胞? -
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タイトルが99から98へとレベルダウンしているのは、市子が少しずつ人間社会へと馴染んでゆく様子の例えだとは思うのだけど、いずれレベル1になる時が来るのでしょうか。取り巻きの神使たちもいなくなって、目指せ一般市民!みたいなことなのかしら。
天叢雲剣を持ち出して振り回す、振り回していないけど、の回。いわれといわくが大量にある神剣?宝剣?呪物?なので蘊蓄というか由緒というか、ともかくいろんな神話伝承が絡まり合って、とんでもない一品に仕上がっているのが、興奮と恐怖とを呼びますな。用心棒から盗めねーよ!とか、バグ技で崩壊後の世界で量産!とかやっていたのが懐かしいのと、恐れ多さが襲ってきます。
この作品に採用されているネタ元から感じる楽しさって、自分が親しんできたものを悪魔合体してシェフの気まぐれ料理にして提供してくれるので好きです。
しかし、三大怨霊のうち二人は臣下だから大したことないといってのけるぐらいには、市子自身と彼女の取り巻きたちはやばいのでしょうよ。
もう一つ好きだったのは、大銀杏折れちゃいましたねぇの台詞かなぁ。時事ネタになるのかな、これは。実朝暗殺の大銀杏。小学校の修学旅行で見たときには、確かに大木だけども、これでちゃんと隠れることができるのかしら?と思ったものです。
現代よりも遥かに暗かったはずなので、そういう観点で考えないといかんよな、と思ったのは高校生の再訪問の時か。
神話伝承に疎く、というか溝越たちあちら側の存在が一般教養と思っていることが、現代の若者には通用しないという事実が、何気に芹香を潜在的に最強にしているのかも知れない。無知は罪でもあるけど、ある意味では無敵でもある。市子と芹香は対比に置かれているのだろうな。彼岸と此岸の対比として。