池内了のレビュー一覧
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ネタバレ現代は疑似科学のまさに百花繚乱の時代であり、知らないうちに私たちの生活に浸透してきている。その罠にはまらないためにできることはないか。どうすべきか。を論じています。
疑似科学というと、ゲーム脳や水伝(水からの伝言)などを連想するのですが、端から見ていると「こんなの引っかからねーよ」とは思うものの、いざ自分がこれまでにはないタイプのものに直面したとき、正常な判断を下せるか、というのがとても不安ではありました。常々思ってるのですが、テレビの情報やネットの情報はそのまま信用せず、まずは疑うことである、と再認識しました。
ただ、「おみくじや占いなど罪がないもの」とはしているものの、程度は同あれ、こ -
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2014/11/01
神話的宇宙像から物理学的宇宙像へと、我々は2000年もの間、宇宙の認識論を展開してきた。本書は物理学者の立場から、その認識論の歴史を辿るエッセイ的内容である。
短い新書の中で、多数の内容を盛り込んでくれている。一つ一つを、とても理解することはできないが、タイトルにあるように、神は何処に居るのか、神は何を為すのかを軸として時空を越えた神探しの旅を追体験できるというのが、本書の魅力だろう。
以下、部分的抜粋を載せる
ニュートンの重力理論では、近代科学の方法は、現象の記述を完成させることを目的としており、現象の原因を明らかにすることではない、という記述が出てきた。
またブル -
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この本は2年前に出たのですが、現代の科学に共通する問題を多く説明しています。STAP細胞以前の出版ですが、章ごとにその問題について考えさせられました。科学の中身については私は素人でわかりません。STAP細胞にしても、原子力についても、人文系の人間は、胡散臭さを感じても、中身を踏まえた批判ができません。
いや、この著者がSTAP細胞についてどう考えているかなと思ったら、今日、みすず書房のPublisher's Review28が届き、巻頭のコラムに著者の批評がありました。本体『科学・技術と現代社会』、おもしろそうな本だけど、かなり値段が高い。 -
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人間がいかに宇宙を認識してきたか、神の居場所に絡めての宇宙認識の歴史。はじめは神話の世界からはじまり古代、中世を経て近代・現代の宇宙論までがコンパクトにまとめられている。望遠鏡が使われるようになってからの記述が多くなるが、科学的発見が多くなり、どんどん宇宙の見方が変わっていくのがおもしろい。もっともビッグバン以降はとても常識を越えているので理解度は相変わらずだが、平易に書かれていてわかりやすい。
池内先生の後書きがまるで遺言のように感じるのは私だけだろうか。中日新聞で夕刊コラムも書かれているが、写真を見るとかなりお年に見えるのでちょっと寂しい気がした。 -
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古代の東西の宇宙観から最先端の宇宙論の歴史を振り返りながら、絶対神に肉薄してきたと思われながら、神が地上の神から、無窮の宇宙の神として遠ざかるように見えて大きな存在になっていくことを感じさせる。意外にも神話の宇宙観に今先祖がえりしているかも知れないと著者は主張しているようだ。ベルギーの司祭・物理学者ルメートルが1927年にビッグバンをなぞる宇宙卵説を唱えた!驚きであり、キリスト教会の開放性を感じる喜ばしい話。著者は神を信じていない?と思われるが、謙遜な思いで神の存在を容認している?のだろうか。神を追い詰めているように見えて、神の掌から逃げられないことを科学者は知っており、一番神を意識しているか
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3.11福島原発事故を受けて、科学をどうとらえるか。科学者のあるべき姿とは。そして市民は科学とどのように向き合うべきか。さまざまな限界を超え未来に希望の持てる「等身大の科学」を筆者は主張する。
「科学」と真正面から向き合い、真剣に「科学」のあり方を考える時間をつくることができた。科学至上主義に対する批判や「地上資源文明」への志向など、共感できる点も多かった。
文系の自分にとっては、自然科学の原理原則についての記述も、新しいことばかりで知的刺激を受けた。
原発事故を受けて、私たちがエネルギー転換の分岐点に立たされていることは明白だ。利益優先や倫理観無視の「成長」ではなく、人間が自然とどう向き -
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ネタバレ疑似科学、すなわちエセ科学。
著者は大きく3種類に分類している。
・占いなど、思い込みなどなどでどうにも変ってしまうもの
・健康食品など「いかにも」な感じを出しているもの
・正直よくわからないんだけど「○○現象だ」と言われて納得してしまっているもの
共通して述べられているのが、なんとなく納得した気になって深く追及することを避けてしまう風潮への警告。
自分自身がそのような傾向があるだけに、ぎくっとした。
自分一人に害がなければよいと思ってしまうところもあるけど、とくに環境問題などでは各人が「まあいっか」と思っていることが世の中の動きになってしまうことだってある。
対策としては、うのみにしな -
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ネタバレ原発事故に代表される、科学万能信仰の危うさはなぜ生まれるのか。
科学者も普通の人間であるはずなのに、なぜ科学は暴走するのか。
それが知りたくて手に取った。
現代の科学が置かれている状況は理想郷ではない。
「科学者が頭の中に常に思い描いていることは、いかに世界最初の発見をするかであり、もう一つは研究費をいかに調達するかである。」
という一文が示しているのがすべてだろう。
そのプレッシャーの中で科学は人間と乖離していくのだ。
大学さえもが収支を勘定に入れることを要求されている現在、そこにモラルが入り込む余地はあまり用意されていないと考えられる。
日本の科学者の数は80万人とも言われ、小学校 -
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科学の限界。科学が科学に内在する自律した論理だけでなく、科学以外の論理や条件によって制限を受けることとして、この言葉が使われている。科学以外の論理や条件とは何か。代表的なのが、大学経営に経済論理が持ち込まれたことが挙げられる。法人化による予算の減少から、必然的に競争的資金という概念が生まれ、科学は近視眼的な実用の分野にしか重きをおかれなくなってしまった。このことに対して著者は強く競輪をならしている。「世界初」の発見、潤沢な研究費をいかに調達するか。科学者はいつもこのことから頭から離れない。加えて、スポンサーとなっている国や企業に対して、消極的な行動は取りにくくなってしまうという現状。科学と人間
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東日本大震災とそれに伴う原発問題を経て、科学と人間(社会)が今後改めてどのように向き合っていくべきかを考えた本書。読み進めていくと、何とか主義 (例えば懐古主義)とか、何とか論(例えば生物機械論)とか何とかかんとか(例えばポストモダニズム、サイエンス・ウォーズ)といった専門用語が少し度を越して見受けられるため、またそうしたものに対して十分とも言える説明がないと感じる部分も多々あるため、文章に少し浮ついた印象を受ける。
全編を通して一貫しているのは、「科学と社会はお互いもっとしっかりと向き合って対話をしていかなければならない」という論調である。そのあたりの対話が欠けているからこそのあの原発事故で