池内了のレビュー一覧
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疑似科学を通して科学的方法について論じるような内容になっている。「入門」が付いているのは、全体を概観したものだからのようだ。
第1章では、第一種疑似科学として占い、超能力、疑似宗教を取り上げる。これらの背景にある人間の認知に関するエラーやバイアスを説明している部分はわかりやすく整理されている。その上で、「疑似科学は関連性の錯誤を期待して網を張っていると言える」とまとめているのは腑に落ちる。
第2章では、第二種疑似科学として科学の悪用・乱用を取り上げ、アルカリイオン水などの水ビジネス、磁気ネックレスなどの磁力、ゲルマニウム、ホメオパシー、マイナスイオン、アガリスクなどをやり玉にあげている。手 -
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科学と現代社会の危うい関係について、「産業」「軍事」「宗教」などの観点から考察している本。著者自身も一流の物理学者であり、一種の自己批判として書かれているだけに迫力がある。また、疑似科学(エセ科学)と長年戦ってきている人だけに、「科学が世間からどのように見られているか」についての嗅覚は非常に鋭いと感じる。
まあ、私はすでに産業界に取り込まれた側の人間なので(笑)、半分は他人事といった感じで読んだのであるが、科学技術史を丹念に紐解きながら論を進める姿勢には好感をもった。あと、私が昔から抱いていた「科学者や技術者の最大のメリットは徴兵免除である」という直観は、歴史的にも完璧に正しかったことが分かっ -
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今年になって寺田寅彦さんの名前や電車の法則などのエッセイの話を続けて目にする機会があり、いままで読んだことがなかったのでまず岩波少年文庫で読んでみた。
短編のエッセーなので、読みやすく、話題もとても面白かった。
なかに「津波と人間」という話があった。昭和8年3月3日の東北日本の太平洋岸の津波で沿岸小都市村落が多数の被害にあった話である。明治29年の三陸大津波から37年で人々の記憶はたちまちうすれ、同じような被害が繰り返される。
その10年前に関東大震災を寺田寅彦も経験しているが、関東でも安政(1854~1860)の地震の経験は残っていなかったからこそ、また被害を受けたのだと書いている。
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小学歴史漫画の江戸時代の絵に振り袖のお嬢さん、丁稚坊や、職人さん、武士や町人がみんな算盤を持って和算の問題を解いている姿がありました。
ヨーロッパの数学は、一部の階級の男子がするものでした。
日本では江戸時代和算好きな農民は昼間働いて夜ワイワイ集まって問題を解いて、解けたら神社に算額を掲げてと。
江戸時代の人々は、なんて自由で好奇心にあふれていたんだろう!
と感激しました。
小学生にこの素晴らしさが伝わると良いなあ~。
と思っていました。
すると、江戸の「科学」の本書が。
そこは池内了氏の真面目おかしいクスクスしながらへぇーと感心してと。
忘れては読み返しを繰り返して
楽しみたい本で -
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ネタバレふだん着の寺田寅彦
著者:池内了
発行:202年5月20日
平凡社
日経新聞朝刊の連載小説は夏目漱石を描いた「ミチクサ先生」(伊集院静著)だが、数日前から熊本の五校時代の寺田寅彦が登場し、俳句で弟子入りした夏目漱石先生とのやりとりが始まっている。寺田はその後帝大へ進学し、日本の物理学者として歴史上の人物にもなった。随筆家としても有名。そんな寺田寅彦について、手紙などの資料から素顔を分析しているのがこの本。著者の池内了氏も、二つの国立大学の名誉教授でもある有名な物理学者にして、文章の達人でもある。お兄さんは昨年他界したドイツ文学者の池内紀氏。
1878(明治11)年生まれの寺田寅彦は -
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ネタバレ科学の限界
著者 池内了
2012年11月10日発行
ちくま新書
炭鉱に入る鉱夫はカナリアを先頭にする。敏感なカナリアが有毒ガス発生を感知してくれるからだ。1995年のオウムの強制捜査でも機動隊が持っていた。ヨアヒムスターレルというチェコの銀鉱山では、ゴキブリがカナリアの役を果たしていたらしい。ゴキブリも感知するとパタバタと騒ぐため。著者の池内了氏は、科学者は「社会のカナリア」であれと主張している(「社会のゴキブリ」では誤解を招くとも)。
科学者は、個人的な欲望や社会的な制約、圧力などで、必ずしも“正しく”科学と向き合っていない。成果を上げたい、成果を上げて研究費を獲得したい、理論より実