石川英輔のレビュー一覧
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購入済み
これは名作ですよ。
テレビ化されていた方を先に視聴して引きこまれておりました。
元の小説は どんなのかなという好奇心もあって購読したのですが、テレビ番組の方は作品内容を改造してあって、やはり小説の方が ずっと面白かったです。
実は、紙媒体の書籍一式は既に購入して読み終えてしまっておりましたが、再度、読み直すのにはパソコンでの大きな活字で読めればいいなと思っておりましたので、本当に有り難い時代になったものだと思います。 -
Posted by ブクログ
無い物ねだりで《言葉や名前》ができる
当たり前に存在している環境に名前は付かない
例えばリサイクルやプライベートやチャリティーや
弁護士や保護司や社会福祉や義務教育や地方分権などは
民間ボランティアにゆだねていたので
分け合うことを常とする人間関係に必要のない言葉だった
江戸時代の庶民は程よい村を構成して自律した自主性による
補い合う相互扶助の自治があったから
ボランティアに相当する言葉など必要もなかったが
日々の暮らしでお金で買えない補い合う意識を大事にしていた
紐付きの膨大な官僚組織も社会経費もなしに
それ以上の偏りの少ない再分配や福祉活動ができる
対等に人々が寄り集まった社会における主権在民の政治ならば
本来ボランティアで成り立つものでなければならないはずだ
それは主権の主張ではなく
公僕でもなく権利権力でもないシェアのための関係であるはずだ
経済成長率が1%にも満たない状態を保ち
趣味を愉しみ過不足なくお互いの世話を焼き合い
庶民による江戸文化の花を咲かせた創造性と
心の余裕を生み出していた
お互いに預け合える距離感と信頼関係があったから
いつでも今を中心にして裸で要られたのではないだろうか
他力とは相手に依存することではなく
自分の中心に預けて宇宙の成り行きに預けることで
自分の選択に信頼と責任を持って自分を知り相手と集い
集合意識と共にある個と個の調和を愉しんでいたのだと思う
ここに所有という強欲を持ち込むことで調和を壊して
対立をつくり出し責任と義務を外に求めて
傲慢にも権利を主張することを覚える
自然界に権利も所有も在り得ないのだから
人間がつくり出したプライバシーというエゴの関係でしかない
この自分勝手気ままをテコにして力任せの社会を逆手に取り
娯楽という消費で不安を紛らわせながら依存と搾取の関係を作る
そこに嘘と秘密のプライバシーを確保する必要が生まれてくる
トマス・モアによるユートピアという理想郷は
管理社会に支配された物質依存でしかなく
出合いの選択肢もなく冒険と発見による意識の成長も不可能で
お飼い殺しの世界だといえるだろう
お互いを尊重し合って愉しく暮らすために三権とか法律や政治に
管理される環境をつくる必要などない
一人ひとりが自分と相手の存在とすその距離を読めればいい事で
尊重できる意識が在れば十分である
桃源郷では皆の幸せを考えたりしない
個々が自分なりに幸せであれば
集いと棲み分けの秩序が自ずと創られる
個にとっての幸せとは自己主張する公でも私でもなく
自分を知る意識のことだけだから
お互いにジャマさえしなければ
逃げこむための場を宣言して所有する必要もないし
その時いる場所がそのまま自分なりの過不足のない場となる筈だ
教育も然りで管理教育だと欲が先回りして凸凹になって
お互いを潰し合うことになる
自由選択の場だとあらゆる多様性を満たして
切磋琢磨しながら相乗効果を生み出すだろう
民主主義を主張する以上は干渉し合う事を控えて
個々が自律を求める自己管理と自己責任とを携え
お互いに繋がることで対等性と自在性を大事にする環境を
創造していかなければならない
その結果自ずと心と肉体が調和の関係を創り出すだろう
西洋にあって江戸に無かったものといえば
一神教と大量生産的工業と奴隷貿易と植民地経営ぐらいであり
逆はと言えば識字率の高さや趣味の広さや自主的選択肢の多さや
清潔な街並みや治安の良さなど庶民が愉しく暮らせた環境だろう
お伊勢参りで代表される旅も盛んだったようだ
総数で51,500人で男女比は男が三で女が二で
満5才の子供の一人旅さえあったという
15歳未満の子供が年間18,500人以上に登ったというから
全体の3分の1にあたる
これを《抜け参り》というそうだ
無銭旅行も多く沿道での支援も豊かだったから
帰りにお見上げを持ってまだ余裕が有るほどだったという
但しこれも明治を境に冷え込み修験道の無銭旅行すら
ままならなくなったようだ
大家さんか店子の管理人であると同時に
民間人ながらボランティア役人として
町の公用を末端で全て引き受けていた
お上からのお触れを町人に伝えるのも訴えがれば弁護士の役も
留置場の番人も喧嘩の仲裁も年に1〜2回の戸籍の帳簿調べも
公共の場の清掃や修繕に火の番夜回り・・
江戸では7歳までは神であり15歳までが子供でありそれ以上が大人で
ご隠居さんは第二の人生を本番として忙しく
本腰を入れて自分の選んだ人生を全うしていく
それは野田泉光院のように6年以上の放浪の旅を通して自分を磨く人や
歌川広重のように火消し同心の武士から版画師になったり
大工が落語の基礎を作ったり汁粉屋が師になったり
大店の主人が文化サロンを開いたり
役者のファンクラブや草芝居や落語(俄茶番)などの
様々な《連》を主宰したり作家を育てたり
同人誌を発行したりと活躍したという
中には伊藤忠敬のように49歳で隠居して
ニホン全国の測量チームを私費で編成して旅立ち
17年間で4万3全7百91メートルを走破して
《大日本沿海輿地全図》を完成させたという強者もいる
社会も融通の効かない制度を基本とせずに
ボランティアという意識もないままのボランティアが
その場その場を判断しながら個々の暮らしを支えていく
柔軟な社会のほうが変化に調和して愉しく発展していく
社会を創れるだろう
自然界は多様性の入り混じった環境を好み
人工的な畑で単作を続けると自滅へと向かうことになるが
現状の官僚機構による支配社会は
この単作と同じ状態ではないだろうか
それに対して江戸では地域の根ざす村々が自主的に生きて
個性的だったから全滅することなく助け合えたのだ
集団主義に走り力尽くの結束で固まるのが
戦争に最も近い軍隊という制服で身を包む階級社会だ
それに比べて自律へ向かう個人が単位となる集いは
切磋琢磨による意識上の成長を遂げるだろう
本当の意味で言う都会的センスと言うのは
お互いの距離感覚の把握でしょう
中庸を得るにはこの下部速のない距離感が要となるでしょう -
Posted by ブクログ
「化石燃料大量使用のヨーロッパ文明・自然征服型文明」から、「太陽エネルギーだけで生きる生活・完全な循環型社会」への方向転換を江戸時代の例証をもとに訴える。
●化石燃料に大きく依存した現在の便利な生活は間違っている。
人力は食料をエネルギーとしているが、江戸時代においてそれは太陽エネルギーと同義。江戸・大坂といった都市でも飲み水として使われた川の水。重要な肥料として回収される人糞。・・・かつての日本は持続可能な完全循環型社会の先進国だった。・・・
江戸時代において、人件費は太陽エネルギーという資本(が元となる食料)なので安い。太陽エネルギー以外に投入できるものがないから、人は骨惜しみせず働く(エゴが少ない)。大量生産はできないので、ものを大切にする。
現代において、人件費には化石燃料にかかる費用が加算される。その上化石燃料エネルギーを投入すれば大量生産できるので、人は楽をしたがる。化石燃料確保を求めた収奪が国家レベルで始まる。消費社会となり物は使い捨てになる。
江戸時代を知る事によって、気づきにくい現代の弊害(人間のエゴ―エネルギー問題―環境汚染・人への汚染)の仕組みを考えさせられる。
江戸時代の日本は持続可能な完全循環型社会の先進国だった・・・植物国家/太陽の国ニッポンを見直す一冊。 -
Posted by ブクログ
原発停止で電気が使えなくなることに対して、
漠然とした不安を抱いている人が多い今日この頃。
『2050年は江戸時代』はその名のとおり近未来SF小説だが、
原発停止ではなく石油エネルギーが枯渇したときの話。
当然、日本では現在のような
ガソリンや電気をふんだんに使う生活が完全に崩壊し、
交通はマヒし失業者や餓死者が大発生して大混乱になる。
しかし最後には、自然エネルギーだけに頼る
人間らしい生活を取り戻すのである。
もちろん小説なので
ファンタジーだと言ってしまえばそれまでだが、
たとえ電気がほとんど使えなくなっても、
これまでに蓄積された科学知識を駆使すれば、
本当の江戸時代(昭和30年代と言う人もいる)に
逆戻りすることはないだろう。
案外悪くない未来があるのかもしれない、と思わせる一冊。 -
Posted by ブクログ
読んでみるとなかなか面白い日記です。
泉光院は、野田成亮といい宮崎の佐土原の高僧でした。
この日記は彼の旅を克明に記したもので、江戸時代の庶民の生活を詳しく知ることができます。当時、庶民の交通手段と言えば歩くことしかなく、日が昇る前から歩き始め一日40kmも移動することもあったそうです。日記によると、別れの見送りに何里も付いて来たという記述もあります。高僧が来たということで、一筆書いてもらおうとその周辺の人達が押しかけたり、地元の知識人と問答をしたりと面白いエピソードが紹介されています。
歴史の授業では、江戸時代の庶民の生活に触れることはあまり無いのですが、この本を読むと日本の歴史の中では一番良い時代だったのではないかと思えます。
私も数年前に佐土原を訪問し、町の歴史資料館で泉光院さんの絵と対面しましたが、この日記から想像するよりも立派な人であったようです。